十月桜編〈純真無垢〉

 ――ひとしきり花火を堪能して宿に向かう。

 先行する祥焔かがり先生の車に涼香、裕貴が乗り、さくらの車にはフローラ、雨糸、姫香、圭一が乗っていた。


「はああ、キレイだったわあ~~」

 さくらがハンドルを操作しながら感動を口にする。

「そうだな。まさか蛍も同時に見られるとは思わなかったな」

 助手席のフローラが付け加える。

「本当にね。裕貴も地元民でさえ知らない事を良く知ってたわねえ」

 雨糸が驚く。

「ふふふ、以前にさっきの船着き場当たりで見ようとして、でも人混みがすごくて、一緒にいた涼姉に気を使って、仕方なく対岸に避難したら偶然見つけたのよ」

 左後ろに乗った姫香が答える。

「そうか、――それにしても蛍は花火の音には驚かないんだなあ、意外だったゼェ」

 後部座席真ん中の圭一が呟く。

「そう言われればそうだったな。花火の光には反応したけど、あれだけの音には驚いた様子もなかったが。……どうしてだ?」

 フローラが疑問を口にする。

「反応しなかったという事は、聞き取れる音の波長が違ったという事よ。昆虫も音は聞き取れるけど、その機能は主に繁殖のためのシグナルを感知するために進化していて、可聴範囲はかなり狭いのが普通なの。だからあそこの蛍の生存には、さして重要でなかったという事かしらね」

