十月桜編〈5年2組〉

「次はねえ、……雨糸お姉ちゃんだって」

 姫香に左肩を取られ、右肩に移動してきた黒姫が言う。

「…………そうか」


「……終わった?…………いい?」

 壁の向こうから、姫香と同じノリができないらしい雨糸が、遠慮がちに聞いてきた。

「いいぞ」「いいゼェ」

「じゃっ、じゃあ、……にに、二番。さっ、西園寺……うっ雨糸……です」

 だが、声はすれど本人が出てこない。


「とっとと出ろアル!」

 パチッ。


「きゃん!」

 怒った雛菊にライトスタンで脅されつつ、ようやく雨糸がおずおずと出てきた。


「ひゅう……」

「きゃーー!! あの子カワイイーー!!」

「ほほう、なかなか……」

 雨糸の姿には女性の感嘆も混じった。


 雨糸のbathingベイシング ribbonリボン姿は。

 イメージとしては、熱帯のカラフルなツタが、あたかも体を巻き付けているようなイメージだった。

 雨糸の適度に肉付きの良い健康的な肢体には、伸縮自在なストッキングのように、柔らかそうな感じの素材のリボンが使われてた。

 それは緑から白、時折イエローの斑点が混じるグラデーションを基調としていて、スタートが左の手首から始まり、肩、首を回りながら胸まで来て その中心でクロスさせたリボンが、白とグリーンのグラデーションのうねったフリルを下げていた。

 そのままアンダーバストへと、ねじって紐のように細くして、不規則に回りながらウエストへ流れ、腰のあたりで再び開いてVラインを巻き込み、その上を再びフリルを垂らして、スカートのように腰回りをぐるりと一周させている。

 そして右足をフリルを開いたまま回し、足首で先端をわずかに引きずるように閉じられていた。

 特徴としては、バストと腰で意図的にフリルを開いて、視覚的に膨張感を生み出して、さくらより大き目(と思う)の雨糸の体をよりグラマーに見せていた。

 淡い色合いとふんわりした素材にフリルの部分を多用したのは、スレンダーなさくらや姫香に対して差別化を図って、体の正確な輪郭をぼやかせて、雨糸にコンプレックスを抱かせないためだろう。


「……あれ?」

 そんな雨糸の全身を見て、違和感を感じてよく見てみると、ナチュラルに下げた髪と頭には、いつもの赤い玉のついたヘアゴムタイプのツインシステムが無く、代わりに細いブルーの金属製のヘアバンドがあった。

 おそらくそれが新しいツインなのだろうが、アレルギーのある雨糸が非接触タイプのツインをしていない事を不思議に思った。

 ……金属製か? 大丈夫なのか?


「おお、西園寺もちゃんと胸があるじゃ(バキッ)――げはっっ!!……」

 それには気付かない圭一の呟きはしかし、猛ダッシュしてきた雨糸の右ストレートで強制終了させられた。

 吹っ飛んだショックで、達磨落としのように中将が空中に取り残され、直後のその場にすとんと中将が着地する。


「……死ね」

 圭一を殴ったままの、右手を突き出した前傾姿勢で、雨糸がフローラばりのドスの利いた声で呟く。


「「「「…………………………………………」」」」

 女子とはいえ、渾身のパンチを間の当たりにしたギャラリー(俺を含む)が、身震いして絶句する。

「…………ウイ」

 ダッシュした雨糸に置いて行かれ、トテトテと歩きながら追ってきた雛菊が、あきれたように雨糸に声をかけた。

「(ハッ)…………………………………………」

 口を手で覆いながら、顔を赤らめて雨糸が周りを見回す。

「雨糸…………」

 それを見て俺も何とか声を出す。

「…………どっどう? ……裕貴」

 腰に手を当てて膝を曲げてポーズを決め、ひきつった愛想笑いを浮かべながら、軽く、ゆっくりとターンした。


 ……無かった事にしやがった。


 その雨糸に恐れをなしたのか、俺の左手を抱く姫香の手に力が入る。

「おおう、……かっ、かわいい?」

「(ピク)……疑問形?」

 すがるような瞳から、苦し気な泣き顔に代わりそうになってハッとする。


「いや、可愛いよホント……」

 見苦しく言い逃れようとして、泣きだしそうな雨糸の視線を受けて、既視感デジャヴュを感じた。


 ……この目、どこかで見たな。

 そして、次にそれを思い出した瞬間、脳内に電撃が走る。


 そうだ!! Alphaさくらを追うと決めた時、国家機密コード02に触れるリスクがあると知ってなお協力してくれた時だ!!


