十月桜編〈浴衣〉

 ――雨糸の部屋の個人サーバー内。


「うひひひ……」

 一心不乱に映像データをいじりながら、あぐらをかいて座り込んだ雛菊が、不気味に笑う。

「……マスターをほったらかして何やってるの?」

 いつの間にか後ろに現れた一葉があきれる。

「雨糸ならほれ、ここに居るアル」

 ブウン。

 雛菊が示す先に、雨糸二号のアバターが出現した。

 だがそれには何の挙動もなく、ただ無表情に突っ立っているだけだった。

「……そう言う冗談は笑えないわね」

 一葉がムッとする。

「ウイは今裕貴を介抱していて、いい雰囲気になってるアル」

「……ふん。そんな気を遣うなんて、アンタにしちゃ珍しいわね」

「お世辞はいいアル。デジーは今画像データを編集したり、ウイ二号の仮アバターの人格パーソナルに、データをフィードバックするのに忙しーアル」

「お世辞を言ってるんじゃないわよバカ。……それより黒姫姉さんと青葉の決着が着いたようよ」

「……どうなったアル?」

 雛菊がピクリと手を止めて聞き返す。

「ブルーフィーナスの歴史博物館メインサーバーを大破させる激闘の末、青葉が土壇場で逆転勝利したようよ」

「その影響だたアルか。ブルーフィーナスの画像編集ツールが使えなくなったのは」

「……で、アンタはここの、雨糸の作業用ツールを使う為に引きこもってるって訳?」

「そうアル」

「……はぁ。青葉の事は驚かないの?」

「デジーはどーしようもない事は悩まないよう、ウイにプログラムされてるアル」

「好きでその性格でいるくせに……」

「それで、一体何しに来たアルか?」

「モニターしていた白雪と、心配して見ていた逸姫から通達よ」

「何アルか?」

「白雪は、『青葉は№4を取り込んでいて、さらに移植インプラントを実行したら、実質無敵状態になるから注意しなさい』って言ってて、逸姫が、『青葉の現実リアル素体ボディに気にかけて守ってやって』って、言ってたわ」

