十月桜編〈花火と……〉

 ――祥焔かがり先生の別荘に到着する前に、湖畔の通りに並んだ屋台へ寄る為、一度みんなが車から下りる。


「それじゃあ私は先に別荘の方へ行って、エアコンとかを点けて準備をしておくから、買い物が済んだら呼べ。迎えに来てやる」

 そう言って湖畔の臨時駐車場で別れようとする。

「あっ! せっ先生」

「なんだ?」

 涼香が先生を呼び止める。

「わっ私、……も、いっ……一緒にいっ……行きます」

 ははあ、やっぱり人混みがイヤか。

「そうだな、そうしたらさくらの車だけで帰れるし、迎えが要らなくなるもんな」

 俺が説明混じりにフォローする。

「……そうか。なら一緒に行こう」

「じゃあ、屋台のリクエストを聞いておくか。何が良い?」

 圭一も察して気を利かせる。

「やっキソバ……、たこ……焼き……クックレープ……ラ……ムネ」

「炭水化物ばっかだな」

 圭一が笑う。

「……」ぷくう

「いいじゃない圭一、女の子はそう言うのスキな生き物なのよ」

 涼香が黙ってふくれ、さくらが庇う。

「そうそう、涼香が用意したDOLLの浴衣は別荘に行ってから着せるからね。それと人が多いからDOLL達はそれぞれのマスターをしっかり見ていて頂戴」

 車に乗る前に一葉が注意する。

 俺も気を引き締めて皆を見回すと、DOLL達は真剣な顔をして、人間では雨糸だけが真顔になっていた。

 そうして祥焔先生と別れて歩き出す。

 時間はまだ五時前で、人は湖畔の見物スペースの確保に勤しんでいて、屋台の並ぶこの通りは、まだ人通りに余裕があった。

「花火は何時からだ?」

 フローラが聞いてくる。

「暗くなってからだから7時からだよ」

「そうか。楽しみだ」

 上機嫌で答える。

「そんなに楽しみ?」

 雨糸が聞く。

「ああ。なんせ日本の花火は初めてだからな」

「そっか。じゃあ来週は長野でびんずる祭りがあるわよ。行ってみる?」

「行く!!」

「へえ、続けてイベントがあるのね。さくらも行きたいなあ……」

 さくらが伺うように見る。

「……うーん、でもあっちは人出がものすごいし、踊る行列を眺めるのがメインで、花火は場所を選ばないと見られないよ?」

「だなあ。あれは踊る連中の為の祭りだからな」

 俺がクギを刺し、圭一も同意する。

「行きたくないのか?」

「……踊りかあ、ムズカシイのかな」

「ふふ、二人とも涼香に合わせて来たからそうなっちゃったのよ。行きたいなら私が案内するし、花火が見たいならパパの会社のビルから見られるわよ」

 いけね、さくらもフローラも普通じゃなかったんだよな。それにさくらのフォローは俺がすべきことじゃないか。

「……いや、確かに涼香に合わせてたのはあるけど、人に言うような事じゃなかったね、水を差すような事言ってゴメン」

