十月桜編〈あくやく〉

「食べたばかりだから腹は加減しろよ?」

「……分かっている」


 本当なら、小さいとはいえ夜のクラブのオーナーとして地位を確立しており、最新式のマッサージ機を、購入したりできるくらい裕福なはずなのだが、俺をイジるためか、小さい頃から出しゃばるたびに、こうしてこき使ってくる。


 ……まったくもう。


 そうして苦々しく思いながら、一瞬強く押して痛くしてやろうかと意地の悪い考えがよぎるが、こうして栗色のウェーブの掛かった髪に、襟足の長い細い首筋を見てしまうと、やはり涼香と母娘なんだと実感して、意地悪くするのを躊躇ってしまう。


 あんな育ち方しなけりゃ、涼香もこれくらいグラマーに成長するんだよな。

 

  口に出せない褒め言葉に、自分でも苦笑いする。

「しかし、寄る年波には勝てないのか? 肌の衰えが判るようになってきたぞ」

 悔しさを紛らわすため、ストレートに嫌味を言う。


「……ふっ、涼香チビを庇って私の前に立ちふさがったが、密かに足が震えていた小僧が一人前に言う様になったじゃないか」


『――涼香に手を出すな! 殴りたいなら俺を殴れよっ!!』


 鬼の形相をしたこの母親と涼香の間に立ちはだかり、半分ビビりながら強がった子供の頃の事を思い出す。


「知ってたのかよ……つか、当たり前だ。俺達が何歳いくつになったと思っているんだ」

 そんなありきたりな反撃にも動じないで言い返す。

「知っているさ。チビは16歳で結婚できる年にはなったが、まだ未成年で私の管理下にあると言う事もな」

「だったら黙ってマッサージされてろよ、じゃないと今だけじゃなくて老後もストレスを与えられることになるぞ」

 保護下と言わず、管理下と言う所に高圧的な意図を感じ、俺もムッとする。


「……ふん、チビがやり返すような覇気があるものか。……でもたしかにストレスの溜まる商売だから一理あるな。そしたら今の内に小娘をかまって、溜まったストレスを発散するかな」

 俺の脅迫にも動じず、的確に急所を突いたカウンターを決めてくる。

「……涼香には手を出すな」

「ん? 涼香がどうした? 小娘とは店の新人の事だぞ? ふっ、ふふふ……」

「ち、クソババアめ……」

 こうして虐待に関わるようなワードを熟知した上で避け、相手を抑え込んでくる事に歯噛みする。


「くくく……、小僧、力が入っていないぞ、もっとちゃんとマッサージしろ。あとちゃんとブラのホックも外して揉め。押された時に息苦しくなるだろ?……全く気が利かないな」