 青葉が、ダッシュボード中央にある、DOLL用自動運転オートドライブコントロールBOXに格納されたまま、後ろを振り返らずに上機嫌で答えた。

「コンピュータのスペックが違うのに似てるわね」

 右後ろに座っていた雨糸が感嘆する。

「でもほんとうによかったわあ、……ふふふ、来年もまた見たいわね」

 さくらがハンドルから手を離して、頬に手を当てて思い出したように笑う。

「……もうじき国道から外れる。オートドライブアシストが切れるから、ちゃんとハンドルを握って運転してくれよ?」

 フローラが不安そうにさくらを注意する。

「……何かあったの?」

 さくらの嬉しそうな様子を見て姫香が聞く。

「実はね……」

 雨糸は、さくらが裕貴からプロポーズまがいのフォローをされた事を話す。

「――裕兄らしいわ……」

「確かにね……」

 姫香と雨糸がため息をつく。

「なんなんだあの男は。節操と言うものがないのか? 前世はイタリア人か? それともただの軽薄男か?」

 フローラがぶつぶつ言う。

「フローラ、そうじゃないわ」

 姫香が答える。

「……何がそうじゃないんだ?」

 フローラが聞き返す。

「身内だから弁護するわけじゃないけど、裕兄はずっと口下手な涼姉を庇って、気持ちを代弁したきたから、必要な言葉をためらいなく言う癖がついてるだけなのよ」

「む……」

 フローラが黙り込む。

「ハッハー、イタリア人か。言い得て妙だな、オレも見習うか」

 圭一がまぜっかえす。

「そうよ~~、ああいう言葉ならどんどん言って欲しいと思うわ♪」

 さくらが嬉しそうに弁護する。

「フローラも入院中はさんざん裕貴にワガママ言って、お姫様抱っことかさせたんだから、あんまり妬いちゃいけないわ。私達がやるせなくなるじゃない」

 雨糸が諭すように言う。

「そうだな。……すまん」

「でもそれいいわね、さくらもあとでゆーきに温泉で洗ってもらおうかなあ……」

「それならオレが洗ってやるゼェ」

 圭一が親指を立てて、ルームミラー越しにウインクする。

「ちょっ、圭ちゃん!」

 姫香が声をあげる。

「うふ、ゆーきみたいに嬉しいこと言ってくれたらいいわよ~~」

 さくらが平然とかわす。

「はーはっはっは! そりゃ無理だ。オレは裕貴みてーな甘いセリフは吐けねーからな」

「でも、アンタの良い所はそんなとこじゃないから、無理に裕貴と張り合う事は無いわよ」

「お? 西園寺が珍しく持ち上げてくれるじゃねーか。どうした?」

「……別に。なんなら、お風呂の後にマッサージをしてやるって言えば、みんなOKするわよ」

「おりょ? オレの隠し技。……なんで知ってるんだ?」

「ブルーフィーナスをハッキングした時、タイピングで指を酷使したの。その時に裕貴にマッサージをして貰ったわ」

「なるほど。納得だゼェ」

「へえぇ、それってやっぱ柔道やってたから?」

 姫香が感心しながら聞く。

「まあな。柔道の師範に仕込まれた」

「そっかあ。じゃあちょっとお願いしようかなあ~~」

「雨糸の指を……。なるほど、あの時か」

 フローラが頷く。

「へっへっへ。気持ちよくしてやるゼェ」

 圭一が両手を揉みながら、いやらしく笑う。

「大丈夫よフローラ。圭ちゃんは警戒してる相手をからかうのはスキだけど、安心してる相手にヘンな事は絶対しないから。――ね?」

 姫香がそう言いながら圭一の腕にしがみつく。

「姫ちゃん、そんなこと言ったらダメだゼェ。ドサクサにまぎれて触る作戦が台無しだぁ……」

 圭一がまんざらでもない風に笑って、姫香の頭を撫でる。

「……そうか。いざとなったら中将姫が止めてくれるだろうし、お手並みを似せてもらおうか」

「いいぜぇ、三列ホック巨乳用ブラジャーの片手ワンハンド目隠し外しブラインドオープンの練習させてくれたらな」

「貴様何を! ……って、裕貴に聞いたのか?」

「さあてなあ……」

 圭一が笑いながらすっとぼける。

「くっ!」

 フローラの肩が震える。

「あーっはっはっは!」

 圭一が大笑いする。

「もうっ、圭一も茶化さないとウンって言えないの? せっかく上げてやった株をなんでわざわざ下げんのよ!」

「ははは、済まねぇ。冗談だ」

「まあいい。あとでじっくり聞かせてもらおうか」

 フローラが脅すように低い声で答える。

「ホントにもう……なに? 雛菊デイジー

 雨糸が呆れていると、膝の上の雛菊が身振りで呼んだ。

 そして、なにやら頭のツインを指してから、自分の頭を指示した。

「……脳波通信ね? 分かった。やってみる」

 そうして目をつむり、雛菊に意識を集中させた。

 そうしてほんの数秒の後に目をつむったままボソリと呟く。

「分かったわ涼香。伝えておく……」

「どうしたの? 雨糸さん」

 姫香が圭一越しに聞いてくる。

「うん、ちょっとね。……みんな、裕貴には内緒で聞いて欲しい事があるの」

 雨糸が神妙な面持ちで話を切り出す。


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――宿に付き、車から降りる。

