十月桜編〈レディー・ヤン〉

「ゆーきお兄ちゃんおはよう~~!!」


「……ん。……あ、…………ああ。朝か」

 黒姫に鼻を引っ張られ、目が覚める。


「ちょっと早いけど、急なよてーができたから起こしちゃった」

「……あふ、……そうか。まあ、どうせ休み中はする事ないからいいけど、予定ってなんだ?」

 あくびを噛み殺しつつ、聞いてみる。


「うんとねえ、ゆーべ青葉とデイジー、中将姫ちゅうじょう一葉ひとは達と話して、“サンリバーながの”に行こうって話したの」


 すでにDOLLとしての一般常識から外れ、マスターの意志を無視した話し合いが行われている事に今更苦笑いしつつ、一つ欠けている点を聞いてみる。

「……まあ、俺らが“NO”と言わない事は予測済みなんだろうが、フローラはどうする? 誘わないのか?」

「それはもうフローラも行くって、さっき青葉がきーてくれたの」


「そうか。んで? 具体的にはどうなってんだ?」

「えーと、まずは女の子たちが涼姉のおうちに集まって、“bathingベイシング ribbonリボン”を着て、そのままさくらママの車で行くよてい~」

「おお!! 水泳帯ベイシングリボンか、そりゃ涼香でなきゃダメだろうな。……つか、えらく段取りいいな」

「ゆーべDOLLのみんなで集まった時、どっか遊びに行こうって話になって、それなら、さくらママが休みの今日行こうって事になったの~」


「ああ! 日曜はさすがに補習は無いもんな。フローラも体を動かしたがっていたし、いいんじゃないか?」

「良かった~。 でもゆーきお兄ちゃん、そんなことまで分かってるんだ~。ほんとーにフローラが好きなんだね~」

「……好きと嫌いの二択なら確かに好きだが、“気にかけている”って言ってくれると、ヘンな誤解をされなくて済むんだけどな」

 黒姫の設定年齢のせいか、ボキャブラリーの不足をそれとなく正しておく。

「うふふ……。ハ~~イ」

 だが、妙に訳知り顔で返事をする黒姫に、小さい頃の姫香とダブって見えた。


 ……そういえば小さかった頃の姫香も、妙にませた事を言っていたっけな。


 そうして朝食の為にリビングに行くと、先に食べ終えた姫香とすれ違う。


「あ! 祐兄、さっき涼姉から連絡があって今日のプール、私も行くからねっ!」

「なにいっ!?」

 驚いて振り返るが、もうすでに階段半ばまでかけ上がり、折り返しの手すりから伸びた手をヒラヒラさせる。


「それじゃ準備して先に涼姉ん家いっくねー!」

 あっけにとられていると、上から声だけが聞こえてきた。


「……まったく」

 ぼやきながらリビングに行くと、お父がしょんぼりとソファに座っていた。

 キッチンテーブルに腰掛けると、ママが朝食を出してくれた。


「じゃあ、裕貴、姫花から聞いたと思うけど、そう言う事だから今日は姫花をお願いね。昼食代は……」

「ああ、それなら心配ないよ。さくらは見た目未成年だけど、年は……まあ成人女性だから」

 ツインを操作して、小遣いを渡そうとするママをさえぎって、無難な言葉で遠慮する。

「そう? ……ならいいけど、ママ達は夕飯まで戻らないから、何かあったら連絡してちょうだい」

「うん……分かった」


 なにやらウキウキな気分のママに違和感を覚えていると、うつむいていたお父がぶつぶつ言い始めた。

「さくらちゃんのベイシングリボン姿…………見たかったなあ……」

 それを聞き逃さなかったママが、ハイテンションでわざとらしく声高に説明しだした。

「さーてと、ママはさすがにベイシングリボンなんて着られないから、“年相応の”服をパパにえらんでもらおうかしら? ……ボーナスも出た事だしね♪」

 どうやら密かにさくらの水着姿を見たがったお父を見とがめ、ママが画策したようだった。


「……いただきます」

 気まずい雰囲気の中、パンをほおばる。


 „~  ,~ „~„~  ,~


 そうして味のしない朝食を終え、ひとまず祥焔かがり先生宅に行き、インターホン越しに挨拶をすると、勝手に入ってきていいと言う。

 そうして中に上がると、ダイニングで祥焔先生、さくら、フローラが少し遅い朝食をとっていた。

「おはようみんな。食事中にゴメンね」

「おはよーゆーき。ううん。こっちこそ。もうちょっと待っててね~~」

「……おはよう裕貴」

 ゴキゲンそうなさくらと裏腹に、フローラは少し顔を赤らめていた。

 ……??