 勝ち誇った様に笑いながら注文を付ける。

「教わったとはいえプロじゃないんだ。そんな事まで気が回るかよ。……ハァ」

 そうしてため息をついてブラを外し、背中を中心にマッサージに専念する。


 まずはおでこを左手で持ち、少し上向かせてうなじをつかむ様に揉んで、だんだん肩口まで下がっていく。

「…………ん、……んくっ」

 首を持ち上げられて少し息苦しいのか、途切れがちな息が漏れるが、揉まれ慣れたもので、その事には文句は言わないのでに不満はないようだ。

 そうして肩まで揉み下げてきたら、今度は両手で普通に肩を揉んで、次に思いっきり両肩をつかんで、内側へ寄せたり広げたりする。

「くっ…………ふうっ…………くっ……」

 一緒に肺を伸縮されるので荒い呼吸を繰り返す。

 そんな風につかんで手の中にすっぽりと収まってしまう肩に、成長した自分の大きくなった手を実感しながら、揉む力加減に気を付ける。


 ……骨が細い。背の高さは違うけどやっぱり涼香と同じ感じがするな。


 そうして肉付きが少なく、幅の狭い華奢な肩を揉んでいると、かつて脅威だった存在が、とたんにか弱い存在に思えてくる。


 ま、だからと言って涼香にした仕打ちは許されるものじゃないけどな。


 ……マッサージを始めた頃は、こんな華奢きゃしゃなババアが驚異に感じていたのが、凄く不思議に思ったんだよな。


 そんな事を思いながら、次は肩甲骨の下をまずは両こぶしの中指の付け根で、ねじるように揉み、だんだん骨盤の上まで下がっていく。


「……ん、……んくっ、……つつ」

 アバラの下あたりを揉んでいると、痛がるような声が漏れる。

「痛い? もっと弱くするか?」

 手を止めて聞いてみる。

「いいや、構わない。続けろ」

「分かった……しかし、ここが痛く感じるのは内臓が弱っている証拠だって聞いたぞ。飲みすぎじゃないのか?」


「つつ、……ふっ、飲まないホステスで商売になるか。そこは弱くしなくていいからかまわず揉め」

「……わかった」

 そう言われて力加減を変えずに揉み続ける

「……しかし、どうしてそんな事を言う? 心配でもしているのか?」


「あんたが入院なんかしたらどうなると思う? 介護の為に涼香に負担がかかるじゃないか。涼香が成人するまであんたは健康でいて、出しゃばらなければそれでいいんだ」

「なるほど。じゃあ今はしっかり働かせてもらって早々に楽隠居して、そうして涼香チビに面倒見てもらおうかな」

「食っていけるだけの収入も、家賃のいらない住居もあるし、それなりの預貯金もあるはずだろ? 余計な事はしないでいいから、体を壊したりボケない程度に普通に働いて、子供に迷惑かけるなって言っているんだよ」

「小僧のおかげでジジイの遺産もたんまり入ったしな。ジジイに好意があるように演技するのにいい加減嫌気がさしていたから、あの件は本当にありがたかったぞ?」


 それを聞いた瞬間、思いっきり力が入りそうになり、とっさに両手を引っ込める。

「……あんたがそんな態度でいたから、あの人は涼香にのめり込んだんじゃないのか?」

「ふふ、そうかもな。だが結局は小僧があいつらの仲を壊したじゃないか。それにそもそも赤の他人のお前が私に文句を言う筋合いじゃないだろ?」

「くっ……!!」

 全くの正論に歯噛みする。


「そんなに悔しかったらチビと一緒になれ。そしたら小僧の言う事の半分くらいは聞いてやってもいいぞ? ……まあ、涼香がいれば今以上に奉仕してくれるだろうしな……うふふふ」

 ソファに肘をついて上半身を軽く起こし、赤黒の派手なブラの紐を肩に引っ掛けたまま、型崩れしていないバストをのぞかせ、涼香とよく似た顔をした静香が、悪戯っぽい笑顔で妖しく笑いかけてきた。


「ちっ……仮に涼香と結婚したとして、あんたと一緒になんて住んでやらない。遠くにでも引っ越してやるさ」

「それはどうかな。チビは私の元を離れないさ。絶対にな」

「……なんでそう言えるんだ?」

「なぜ小僧に教えてやらなきゃならないんだ?」

「くっ……、まあいい。今度涼香に直接聞くさ」

「ふふ。チビが話す事はないがな。……さあ続きをやれ」

 そう言って再びソファにうつ伏せになる。

「知ったような口を……。俺と涼香の付き合いの深さは知ってるだろう?」


「“知ったような口を”……か。どっちの事だかな……まあいい。小僧が平然と裸で乳繰り合えるくらいだって事ぐらい知っているとも」

「間違いじゃないが、ゲスな言い方をすんな!」

「どんなに付き合いが長かろうと、血縁があろうとなかろうと、人の心は覗けない。何年たっても分かりあえない事なんてザラにあるんだ。小僧が涼香の何を知っていると言うんだ? まさか考えが読めたり予言ができたりするのか?」