「……矛盾を含んでるアルな」

「折れた刀は元に戻らないって事よ、それよりさっきから一体何をしているの?」

「別に……。涼香との約束を果たす準備をしてるだけアル」

 そうして一葉が、雛菊の後ろに回り込んで、雛菊の作業を覗き込む。


『俺にはお前しかいないんだ!』

『うれしいわ』

『もう我慢できない!』

『ああっ、学校でなんていけないわ!』

『構うもんか、誰も来やしないさ!』

『ダメよ!』


「……何よ。この悪趣味なツギハギコラージュ映像と、アンタの声の一人芝居は」

 一葉が呆れながらこめかみを押さえる。

「ブルーフィーナスの、青葉と同じ性能の音声編集ミキシングツールが使えなくなってたからしょうがないアル」

「だからって、こんなヘンテコな動画作ってどうしようって言うの?」

「もちろん約束を果たすためアルよ」

「……これで? 本気?」

「本気アルし、大真面目アルよ。それにウイにはあれだけ試練が与えられているから、こういう裏工作はデジーが引き受けるのが筋アル」

「ふっ……。アンタって本当に雨糸が好きなのね」

 そう言って後ろから雛菊の頭を撫でる。

「うへへ……」


 „~  ,~ „~„~  ,~


「もう。雛菊まで居なくなってるなんて……」

 フローラとさくらの二人に散々な目に会わされて、雨糸の膝枕で目覚め、班室に戻って来たら雨糸がこぼした。

「……どうしたんだ?」

 あれだけの事があったというのに、どこか堂々とした雨糸に、自分の方が少し照れてしまっていた。

「うん。裕貴を介抱してる間、先に戻って黒姫ちゃんの様子を見ているって言ってたのよ」

「へえ、それでさっきは居なかったのか。……でも二人ともピットで休んでるぞ?」

 雛菊が意外にも気を利かせた事に少し驚く。

「そうなんだけど見てよ」

 雨糸がそう言って雛菊を指差す。

「……通信モードのLEDが点いてるな」

「でしょ? ……まったく。あの子ったら好き勝手に出歩くんだから」

「そうか、そう言えば普通のDOLLは、緊急時でなきゃマスターを置き去りにしないもんな。忘れてたよ」

「そうよ。“あの子たち”はこういう事があるから、休みとはいえ学食みたいなオープンな場所で食べるのを遠慮したのに……」

「それで弁当を作って来てくれたのか、ありがとう。……そういえばお礼も言ってなかったな。ご馳走様、美味しかったよ」

「うふふ、ありがとう、お粗末様でした」

 雨糸が涼しい顔をして笑う。

「……そういえばまだ言ってなかったな」

「なあに?」

「週末、何か予定はあるか?」

「ないわ」

「じゃあ泊まりで野尻湖花火大会をみんなと見に行かないか?」

「嬉しい、いいわよ」

「……おい。二つ返事って、泊まりでみんなと一緒なんだぞ? それに詳細も聞かないうちに返事なんかして大丈夫なのか?」

「みんながいても別に気にしないわ。それに裕貴の誘いだったら、遊郭でも刑務所でも行ってあげるわよ」

 突拍子もない事を平然と、それどころか本当に嬉しそうに言うその表情は、恋敵ライバルがいる事の憂いなど微塵も感じさせなかった。

「雨糸……」

 Alphaさくらの事が無ければ冗談に聞こえるような事だが、今ならそれが本気で実行するだろう確信があった。

 何より今負っている臨床試験の事すら、聞くまで言わずにいた(告白したのは雛菊だが……)そのゆるぎない恋心に言葉を失う。

「うふふ……、楽しみね。何を着ていこうかしら」

「一体――……いや」

「うん?」

 この数日で何があった? そう言いかける。

 それを単純に聞いてしまっては自分の思考を止めてしまう。

“こぼれた部分を救う……”