「……じゃあ少し待たせてもらうね」


「ふん、学生は気楽でいいな」

 食事中、結んでいないガウンの前をはだけさせ、黒い下着を覗かせていた祥焔先生がぼやく。

「もう、祥焔さんったら。水を差すようなことは言わないで」

「分かった分かった。……すまんな。リア充がうらやましかっただけだ。さくらの検査もフローラに代わられちゃったからな」

「検査?」

「なっ! なんでもないっっ!」

 聞き返すと慌てたフローラが答えた。


「……もう、しょうがないわねえ。それじゃあ今夜は地ビールと“夏野菜のラタトゥイユ”にするわね。お酒はドイツの白ワインと、カマンベールチーズの組合せで良いかしら?」

 さくらがやれやれと言った感じで、自分になじみのない料理名を出す。

「……なぜ私の嗜好を知っている?」

「ふふ、緋織ひおりさんに聞いていたのよ」

「あいつめ……」

「だってねえ。さくらは年は上だけど精神年齢と立場は下。さらに祥焔さんは教師でさくらは生徒でしょ? 苦手な相手の胃袋は、しっかり掴んでいた方が良いんじゃないかなあ……って思って聞いていたのよ」

 さくらがイタズラ顔で嬉しそうに答える。


「!!」

 そのさくらの言葉に驚く。


(……ねえママ。どうして涼香に料理を教えようとするの?)

(ふふ、……裕貴、覚えておいて頂戴。人はねえ、おいしいものを作ってくれる相手には手を上げ辛いものなのよ?)

(ふうん。そうなんだあ……)

 骨折をした涼香を家で預かった時、両手を使えない涼香にさらに負担をかけるのではないかと心配した時、ママがそう言って答えてくれた言葉を思い出した。

 そうして腕が治って家に戻り、料理を覚えた涼香の待遇は確かに変わった。

 具体的には食事を率先して作るようになり、静香ははおやはそれがおいしいと判ると、金銭を渡すようになって食事の用意をさせた。

 そして涼香は食事を抜かれる事が無くなり、自分の食事を確保できるようになった。

 それ以外の事では相変わらず放置、放任が続いていたが、幸い命に関わるような肉体的な虐待は無かったので、ママのもくろみ通りの結果になったと言えた。


 ――養護施設出身のさくら。現役時代に交流があったと言うお父と、今のさくらの言葉。


 ……そうか。これが“因縁”ってヤツなのかな?

 軽いめまいを覚え、自然と顔が強張ってきたのが判る。


「どうした裕貴? 何を微妙な顔をしている?」

 フローラに聞かれて振り返る。

「うん? ……ああいや、何でもないよ」


 „~  ,~ „~„~  ,~


 ――涼香の家の前。

 ガチャ。

「お邪魔ー」

「おっおい! 裕貴、インターホンがあるじゃないか! なぜ押さない?」

 玄関をいきなり開けると、フローラが慌てた様子で声をかけてくる。


 ……とりあえず雨糸と圭一を迎えに車で出かけたさくらより先に、こうしてフローラと涼香の家に来た。

 目の前には祥焔先生の家の縮小版のような、白を基調とした小奇麗な家。

 祥焔先生の家がプロモーション的な家なら、こちらは実用的な機能を優先させたモデル住宅だ。

 4人前後の家族が住むのにちょうどよい4LDKの間取りに、そこそこの広さだが、手入れしやすい程度の庭と二台分の駐車場。

 狭い庭にはお父が育てた大きくならない枝垂れ桜が一本だけ植えられている。

 そしてその庭にズカズカ入り込んで玄関にまわり、インターホンも鳴らさずに開けたのだ。


「……ああ、そうだね。でもまあ涼香ん家はこれでいいんだ」

 さすがに他人には不快感を与えると思い、振り返りながら説明する。

「……どういう事だ?」

「まあ、小さい頃からの習慣みたいなものだけど、涼香が虐待されていたら、呼び鈴とか鳴らしたら止められちゃうだろ? それだと現行犯の現場を目撃できないから、俺は昔っから涼香の家に入る時は、ノックとかしないようにしてるんだ」