 祥焔先生の車が先に着き、後ろを追走していたさくらの車も隣に停車する。

 辺りはもう暗く、時間は午後八時になろうとしていた。


「緋織はまだ来ていないようだな」

 駐車場に止められている車を見まわして祥焔がつぶやく。

「緋織は一時間ほどで向こうを出られるそうよ」

「そうか。……さて、それじゃあ着替えたら大広間に集合だぞ」

 祥焔先生が白雪の言葉を聞いて、全員に向きなおって言う。

「風呂が先じゃダメかや?」

 圭一が、なにやら自分の体の匂いを嗅いでいる姫香を見て、方言混じりに不満を漏らす。

「食事を用意する人の事を考えろ。先に風呂に入ったら、旅館の人が何時に用意する事になる?」

 祥焔先生が大人な判断を見せてピシャリと言う。

「そっか、すんませーん」

 圭一が姫香をチラリと見て、へこむ様子も見せずに謝る。

 そうして、全員が着替える為に、一旦部屋に行く。

 部屋は祥焔先生の判断で、俺と圭一が相部屋、祥焔先生が後から来る予定の緋織さんと同室になり、そしてさくら、フローラ、雨糸、姫香が相部屋に振られた。

「ありがとうな」

 部屋に入ってから圭一に礼を言う。

「なにがだ?」

「姫香が先に風呂に行きたそうだったから、かわりに聞いてくれたんだろ?」

「へっ……まあな」

 圭一がバッグからジャージを出しながら答える。

「ふ、ところで旅館の浴衣は着ないのか?」

「オレは寝相がワリィからな。着崩れるのが嫌なんだ」

「そうだな。……実は俺もめくれて丸まった浴衣の感触が嫌なんだ」

 そう言って、自分のバッグから膝丈パンツと無地の白Tシャツを取り出す。

「「ははは……」」

 顔を見合わせて二人で笑う。

「そういや明日はどうする予定だ?」

「うーん、一応妙高の遊園地へ行く予定なんだけど、祥焔先生は帰るだろうから、涼香も一緒に帰して、残ったメンバーで遊んでいこうと思ってる」

「そうか、じゃあオレも月曜はハードワークだから明日は帰って休んでおくかな」

「そうですねマスター。その方がよろしいと思います」

 圭一の判断に中将姫ちゅうじょうひめが同意する。

「……まあ、その日焼け方見れば何となく想像がつくから無理には誘わないけど、体には気をつけろよ?」

「おう!」

 そうして着替えて大広間に行くと、女性陣はまだ来ていなくて、だだっ広い座敷には、うちらの分のお膳しか並べられていなかった。

「お疲れさまでした。本日はようこそおいでくださいました」

 入り口の左側に、仲居さんと女中さんが二人いて、そう声をかけられる。

「……あの、遅くなってスイマセン」

 さすがに遅くなりすぎたかと思って謝る。

「大丈夫ですよ。例年花火大会がある時は、皆さん遅くなりますし、私どももそのように調整致しておりますから、どうかお気を使われませんように」

「いやあ、でも他のお客さんはもうメシとか済んじまってるんじゃねーですか?」

 圭一が変な敬語で聞き返す。

「いえいえ。本日当旅館は、お客様ご一行の貸し切りですから、それもご心配には及びません」

 コロコロと上機嫌で笑いながら、仲居さんが答えてくれた。

「納得。……つか、もう驚かないぞ」

 貸し切りと言う事は、満室と同等の金額を払っている訳で、それがこの少人数でサービスがすむなら仕事がはるかに楽になるだろう。

「ですから、本日はどうか気兼ねなくおくつろぎくださいまし」

 そう言って、仲居さんと女中さんが深々と頭を下げた。

「……これは、祥焔先生の指示じゃなさそうだな」

 圭一がポツリと言う。

「……ああ。そうだな」

 恐らくはこの後来るVIPか、逸姫いつひめあたりの差し金だろうと思う。

 そして、金持ちの家の給仕はかくあるものかと言った感じで、広間の真ん中に、九人分のお膳が二列に並べられた末席に、圭一と二人で気後れしながら座ると、軽やかな笑い声が聞こえて来て、広間のふすまが開いた。

「なんだ? 二人だけか?」

 祥焔先生が俺と同じ疑問を呟く。

「そのようです」

 そう言って仲居さんを見ると、察したのか、仲居さんが同じ説明をしてくれる。

「……緋織め。やる事が大げさすぎる」

 祥焔先生がぼやく。

「いいんじゃない? 気兼ねなくできるならその方が嬉しいわ」

 さくらが妙にはしゃぎながら言う。

「そうだな。……じゃあ上座には私が。向かいに緋織、その隣が霞、フローラ、西園寺、私の隣に名島、水上裕貴、思川、水上姫香が座れ※」

 祥焔先生はテキパキと並びを指示して、自分が言った場所に座る。

     

(※並び)

      上座

 〈祥焔〉    〈緋織〉

 〈圭一〉    〈さくら〉

  〈俺〉    〈フローラ〉

 〈涼香〉    〈雨糸〉

 〈姫香〉  

      出入口


「もう、祥焔先生ったら何もプライベートでまで席順決めなくても……」

 さくらが不平を漏らす。

「これにどういう意味があるんだ?」

 フローラが聞く。

「まあ、日本の田舎の親戚とか、知り合いの集まりじゃあ、家の格や血縁の遠近が重要になってくるから、普通にこうやって席順を振って、ヒエラルキーを認識させられるんだよ。良くも悪くもね」