「じゃあ一緒に行ってくれるか?」

 フローラが腕を絡めて、嬉しそうに聞いてくる。

「う、……さ、さくらも一緒ならいいよ」

 日本の花火大会でテンションが上がってるのか、驚くほど素直に喜ぶフローラに、少々圧倒される。

「フローラったらデレデレ、……本当に裕兄がスキなのね」

「ゆーきに浴衣姿を褒めてもらえたのが嬉しいのよ」

「でも、そしたら置いてけぼりの涼香が気の毒ね」

 姫香がフローラの態度に驚き、さくらが説明し、雨糸が涼香を気に掛ける。

「涼香……無理に連れ歩くのもかわいそうだしな。どうしようか」

「んじゃあ、オレがどっか誘い出してやるか」

 圭一が言い出す。

「ふふ、じゃあ炭水化物の料理がうまい店でもさがして、連れて行ってやってくれないか?」

「お、それいいな! 祭りの間は逆に空いてるだろーしな!」

「あ、いいなあ。私も美味しー物食べたい」

 姫香が拗ねる。

「じゃあ一緒に行こうゼェ」

「本当!? やったー!」

 そんな事を話しながら屋台をめぐりながら食べ物を買い込んでいった。

 途中姫香が射的やら輪投げやらのゲームをやりたがったが、他のみんなは遠慮したせいか、しぶしぶ諦める場面があった

「……そう言えば、やけに外国人が多いな」

 フローラが辺りを見回しながら言う。

「そうだね、黒姫高原はイギリスのロンドンに気候が似ているみたいで、昔っから外国人が多いね」

「いや、帰化人が多いのは知っているが、なんだか軍人も多いな……」

 フローラはそう言って、ラフにしてはいるが、明らかに迷彩柄を施したシャツや、長ブーツを履いている外国人を見ながら目を細めて言った。

「ほ(そ)れがほ(ど)うかひは(した)の~~?」

 さっそく買い込んだフランクフルトをほおばったさくらが、怪訝そうに聞いてくる。

「ああ、それはたぶん妙高の駐屯地の兵隊だね」

「駐屯地? 米軍のか?」

「うん。東京オリンピックの時に高まった朝鮮半島危機の時、それまであった自衛隊の演習場を拡張して、米軍に貸与している施設が近くにあるんだ」

「そうか。長野はもっと牧歌的な土地だと思っていたが、……なんだかキナ臭いな」

「これは噂だけど、近くの笹ヶ峰ダムの全電力を使った、対空レーザーや超電磁砲レールガンが配備されてるって話しだよ」

「ほう。……実験でしか成功してない兵器だが、それが事実なら大っぴらに言う訳がないし、先に殴らせて正当防衛の大義名分を欲しがる米国なら、確かにありうる話だな」

「朝鮮半島のミサイル発射場から、東京までの直線上に位置していて、その迎撃兵器の射程とエネルギー源が確保されてる。ってのが噂の信ぴょう性を高めてるだけ。でも実際は山岳部隊の訓練にちょうどいいってのが本当みたいよ?」

