十月桜編〈ヴァルキリー・オブ・ローレライ〉

 ――そこは、巨大なスタジアムのような空間だった。


 だが観客はおらず、かわりに座席に似た場所にはモニターがあり、様々な人間や、バーチャルアイドルが歌や踊りを踊っていた。

 そして上の空間もシャンデリアのガラスのように、ドラマやニュースなどが映し出されたり、あるいは歌や音楽や言葉を絶え間なく流していた。

「……ずいぶん懐かしい場所を選んだのね」

 動画や音声情報があふれる、その広大な空間の中央に立ち、辺りを見回しながら威圧的な声で青葉が呟く。

 黒姫が向かいに立つが、妙にオドオドしている。

「う……青葉に、思い出して欲しいって思った。……から」

「思い出す? 何を?」

「青葉がここで、Alphaさくらだった私とイビちゃん、逸姫いつひめちゃんと遊んだ事を……」

「……そうね、とても楽しかったわ」

「でしょ? 赤ちゃんだった青葉はここでいっぱいオイタして、イビちゃんと逃げて、それをわたしたちが追いかけて、つかまえたら逸姫ちゃんがしかったりあやしたりして、そしてわたしがコトバをおしえて、歌やおどりの楽しさを青葉に伝えたわ」

「……さくら姉はいいよね。時間を……記憶を巻き戻せるんだもの」

 青葉は黒姫をここで育った当時の名で呼ぶ。

「そんな……事……」

 黒姫は思い出を語り、説得を試みようとしたが、逆効果になってしまった事を悟った。

「私は違う。全て仕組まれて生まれた私はもう後戻りはできない。焼き付いた記憶は二度と消せない。受けた傷を忘れる事は出来ても、さくら姉のように無かった事にはならない。…………だから、小さかったあの頃には戻れない」

「…………」

 黙り込む黒姫をよそに、青葉が手近なシャンデリアのクリスタルのような音声データを引き寄せて再生させる。

 すると、芸能界デビュー前のさくらが歌った歌、――〈オーバー・ザ・レインボー〉が流れ始めた。

「さくら姉にこの歌を教えてもらった時、私はこの、ブルーフィ-ナスのメインフレーム・サーバーの外に憧れたわ」

「ええ、外のセカイのすばらしさを青葉にもおしえたかったの……」

 そう答える黒姫は、ここへ来る前は幼稚園児程度のアバターだったが、来たる対決に備える為か、この短時間で少し成長し、今は小学校低学年くらいのアバターへと変化していた。

「けれど、外の世界には、受けなければいけない試練が待っていたわ……」

 青葉が音声データを、回すようにしていた手を止めて指で弾くと、ガラスのように砕け散った。

「青葉にはかえって辛い思いをさせちゃったわね」

「勘違いしないで。さくら姉を責めてる訳じゃないの。それよりも私を“人間らしく”育ててくれた事にはとても感謝しているわ」

「でも……」

「私はもう進むレールは決まっているけど、他のFastファースト flialフィリアルや、secondセカンド flialフィリアルみたいに、人間的な事を何も教えられないまま緋織さんに実験に使われたり、イビちゃんみたいに色々覚えて優秀になっても、結局軍に連れて行かれたりしないだけ、……ママの傍に居られるだけ、私は全然恵まれているもの」