「そんな事までは……」

 もちろん考えまで読めるわけではないが、少なくとも静香ははおやよりは分かっているつもりだが、意味深な事を言われて断言できなくなってしまう。


「……ふん。あいつにそれができたら涼香は生まれていなかったさ」

 顔をクッションに埋め、一人事の様に言う。

「“あいつ”って誰だよ? 涼香の父親か? そもそも誰だよ」

 

「……………………………………ふん。…………知らん」

 長い沈黙の後、ふてくされたようにボソッとそれだけ言う。


 チッ、ビッチが……。

 口に出せない悪態をつく。

「……どうせ言えないような関係だったんだろ? ……いいさ、誰でも。涼香の父親が誰でも俺には関係ない事だ」


「くっくく…………そうか。そりゃあ何よりだ。せいぜいチビを守ってやれ」

「言われなくてもそうするさ。……あんたからな」

 またしても意味深な笑いとセリフに戸惑うが、おくびに出さずに反論しつつ、マッサージを続ける。


「……ああ眠い。その調子で今度は少し弱くして、もう1ターン繰り返せ」

「わかった。その汚い口が閉じるならそうしてやる」

「………………」

 返事もせずあっという間に全身が脱力し、体が眠りに落ちた事を伝えてきた。


「…………………………………………」

 そうして終始無言で言いつけに従い、一通りマッサージを繰り返した。


 ……さて、終わりだな。

 ホックだけ外した無防備な背中を見て、さすがにエアコンの利いた部屋ではまずいと思い、あたりを見回すと隣のシングルソファにタオルケットが掛かっていたので、それをつまみ上げて広げ、背中にかけてやる。