「…………そうか。分かった」


 眉間にシワを寄せて、嫌悪感を露わにしたフローラが納得した。

「……でもまあ、この数年そんな場面も見ていないし、姫香も先に来てるから大丈夫だと思うよ」

 フローラを安心させるようににこやかに言う。

「…………」

 フローラは返事をせず、わずかに口元を上に上げた。


 そうして声もかけずにズカズカと上がり込み、真っ直ぐ涼香の部屋を目指す。

 一階部分のリビングと客間は、母親が夜の商売で深夜の帰宅になる為に母親が使っていて、二階の一部屋が物置、二部屋が涼香が使っていた。

 そのうちの一つは涼香の趣味の為の倉庫で、服飾関係の道具やら材料やらが置かれていて、残る一つが涼香が普段いる部屋だった。

 階段を上がり、二つ部屋を過ぎて一番奥の部屋にいるはずの涼香の所へ行く。


 ガチャ。

 涼香を守る為とはいえ、こうして無断で開けるたび、涼香と義理の父親の秘め事を暴いた記憶が蘇る。


 ……習慣とはいえ、やっぱり思い出しちゃうな。

 

「きゃーーーーーーーー!!!!」

 そのままノックもせずに開けたら、苦い記憶を打ち消すように、姫香の甲高い悲鳴が聞こえた。

「姫香か?」

 見るとその悲鳴の主である姫香が、濃いブルーで手首ほどの幅のリボンを、その凹凸の少ない肢体に幾重も巻き付けていて、そばで涼香が真っ赤になって悪戦苦闘していた。

「ゆっ、ゆうちゃん!」

 まだ着付け終わっていないのか、床には縦横無尽に布が広がっていて、姫香の体を隠そうと涼香が叫びながら、あたふたと生地の束を持ち上げていた。


「……お、悪い。着替えちゅ(バキッ!)ウゴガッ!!」

 半年前までランドセルを背負っていた姫香の半裸を見ても今更感があり、悪びれずに謝ろうとしたら、後ろのフローラにいきなり首をねじられた。

「about-face!!(回れ右!!)」

 フローラがそう叫びつつ、襟をつかまれて後ろへ引っ張られる。


「うごご……くかか……くっくく、首が~~………………」

「……すまないな姫香。ワタシが先に入ればよかった。入ってもいいか?」

 首を押さえてへたり込むが、そんな俺を無視して、フローラが扉を閉めて中に聞く。


「……うう~~、フローラだけなら」

「分かった。……そう言う事だから裕貴はここで待っていろ」

「……く、あ、アナタヒドイヒトネ。ワタシクビマガタヨ……」

 あまりなフローラの仕打ちに、入学当初に使うのを躊躇っていたカタコトセリフで応酬した。

 するとフローラがギラリと瞳をギラつかせると、俺の頭をガシッと掴んできた。

「……ついでにそのねじ曲がった口も曲げてやろうか?」

 先ほどから妙に硬いオーラを出しているフローラは、わりとマジな凄みを利かせてそう言い、顔を寄せてきた。

「いっ、いえすいません。お……私が悪うございました。仰せのままに廊下にてお待ち申し上げます」

「……ふん。まあいい。……それじゃあな」


 それだけ言い捨て、フローラが中に入ってしまう。

 そうして廊下に座り込み、壁にもたれてため息をつく。

「……はぁ。フローラなんか機嫌が悪かったなあ。どうしたんだ?」

「……ん。青葉のログからだけど、なんかゆーべはさくらママとしんけんな話をしたみたいだよ?」

 調べたらしい黒姫が言う。

「そうか? って、俺に敵意が見えるって事は……。ハァ、あの事か」

「あの事?」

 黒姫が首を傾げて聞いてくる。

「フローラの入院中に入浴の介助をしていたのは知ってるよな」

「うん。DOLLは中まで入れないけど、出入りしたログはくろひめがインストールする前のを見て知ってる~」

「そうか。それで入浴中はフローラに散々迫られたんだけど、さくらのフォローの事もあったし、ずっと一線を超えないようにしてたんだ」


「……そうかあ。ゆーきお兄ちゃんはフローラお姉ちゃんがすごく好きなんだね?」

「――すっ!! …………好きってなんだよ。好きとか嫌いとか話が飛びすぎだろ?」

 脈絡のない質問に思わずうろたえる。

「そう? さくらママの事がどーなるか分からなかったから、大好きなフローラお姉ちゃんを傷つけないために、ゆーきお兄ちゃんは何もしなかったんでしょ?」


(――ゆーきはフローラがとーっても大事なんだね?)