 フローラに説明する。

「そうそう。オレもバイト始めて知ったんだが、会社務めるようになったら、これがけっこう当たり前になってるんだゼェ」

「そういう事だ。私も一応教師だからな、教える意味で年功序列と成熟度で決めた」

「そういう事か。圭一が裕貴より上座なのは社会に出てるからなんですね?」

 フローラが聞き返す。その通りだ。

「ああ。だが、霞が言うように、堅苦しいものでもないから、挨拶が済んだら好きなようにばらけていいぞ」

「ほんと面倒くさいわ、田舎ってやあよねえ……」

 姫香が不平を漏らす。

「さ。決まった所で始めましょ」

 雨糸が促す。

 そうして祥焔先生が教師らしく、最初に挨拶をして、乾杯の音頭をさくらがして、食事が始まった。

「あ! 仲居さん、お酒! 日本酒をちょうだい」

 ジュースで乾杯した後、さくらが声高に仲居さんを呼ぶ。

「え!? ってそうか。さくらはアラフ……いや成人してんだったっけ」

 驚いてNGワードを口にしかけ、さくらに睨まれ慌てて言い直す。

「じゃあ私もビールを貰おうかな」

「フローラはダメでしょ!」

 雨糸が諫める。

「留学生は適用外なんだぞ」

 フローラが自信たっぷりに言う。

「え!? そうなの?」

 雨糸が雛菊デイジーを見る。

「大嘘アルな」

「フローラっっ!!」

 そうして賑やかに飲み食いしているうちに、入り口に居た仲居さんが声をかけて来た。

「最後のお客様がお着きになりました。着替えてからこちらに来られるそうです」

「……来たか」

 片膝を付き、さくらと差しで飲んでいた祥焔先生がつぶやく。

「久しぶりだわ。何から話そうって、フローラ! 何飲んでるのよ!」

 雨糸が叫ぶのでフローラを見ると、いつの間にかさくらの飲んでいたお銚子から、自分のコップに手酌で日本酒を注いで、クイクイあおっていた。

「日本酒はクセが無くてうまいな」

 どれだけ飲んだのか分からないが、浴衣から覗かせた白磁の肌を、ほんのり桜色に染めながらしれっと言う。

「あらあら。困りましたわねお客様、ですが幸い私共のDOLLは私室にて待機中ですので、ご安心くださいませ」

 そのやり取りを見て、仲居さんが手慣れた様子でにこやかに言う。

「そうか。旅館も飲食業に近いから……ってことは問題は俺たちの持ってるDOLLのセーフティーだけか」

「心配しなくていいわ。今日の事は一切表に出ないように操作しているから」

 白雪が祥焔先生のお膳の上に立って言いきる。

「……やはりな」

 フローラが何かを悟った様にDOLL達を見回して言う。

DOLLこの子たちの力を試すのはいいけど、あまり刺激しないでくれるかしら?」

 その声に振り向くと、入り口にジュラルミンケースを下げ、浴衣に着替えた緋織さんが立っていた。

「ママ!」

 緋織さんを見て黒姫が駆け寄る。

「久しぶりね、さく……黒姫、元気だった?」

「……うん。でも……」

 黒姫が小鳥のように甘えながら何かを言いかける。

「その話しはあと。とりあえず用事を済ませましょ」

 そうして肩に乗った黒姫を連れて、祥焔先生が指し示した席に座った。

「久しぶりだな」

「ええ。今日はお招きありがとう。祥焔、初めてお会いする顔もあるわね。私がブルーフィーナス人工知能開発室室長の大島緋織よ」

 フローラ、涼香、姫香を見回してからペコリと、形通りと言ったニュアンスで緋織さんが答えて会釈をする。

「初めまして。Priscifloraプリシフローラ Ingramイングラムと申します」

 と、フローラから自己紹介をして、続けて圭一、涼香、姫香が挨拶をする。

「初めまして。名島圭一っす」

「初めまして」

「いやあ、ほんとさくらちゃんと似てますね」

 ギクッ!