「裕……貴?」

「裕兄……?」

 思い出して納得し、軽いめまいを覚えて目を閉じていると、雨糸と姫香から声をかけられる。

 不安げに見つめる二人を安心させようと口を開く。

「――ああ、すまない。雨糸があんまり綺麗だから、ちょっとめまいがしたんだ」

 あの時はこうして同じ日常が戻って来るとは思わなかった。

 それがこうして目の前にあるのは、間違いなく雨糸が背中を押してくれたからに他ならない。

 言葉では尽くせないほどの愛情と思いやりを無償で与えてくれ、キスでしか返せていない。

 いくら恩があっても、気持ちは道理や義理では動かない。

 ならばせめて欲しがる言葉くらいは上げたいと思う。

「なっ!! ――裕貴ったら……」

「本当だ。綺麗だと思うよ」

 

 雨糸の正面に立って両手で頬を挟んで、笑って言いながら、そう本心から心中で付け足す。

 ここまで尽くしてくれた上、常識では計れない世界に結果的に巻きこんでしまった雨糸に、言葉で足りるならいくらでもかけてやろうと思う。


「おおう……」

「ヒューヒュー」


 ギャラリーから冷やかし混じりの声が聞こえる。

「なっ! ばか。どストレートすぎるわよっ! つか、お世辞なんていらないからっ!!」

 照れて逆切れした雨糸が、俺の手を振りほどきながら反論する。

「お世辞なんかじゃないさ、俺は納得ずくの言動しか出ないんだ。知ってるだろ?」

 俺が冷静にそう言うと、一歩下がった雨糸も落ち着きを取り戻して、一つため息をついて呟く。


「……そうね。協調性が無くて自己中で、空気に合わせられないボンクラの唐変木だったわね」

「ボンクラ……ってひどいな、だからまあ、間違ってもお世辞なんか言わないから、素直に受け取ってくれよ」


 そう言うと雨糸が背を向けて俯いてしまうが、まだ太陽に晒していない白い体は、首筋から肩、背中まで真っ赤になっていた。

「そっ、そうね…………まあ、信じてあげるわ………………ありがと」

「良かたアルな! ウイ、……ん? 泣いてるアルか?」

 足元に寄ってきて、雨糸の顔を覗き込んだ雛菊があっさりばらす。


「デジーのばか~~~~!!」


 雨糸はそう叫ぶと、雛菊をわっしと掴んで、お手洗いの方へ駆け出して行ってしまう。

「ゆーきお兄ちゃん……なんかほんの数秒でホトケ様みたいな顔になったよ~?」

 雨糸を呆然と見送っていたら、黒姫が聞いてきた。

「うん。雨糸の子犬みたいな目で見られたら、さくらの事で色々手伝ってくれた事を思い出しちゃってな」

「そっか~~」

「裕兄ちゃんってば、知らない間にフラグ立てまくってんだねえ……ふふ」

 姫香が再び左腕に絡みついてくる。

「いやあ姫ちゃん、裕貴は最初っからモテてたぜぇ、ただ、西園寺が言う通りマイペースだったから気が付かなかっただけだったんだ、俺なんかモテた事がねえからホントうらやましいゼェ」