「おっ、お前…………、ああ、その通りだ」

 幼稚な言動の裏に似た様な事を言われた記憶が蘇り、以前Alphaと変わらない察しを見せる黒姫に驚くとともに嬉しくなる。

 ……そうか。これが“霞さくら”の人格の本質なんだな。


「じゃあ今はどーなの? さくらママは好き? フローラお姉ちゃんがやっぱり好き? それとも雨糸お姉ちゃん? 涼香お姉ちゃん?」

 しかし、やはり精神年齢は低いのか、遠慮なくと聞いてくる。


「それは……。俺自身まだ分からない」

「……ふふ。そっか~、みんなとーっても素敵なお姉さん達だし迷うよね。だからオトナになるまでゆーっくり考えればいいとくろひめも思うよ」

「……そうだな。みんな俺なんかにゃもったいない女の子達だ」

 黒姫のもっともなアドバイスに素直にうなずく。

 

 そうして、壁にもたれながら、部屋の中で悪戦苦闘しているらしい、涼香達の喧騒をボンヤリと聞いていた。


 ……騒がしいな。アレを起こさなきゃいいけど。

 この家の主である、涼香の母親の存在を気にかける。

 しばらくすると姫香が終り、今度はフローラの番になった頃、階段を不機嫌に踏み鳴らしながら上がってくる足音が聞こえた。


 ……やっぱり起こしちゃったか。


 背は俺より少し低いが背は女性としては少し高めで、涼香と同じ髪の色の腰までの緩い栗色のウェーブを垂らし、白の派手なレースの付いた補正下着に、白のブラウスを羽織っただけのモデルのような、二十代でも通用しそうな美女が目の前に立ち止まった。

「何の用だ?」

 黒姫を床に残して立ち上がりながら聞いてみる。

「小僧か。なんの用かはお前に言う事じゃない。……どけ」


 その外見とは裏腹に口悪く言う。

「そうはいかない。涼香は今大事な友人に水着を着せている。アンタでも邪魔はさせない」

「ほう? ……なら“楊貴妃レディー・ヤン”。不法侵入だ。警察に通報しろ」

「はい。マスター」

 そう脅し付ける美女は涼香の母親で、肩に乗せたチャイナドレスを着た、Woodyウッディ Bellベル 社製の8頭身アダルトで、“クール・ガール”モデルで楊貴妃と名付けられた自分のDOLLに言いつける。