 何気に今回の裏コードに触れられてドキッとする。

「そうね、私のこの容姿が今の私を作ってくれたわ」

 だが、緋織さんはどこか嬉しそうに答えた。

「はっ、はじめ……まして。おお思川……涼香で……す」

「初めまして」

 さすがにいきなり義理の姉妹と言う事を切り出さず、他人のふりで涼香が答えた。

「初めまして、いつも兄がお世話になってます。水上姫香です」

「いいえ、あなたのお兄さんにお世話になってるのは私。それとここに居るDOLL達とさくらさんね」

 さくらと黒姫を筆頭にDOLL達が頷く。

「それは……ちょっと信じ難いですね」

「……おい」

 皆軽く笑うが、少し緊張した空気が漂い、みんなもそれを読んで押し黙る。

「青葉、来て頂戴」

 緋織が席に座り青葉に声をかける。

「例の件? すぐできるのかしら?」

 青葉が少し警戒したように聞く。

「ええ。ここに予備素体はあるけどどうすればいいの?」

 緋織さんにはそぐわない、下手に出た言い方をする。

 そう言ってジュラルミンケースを開けると、二体分の輸送用クレードルがケースにピッタリ据えられ、片方に青葉と同じ素体、“THE DIVA”が収められていた。

「そっちのボディに“№4”に移ってもらうから、私の方を持ち帰ってインプラントしてくれればいいわ」

「……そう、なら始めましょうか」

 そういって、ジュラルミンケースの蓋側のパネルを操作して、システムを起動する。

「トラップはないと思うけど、一応調べさせてもらうわ」

「ないわよ……と言っても信じないわね。好きになさい」

 そうして青葉がクレードルに入り込む。

「青葉……」

 それを見守っていた黒姫が、悲しそうに声をかける。

「心配してくれてありがと黒姉。じゃあママ。ちょっと留守にするけど、今までの“記憶”は№4と共有しているから、問題なくサポートできるからね」

「う……ん。わかったわ。インプラントって、詳しく教えてくれなかったけど大丈夫なの?」

 さくらが、不安そうに見る黒姫や緋織の態度を読んで、改めて心配そうに聞く。

「ちょっと難易度の高いバージョンアップだけど、“もう失敗するような事はない作業”だから全然大丈夫よ!」

 青葉が嬉しそうにさくらを見つめる。

「そう……ならいいんだけど」

 不安をぬぐいきれないままさくらが答える。

「じゃあちょっと行ってくるね」

 そう言って完全にハマる形でクレードルにもぐり、カメラアイを閉じると、通信を示す緑のLEDが点灯した。

「……さて、じゃあまずは一杯やれ。」

 見守っていた祥焔先生が、止まった時計を動かすように緋織さんに声をかける。

「頂くわ」

 お猪口を差し出し、緋織さんがお酌を受ける。

「ねえデイジー」

「何アルか?」

 なにやらお膳の上で、我関せずとばかりに宴会料理を爪楊枝でつついたりして、データ収集に勤しんでいる雛菊に声をかける。

「DIVAツーに移すって言ってた№4って、あんた達と同じ十二単衣トゥエルブレイヤーの事なの?」

「そうアルよ」

「それがどうして青葉の中にある……居たの?」

「今青葉が“留守番させる為”って言ったアル」

「話が前後して……って、もういいわ。普段うるさいぐらいに喋るあんたが、そっけない態度をとってるって事は、言いたくないって事なんでしょ?」

 雛菊がピクリと震え、刺身をブスリと刺して手を止める。

「やっぱり敵わないアルな……」

 雛菊が聞こえないくらい小さくつぶやく。

「え、なあに?」

 雨糸が聞こえないふりをして嬉しそうに聞き返す。

「あーん」

「あーん?」

 雛菊が泣き笑いのような顔をして、雨糸を見上げて刺身を突き出す。

「マグロか。……良かった。光物はアレルギーが出るから覚えといてね? ぱく

 っっ!」

 雛菊は雨糸が刺身を咥えた後、近づいた拍子に肩に乗り、首に抱き付いて髪に頭をうずめる。

「……覚えたアル」

 雛菊が嬉しそうに言う。

「すごいわ。ここまでの相互理解する関係が構築できるなんて……。この目で見るまで実感できなかったわ」

 緋織さんが驚きを隠せない様子で二人を見る。

「絆と言え緋織。情緒のない言い方をするな」

 そう言われた雨糸は照れたようで、動かしている口を押えながら俯いてしまう。

「そうね。でもこうして会えたのだから改めて言わせてもらえば、辛い実験に巻き込んでしまったけど、つくづくあなた達でよかったと思うわ」

「いえ、そんな事は……」

 雨糸は謙遜しようと答えるが、途中で詰まってしまう。

「実験とは?」

 フローラが雨糸のその様子を見て、厳しい目をして緋織さんに聞いてみる。

 そして俺もこの間の班室での様子を思い出し、その事を聞いてみたいと思った。