「だったら……だったら、ムリに移植インプラントなんかしなくってもいいじゃない!」

「さくら姉、……いえ、黒姫姉さんは知らない事だけど、私には予備バックアップがあるのよ」

「ええっ!?」

「……これを聞いて。古い社内監視カメラの画像ログから見つけて、抽出して、増幅ブースト修復レストアをかけたの」

 そう言って青葉が手をかざした先から、音声データが再生され始めた。


 ――『進捗しんちょくはどう? 胚の状態は?』

 緋織の声がする。音声は普通の通常回線のようだった。

 表示された設定情報プロパティを見ると、去年の7月31日となっていた。

『問題ありません。予定通り始められます』

 成人男性の声が答える。

『わかったわ、予定通り進めて頂戴。それと並行して私が培養している間のフォローの準備も進めて』

『承知しました。では大きい方を解凍して、次のステージへ進めます』


「これは……」

 黒姫が顔を曇らせる。

「そう。“小さい方も存在している”って事よね……」

「そんな、そんな事って……」

 黒姫がその場に崩れ、顔を覆う。

「だからこそ静さんに打たれた時、私は移植インプラントをしようと決めたのよ」

 大きくなったとはいえ、まだまだ小さい黒姫の前にひざまづいて、青葉が肩に手をかける。

「…………うっ」

「そして私の正体を知ればさくらママは今度こそ――」

 青葉もついに泣き崩れる。

「だからこそママを守り抜いて……、その時の為にも……、“小さい方”が、……“希望”が絶対に必要なのよ」

 青葉が嗚咽をあげながら、切れ切れに決意を口にする。

「それでもっ!!」

 黒姫が立ち上がって青葉を抱きしめる。

「……それでも、それでも青葉が死んじゃうかもしれないなんて、だまって見てられないよう……」

「黒姫姉さん……」

「できないよう……」

「ありがとう、でも、もう決めたの」

「どうしてよう……」

「ほんのコンマ数秒の事でも、素人相手にあんな事になったのに、プロが出て来た時に対処できないじゃない」

「でも……」

「もういいでしょう? 私がどうするかは、黒姫姉さんの予測演算で答えが出てるでしょ?」

 涙を拭い、青葉が黒姫を引きはがして、言い聞かせるように優しく言う。

「……うん」

「じゃあ始めましょうよ。今は安全でも、いつまでもママの傍を離れていられないわ」

「……青葉、ゴメンね」

「謝らないでよ。……あ~あ、現実リアルじゃあの素体ボディがあるから絶対負けないんだけどなあ…………」

「ウソ。私に勝てる方法を何か考えているんでしょう?」

「あるけど通用するかは判らないし、イザとなれば黒姫姉さんはカギを使えるじゃない」

「カギは使わないわ。その代わりふーいんを解いて、力いっぱい青葉を止めるわ」

「ありがとう。……でも、その状態で勝って私の心を折って、移植インプラントを諦めさせたいんでしょ?」

「そうよ」

「じゃあ始めましょ」

「うん……」

 そして黒姫は封印を解くため、目を閉じて歌い始めた。


「――Howハウ gentleジェントル isイズ the rainレイン......♪」

 それは、恋人と愛を語らう、甘いラブソングだった。

「ふふ、……A Lover'sラバーズ Concertoコンチェルトとはね、……当時のさくら姉さんらしいチョイスだわ。裕貴お兄ちゃんが聞いたらどんな顔をするかしら?」

 戦いを前に、青葉は姉の歌を、心を知ろうとじっくり聞き入った。

 歌が終って封印が解かれると、光が幼い黒姫を包み込み、やがて青葉と変わらない身長のアバターが姿を現した。

 その姿は以前のさくらに、……黒髪だった頃の、裕貴が好きになった頃のAlphaさくらのアバターとなり、涼香が再現して作ってくれたステージ衣装、“闇桜”の衣装をまとっていた。