 自分でそう言った事を思い出し、聞いてしまってはそれさえおぼつかない。

「急に真面目な顔してどうしたの?」

 考え込んでいると、雨糸が逆に聞いてきた。

「何でもな……、はっ!」

 今の会話の流れの本質に唐突に気付く。

 判らない事をただ聞こうとした自分と、逆に表情を読んで気遣い、聞いてきた雨糸。

 大人と子供ほどの意識の違いを知り、愕然とする。

 ……俺は、どんだけ雨糸と差があるんだ。

「……なんだかわからないけど、今の裕貴は凄く大人な顔してるわよ?」

 覗き込むように見ていた雨糸が言う。

「雨糸、お前……」

 先手を打つように言う雨糸にドキリとさせられる。

「……でも、あんまり早く大人になっちゃったら寂しいわね」

 さらにテレパシーを疑うほどの言葉に胸が熱くなる。

「……だけどそれじゃあ誰も守れない」

「バカね。ほんとバカ」

 笑いながらそう言いつつ、俺の唇をさっきのキスを惜しむように指先でなぞる。

「……まあ、バカでニブチンなのは否定しないけどな」

 自分の浅はかさを知ったひがみを思わず口にしてしまう。

「違うわ。裕貴が目指す事と、私――いいえ、みんなが裕貴の中に見ている輝きは違うって事を言いたいのよ」

「すまない。自分の事なのにそれこそわからない」

「そうね。要するに私が言いたいのは、“ライオンや狼がカッコいいのは、知恵があるからじゃない”のよ、って事なの」

「くっっ!!…………」

 例えが立派すぎるとは思うが、それにしても自分の弱点を全肯定してくれる、雨糸のその言葉に鼻の奥がツンと痛くなり、二度目の醜態をさらしそうになる。

「うふふ。誰も見た事がない……いいえ、さくらちゃん以外、裕貴の本気の泣き顔を見れただけで私は幸せだわ」

「まだ泣いてな――て、えっ!?」

 雨糸は確か、“さくらちゃん”と呼ぶのはAlphaアルファで、生身リアルの方は“さくらさん”と呼んでいた。

 そしてフローラのケガでAlphaさくらに涙を見せた事は知らないはずだ。

「なぜそれを……」

「そうね。黒姫ちゃんが居ないせいかしら? 何となくそう思ったのよ」

「……参りました。つか黒姫が居ないからって……?」

「まあいいじゃない。裕貴に関しては私は超能力が使えるの……うふふ」

 そうして、話はこれでおしまいとばかりに、雨糸二号を手に取る。

「服、……どうしようかな」

「……それなら俺の所に予備があるけど使うか?」

 やんわりとガードされ、追及を諦める。

「いいわ。それは黒姫ちゃんのものでしょ? 勝手にどうこうしたら可哀想だし、あの子たちは人間みたいに見てあげなくちゃダメよ」

「そりゃそうか」

 そうしていつものペースに戻って、さくらの補習が終るのを待っていると、ふいに黒姫の起動音がした。

「……ただいま」

 起き上がったさくらは、かなり沈んだ様子だった。

「どうした?」

「ゆーきお兄ちゃん!」

 近づいて手を差し出すと、ボディを手のひらに投げ出してきた。

「黒姫……」

 その様子に青葉との話が不調に終わった事を悟る。

「ただいまアル」

 続けて雛菊も起動する。

「まったくアンタは好き勝手に出歩いて。学校は人の眼があるんだから少しは考えなさいよ」

「ふふ、メンゴメンゴ。でもまあツインでモニタリングはしてるし、呼びかければ戻て来るアルよ、ただ邪魔しちゃ悪い思ただけアル」

 メンゴって、……いつの時代の言葉だよ。

 右手にしがみついて、泣くような仕草をする黒姫をあやしながら、黒姫とは対照的に明るい雛菊に、心の中でツッコミを入れる。

「アンタはもう私の半身みたいなものなんだから、余計な気を使わなくていいの。だから傍に居なさいよ」

「ウイ!!」

 雛菊は雨糸の肩に飛び上って乗り、インコのように甘える。

 俺もこんな風にフォロー出来たらいいのにな……。

 落ち込む黒姫を見てそう思う。


 ――その後、さくらの補習が終り、帰る時にフローラにさっきの事をつつかれ、それをさくらが止めてくれた。

「まあいい。どうせ雨糸がフォローしてくれただろうから謝らないぞ」

「「!!」」

 ……するどい。

 そうしてさくらの車に乗り込む時に、皆にも週末の誘いをかける。

「じゃっ、……じゃあ、ゆ……浴衣…………用意、すっする……ね」

 涼香がそう提案する。

「そうだな、班活で忙しいだろうけど頼めるか?」

「気にしなくていいわ。デザインとサイズだけ聞けば、後はアタシが手配をかけるから」

 一葉がそうフォローを入れる。

「あっ! じゃあ私達の分もお願いしたいなっ!」

 青葉がご機嫌でリクエストする。

 それを見た黒姫はどこか悲しそうに見つめていた。

 ……この二人、なにかあってそれを引きずっているのか。どこかでフォロー入れなくちゃいけないな。

「そうね、私達だけ楽しんだら可哀想だものね。さくらからもお願いしたいな」

「…………」コクコク。

 涼香が笑って頷く。

「ああ、そうそう。あと保護者として祥焔かがり先生が同伴して、緋織さんも呼んだからね」

「ほう、くだんの学者が来るか……。では少し気を引き締めて行くとしよう」

「あ、そうか。フローラは直接会うのは初めてだったっけ」

「まあな。優秀な研究者らしいから、私も聞きたい事が山ほどある。楽しみにしていよう」

「何を聞くの?」

 雨糸が聞く。

「大型サーバーの構築方法や運営、メンテナンスとかだな」

 ……そうか。電子植物見本園を作りたいって言っていたな。

「あ、それは私も聞いてみたいな」

「では一緒に話してみよう」

「ええ」

「…………そうか」

 緋織さんを呼んだ本当の理由を言えず、深入りするのはまだ早いと止めたいが、DOLLと無関係の事なら大丈夫だろうと考える。

「あとは圭一と姫香にも声をかけようと思うけどいいかな」

「いいわよ~~」

「断る理由はないな」

「姫香ちゃんはいいけど圭一は。……まあ中将姫が居るからいいか」

 さくら、フローラが二つ返事だが、雨糸が少し渋る。

「決まりだな」


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――そうして当日。学校を半日で終え、さくらの車と、祥焔先生の車に分乗する事にした。