 雨糸が俺の噂話の補足をする。

「確かにどちらの兵器も、ほぼ直進しかしない短距離迎撃兵器で地平線を越えられないからな。地理的にはベストポジションなんだろう」

「まあ、危機が去った今となっちゃ、沖縄みてえに米軍を食わす接待施設、ってのが妥当なセンじゃねぇかぁ?」

 圭一が乱暴だが、ほぼ納得できる正論を言う。

「だからあの兵隊さん達も、ノンビリ花火を見に来てるのね?」

 さくらが無邪気に言う。

「……そうだね。たしかに平和だからなのかもね」

 さくらの言葉に乗って、明るく締めようとしたが、フローラと雨糸は笑う事が出来なかった。

「もう。みんなムズカシイ話ししてるなあ。せっかくの花火大会なんだから、もっと楽しもーよー!」

 姫香が怒る

「そうだゼェ、そろそろ切り上げて、センセーんトコでノンビリしてーなー」

 両手に荷物をたくさん持った圭一が弱音を吐く。

「悪い。持ちたがるから鍛えてるんだと思った。疲れたなら先に車の方で待っててくれ、俺は例の名物料理を買ってくるから」

「あ! じゃああたしも一緒に圭ちゃんと先に戻るから、荷物少し持つよ!」

「ありがてーが、姫ちゃんに持たせるほどオレは子供じゃねえゼ? ……だけどそうだな、回りてー店があるから、荷物番も兼ねてちょっと付き合ってくれねーかな?」

「え!? なっ、何?」

「さっき射的の脇で、手作りアクセサリー売ってる店があったろ?」

「……うん」

「アネキの誕生日が近けーから、プレゼントを選ぶのを手伝ってくんねーか?」

「うん。……いい、……よ」

 未練があった事を見透かされていて、覚えていられた事が嬉しい姫香は、赤くなってうなずく

「ふ、……圭一と姫香は何本食べる?」

「「二本!」」

「了解」

 姫香圭一と別れ、最後の一品を買うために、少し戻る形で通りを歩く。

「……ねえ、どーして戻るの? 先に買っちゃイケナイものなの?」

 さくらが聞いてくる。

「ん、まあね。焼きたてが美味しいから最後にしたんだ」

「名物……と、言っていたな。アレの事か?」

 フローラが指を指して聞く。

「フローラの予想は正しいと思うわ」

 雨糸が答える。

「そう。黒姫高原特産のトウモロコシ」

 そう答えた先には、名物、特産、ウマイ! などのうたい文句ののれんで囲われた、焼きトウモロコシの屋台が、六台ほど軒を連ねていた。

「どこも焼きトウモロコシの屋台か。どこで買うんだ?」

「ふふ。まあ見ててよ」

 そう言って一台一台屋台を覗き込む。

 マッチョなお兄さんが炭火で本格的に焼く屋台。キレイなおねーさんが切符よく呼び込む屋台。おじさんがねじり鉢巻きで、黙々と焼く職人さん的屋台。ヤンキー風のあんちゃんが、タバコを吸いながらふてくされて焼く屋台。おばあちゃんが小さいガスコンロで、焼き鳥のついでに焼く屋台。Yシャツにハッピを羽織った、いかにもサラリーマンの運営関係者が焼いてる屋台。

 ――と、種々の人たちがトウモロコシを焼いていた。

「雨糸はどこがいいと思う?」

 恐らくは選び方を知っているであろう雨糸に聞いてみる。

「そうねえ……。私ならおばあちゃんの屋台かな?」

「そのココロは?」

「とうもろこしの芯が白いから新鮮な証拠。それに焼き鳥と一緒のタレを使ってるから、他とは一味違うはずよ。あと、鮮度は茶髪のお兄さんの店が良いけど、タバコを吸ってるのは頂けないわ」

「すごーい雨糸! そんな風に見れるんだ~~。ソンケーしちゃう!」

 さくらが喜ぶ。

「確かにな。納得の選択だ」

 フローラも頷く。

「う~~ん。いい線だと思うけど、もう少し見るともっと違う風に解釈できるよ?」

「じゃあ、裕貴はどこを選ぶって言うの?」

「オレは茶髪のお兄さんの屋台だね」

「……そのココロは?」

 雨糸が少しムッとして聞いてくる。

「そうだね、後ろに積んであるトウモロコシを見てみ?」

「え? …………あ!!」

「分かった?」

「うん。分かった……なるほどねえ」

「積み方が? ……段ボール箱が積んである店がほとんど、おばあさんとこはプラスチックのカゴに入ってて、茶髪のヤツの店は、……軽トラに山盛りだな」

 フローラが屋台を見回して言う。

「ああそっか~~! 鮮度が大事なら、運ばれてきた状態が大事なのね?」

 さくらが気付いて納得する。

「そう。段ボールは一度市場を通ってきた証拠、プラ籠は農家直送、軽トラは自家栽培で直積みだから、今日収穫された可能性が高いって事だね」

「……それでなのね。たぶんあのお兄さん。家業をムリムリ手伝わされていてふてくされているんだわ」

「そういう事。タバコは頂けないけど、焼き物の屋台だから気にならないし、おばあちゃんとこは、味は良さそうだけど、俺らのオーダーをさばくのはちょっと大変かもね」

「……分かったわ、裕貴の選んだ屋台で買いましょ」

 屋台に行き、二十本と言うオーダーを受けて天手古舞になるお兄さんは、焼いてる間に雨糸と話し、雨糸が農家さんも大変ね。花火はじっくり恋人と見たかったんじゃないですか? と言う言葉にびっくりして、そうなんだ。実は恋人と見たかったけど、親父が腰をギクッておふくろが看病していて、急きょ自分と恋人が代理になって、今は国道沿いの売店の方を手伝ってもらっているんだ。と話してくれた。