「詳しい理屈は話せないけど、有機型次世代通信システムの実験とだけ言っておこうかしら」

「もう少し分かりやすく言ってもらえますか?」

 なじみのない言葉にすかさず聞いてみる。

「思考した時の脳波をツインシステムで拾って、DOLLがそれを解析して、それに応じた行動を取るといえばいいかしら?」

「なっ……!」

「OH……」

 俺とフローラが言葉に詰まる。

「その技術って、具体的にどんな目的で利用できるんスか?」

 圭一が聞いてみる。

「そうね、例えば離れた場所にいるオペレーターが、機械を自分の手足のように動かせるようになるかしら」

「そりゃすげえ! オペレーターが事故に巻き込まれるリスクを回避できるようになるわけだ!」

 圭一が土建屋らしいポジティブな解釈で喜ぶ。

「もっと言えば、兵器類も遠隔操作リモートコントロールでできるようになり、無人の戦場が構築されて、戦術理論がひっくり返るだろうな」

「うっ……!」

 フローラの説明に圭一も言葉に詰まる。

「まあ、今までも飛行機や戦車はラジオコントロールで動かしていた事だが、この実験結果が実用化すれば、より緻密な操作が可能になるだろうな」

 祥焔先生が緋織さんのフォローともとれる言葉で説明する。

「そうよ。私はあなた達に、ダイナマイトを発明した、ノーベル博士と同じ事をさせているの」

 だが、それをはねつけるように、緋織さんがこれ以上ない比喩でもって、自分を飾る事なくピシャリと事実を言い放つ。

 つまりは原始の人類が火を利用した事から始まり、刃物や化学、内燃機関や、果ては原子力まで、編み出された技術に善悪はない。色を決めるのは使用した人間が決めるものだ。……と言っているのだ。

 だとしても、自分の選択が彼女たちに、人類の重大な選択権を与えてしまった事に、初めて雨糸を巻き込んだ時と同じ感覚を思い出し、軽いめまいがしてきた。

「……だっ、……でっでもおっ俺は――」

 そんな事はさせられないと思い、止めなくてはいけない衝動に駆られて、しどろもどろになりながら立ち上がる。

 ぎゅっ。

 だがその時、後ろから誰かに抱きすくめられて言葉を遮られる。

「ゆーき。ありがとう」

「さくら!」

「さくら達を心配してくれてるんだね」

「そっ……そりゃ……」

「施設では色んな子供たちが居たわ」

「……え?」

 話しが脱線しているようで、おもわず首を傾げる。

「さくら、皆の面倒を見てて思ったんだけど、どんな子供も最初は純真無垢な赤ん坊だったのよね」

「!!」

「それでさくらも思ったの」

「……何を?」

 言いたい事がだいたい判ったが、あえて聞いてみる。

「自分の子供が将来どんな大人になっても、自分だけは精いっぱい子供と向き合おうって……」

「ああ、そうかもね……」

 親に捨てられ、施設で育ったさくらの言葉はどんなドラマを見るより、すんなりと心に染みて来た。

「裕貴はもう。……ていうか、男は? って言った方がいいのかしらね」

 雨糸が呆れながらも少し笑って俺を見る。

「……なんだよ」

 以前と同じように、わけ知り顔をする雨糸が面白くなくて、ぞんざいに聞き返す。

「要するに、女は結果を気にして子供なんか作らないの! 産むのが怖くて母親になんかなれないのよ!」

「ういちゃん……カッコイイ」

「……って、言いたいのよね? さくらさん」

 涼香の言葉にハッとした雨糸が慌ててさくらへ話を振った。

「うふふ……うん」

 さくらが体を離して雨糸に笑いかける。

「そう言うものか……」

 なんだか自分が彼女たちに比べて、ものすごく臆病な人間に見えてしまい、力なくうなずく。

「それにね? さくらが緋織さんのやってる事を否定しちゃったら、今こうしてみんなに囲まれている事まで、全否定する事になっちゃうのよ」

「あっ!」

 そうだ、そもそもがさくらを目覚めさせるために護さんや緋織さんが始めた事だったんだ……。

「まあ、何でもかんでも女にリスクを押し付けるような男だったら、好きになったりはしなかっただろうがな」

 半分出来上がったフローラが、臆面もなく言ってのける。

「ひゅーひゅー!!」

 姫香がはやし立てる。

「そうだな、イカレた科学者や、狂った政治家が主導で創る未来より、お前たちみたいなイカ臭……青臭い子供が創る未来の方が断然希望が持てろだろうな」

 お猪口からコップに切り替えて、スルメをつまみに日本酒をガバガバあおっていた祥焔先生が、コップを掲げて笑う。


「イカ臭いのは先生の方です!」


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