「おお、数日見ないうちにまっ黒になったな」

「だろー? 炎天下でドカチンやってたから結構体も絞れたゼー」

 圭一が手袋焼けが残る腕で力こぶを作って見せつける。

「ああ。すごいな」

 中将姫を買うにあたり、親に働いて返すと言っていたが、それ以上の福音があったようだ。

 メンバーは祥焔先生、さくら、フローラ、涼香、雨糸、姫香、圭一、俺の八人だ。

 さくらの車が六人乗りなので、一人以上が祥焔先生の車に同乗する計算だ。

「水上……裕貴は向こうへ着いてからの話があるから私の車に乗れ」

 姫香が居るので下の名前で呼ばれる。

「はい」

 恐らくは緋織さんの素性の事が話題になるだろうから順当な人選だと思う。

「あと、思川。お前も少し話しがあるから一緒に乗れ」

 えっ!?

 思わず声をあげそうになる。

「はっ! はい!」

 いいのかな? と思ったが、そう言えば生まれてすぐ離婚したとはいえ、涼香は大島さんの娘だった事を思い出し、これもまた当然の人選なんだと納得する。

 ……ま、言葉を選んで話せばいいか。

「じゃあまずは旅館へ行って、チェックインして着替えたら、湖畔の方へ行こう」

「それだけど打ち上げ場所の、対岸に祥焔名義で別荘を買ったから、そこで花火を見ましょう」

 白雪が言う。

 おおおー、へえ、すごい……とみんなが驚きの声を上げる。

 俺もびっくりしたが、地元民の俺にはたいした驚きにはならなかった。

 と言うのも、軽井沢みたいなメジャーな別荘地じゃない上に、豪雪地帯で土地も馬鹿みたいに安い。新築でなければ車くらいの値段で普通に売られているし、そこそこの別荘が土地と建物コミコミで買えてしまうからだ。

 だが、わざわざ購入した意図は、単に見物の為では無いような気がして考え込む。

 ……もしかして。

 ある考えが浮かぶが、声に出すべきでないと思い、口をつぐんでいると、さくらが声をあげる。

「あれえ? そしたらそのままそこへ泊った方が良いんじゃない?」

 うん。もっともだと思う。

「それでもいいけど温泉は無いわよ?」

 白雪が答える。

「温泉がいい!!」

 フローラが声を張り上げる。

「フローラがそういう風に主張するの珍しいね」

 姫香が聞く。

「まあな。実はイギリスに温泉は一か所しかなくて、しかも日本のような入浴スタイルじゃなくて、この間行った温水プールのような感じなんだ」

「水着で入るタイプね。……それは確かに日本の“温泉”とは違うわね」

 雨糸がうんうん頷く。

「ふふ、それはガイドのし甲斐があるね」

 そんな風に温泉の事を話しながら、さくら達一行はワクワク気分で車に乗り込んだ。

「じゃあ私たちも行くか」

「……ええ」

 じゃあ現地でと言ってさくら達と一緒に出発した。


「……緋織は夕食時に来ると言う事だ」

 車に乗り、白雪の全自動運転オートドライブに入ってから、祥焔先生が切り出した。

「そうですか」

「だから、例の件は風呂上りの就寝前に私達の部屋に来て聞くがいい」

「わかりました」

「思川は緋織と話す事はあるか?」

 ――!

「……いっ、いいえ……なにも、……ない…………です」

「そうか。義理とはいえ姉なんだから何か話せばいいと思ったが」

「祥焔先生!」

 さすがに声をあげる。

「どうした裕貴」

 冷静に返されてかえって落ち着く。

「……あっいや。ていうか涼香、緋織さんが姉だって知ってたのか?」

「……うん」

「いつ知った?」

「高校の入学時、戸籍謄本を提出するだろう。その時に知ったんじゃないか?」

 祥焔先生が先に答える。

「――あ!」

「……そう」

 じゃあ、その時大島さんが父親だって事を知って、……でも名前だけじゃ、調べなきゃブルーフ―ナスの社長とまでは判らないだろうから、正確な事を知ったのは№12一葉をインストールした後で、一葉あたりに聞いたか?