 殴られた左頬をさすりながら、圭一が姫香に言う。

「そっ! そんな事!……ない! ……よ? ……圭ちゃん……だって…………モテる……と、思……う」

 最初、勢い込んで否定しようとした姫香だが、だんだん声が細くなり、しまいには俺の背中に回って、圭一から隠れてしまった。

「「??」」

 その様子に圭一と顔を見合わせて首を傾げる。


「……うんうん、は~い。……次はフローラお姉ちゃんだって」

 黒姫に連絡が入る。

「おお? 真打か? 楽しみだゼェ」

「……そう……だな」

 例の事故の件があるので、素直に喜べない。

「騒ぎは収まったか?」

 壁の向こうからフローラの声がする。


 これまででもう結構騒いでいるので、女子側出入り口には、10数人ほどの人だかりができていた。

 それもそのはず、レベルの高い女子達が、“水辺の正装”と呼ばれる水着の最新ファッションを着ているのだ。

 それを先に中で知ったらしい女性客が、連れの男性陣を引き連れて、キレイだねえ、とか、いいなあ、とか言って、暗に買わせるダシにしようとしている人達も居いた。


 ……ま、フローラは人だかりで物怖じするような性格じゃないからいいか。


 集まって次を期待する人達を見回してそう考える。

「……ああ、いいよ」

「そうか。……3番、プリシフローラ・イングラムだ!」


 そうして、堂々と名のり、颯爽とモデルなみのウォーキングで出てくると、群衆の視線の中心、すなわち俺達の前に来てクルッとターンして、腰に手を当ててピシッと姿勢を決めた。


「おおお!!」「すごい~~!」「女神……」

 あまりに綺麗で、ギャラリーからも単調な感嘆しか出てこない。


「「…………………………」」

 俺や圭一に至っては、とっさに声が出てこなかった。


 フローラの姿とbathingベイシング ribbonリボン姿は。

 簡単に言えば、全体に巫女服をイメージしたデザインだった。

 と言っても、姫香のように服の輪郭線アウトラインをなぞったのと違い、色や要所要所を巫女服に似せたものだった。


 具体的には――。


 髪はシングルのポニーテールにして、白い帯状の髪留めで長めにまとめていて、リボンは幅広で赤と白の二種類を使い、肩や首には回さず、肩出しのトップスデザインで、右腕を白、左腕を赤にして回し、わきの下を通してボディに戻したリボンを、その豊満なバストを包むように真ん中でクロスさせ、右が赤、左が白で支えていた。

 そして今度はリボンを細くねじり、背中から脇、お腹を交互に網目状にクロスさせながら下半身へと下げていく。

 腰まで来たら、左右の骨盤の角で金色のリング状の金具を介して再び広げ、タケノコのように、赤白交互に巻き付けながらVラインを覆い、最後は左太ももを赤、右太ももを白にピッタリ巻きつけて締めていた。

 フローラはそれに合わせてか、首のライムグリーンのチョーカー型ツインを変え、金色の古代風の彫刻が施された三日月型のものに替えていた。


 単に金髪碧眼の欧米女性が着た、コスプレっぽい巫女服の紅白の単調なツートーンと違い、リボンを開いたりねじったりクロスさせたり、交互に重ねたりと、リボンのバリエーションを駆使して深みを出し、その金髪と相まって、全体にどこかオリエンタルな雰囲気を醸し出していた。


「……どうした? 言葉がないな」

 感想を急かすフローラ。だが、怒りは感じられず、余裕の笑みで待っているように見えた。

「お、……ああ。……うん、すごく綺麗だ」

 ……て、月並みか!?