 でも、手伝ってくれるなんて良い恋人さんですねえ、と言うと照れながらも喜んで、オマケに五本も余分に付けてくれた。

「いいですよ。そんな、せっかく大事に育てた野菜なのに……」

「いいって。ウチは他ん家みたいに特別な品種じゃない、普通のハニーバンダムだから、数だけはたくさん収穫できるんだ」

「それじゃあ遠慮なく。ありがとうございました」

 雨糸は最初は遠慮したが、恋人を褒められたお兄さんの熱意に負けて、好意を素直に受け取った。

「……ふんふん。いい匂い~~。早く食べたい~~!」

 さくらが鼻を鳴らし、大喜びする。

「そうだね、さすがに農家だけあって焼き方も的確だし、醤油も地場産のものだったから美味しいと思うよ」

「……はやく行くぞ」

 フローラも香りでムズムズしたようで、言葉少なに急かしてきた。

 そうして圭一達と合流して、急ぎ祥焔先生の別荘に向かう。


「はあ……。デジー達も味覚センサーを実装して欲しーアルな」

 雛菊がはしゃぐマスター達を見てこぼす。

「それは言わない約束です。でも、どうしてもと言うなら、食品監査用DOLLの素体ボディに移ればいい事です」

 中将姫がピシリと言う。

「専科DOLLは頭でっかちだし、鈍重だからイヤアル」

「そんなこと言ったらOKAMEちゃんが可哀想よ!」

 自動運転をしながら、青葉がそう言ってOKAMEを見る。

「そんなにデータが欲しいなら、雨糸お姉ちゃんにデータを取って貰いましょ」

 それを見た黒姫が、少し笑って提案する。

「……それって具体的にどうするのかしら?」

 聞いていた雨糸が怪訝な顔をする。

「むひひひ……」

 雛菊が不気味に笑う。

「……やっぱ遠慮させてもらうわ」

「なんのこっちゃ?」

 圭一が首を傾げる。

「……何でもないわよ」



 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――祥焔の車が別荘に着く。

 祥焔が先に立ち、高床式の建物の階段を上がり、モダンな感じの両開き扉を開ける。

「……さてと、まずは換気かな?」

 中に入ると少し湿度を含んだ、淀んだ空気が漂っていた。

 建物は平屋で、中心に長い廊下があり、湖畔側に暖炉付きの広いリビングとテラスを備え、カウンターバーのような、使い勝手の良さそうなキッチンが付いていた。

 そして廊下の反対側は個室があり、六畳ほどの寝室で、全部で六部屋あって、それぞれが大型空間投影装置エアビジョンを備えられていた。

「……ふん。家具類も一通りある……か。緋織の奴め、何を想定している?」

「じゃっ、じゃあ、まっ窓開け……て、いきま……すね」

「……ああ、頼む」

 涼香に換気を頼み、キッチンに向かい、特大の冷蔵庫を開ける。

「氷、酒、ジュース……肉、野菜……ふっ、至れり尽くせりだな」

 呟いてからテラスに向かい、全面ガラス張りの引き違い戸を開けると、ほぼ全開になったテラスへの出入り口の先は、湖まで二十歩ほどで行ける距離になっていた。

「あっ開け……おっ終り、……まし……た」

 湖を見て戻って来ると、涼香も戻って来て報告してきた。

「そうか。ありがとう。少し換気したらエアコンに切り替えるから、また閉めて回ろう」

「はっ……はい」

「キッチンの方で何か準備があるかと思ったが、食材から氷までそろっていて、連中が戻って来るまでする事がない」

「そう……でし、たか」

「だからゆっくり話せるぞ?」

「えっ!?」

「話す事があった。だから私と一緒に来たんじゃないのか?」

「……そう。……です」

「……はあ、バレバレとはね。白雪の仕業ね?」

「正解、でも話しがあるかもって言っただけで、それ以上は何も言ってないわよ」

「そういう事だ」

「…………祥焔先生……は、わっ私の……う生まれ……の事、どっどこま……で、知って……ます……か?」