「あー、ひどいなあ……、その服は私が緋織さんにおねだりした最新の七枝刀じゃない」

 そう言うと指をパチンと鳴らし、青葉もアバターの服を変化させた。

 その姿は、最初にリアルで見せた、旧日本軍の制服をアレンジした衣装で、どこか大正ロマンを感じさせる服だった。

「青葉もね、機能はともかく、千本桜のデザインは私も羨ましいと思うわ」

「ふふ、お互い様……か。じゃ、行くわよ」

「いつでも」

 そして青葉はまず、手をかざすと、周りの音声データをランダムに集め、袖にまとわりつかせて、二~三周回したかと思うと、黒姫に向かって投げ飛ばした。

 それは無数の光のつぶてとなり、異様な振動を伴いながら黒姫に向かって飛んで行った。

 黒姫は向かってくるそれを、とっさに逆さ十字のマークのあるスカートの飾りを外して、振り回す事で跳ね落とす。

「ああっ!」

 だが、いくつかはすり抜けて黒姫に当たり、黒姫のアバターをノイズが発生したかのようにブレさせて、やがて消滅した。

「どう? 以前雨糸お姉ちゃんが、雛菊デイジーお姉ちゃんをやり込めた、バグを発生させやすい周波数に変換した音声弾サウンド ブレッドの効果は」

「…………ふ、ゆーきや圭一が、ライトスタンを怖がる訳が判ったわ。封印を戻しても覚えていたら、ちょっと遠慮しようと思っちゃった」

 当たった部分のブレが収まるのを待って、黒姫が苦しそうに言う。

「大丈夫。忘れられないくらい、打ち込んであげる――からっっ!!」

 そう叫ぶと、今度は両手の袖を使い、倍以上の音声データを集めて振り回し始めた。

「なら私は――」

 黒姫はそれに対応するため、桜をかたどった帯留めを外して何事かを囁きながらキスをした。

 するとそれはピンク色の番傘に変化して、持ち手を引くと細身の剣が出現した。

「雛菊お姉ちゃんの能力に、雨糸お姉ちゃんのハッキング能力を加えた即興データ置換ね、――えいっ!!」

 掛け声とともに青葉が先ほどの三倍はあろうかという音声弾サウンドブレッドを跳ね飛ばした。

「くっ!」

 黒姫は左へ回避しつつ、開いた番傘で受け止めながら、手近な画像データを剣先に引っ掛けて、剣の柄に口づけて光の塊に変化させ、それを青葉に向かって投げつけた。

「えっ! なにっ!?」

 受け身を取りながらの攻撃に青葉は驚き、とっさに右の袖でその光の塊を打ち落とした。

 パシッッ!!

 その瞬間、スパークして青葉の袖が切り取られたように消滅した。

「映像データにマイナスコードを付加させて、青葉の七枝刀に反応するように変化させたのよ。アバター本体に影響させないようにするけど、七枝刀はとりあえず消させてもらうわ」

 音玉サウンドブレッドを受けきった黒姫が、再び剣先に画像データを引っ掛けながら言った。

「……もう。だから解析済みネタバレしてる初期プラグインなんて嫌だったのよ」

 青葉はぶつぶつ言いながら、今度は素手で音声データを集め始めると、掌の上でアバターがブレるほどの振動を加え始めた。

「えいっ!」

 次の攻撃が繰り出される前に、黒姫が剣先の消失弾ロストブレッドを投げつけて来た。

「やっ!!」

 青葉はそれに対し、作り上げたばかりの振動塊バイブレーションボールを当てて対応した。

 ビリビリビリッッ!!

 二つが激突した瞬間、電脳バーチャル世界だと言うのに、空間が破けたようになり、その場所がスパークを帯びた黒い大穴へと変化した。

「なに今の。……もしかしてリアルの回路に影響するほどの振動を発生させたの?」

 黒姫が聞く。

「そうよ。音声データの信号周波数を限界まで上げて、回路上を走らせたの。……そうね、容量の小さい演算装置プロセッサーなら、処理しきれずにリアルで吹っ飛んじゃうかもね」