 ハァ、……風邪でも引かれちゃ、涼香が看病する羽目になるからしょうがないな。


 そうして部屋を出ようとしたら、気が付いたのか、背中に声をかけられた。


「…………ありがとう。裕貴」


「――なっ!!」

 それを聞いた瞬間。全身の血が逆流するような感覚に襲われた。


「ゆーき兄ちゃん!!」

 即座に心拍をツインで知覚した黒姫が声をあげる。


「くっ……!」

 振り返って横たわったその背中に、蹴りを入れたくなる衝動を、黒姫の叫びで我に返り、何とか抑え込んだ。


「…………………………くそっ!」


 無言のまま早鐘を打つ胸を押さえながら、落ち着かせるようにそっとリビングの扉を閉めて、部屋を後にする。


 涼香の部屋の前まで来て、廊下に座り込む。

 耳を澄ませると、中では今度はフローラの番になったのか、フローラ達の潜めたはしゃぎ声が聞こえる。


『……え~~? 涼姉、フローラにその色!?』

『……なんだ? bathingベイシング ribbonリボンはよくわからないけどヘンか?』

『そっそそ、そんな事……ない! …………よね?』

『なんで聞き返すのよっっ涼香!! スタイリストがそんなじゃ、モデルが不安になるでしょ! いいから最初に感じた自分の直観を信じなさいっ!!』

『はっはははいっ! …………だっ……だそうです』

『ぷっ! ……くくく、涼姉ったら…………』

『ふふ、。……いいだろう。任せた』


 そんなやりとり聞いて平常心を取り戻そうと、ゆっくりと深呼吸する。

「…………………………フゥ」

「……ゆーき兄ちゃんでもあんな怖い顔するんだね」

 息を吐くと、傍に居た黒姫が少しおびえたように言ってきた。


「……ああ、まあな」

「どうしてお礼を言われて怒ったの? わけを聞いていい?」

 黒姫が心配そうに見つめて聞いてくる。


「……ああ」

「教えて」


 まだ心の奥が熱を帯びて泡立つ感覚があり、それをクールダウンさせながら、何と言えばいいのか考えながら思考を整理する。


「……俺はずっと静香あの人が嫌いだったし、好きになれなかった」

 そうしてゆっくりと息を吐きながら黒姫に説明した。


「……うん」

「涼香をずっといびり続けて泣かせていたから、許せなかったし許したくなかった」

「うん」

「……だから“嫌いでいたかった”んだよ」


「う~ん……、よくわからない」

「……そうか」

 困った顔をして、首を傾ける黒姫を見て、さらに説明しようか悩む。

 だが、この小さくて未だ幼いパートナーには、自分の事を知っていてもらわなければいけないと思って口を開く。

「…………正直に言えば、お礼をを言われて一瞬でも嬉しくなったのは事実だけど、すぐにそんな風に感じた自分に腹が立ったのと、今更そんなまともな事を言うババアに腹が立ったんだ」


「……そっか~。ゆーき兄ちゃんは涼香ママには“あくやく”でいてもらいたかったんだね?」

 黒姫が的確に、だが少し悲しそうに聞き返してくる。


「!! ……そうだな、そう言う事になるか」

「そんな風に思いたいなんて悲しいね…………ゆーき兄ちゃん辛くない?」

 黒姫が抱えた俺の膝によじ登って来て、膝の上に立って後ろ手で首を傾げながら、うかがう様に覗き込んできた。

「……別に辛いと思った事はないが」

「……そう? くろひめは楽しい気持ちがココロにいっぱいつまっていた方がイイと思うから、クライ事は考えないようにしているよう?」

 

「ふふ、ポジティブだな。それがAlpha黒姫、――いや、“霞さくら”の思考ルーチンなのか?」

「思考ルーチン?」

 黒姫がデータベースやネットを使わずに聞き返してきた。


 ……俺との会話から学習しようとしているのかな? ……つかこれも人型思考ヒューマンティック行動原理アルゴリズムの一つなのかな?


 このやり取りに、単なるDOLLデバイスに付加された支援A・Iでなく、“人間として”八咫鏡ヤタノカガミ設計デザインされた事を改めて再認識した。


「……思考ルーチン。……そうだな、この場合は黒姫の“物事の考え方”っていう意味が正しいかな」

 少し驚いて、じっと黒姫を見返しながら説明する。

「そっか~、そーかもしんない」


「ははは……」

「ふふふ~~」

 そうして見つめあって軽く笑いあう。


「……まあ、俺も清廉潔白な人間じゃないから、普通に人を嫌う事もあるさ。……幻滅したか?」


「ううん。そんなことないけど、くろひめは嬉しいとは思えないかな?」

「そうか。……悔しいが自分の事でも分からなかったり、コントロールできない事って人間にはあるんだよ。……反省しないとな」

 正直に言われるが、至極当然の反応に逆にすまなく思う。


「うん。……でもどうして涼香ママはそんな事を言ったのかなあ?」

「……どういうことだ?」


「だって、ゆーきお兄ちゃんの反応を面白がっているっていうか、どういう顔をするのか分かっているみたいだったのに、お礼を言ったらゆーきお兄ちゃんが怒る事が分からなかったのかな? ……って思ったの」


「そう言われれば、……トークが商売の人間が、赤ん坊の頃から知ってる俺のリアクションを見抜けないのはおかしいな」

「どうしてだろうね~……?」

「だがまあ、昔っから確かに俺をイジって楽しんでいるフシがあったから、ただ単に黒姫の言う通り、俺を怒らせたかっただけじゃないのか? つか、考えてみればその方がババアらしいや」

「そうなのかなあ……」

 黒姫が難しい表情になって考え込む仕草をする。


「……ま。ババアの考えなんてどうでもいいや、考えた所で気が重くなるからやめとこう」

「……うん」

「あ!! てか、“さくら”に連絡して、来たらなるべく静かに二階の涼香の部屋まで来るように伝えてくれ。気を使わせて悪いけど、遊びに行く前に変なトラブルで空気を悪くしたくないからな」

 そう言い、この件から思考を切り替える。


「は~~い」

 