 他に言葉が見つからず、同時にギャラリーと同じような感想に歯がゆく思う。

「それだけか? それにはさすがに少し残念そうな顔をした。

「う、そう……だね……なんかちょっと神々しい感じがする」

 やっとこ脳内からつたない言葉をひねり出す。

「フッ……まあいい。お前らの顔がこれ以上ないくらい物語っているから良しとしよう……OKAME!」

 足元に待機していたOKAMEに声をかける。

「はい。フローラ」

「新しいツインのカメラモードは正常に作動したか?」

 そう言われて改めて見ると、空中投影エアプロジェクター用レンズに加え、宝石に偽装イミテーションされた、撮影用のレンズが装備されているのに気が付いた。

「問題ありません。正常に作動しました」

「お? じゃあ今のはフローラ視点で撮影されてた?」

「ふふふ……Yes!」


「またやられた……」

「そうか、しゃーねーなー。……チッ」

 圭一は諦めたように言うが、口元は少し怒っているようだった。

「ところでフローラ」

「なんだ圭一」

「俺の感想を言っていいか?」

「そう言えば聞いてないな……言ってみろ」

 含みがありそうな圭一の言葉に、フローラはすこし姿勢を正して圭一に向き直った。

「そのカッコ派手で綺麗だと思うゼェー」

「そうか。ありがとう」

 素直な褒め言葉に少し拍子抜けするフローラ。

「なんつーか、めでたいイメージだよな、そう! まるで“ご祝儀袋”みてーな? アーーハッハッハ……」


「ぷっ! ……ふふ」「ふふ……確かに」「……うまいわね」

 ギャラリーから短い失笑が漏れるが、女性が多いのはフローラに対する嫉妬だろう。

 それを聞いていたフローラが少し俯いて腰を落とす。

「泣いちゃったかな?」

 そんな後悔の言葉が聞こえる。が。

 ……違うな。


 俺が脳内で否定した瞬間。

 ヒュッ!

 風きり音がしてフローラの右手裏拳が飛び、圭一の顔を狙う。

「おっと!」

 半歩下がってそれをぎりぎりで圭一がかわす。

「ふんっ!」

 それをさらに見越したフローラが、一歩踏み込んで体を回転させて、上半身を落とし、右かかとで圭一のボディを狙った。

 だが、やはり体力が落ちているのか、ツーテンポくらい遅れているように見えた。

 ……ああ、やっぱり前のようなキレがない。


 空振りするだろうと思いながら見ていたら、意外な事が起きた。

「なん(バチッ)ぎゃ!!」

 フローラの動きを見切って、さらに下がってかわそうとする圭一を、中将がライトスタンをかまして封じ込める。


 ドスッ!

「がはっ!」


 鈍い音と共に、フローラのかかと回し蹴りが圭一の右わき腹へ叩き込まれ、圭一がもんどりうって左側へ吹っ飛ぶ。

 そうして倒れた圭一に近づいて、フローラが圭一のわき腹を踏んづける。

「ぎゃふっ」

 呻く圭一を見下ろしながら、ドスの利いた声で囁く。

「お前を血でどす黒く染めて、香典袋、いや“ズタ袋”のようにしてやろうか?」

 ブルブル。

 圭一が痛みをこらえながら激しく首を振る。

「反省しているようなのでその辺でマスターを許してください」

 中将姫が圭一の顔の近くに立ち、フローラを見上げながら圭一の代わりに弁解する。

「……まあいい。中将に免じて許してやる。だが忘れるな? 普通の水着ならいざ知らず、これは涼香が私の為に仕立ててくれたものだ。それを侮辱するのは誰であろうと許さない」


「「!!」」

 ……その通りだ。


圭一マスター、私がマスターの動きを封じて、フローラさんの制裁を受け止めさせた理由が分かりますね?」

「……ああ、分かった。俺が悪かった」

 よろよろと腹を押さえながら起き上がり、素直に認める圭一。

「分かればいい。お前のお調子者の性格は嫌いじゃないが、もう少し物事をわきまえて行動しろ」

「……そうだな、すまなかった」

「よし、じゃあ後で何かおごれ」

 フローラが笑いながらそう言って右手を差し出す。

「いいけど、……だが俺の小遣いで買えるものにしてくれよ」

 そう言いながら圭一がフローラの手を取って起き上がる。

「ああ」


 パチパチパチ。

 周りのギャラリーからまばらに拍手が起こった。


「――!! ……さっさあ、次はさくらか。声をかけてくれ」

 それにはさすがのフローラも照れたようで、照れ隠しに進行を急かしてきた。

「は~~い」

「……もう。圭ちゃんたら。そこの壁の後ろで涼姉にも聞こえていたはずだから、後でちゃんと謝っておくんだよ?」

 姫香が圭一に駆け寄って言う。

「そうか。すまねーな姫ちゃん。そうするわ」

 圭一がそう言って姫香の頭を撫でる。

「もう! 子供みたいに頭を撫でないでよっ!