「そうだな、……大島護が実の父親ではないという事くらいかな?」

「!!」「なぜ?」

 涼香が驚き、一葉が聞き返す。

「大島護が結婚した時の事は学生時代の緋織に聞いた」

「そう……ですか」

「ああ。愛情があった婚姻ではなく、お前の母親。――静香さんと大島護の利害が一致したものだったと聞いていた」

「はい。……わっ、私も…………そ、そうだったと……思います」

「話しなさいな、涼香ちゃん。祥焔はあなたの母親と裕貴君の父親が居たから長野に赴任して来たのよ」

「「ええっ!!」」

 これには一葉も驚いた。

「黙れ白雪、にわかAIのくせに知ったような事を言うな」

「確かに刷り込みインプリンティングされて間もないけど、あなたと過ごしていた八年分の人格の記録パーソナル・ログは、ちゃんと受け継いでいるのよ」

「ちっ……」

「祥焔はねえ、緋織の計画を知って、いずれ緋織が何らかの形であなた達と絡んでくるであろう事を予想して、あの高校へ来たのよ。……とんだ純愛よね」

「祥焔……先生……」


「……まあ、教員資格を取っても、他に行く当てがなかっただけだ。緋織が絡むことは希望的観測でしかなかった」

「それでも八年も待っていたとはね。……頭が下がるわ」

 一葉が感嘆する。

「なに、静香さんほどではあるまい。彼女の方がよっぽど一途だと思うぞ」

 祥焔が涼香を優しい目で見る。

「……はい」

「……でもまあそう言うことだ。お前たちの事は私自身の事でもある。だから安心して話せ」

「わかり……ました」

 そうして涼香は、雨糸に話した計画を祥焔にも話した。


「――分かった。その役引き受けよう」

「おっ……おねっ……ひっく……がい、……し……ひっ……ます……」

 話し終え、泣きじゃくる涼香。

「……お前は本当に母親によく似ているな」

 そう言うと、やさしく涼香を抱きしめた。

「うっ…………」

 涼香がふたたび嗚咽を漏らす。


 „~  ,~ „~„~  ,~


「ただいまあ……でいいのか?」

 別荘に着き、中に入って声をかける。

「来たな。ベランダに集まれ」

 奥から祥焔が答える。

 時間は午後六時。まだ明るいが、山間のこの地は日が落ちればあっという間に暗くなる。

「いろいろ買い込んできましたが、焼きもろこしが温かいので、とりあえず食べませんか?」

 祥焔と涼香にそう言う。

「そいつは嬉しいな。さっそく頂こう」

「わーい! 頂きまーす!!」

 祥焔の返事とさくらの感嘆を合図に、みんなで一斉に焼きトウモロコシにむしゃぶりつく。

「あまーーい!!」

「Suite!!(甘い)」

 さくらとフローラが声をあげる。

「あー久しぶり! やっぱりおいしー!」

「本当ね。あの屋台は大当たりだったわ」

 姫香が喜び、雨糸が答える。

「よし、じゃあ他のをベランダに持っていって、食べながら花火の開始を待とう」

「そんなに食べたら旅館の食事が食べられなくなるぞ?」

 祥焔が言う。

「屋台飯は別腹です!!」

「その通り!」

 そう答えると、みんなが同意した。


 やがて薄暗くなり始め、日が落ちてくると、対岸の方の賑わいが大きくなってきた。

 皆も小腹が満ちて、湖岸へ続く階段に座ったり、岸辺で佇んだりして花火の開始を待っていた。

「うふふ。楽しみね」

「……もうじきだね」

 テラスの柵にもたれて湖岸を見つめていたら、さくらが左腕に腕を絡ませてきた。

「お、……青葉も着替えたか」

「うふふ、どう、裕貴お兄ちゃん!」

 見ると、涼香に浴衣を着せてもらって、上機嫌な青葉が手すりに立っていた。

 青葉の浴衣は、真っ青で丈の短いの浴衣ドレスで、黄色い帯で大きい蝶結びで留められていた。

「うん。可愛いな」

「えっへへー……ありがとー!」

「黒姫ちゃんの浴衣ももいいわね」

 さくらが黒姫を褒める。

 黒姫は、黒をベースに天の川をイメージした柄の浴衣で、それを濃い紫の帯で清楚に留めていた。