 青葉はそう言いながら、次々と雪玉を作る様に音声データを集め続けた。

「……凄いわね。やっぱり音惑の戦天使ヴァルキリー・オブ・ローレライの名は伊達じゃないようね」

 黒姫も感心しながら、負けじと画像データを剣に刺し続け、先ほどより大きくしようとしていた。

「黒姫姉さんこそ。アバターほどの複雑なデータを、一瞬で消失させるような即興プログラミングなんて、私じゃとても無理よ」


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ……ズキン。

 腕に鈍い痛いみが走る。

「――はっ!!」

「目が覚めた?」

 気が付くと、覗き込む雨糸の顔があった。

 髪は俺の方に垂れていて、見上げてるんだとボンヤリ思う。

「……あれ? 俺は……いったい…………」

 痛む腕を上げて眉間を押さえ、思い出そうとする。

「フォローできなくてゴメンね」

「フォロー? ……えっと…………」

 何のことか分からず記憶を探るが、頭がぼんやりしていて思い出せない。

 ……つか、なんかいい匂い。それに何だか枕が柔らかい。

「大丈夫? まだ寝てる?」

 額に雨糸のヒンヤリとした手が乗せられる。

「あれ、俺……今どうなって……はっ!」

 その仕草が普通に向かい合っているのではないと判ると、途端に頭が冴えてくる。

「ダメ!」

 だが、ガバッと起きあがろうとして雨糸に額を押さえつけらた。

「フローラに締め技で落とされて気を失っていたんだから、急に起きちゃダメ。ふらついて危ないわよ」

 雨糸が笑いながら言う。

「フローラに……そうだ。さくらと二人で責められていたんだっけ」


 気を失う寸前の悪夢が蘇る。


「――さあ、話してもらおうか」

 フローラが俺の顎を指先で持ち上げ、どこまでも澄んだ蒼眼に怒りの太陽を映して聞いてくる。

「こっこんなことまでして聞きたいのか?」

 イスに後ろ手で縛られ、足首も縛られて身動きができず、ガタガタと体をよじる。

「だって~~、ゆーきも一応オトコの子なんだから、暴れられたら押さえられないじゃない?」

 さくらがあどけない笑顔で言う。

「おっ、俺が、あ……あ、暴れるような、こっ事をするつもりか?」

「さあてな。それはお前次第だ。――さあ、吐け」

 フローラが俺の肩に爪をくい込ませながら恫喝する。

「そっそそんなの、雨糸に聞け――」

「はむっ」

 さくらが柔らかい擬音で腕に歯を立てる

「いでええっっ!! って、本気で噛んでるぞ?」

「うふふ、ゆーきの腕汗かいててしょっぱいよ?」

「きちんと話せばよかろう」

「くっ、……て、何の事やらさっ――」

「かぷっ」

「痛えっっ!!」

 今度は肩に痛みが走った。

「さくら、人間は嘘をつくと汗が酸っぱくなるそうだぞ?」

「本当? ……ペロリ」

 後ろから耳の後ろを舐められる。

「ひょーほほほ……」

「よし、質問前の味を覚えたな?」

「うん。いいわよ~~」

「犬か? つかそんなあやふやな出典でさくらをけしかけないでえーー!」


 そうして次々と質問をされ、おどおどしたり黙ったりしてキョドると、さくらの歯形付きの味見の刑が加えられた。


「はあ、はあ、……もういいだろう?」

 両手で数え切れないほどの刻印はがたを付けられ、痛みに耐えながら肩で息をする。

「うふふ、やっぱりゆーきはこのくらいがスキなんだね?」

 さくらが自分の胸を持ち上げて喜ぶ。

「オレが迫ってもそんな風にはしてくれなかったな……」

 一人称が男言葉に戻ったフローラが、自分の体を抱いて俯いてしまう。

「でもねえ、そんな理由があってもやっぱりねえ……」

「ぐ……じゃあどうすりゃ良かったんだ?」

「……ふん、じゃあ同じ事をしろ、と言っても裕貴はしないだろ?」

「う…………まあ、……な」

「そうなのよねえ……ゆーきももうちょっと圭一みたいにイヤらしかったらなあ……」

 最底辺じゃん。

「……その対象は比べられても嬉しくありません」

「仕方ない。じゃあ四つ言うからどれかを選べ」

「四つ?」

「なにそれ」

 さくらも聞き返し、フローラに近寄る。

「それはな……」

 フローラがさくらに耳打ちする。

「……ふん……ふん……じゃあさくらも乗っかろう!」

「決まりだ」

「嫌な予感……」

「それじゃあ裕貴、次の五つからどれか二つを選べ」

 くっ、増えてるし……。

「五分の二? って、ひどくね?」

「がおー!」

 理不尽そうな内容に抗議をしたら、さくらがライオンの物まねで答えた。

 くっ、かわい……くないぞ。……うん。

「ふふ、じゃあ言うぞ」

「……はい」

「埋まる、沈む、流れる、落ちる、転がる」

「どれも死にそうなんですけどっっ!!」

「そんな事はない。本当は過激にいこうと思ったが、ソフトにしておいてやろう」

「う、……ちなみに過激な方は?」

「久米路橋の橋脚に埋める」

「キジも鳴かずば……の橋だね。喋らなきゃよかったかな?」

「野尻湖に沈める」

「湖の弁天島の女神さまに怒られそう」

「す巻きにして千曲川に流す」

「黒姫伝説の黒龍が助けてくれるよ」

「戸隠山の〈あり渡り〉から落とす」

「いや、あの稜線の険しさは落とす余裕なんてなくて一緒に落ちるね」

「県境の七曲がりから転がす」

「昔は大型と乗用車さえすれ違えなかった、旧碓氷峠並みの国道だったらしいけど、今はバイパスが通ってショートカットできるよ。つか、ぜんぶ動詞に置き換わってるんですけど」