 姫香が軽く怒る。

「……ははは。子供じゃないか」

 圭一が笑う。


「じゃあ呼ぶね?」

 黒姫が言うと、入り組んで中が見えないようになった壁の陰から、紅銀髪スカーレットシルバーを垂らして、嬉しそうに笑ったさくらが頭だけ出した。


「……んじゃあ、でま~~す♪」

「いいよー」


「4番、霞さくら。よろしくお願いしまー~~す」

 以外にも陽気なさくらの声に、一抹の不安を覚える。

 刀身のような凄絶な雰囲気のあるさくらの肢体を、嬉しくさせる水着のコンセプトが全く読めず、戸惑いながら圭一と二人で固唾を呑んで、さくらの登場を待つ。

 いつの間にか戻ってきた雨糸に加え、フローラ。姫香を見ると、薄く笑ってこっちを見ていた。

 ……心配するようなデザインじゃないのかな?

「ちゃっちゃら~~…………」

 心配をよそに軽やかに呟きながら、壁の裏から悠然とさくらが登場した。


「え!? 赤い髪? 染めてるのかしら?」「霞さくらって……ええ? まさか……」「……顔の傷、目の色……嘘だろ?」

 ギャラリーには一部さくらを知っている人がいるらしく、目を白黒させているようだった。  


「「おおおお!!」」

 そして俺と圭一は素直に驚きの声をあげる。

 そのさくらのbathingベイシング ribbonリボン姿は。

 淡い金白色と銀白色のがトラの模様状にリボンに沿って入り組んでいた。

 その包帯の幅ほどのリボンが、少し肌が見えるように全身を横向きに、荒く不規則に巻き付けていた。

 それは手首から首筋、足首まで全身をくまなくピッタリ巻き付けられ、見事に整ったさくらの肢体の輪郭を、余すところなく表現していた。

 そして、気になっていたさくらの傷痕は完全には隠されておらず、リボンの隙間から、赤い点のようにあちこちから見え隠れしていた。


「これは、……もしかして」

 圭一が呟く。

「……ああ、“桜の木”をイメージしているな」

「うふふ~~、やっぱりわかった~~?」

 さくらが嬉しそうに聞いてくる。

「それだけか?」

 フローラがさらに聞いてくる。



「そうだね、他は……光沢のある金白色と銀白色のグラデーションに、隙間から見える傷痕は桜の木の皮目を表現しているんじゃないか? てことはさくらの体で木の幹を表現していて、さらにこの色の組み合わせと、この――」

 そう言いながらさくらに近づいて、その長い髪の先端をひと房持ち上げる。

「この?……なあに?」

 期待いっぱいに潤んだ瞳で、さくらが聞き返してくる。

「この髪で“八重紅枝垂れ桜”を表現してるんだ」

「ピン・ポ~~……んぐっ……当た……り……」

 さくらが茶化しきれず、へたり込んで泣いてしまう。

「裕貴、100点の回答だ」

「はぁ、さすがね……」

「ねえ、あたしは最初さくらさんの体見た時、涼姉どんなデザインのリボン巻くのかな? って、不思議に思って、いざ着付けてるの見たらびっくりしたよ」

 フローラ、雨糸、姫香が口々に感想を口にする。


「そうだな、桜の木の皮目を傷痕で見立てて、こんな風に表現するなんて思わなかったよ」

「ひくっ……うん。全部隠すのも、逆に全部晒すのも、どっちも不安や違和感が少しあったけど、涼香がうまくカバーするようにデザインしてくれたから、すご~~く嬉しかった」