「――ちっ!! 分かったよ。だがちょっと待て」

「ふん。相変わらず年上に対する口がなっちゃいないな。……まあいい」

 そんなボヤキには耳を貸さず、部屋をノックする。

「涼香。バ……母親が来てる。どうする?」


『ひぇっ!? マっ、ママ? ごっごめんちょっと待って。フローラ、こっこれ羽織って!』

 中からそんなやり取りが聞こえ、少し待つ。

 すると、腕のツインが振動し、黒姫からのショートメッセージが表示された。

『“れでぃ・やん”のつうほうはブロックできるよ? どうする?』

 離しておいた黒姫が俺を見つめながら、不安そうに首を傾げて聞いてくる。

 それを見て、笑いながらゆっくり首を振り、NOを伝える。


 変にこじらせれば涼香に害が及ぶ事を熟知しているので、いつものように静香ははおやの態度を見ながら方法を探る事にする。

 そうしてドアが開けられ、母親とともに中に入ると、姫香は水着を隠すようにパーカーを着込み、フローラは白いシーツを羽織っていた。


「初めまして。ご挨拶もせずにすみませんでした。私は涼香さんの友人でPriscifloraプリシフローラと言います」

「……朝っぱらから荷物の受け取りやら、ドタドタとうるさく歩いた上に、人の家で素っ頓狂な声で騒ぐな。こっちは夜の商売なんだ。騒ぐならカラオケ屋にでも行け」

 フローラがそれでも丁寧に返すが、フンっと鼻を鳴らし、ジロジロとフローラを見回して静香が腕を組んで、敵意も隠さずに文句を言う。

「……それは失礼しました。至らず申し訳ありませんでした」

 実際騒いでいたのは主に姫香だが、静香の剣幕にすっかり委縮して涼香の陰に隠れてしまい、その代わりにフローラが、胸を覆うシーツを押さえながら深々と頭を下げた。

「もういいだろ? まだ友人たちが来るんだ! 静かにさせるからとっとと出てって寝直せよ!」

 初対面でも敵意を隠さない母親に怒りを覚えて声を荒げる。

「そうはいかない。すっかり目が覚めてしまったからな。涼香、腹が減ったから飯を作れ。……そうだな、グラタンがいいな」

「……はい」

 涼香がすっかりしおれてしまう。

「ちょっと待て! まだ友達が来るって言ってんだろ! そんな手間がかかるのなんか作っていられるか!」

「何を言う。子供が親の言う事を聞くのは当然だろ? それとも扶養家族の分際で親に逆らうのか?」

 嫌がらせをしているのは明らかで、静香は皮肉な笑みを浮かべていた。

「うん。つっ、作る……」

 母親に聞かれ、俯きながら涼香が返事をする。

「まて。俺が作るから涼香はみんなの相手をしろ!」

「ダメだ。涼香が作れ」

「ちっ、くそババアめ……」

 思わず口汚い言葉を口にする俺を、フローラが驚いたように見る。

 そしてそう押し問答になりそうになった時、静香がふと床に置かれていた水着のパッケージに目をやった。


「……うん? これはbathingベイシング ribbonリボン”か?」


 箱を持ち上げながら涼香に聞く。

「……うっ、うんそう」

 涼香が母親を伺う様に、恐々と答える。

「……着付けられるのか?」

「できるわ。コーディネートもやっているし、そもそも学校のDOLL服デザイン研究班ふくけんじゃあ、もうウェディングドレスだって作っているのよ! こんな水着くらい余裕よ!」