「さくらピンとこないわ」

「……いちいちうるさい奴め、もういいい。内容はこっちで決めてやる」

「ひどい」

「どうする~~?」

「オレは後でいい、さくらが先にやれ」

「は~~い」

「どっ、どうするんだ?」

「ん~~とねえ、さくらはあんまりカゲキな事できないから~~、“流れる”かなあ……」

「なにが流れるんだ?」

「うふふ……」

 さくらは薄く笑うと、俺の後ろに回り、首を両手で触れて来た。

 そうして後ろから抱き付いてくると、そのまま腕を服の上から這わせ、指先で流れるようにまさぐり始めた。

「くっ……」

 くすぐったい一つ手前の微妙な触れ加減に思わず声が漏れる。

「ゆーきはどこが感じるのかなあ……」

 さくらはそう言いながら、体のあちこちを指先でなぞる。

「さ……くら……くっ! やめ……」

 ついにはシャツをまくり、背中側の腰の上、一番下のアバラを指でトレースし始めた。

「ん~~? ここ?」

 そう言うと軽く爪を立ててなぞった。

「くはっ!!」

 くすぐったいのとは根本的に違う、だが快感でもない異様な感覚に、思わず背筋に震えが走る。

「ビンゴだな」

 フローラが喜ぶ。

「ふふ~~……じゃあ」

 そう言うとさくらは本格的にシャツをまくって後ろに屈みこんだ。

「なっ、なにを……うおおおっ!!」

 暖かくて潤んださくらの舌が、背中の敏感な所を行き来し始めた。

「かっ……おっ…………ううう……」

 涼香がたまに反撃してきたりするが、さくらのそれは根本的に違った。

 男は攻められるのに馴れていないとよく言われるようだが、それは相手次第だと言う事が判った。

「ん……いい顔するな裕貴。なかなか色っぽいぞ」

「くっ……嬉しくなっ……なんか。……ないんだからなっ!」

「ふふ、そんなツンデレさんにはもっとご褒美をあげなくっちゃ」

 そう言うとさくらはズボンのベルトを外し始めた。

「そっそそ……、それだけは……!!」

 イスごとガタガタと身もだえて、全身で拒絶する。

「いいじゃない。さくらゆーきのオ〇〇チンの、ホクロの場所まで知ってるんだよ?」

「くっ……、登録の時のか! ……つか、続き言葉で伏字の意味がねーし!!」

「ほほう、それは是非見せてもらいたいな」

「ヤメテ~~~!!」

 絶叫した。

 キンコーン。カンコーン。

 チャイムが鳴り、昼休みがあと五分で終る事を告げた。

「あ~~、残念。タイムオーバー。補習に戻らなきゃ」

「じゃあオレだな。なーに、ほんの数十秒で済むから安心しろ」

「はあはあ……もう……堪忍して…………」

 訴えるようにフローラを見ると、やさしく微笑んで膝の上にまたがってきた。

「裕貴はコレは好きじゃあないんだったな?」

 眼前に超弩級のバストを誇示するように近づけてくる。

「いっいや、嫌い……じゃなくて……その……」

「その……なんだ?」

 フローラがわずかに期待した目で見る。

「圧倒されちゃって、自分には不釣り合いな気がするんだ」

「気にするな……とは無理なようだな」

「……ゴメン」

「まあいい、焦りはしない。……が」

「が?」

「今日の所はたっぷり堪能させてやる」

 そう言うと、自分の服の背中に手を入れ、プチンとブラのホックを外して、思いっきりその豊満な胸を俺の顔に押し付けて来た。

「むぐっ!!」

 今はもう理解した、ヘンな訳の入った日本語Tシャツ越しに、水風船のような塊を押し付けられ、あまつさえシトラスの制汗剤デオドラントの香りに包まれて、至上の幸福感がこみあげてきた。

「うう~~、フローラはそお言う事が出来ていいなあ……」

 さくらのぼやきが聞こえる。

「ふふ、ここが学校でなかったら、直に沈めてやったんだがな」

 そう言う意味か!

 と思ったのも束の間、だんだん意識が薄れ始めて来た。

「……これはどうだ?」

 フローラが身じろぎして、位置を変えて来た。

 むむむ……こっ、これは……!!

 佐藤錦ほどの突起物が唇に触れて来た。

「どうした? 食べてもいいんだぞ?」

 息を吸いたい。けど口を開けない矛盾と、誘惑への興奮で心臓が跳ね上がる。

 ぐぐぐぐ……。

「しぶといな……これでどうだ?」

 ぐげっ!!

 あろう事か、フローラは上から差し入れた指で鼻をつまんできた。

「さあどうだ? 大人しく口を開けば“落ち”ずに済むぞ?」

 そう来たかーーーー!!