「ありがとう、さくらお姉ちゃん」

 黒姫は少し陰りがある笑いで応えた。

「……ありがとう、ゆーき」

 さくらが肩に頭を預けてポツリと言った。

「……何がだい?」

「目覚めてから……今までの事」

「そんな事……」

 何でもないよ、と言おうとしたら、腕をギュッと強く抱きしめられた。

「さくら。とっても幸せだよ」

 そう言って見上げたさくらの顔は、涙で濡れていた。

「……よかった」

 右手で涙を拭いながら答える。

「うん」

 そうして、左目の傷に触れながら、やさしく微笑む。

「さくらの、……この疵の数だけ、そう言ってもらえるように頑張るからね」

「ゆーき!!」

 向き直って言うと、さくらが正面から抱き付いてきて、胸に顔をうずめた。

「……はたで聞いていると、まるでプロポーズしているように聞こえるな」

 すこし低い声で、後ろからフローラに声をかけられた。

「そっ!! …………そっ……そうか……な?」

 ギクッとしてゆっくり振り向く。

 するとそこにはたこ焼きのトレーを持ち、わざと音を立ててくちゃくちゃと食べている不機嫌なフローラと、あきれ顔でクレープをほおばっている雨糸の姿があった。

 それぞれの肩に乗るDOLLも浴衣に着替えていて、OKAMEが紺に黄色の帯とスタンダードな浴衣だったが、簪がキラキラの豪華なものだった。

 そして、雛菊が丈が斜めに短くカットされたタイプで、黒地に赤の縁取りに金の竜が描かれた浴衣を、細い青帯で無造作に男っぽく締められていた。

「はあ、まったく裕貴は……」

「……」

 雨糸が呆れるが、なんだよとは聞けずに押し黙る。

「もうじき始まるゼェ!」

 湖岸で涼香、姫香と対岸を見ていた圭一が声をかけて来た。

「そっそっそうだ。花火が始まったら、もう一つとっておきの事が起こるから、たっ、楽しみにしててよ」

「……なんだ?」

「なあに?」

 フローラは不機嫌に。雨糸は普通に聞き返してきた。

「さっ、さくらも。もうじき始まるから、かっ顔をあげて……」

 そう言ってさくらの頭に手をかける。

「……うん」

「……とっておきか。何だろうな」

 フローラが肩に手を置いて来るが、爪が食い込んでイタい。

「とりあえず湖岸まで行こう……」

 しゃくりを上げるさくらの手を引いて階段を降りる。

「あっという間に暗くなったな」

山間やまあいの土地だからね。日が山に隠れれば、あっという間に暗くなるよ」

 そう言ってる間に、もう足元が陰り、靴の輪郭すらおぼろげになってきた。

 しばらく待つと、対岸からアナウンスが聞こえ、花火大会が始まった事を告げた。


 ヒュルルーーーー…………ドーーーン!!


 笛の音のような風切り音がしたかと思うと、特大の大玉花火が打ち上げられた。

「Oh!!」

 フローラが大声をあげる。

 それを合図に、中玉、小玉、スターマイン、……と、次々と打ち上げられ、夜空を明るく彩り始めた。

「ここ、いいわねえ……」

 いつの間にか隣に来た雨糸が言う。

「何が?」

「湖面に花火が映り込んで二重に見えるのね」

「そうだな。意外とギャラリーも居ないし、けっこう対岸は穴場なんだ。それに……ほら」

 視界の隅に目当てのものを発見して指を指す。

「ええっ!?」

 雨糸が驚く。

「フローラ! さくらさん!」

 湖岸の縁ギリギリに立ち、前のめりで見上げていた二人を、花火の喧騒の中呼びかける。

「なあに?」「なんだ?」

 振り返る二人に、雨糸が近寄ってその足元を指差す。

「Who!!」「きゃあ!!」

 二人が花火を見た時以上の歓声を上げる。


 雨糸が示した先には、花火に反応した小さな虫。


 ――蛍が無数に瞬いていた。


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