 立ち上がり、俺から受け取ったタオルで涙をぬぐいながら、さくらが本当に嬉しそうに笑う。


「……で? その功労者はどうした?」

 圭一が聞く。

「そうだな。大トリはどうした?」

 そう聞いて出入り口を見ると、顔だけ出してこちらを見ていた涼香と目が合う。

「ひっ!……」

 短い悲鳴を上げて涼香が驚く。

「どうした? 涼香がbathingベイシング ribbonリボンを着られないのは分かってる。普通の水着なんだろ? 早く来いよ」

 そう声をかけると、おずおずと出て来た。

「じゃっ、じゃあ……」

 そう言ってみんなの前まで来た涼香は、肝心の水着を着ていなかった。

 恰好は薄いブルーのキャミソールに白い半そでパーカーを羽織り、クリーム色のショートパンツをはいていた。

 ……何の事はない。出掛けた時のままの服装だったのだ。


「なんだ? 泳がないのか?」

「ううっ……ん、わたっ、たたしはいい……から……みみんなでで、たのしっしんで……ね?」

 フローラ達を見回し、静香の前にいる以上におびえながら、なにやら言い訳をする。

「はぁ……私の説得じゃダメだったわ」

 肩の一葉が女性陣に呆れたように言う。


 その言葉に女性陣を見回すと、微妙に怒っているオーラが漂っていた。


「フローラ」

「ああ」

「雨糸さん」

「……仕方ないわね」

「さくらさん」

「うふふ~~」

 姫香が3人の名を呼ぶ。


 パチン。

 姫香が指を鳴らす。

「……やっておしまい」

「「「了解」」 ~~」

 なぜか姫香の号令で3人が返事をする。


「ひぃぃ~~~~~~~~!!」

 涼香が悲鳴を上げ、逃げようとするが、フローラがまず涼香の左手をつかんで引き留める。

「諦めろ」

 続いて雨糸が右手をつかむ。

「手間を掛けさせないで」

 そうしてさくらが涼香の両足を持ち上げる。

「大丈夫、怖くないよ~~」


 そうして両腕をフローラと雨糸に持ち上げられ、さくらに両足を抱えられて連れ去られる。

「ダメダメダメ……きゃあ~~~~!!」

 悲鳴を上げながら涼香がロッカールームに消えていった。

 そうしてしばらくすると。

「いやあ~~~!!」

 とか、

「やっ、やめて~~!!」

 とか、子猫が親を必死に呼んでいるような、悲痛な叫びが聞こえてきた。

「……大丈夫か? オイ」

「ふふふ。…………さてと」

 圭一が姫香に聞くが、姫香は意味深に笑うだけで、返事をしないままロッカールームへ消えた。

 しばらく涼香の悲鳴を聞きながら、圭一とヤキモキしていたら、姫香が何かを持って戻ってきた。


「はい。裕兄ちゃん。持ってて」

「……なんだ?」

 渡されたのは白い布に包まれた服のようで、気になって広げてみる。

「なっ!!」

 広げた途端、包まれていた中身が床に落ちてしまう。

 白い布はパーカーで、それに包まれていたのは薄いブルーのキャミソールと、クリーム色のショートパンツに、細かい花柄が散りばめられ、短いフリルのついた、ピンク色のブラとパンティーだった。