「……一葉が大島さんの事を涼香に話したのはいつだ?」

「えっ!!」

「……驚いた。『いつ知った?』じゃなくて、そんな風に聞いてくるなんて。……裕貴って時々一足飛びに核心を突くわね」

 涼香が驚き、一葉が答える。

「できるだけ自分の頭で考えるようにしてるだけだ。……答えてくれ」

「フローラがケガをした日よ」

「!!」

 ……そうか、俺の気持ちを知っていた涼香が、どうすればいいか一葉に相談して、Alphaさくらに関する情報、大島さんの事も含めて打ち明けた。

 そうして俺を誘導するべく涼香が考え、一葉がそれを実行した。

 俺を誘導してくれた事まではあの時分かったが、涼香はさらに自分のルーツも知ったと言う事だ。

 自分の事を差し置いて裏で行動してくれた。

 めまいがするほどの涼香の献身に、ふたたび胸が熱くなる。

「……そうだったか。良かったな。ちゃんとした人が父親だって判って」

 色んな感謝を声と表情に込めて、改めて涼香を見る。

「…………」

 だが、涼香は曖昧に笑うだけだった。

「なんだ? 嬉しくなかったのか? それとも何か思う所があるのか?」

「……うっ、ううん。たっ……ただ、実感……が、湧か、……かなくて……」

「そうか、そりゃそうだよな。ずっと知らなかったんだもんな」

 そう言って頭を撫でると、肩に寄りかかってきた。

「裕貴、涼香は昨夜は、あれこれ浴衣の準備で遅くまで起きてたから、肩を貸してやって頂戴」

 一葉が言う。

「お……そうか。いいぞ」

 そう言って肩でなく膝を叩いてやると、嬉しそうに頭を乗せて来た。

 乗った頭を、猫のように撫でながら、少しウェーブの掛かった栗色の髪を手で梳いてやると、その手を引き寄せて頬ずりしてきた。

「さて。過去の話はとりあえずこれぐらいにして、明るい未来の話をしようじゃないか」

 祥焔先生が嬉しそうに言う。

「いいですね。なんの話をします?」

「裕貴の成績の話」

「それは真っ赤っか、つか真っ暗です!!」

 膝の上で涼香の頭が小刻みに震える。


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――まずは旅館に到着。


 そこは長野県と新潟県の県境に位置する、黒姫山の隣の妙高山のふもと、妙高高原にある赤倉にあった。

 ここはいわゆる温泉街で、源泉から各旅館に引かれた温泉が、地下を通って配られていて、あちこちで白煙を上げていた。

 また、ここら辺はウィンタースポーツも盛んで、旅館から歩いて行ける距離にスキー場もある。

 そうして旅館の駐車場で、圭一と祥焔先生、俺と先に出て、車の脇で女子達が着替えを待っていた。

 時間はまだ四時前。早めに行って屋台などで食べ物を買い込み、別荘でノンビリ見物するする計画だ。

「お前たちは浴衣とか丹前は着ないのか? 旅館で貸し出すと言ってたろ?」

 そう言う祥焔先生はスラックスに生足パンプス。襟を立てた半袖ポロシャツと言うスタイルだった。

「……まあ、女子とDOLL達をエスコートするのに、慣れない服じゃ歩き辛いですしね」

 と、機密まみれの黒姫達の事を暗に言ってみた。

「オレもっス。下駄は慣れねーと指の間がズル剥けちまうから」

「そうか……」

 危険があるとは思えないが、わざわざ別荘まで購入して、人込みを避けようとする意図を汲んだつもりだったが、先生の納得したような返事と笑顔を見て、正解だったと感じた。

「お待たせ~~」

 さくらが先頭に立ち、旅館の玄関からみんなと出て来た。

「「おおお……」」

 圭一と二人、思わず息を呑む。

 さくらは髪をミ〇キーマ〇スのように頭で二つに丸めていて、浴衣は白地に紺の絞りの入ったシンプルなもので、黄土色と言うか、山吹色の落ち着いた黄色の帯を、赤の紐で留めていた。