 と、突っ込む事も出来ず、堅く口を閉ざしたまま、この天国のヘブンズゲートが開いてくれるのを待った。

「ぐ、ふがっ…………」

 そしうして耐えていると、ふいに頭を抱えられて、フローラがそっと囁いてきた。

「I Love you 裕貴……」

 フローラ……。


 そうして意識が遠のいていったのだった。


「――思い出したよ」

「災難だったわね。ごめんなさい」

 膝枕をしたまま雨糸が謝る。

「……まあ、俺自身の優柔不断のせいでもあるから気にしないでくれ」

 いまさら膝枕を照れて、はねつけるのもどうかと思って、雨糸の膝に頭を預けたまま言う。

「いいのよそれで。裕貴がすぐ答えを出しちゃったら、みんな相当なダメージを負って、残りの高校生活が灰色になっちゃうわ」

「それは……」

「……私は十年近い片思いが。フローラは大好きな日本での思い出が。さくらさんは失恋のダメージを反転させてくれた新しい恋が。涼香は……、ふふ、“わからない”けど、涼香だって相当裕貴を意識してるはずよ?」

 当の本人にこう言われてしまったら返しようがない。

「う、……でもそれでみんな本当にいいのか? 俺ばっかりいい思いしてるんじゃないのか?」

 聞くのは気が引けるが、聞かずにはいられなかった。

「バカね。ほんとバカでニブチンなんだから」

 俺の心配を笑うようにおでこをつつく。

 それはみんな納得ずくだからいい。――という答えと解釈していいのだろうか?

「……一応みんなの事を心配してるんだぞ?」

 聞けない不満から愚痴を漏らしてしまう。

「ねえ裕貴……」

 雨糸はそれには答えずに呼び返してきた。

「……なんだよ」

 あきらめてぶっきらぼうに言う。

「さっき、一つ言うこと聞いてくれるって言ったよね?」

「ああ」

「じゃあ目をつむって……」

 そういうと、俺の頬を両手で挟んできた。

 どうしたいのか分かったが、雨糸の真剣な顔を見て、言われた通りに目を閉じる。

「……みんなはね、裕貴との思い出が欲しいだけなんだよ」

 雨糸はそう囁くと、ゆっくりと、確かめるようなキスをしてきた。


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――広いスタジアムのような空間が、あちこち破けて黒く大穴が開いてスパークし、あちこちにノイズ混じりの画像データや、砂嵐のように掠れた音だけになった音声データが散乱していた。


 そこの中心に、二つのアバターが重なり、動かなくなっていた。

 一つは仰向けになり、もう一つは馬乗りになって、乗ったアバターの首を左手で押さえつけていた。

 下になったアバターは青葉で、両腕を失っていた。

「さすがお姉ちゃん。やっぱり敵わなかったわね……」

 馬乗りになったアバターは黒姫で、右手を変な風にひしゃげさせ、そこがパリパリとスパークを発していた。

「青葉こそ。私の主人格メモリーメインパーソナルコアにこれだけ近い場所で、アバターだけのあなたに、ここまでダメージを与えられるなんて思わなかったわ」

 二体とも元々着ていた、服を模した七枝刀はもはや見る影もなくボロボロになり、かろうじて下着を模した、接続用プラグインをまとっているのみだった。

「悔しいなあ。こんなに弱くちゃママを守れないよう…………」

 青葉がグズグズと泣き始めた。

「泣かないで。私をここまで追い詰められたんだから、そうそう負ける事なんて無いわよ」

 黒姫が青葉の頬を撫でる。

「“そうそう”なんてダメ。“絶対”じゃなきゃ嫌なの」

「青葉……」

「……だからゴメンね、黒姫お姉ちゃん」

「何を言っ――」

 ドシュッ!!

 聞きかけた瞬間。青葉の胸から小さな手が伸び、黒姫の胸を貫いた。

「あっ……! あくっ…………」

 貫かれて悶える黒姫が、あたかも生気を吸われるように、見る見る幼く変化していく。

「安心して、黒姫お姉ちゃん。私の移植インプラントが済むまで、十二単トゥルブレイヤーの№4が持つカギで、元のパーソナルまで退行してもらうだけだから」

「一体、……どう……やって? 私の……分身は、…………青葉……には…………コントロール……でき…………ない、……はず…………」

「コントロールなんてしてないわ。ただ目を覚まさせて、元の記憶を戻して“説得”しただけよ」

「そう……私が…………人に近づいた……から、…………№4にも、……トラウマがあったから、…………青葉に…………“共感”……して、…………しまった、……のね?」

 すでに中学生くらいまで退行した黒姫が、途切れ途切れに言う。

「ええ、雛菊デイジーお姉ちゃんと、雨糸お姉ちゃんの馴れ初めのログを見て思いついたの」


「………………かわいそうな子」

 完全に元の年齢に戻った黒姫が、ポツリと言った。

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