「あ~あ、散らかしちゃってー……」

「って、おい、これは何だ?」

 生々しく体温の残る衣類をかき集めながら、姫香に聞いてみる。

「何って……涼姉の着てた服よ」

「そりゃ分かるけど……」

 どういう事だ? と聞き直そうとしたら、フローラ達が戻ってきた。


「……いたたた。けっこう抵抗されたわね」

 雨糸が足をさすりつつぼやく。

「ごめんねえ、うっかり足を離しちゃったから」

 さくらが謝る。

「まあ、外れた反動で足が当たっただけだ。涼香もワザと蹴ったわけじゃないから許してやれ」

 フローラがとりなす。

「うん。分かってる……けど」

 雨糸がそう言って出入り口を見る。


「かっ、返して~~~~…………」

 顔だけ出して、泣きそうな目で訴える涼香が居た。


「そこに置いてある水着を着てくればいいだろう?」

「そうよ。あきらめなさい」

「だいじょ~ぶ。涼香は可愛いから絶対似合うよ~」

「涼姉あきらめ悪いよ?」


「ふええ、そっそうじゃなくって~~…………」

 フローラ、雨糸、さくら、姫香に畳みかけられ、涼香が消え入りそうに叫ぶ。


「おい、一体何なんだ?」

「そうだゼェ。なんかイジメてるみてーに見えるゼェ?」


「「「「絶対そんな事ない」」」 わよ~~」


「ゔ~~~~~……」

 こちらを伺っていて望みがないと悟ったのか、ひとしきり呻いて涼香が奥に引っ込んだ。


「……ふう。諦めたようね」

 雨糸が息をつく。

「ふふふ、今日の最大の功労者だもん。一番おいしい所をあげなくちゃ!」

 姫香が手を叩く。

「そうねえ、男の子は好きだものねえ~~」

 さくらが言う。

「実は私はよくわからないんだが、そういうものなのか?」

 フローラが呟く。

「うん。そーゆものみたい。裕兄ちゃんなんかデレデレだったもの」

 姫香が言う。

「おっ俺?」

「ああもううるさーアルな、主役が来たアルよ」

 話を振られて聞き返そうとしたら、雛菊が遮る。


 そうして出入り口を見ると、真っ赤な顔だけ出した涼香が見ていた。

「涼姉キターーーー!!」

 姫香がそう叫ぶと、一目散に涼香の元へ駆けだした。

「来たか」

「来たわね」

「ふふふ~~」

 そうして、壁の向こうで二人が少し押し問答をした後、姫香が涼香の手を取って叫ぶ。

「はーい。エントリーナンバー5番。思川涼香16歳でーす!!」

「ちょっ!! 姫ちゃん、そっそんな大きな声で……」

「何言ってるの!! もう着ちゃってるんだから出るしかないでしょ!!」

「ひゃ~~!!」

「はーい。どーーん!!」

 そんなやり取りの末、姫香に強引に涼香が押し出された。


「「おおおおおおおおお!!」」


 圭一と二人、声量だけは今日一番の歓声を上げた。


「うひょーー!」「ぐはっっ!」「な……ん……だと?」

 涼香の水着はなんと、姫香の5年生の時のスクール水着だった。

 そしてスリーサイズは心もとないが、美少女に分類される涼香のスク水姿に、周りのギャラリーも歓声を上げた。

 だが、みんな連れの女性陣の冷たい視線や、痛そうなツッコミを貰って、不平を漏らしながらみんな散ってしまう。



「小学生のおさがりなんて。はっ、恥ずかしい……」

 ギャラリーが少なくなって、ようやく涼香がおずおずと俺らの前に来たが、顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 小学生の時の姫香のおさがりとはいえ、同年齢の時は体格は姫香の方が良かったのか、若干ダブついていて、上から覗き込めば見えてしまいそうだった。


 ――姫香の水着。それもいわゆる新スクール水着ではなく、旧スクール水着と呼ばれるものだった。

 新しい水着と違う点は、実は旧スクールはお腹が開くタイプで伸縮性に乏しく、いくらかダブついてしまうのだ、だが新タイプは開口部のない、競技用に近いデザインで、体にフィットするデザインだ。

 そもそもそんなものが2032年の現在にあるのは、一部女子生徒の保護者からの要望で復活したからだった。

 その理由と言うのは、“ふくよかな体型を気にする子供にとって、ぴったりフィットする新型水着は、コンプレックスを助長させてしまう”……からだそうだ。

 そんなわけで、当初希望者のみが使用していたものだったが、ウチはお父ヘンタイの強硬な意志により、姫香と共に涼香にも旧スクを与えられていたと言う訳だ。


「……く、“5年2組 水上姫香”って名札までついてるじゃねえか!」

 圭一が興奮を隠せずに叫ぶ。

「……姫香、これを取りに戻っていたんだな?」

「そうだよー。……ふふ、裕兄ちゃん、なつかしいでしょ? 涼姉を世話してた頃の水着だもんねえ」

「そうだな、ギプスがとれたばっかしの時、腕がまだよく動かなくて、着替えを手伝った覚えがある……」

 思い出して遠い目になる。

「そうか、そういう思い出があったのか」

「……ふん、結局そーなるのよね」

「まあいいじゃない? 目を細めてる今のゆーきの顔を見れば、どんなふうに感じているか分かるでしょ?」

「そーね。もうちょっとイヤラシイ目で見るかな? って思ったけど、それは当て

 が外れちゃったな」

 フローラが感心し、雨糸がぼやき、さくらが意外に冷静に観察していて、姫香にひどく思われていた事を知った。


「勝手にしてくれ……」


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