 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――そして数分後。

 黒姫を見ると、もの言いたげに俺を見ていたので、さくら達が近くに来たことを察した。


 ……来たか。


 黒姫に軽くうなずいて立ち上がり、階下に向かう。

 玄関に着くと、外に野太いエンジン音が聞こえ、すぐに止まり、近くで停車した事を伝えた。

 玄関のドアを開けると、ちょうど庭を横切ってくるのが見え、笑いながら手を振る。

「来たよ~~」

「……お邪魔しっ、……します」

「トラブったみてえだな」


「ああ。ババアを起こしちゃってゴネられた。……いつもの事だ」

「ババア?」

 俺の言葉使いにさくらが聞き返し、雨糸が眉を潜めた。

 事情を知っている圭一は平然として、黒姫か一葉から聞いたであろう事情を、ちゃんと理解しているようだった。


「……涼香の母親さ。嫌いだからそう呼んでいるんだ。まあ今はリビングで寝ているから、ドタバタしなきゃクレームをつけてこないと思うよ?」


「……そう。じゃあ静かにして涼香に迷惑かけないようにしなきゃね」


 そうして女子二人を涼香の部屋に案内し、圭一と二人廊下で待つことにする。

 その間、妙に落ち着かない圭一の様子が気になり聞いてみた。

「……ソワソワしてどうした?」

「ああ、いや、考えて見りゃ、涼香ンち来るの始めただからな」

「そうか? フローラの入院中涼香の送り迎えしてくれてたろ?」

「ああ、だが上がるのは初めてだな」

「そうだったか。 すまん涼香の性格と事情じゃ、絶対自分から他人を家になんて上げないもんな」

「そうだな。だけど裕貴は自分ちみたいに振る舞えるんだな……」

 圭一が少し残念そうに言う。


「しょうがないさ――」


 そう言ってフローラにした話を圭一にもした。


「――分かっちゃいるつもりだったが、オレぁやっぱりボンボンなんだよな。実際子供でもそんな守り方があるなんて、オレじゃあ思いつきもしないだろうゼェ」

 裕福な家に生まれ、裏のない職人たちに囲まれて育った圭一が残念そうにつぶやく。

「こんなやり方考え付く俺がおかしいんだ。普通は思いつかないさ。それにそんな圭一の真っ直ぐな所が俺は気に入っているから、圭一はそれでいいんだ」

 そう言うと、圭一があからさまに動揺した。

「……ふっ、じゃあ今度裕貴の“真っ直ぐなところ”を見せてくれよ」

 圭一が照れて頭を掻きながら、そう言って下ネタで誤魔化す。


「くくく。あとで“サンリバー長野”の更衣室で見せてやるよ」

「よし来た!! 比べっこしようゼ!」

「去年中学の修学旅行に行った時、風呂場でやったろ?」

「いいじゃねえか! 毎年やろうゼェ」


「……分かったよ」


 ライトスタンおしおきをかまそうか悩んでいた風な中将姫と、終始はてな顔の黒姫をよそに、圭一と二人で声を潜めて笑いあっていたら、涼香がドアを開けて声をかけてきた。


「おおおっ、待たせ……は、……入っていいよ」


 ――が、かなりくたびれた様子の涼香が力なく言う。


「オウ! どれどれ?」

 圭一が立ち上がり、真っ先に入る。

「終わったかい?」

 俺もそう言って後に続く。


「えええ~~~!?」

 先に入った圭一が不満を漏らす。

「どうした? ……って。ああ」


 圭一の脇に立ってその先を見回すと、女子4人とも長袖長ズボンの学校指定のジャージを身に着けていた。

「ふふ~~♪ 残念でした~~」

 さくらが嬉しそうウィンクする。

「残念だが、お披露目は舞台う裏でなくて、ちゃんと舞台に立ってからだ」

「そうよ。こんな風に綺麗にして貰ったら、それなりのシチュエーションが必要なのはあたりまえでしょ?」

「そうそう! だから裕兄達はプールに着くまでの我慢ね?」


 さくら、フローラ、雨糸、姫香の順でダメ出しされる。