 涼香の代わりに一葉が、堪忍袋の緒が切れたように一気にまくし立てた。

「クソ生意気なDOLLめ。……そうか。ならその出来栄えを見てやろう。あとで着付けた水着の画像を送れ」

「わかった。送る。……涼香の実力を見て吠え面をかくがいいわ」

 憎々し気に一葉が言う。


「ふっ、じゃあ小僧。涼香の代わりに飯を作れ。不足分は食後のマッサージで補え」

「……分かった。やる」

 しぶしぶ了承して涼香を見る。

「……裕ちゃん。ごっ、ゴメンね?」

「いいさ。廊下で待たされてるのもヒマだからな。気にするな」

 すまなそうに謝る涼香に、そう言って笑いながら頭を撫でる。

「……腹が減った。さっさとしろ」

 それを見ていた静香が、勝ち誇った様に微笑みながら急かすと、部屋を出て行った。


「裕貴……」

 これまでの乱暴なやり取りに、面喰っていたフローラが不安げに呼ぶ。

「……っとまあ、ここんちじゃこれがデフォなんだ。驚いたろうけどあまり気を悪くしないでくれ」

「……ゴメンね。フローラ」

 涼香も謝る。

「いいや、大変なのは理解した。オレ……私もこれから気をつけよう」


 „~  ,~ „~„~  ,~


 そうして部屋を出て、リビングに向かう。

「小僧のスキルじゃ多くは期待しないが最善は尽くせ」

 静香はソファにどっしりと座り、居丈高に命令してくる。

「……もちろんそうする。決めた事はトイレ掃除だって真面目にやる主義なんだ。だから例えブタのエサだって全力で作ってやるさ」

 精いっぱいの負け惜しみを言う。

「ふっ、ふふふ。はーはっははは! ……いいだろう、どんな旨いブタのエサ出てくるのか楽しみだ。くっくくく……」


 そうしてキッチンに行き、まずは冷蔵庫を開ける。

 涼香がきちんと管理しているので、多くはないが整然とバランスよく置かれた食材を一瞥いちべつして、一旦扉を閉めて考え込む。

 考えながらシンク下の収納を開けて他の食材を確認する。


 ……夏野菜があるな、パスタもあるし“アレ”にするか。


 そうして鍋に給湯器でお湯を入れて沸かす。

 その間にニンニクとベーコンを数切れ刻み、輪切り唐辛子を入れて多めの油で炒める。

 炒め始めると、ローストガーリックとベーコンの、香ばしい香りが部屋に充満し始める。

「……ニンニクを使うのか。口が臭くなるぞ」

 その匂いにダイニングからそう文句を言う声が聞こえてくる。

「日曜だから店は休みだろ? ナスが旬だからパスタにする」

「……ふん。生意気に分かったようなことを言う。……まあいいだろう」

そうして手早くナスを刻み、火を止めて炒めたガーリックとベーコンを取り出し、フライパンの中に入れて、ナスにまんべんなくガーリックオイルを絡める。

 瞬く間に多めの油がナスに吸収され、フライパンから油が消え、再び電気を入れて炒め始める。

 その間にトマトを刻み、パチパチと熱くなったフライパンに、ジューシーな刻みトマトをまな板から投入する。

 すると水蒸気をあげてジュウジュウと一気に水分が蒸発し始める。

 そして沸騰した鍋に、パスタをひとつかみ入れて茹で始め、時計をチラリと見る。

 フライパンの過熱温度を弱にして、塩コショウ、コンソメを入れて味を整え、決まった所で過熱を止め、バジル、オレガノの香草を入れてかき混ぜる。

 そうしてゆで上げたパスタを入れて、さらにオリーブのバージンオイルを加えてソースと絡める。

 さらにパスタを盛り付け、先に取り出した、炒めたガーリックとベーコンをトッピングにして完成させる。


「できたぞ……」

「朝っぱらからこんな重いパスタを食わせるのか?」

 だが言葉ほどは怒っておらず、目が笑っているので、メニューの選択は間違っていなかったと悟る。


「香味の強い料理だからしつこさは感じないはずだ。冷房でカロリー消費の激しいアンタは、これぐらい重い料理の方が良いんじゃないのか?」

「……その通りだ。良く分析してるじゃないか」

「新鮮なナスと封を切っていないベーコンがあったから、多分涼香が作るつもりだったんだろ? 別に俺の判断じゃない」

「ちっ……。しゃらくさいガキだ」

 暗に涼香を褒められたのが悔しいのか、芝居がかった言葉で静香が舌打ちをする。

「いいからとっとと食えよ。冷めちまうだろ」


 そうして黙々とパスタをほおばり始める静香を見届けて、キッチンに戻って鍋とフライパンを洗い始める。


「さっきの金髪娘はお前の恋人か?」

 片付けているとリビングから問う声が聞こえた。

「いいや。違う」

「お前は金髪娘をどう思っているんだ?」

「なんでそんな事を聞いてくるんだよ」

「情報収集はサービス業の基本だ。クセみたいなものだ。気にするな」

「……今は仲のいい友人で嫌いではない。だけど留学生だし将来の事は俺も分からない」

 そう言われて納得するが、煩わしいと思いつつも、涼香の事もあるので、邪険にもできず当たり障りなく答える。

「……そうか」


 その後、最近の俺の事をいくつか聞かれ、今日はフローラのリハビリを兼ねて、みんなでプールに行く事を話した。


 そうして食事が終り、一息ついたところで冷蔵庫にあった麦茶を出す。

「……じゃあマッサージをして貰おうか」

 そう言うとブラウスを脱ぎ、堅い生地で作られた、上下セットの補正下着の上をを躊躇ちゅうちょなく外し、バストを露わにする。

 40代前半だと記憶していたが、体型維持に並々ならぬ努力を払っているのが判るほど、年齢を感じさせない肢体を目の当たりにして思わずたじろぐ。

 顔立ちと髪質は涼香とよく似ているが、160近い身長と、そこそこバランスの取れた豊満な肢体は、スレンダーな涼香とは全然違った。

「……俺が年頃の男子だと言う事を知っているのか?」

「ふっ、私はお前のオムツだって変えた事があるし、股間のホクロの場所まで知っている。そんなガキに今更なにを遠慮する事があるんだ?」


 そう言って笑いながら俺の股間を指差す。

「くっ……。わかったから横になれよ」

 体力以外は分の悪い現状にさっさと白旗を上げ、改めて仕切り直すべく話を変える。

 静香もそれ以上はツッコまず、何も言わずにソファにうつ伏せになる。


 圭一にマッサージについて、一通り教わった事を静香に知られて以来、涼香を人質に時折こうしてマッサージを要求されている。

 そのたび渋々マッサージしていて、いい加減に嫌気がさしていた。


「……じゃあ始めるぞ」

 そう言ってまずは、涼香と同じ長い髪をソファの下へどかして、うなじを露わにして、首の付け根から押し始める。



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