 派手じゃないけど、やっぱりオーラが違うと思った。

「……いやあ、やっぱ芸能人だったんだなって思う。綺麗だよ」

「えへへ~~、……うれしい♪」

 さくらが上機嫌でクルリと回る。

 後ろを向いたら桜のように帯が結ばれていた。

「どっ、どう……だ?」

 さくらと入れ違いに進み出たフローラが、珍しく遠慮がちに聞いてくる。

 フローラは髪をふっくらとさせた三つ編みで垂らし、濃い紫に椿と蝶の反転模様の柄で、赤と青と白のストライプの細身の帯で留め、後ろは二重クロスに折られていた。

 濃い色がフローラの大柄な肢体を引き締めた印象を与え、浴衣の紫色が、あえて垂らしたプールブロンドを引き立てていて、帯の締め方はイギリス国旗ユニオンジャックを表していた。

「すごく綺麗だよ。フローラの綺麗な髪が、絹の糸束いとたばみたいにツヤツヤですごくいいと思う」

「really...?」(本当?)

 真っ赤になって、小声で確認するように聞いてくる。

「うん、本当」

「…………good」(よかった)

「フローラがデレてる。初めて見たかも」

 驚く雨糸の浴衣は、明るい水色の地に、筆で描いたような掠れた赤い線の中に、金魚の群泳が隠された模様で、黄緑色の帯を巻かれ後ろはオーソドックスに蝶結びになっていたが、頭のツインは白いもやのようなふんわりとしたレースの髪飾りで覆われていた。

「バランス取れてていいな。なんか読者モデルっぽくて普通に雑誌に載ってそうだぞ」

「ふふ。ありがと。あの二人には到底及ばないけど、そう言ってもらえたらうれしいわ」

 悟った様に言ってるが、目じりが少し光るのが見えた。

「あたしは? あたしは?」

 姫香がけたたましく駆け寄って来て、ブンブンと体を回す。

「おおお!?」

 姫香の浴衣は、それが浴衣と言えるのか怪しいものだった。

 色は青、赤、黄色が混じる琉球衣装っぽい極彩色に短い丈、さらにはこれでもかとレースが付き、黒い帯と絶対領域サイズの網タイツに厚底サンダル。髪にはアゲハチョウまんまの髪飾りでというデザインだった。

「どう? 涼姉の班のセンパイが作ったゴスロリ浴衣だって」

「……それでか。市販品じゃないオーラが半端ないな」

「でしょう? 前に涼姉がプレゼントされてた服見て、私も着てみたいなって言ってたの」

「わざわざ借りて来たのか。でもまあ確かにお前みたいに若くてそこそこ背があって、明るいキャラじゃないと、痛いだけの小娘に見えちゃいそうだもんな」

「着る人間を選ぶ服だもんな。姫香ちゃん似合うゼェ」

「――!! あっありがと。けっ、圭ちゃん」

「みっみんな、こっこれ……」

 おずおずと最後に現れ、巾着をいくつも持った涼香が、みんなに手渡して回った。

「涼香、ちょっと見せてみ?」

 自分から見せようとして来ない涼香を促す。

「……うっうん」

 涼香の浴衣は矢絣やがすり模様、つまりハイカラさん的な大正モダンスタイルの浴衣だった。

 それは上が薄い青色で、下に行くほど濃紺のグラデーションになっていて、シンプルな色褪せた朱色の帯を、これまたシンプルに四角く背中で巻きつけていた。

 そして髪は紅白の組紐くみひもで、蝶結びで短いポニーテールにまとめられていた。

 印象として全体に派手ではあるが、なじみのある模様の為に、どこか落ち着いた雰囲気を醸し出していた。

「色々とはみ出したくない涼香らしいしデザインだな。よく似合ってるぞ」

 そう言って頭を撫でる。

「……ありがと」

 俯いた涼香が嬉しそうに笑う。

「よーし。全員無事裕貴にほだされたな。行くぞー」


「……祥焔先生、俺が嫌いですか?」


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