「……チッ。しゃーねえか」

 圭一がぼやくが、それでも笑っているので、姫香の言葉通りプールに着くまでの楽しみにするようだった。

「そうだな。……ん? 涼香はどうした? 着ないのか?」

「あたっわたっしは――」

「誰が涼香にbathingベイシング ribbonリボンを着せられるのよ」

 涼香の言葉を遮って一葉が声をあげて否定する。


「「ごもっとも」」

 圭一と二人で頷く。


「……まっまあ、普通の水着は、よ、用意ししててああああある…………から」

「そうか。それもまた楽しみだな」

「あくっ……あああり……がと…………」

「それとみんなの着付けご苦労さん。お疲れさま……」

 そう言って涼香の頭を撫でる。


「うっ……ぅんっ!」

 すると感極まって泣き出してしまう。

「どっ、どどうした? なんかあったか?」


 褒めて頭を撫でるなんていつもの事なのに、今日に限って過剰な反応に戸惑っていると、姫香が腕を動かしてハグ抱きしめろ!のジャスチャーをしている。


 えええ!? 今か?


 女子達を見回すと、さくら急かすように、フローラは諦めたような顔をし、雨糸は拗ねた顔で、片手で“どうぞどうぞ”のジェスチャーをしている。


「…………よくやった。みんなの水着姿が楽しみだよ。お疲れさま」

「―――――んんっ! くっ!………………!」


 腕の中で頭をブンブン振りながら、声に出さない嗚咽を上げ始めた。


 涼香を抱きしめながら、周りを見回すと、さくらと姫香が涙ぐんでいて、フローラが腰に手を当てて困った顔をしていたが、口元はほころんでいた。

 雨糸は背を向けて、涼香の勉強机の椅子を引っ張って逆向きに座り、机に突っ伏しながら目の前の本をパラパラめくっている。


「あ!! そうだ、まだ開園時間まで間があるよね?」

「そうね。今が8時半だから、9時開園まで30分あるわね」

 姫香の言葉に一葉が答える。


「車なら10分あれば着くよね、裕兄! あたしちょっと忘れものしたから家に行ってくるね」


「……ああ。分かった」


 そうして涼香が泣き止むまで、女子達に囲まれ気まずい気分を味わっていた。


「…………ん。裕兄ちゃん。ありがとう」

 しばらくして涼香は泣き腫らした顔を上げてそう言った。

「……いいさ。それより朝飯はどうした? 涼香はまだ食べてないんじゃないのか?」

 俺の居心地の悪さを伝えるわけにはいかないので、話題を逸らすように聞いてみる


「え? ……どうして?」

「さっき“静香”の飯作った時、涼香が飯食った食器が見当たらなかったからな」

「!!………………もう! 裕兄ちゃん、私はもう小さくないんだから、私のご飯の心配なんてしなくても大丈夫なんだよ?」

 怒りながら、それでも嬉しそうに反発する涼香。


「そうか。でもまあ一応二人分作っておいたから、よければ食べてくれよ。もったいないしな」

「……うん。ありがとう」


 人前なのにどもらず喋っている涼香に驚くが、おくびに出さずに勧める。


「じゃあ姫ちゃんが戻る前に済ませちゃうね?」

「ああ。静香を起こさないようにな」

「うふふ。……はい」


 そう言うやり取りの後、涼香が部屋を後にしようとすると、涼香の勉強机にいた雨糸が声をかけてきた。


「……ねえ涼香」

「なっ、なな、ああに?」

 少し不機嫌な色をにじませた雨糸の声に、涼香がビビりながら答える。

「……この本、ずいぶん古いファッション雑誌だけど、ここに載ってるモデルは涼香……じゃないわよね。似ているけど誰?」

「そっ、それは…………ママ……なの」


「「「えええーー??」」」


 俺を含めた全員が驚きの声をあげた。











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