第122話 気鬱な凱旋

 早朝、起床した有斗が寝室を出ると、ベルビオが巨大な体を縮こませて廊下に正座していた。

 そして有斗を見ると、がばと床に張り付くようにひれ伏した。

「陛下、昨日はすみませんでした!」

 その横にもプロイティデスが片膝をついて神妙に控えていた。

「少しばかり頭に血ィ~上らせてしまったようでして・・・ホントにスイマセン!」

「・・・」

 有斗はそれに対して無言で大きく溜息をついた。

「うっ・・・! お怒りですか? やっぱり、俺は罰を受けなければなりませんか?」

「なんのことを言っているのかわからないな」

 そしてプロイティデスのほうに向き直る。

「プロイティデスはわかるかい?」

「そんな・・・いくら怒っているからって言っても、無視しなくてもいいじゃないっすか」

 ベルビオは悲しげに顔を歪めて、その大きな身体に似合わない情けない声をあげた。

「陛下ありがとうございます」

 有斗の言葉にプロイティデスが頭を下げた。そしてベルビオの頭を軽く押さえる。

「お前も頭を下げろ」

「で、でも・・・?」

 ベルビオは理由がわからずプロイティデスと有斗の顔を交互に見回す。

「陛下は不問にしてくれると言っているんだ」

「へ? ほんとで?」

「陛下に暴言を吐いたものは必定、縛り首だ。しかもあんな言を吐いたら、誰が裁いても首を差し出さねばならなくなる。それを防ぐ方法はただひとつ、それがなかったとするしかない。なかったことに対しては軍監といえど罰することはできない。・・・そういうことですよね、陛下?」

 有斗はプロイティデスの言葉を首を縦に振って認めた。

「でもそれじゃ、俺の気持ちが・・・!」

 ベルビオの発言を有斗は手でさえぎる。

「昨日はアエティウス、そして今日はベルビオ・・・だとしたら明日は誰だい? アリアボネ? プロイティデス? アエネアス? これ以上僕に大切な人を失わせないでくれよ」

「陛下・・・ッ!」

 自分がアエティウスと同じように大切な人と言われて、ベルビオは泣き出さんばかりに顔をしわくちゃに歪めた。

「皆も聞け」

 その場にいる侍女たちや羽林たちに言い聞かせるように、いや、彼らの口から有斗の言葉を聴くであろう何千、何万の人々に言い聞かせるように有斗は声を張り上げる。

「アエティウスは死んだ。それを起こしたのは確かに関西の者だ。関東の者には関西の者に復讐したい者もいると思う。関西の者には粛清しゅくせいされるかと恐れている者もいよう」

 その言葉に顔を上げるのは羽林の兵たち、そして顔を伏せるのは侍女の者たちだ。

「だが僕は信を持って、この乱世を終らしたいと切に願う。他人が僕を裏切ったとしても、僕は他人を裏切らない。信じたいんだ」

 そう、他人を信じないから武器を手放さない、争いを止めない人々に、治をもたらしてくれる唯一の方法が信だと有斗が信じているのならば、それを有斗の行動でわからせないといけない、言い続けなければいけない。

「だから降伏条件を一度結んだからにはそれを反故にすることはない。僕と共に戦った関東の将士よ、忘れるな。それを反故にするものには例えどんな功があっても厳罰を処する。そして関西の将士よ、僕を信じて剣を手放して欲しい」

 関西に生きる人々にとっては、これがきっとその第一歩になることだろう。

「共に僕を支えて欲しいんだ。この世界に平和を取り戻すその日まで」


 城内に続いて、西京の反乱を鎮圧するには翌一日かかった。

 京内の敵兵は数多く、エテオクロスら西京に駐留していた軍は当初は圧倒され、呑み込まれるに思われたが、粘り強く活路を求めて戦ううち、なんとか体制を立て直して、城外への門を確保する。

 夜になってようやく城外にいた諸侯軍や、王師の残りの部隊が西京に突入することに成功すると、武器の少なさ、朝からの連戦に反乱側は次々と壊乱した。反乱側は主な将軍を討ち取られ、残兵は降伏し、計画に賛同した関西の朝臣あそんたちは逃げ切れないとわかると、ある者は毒を仰ぎ、またある者は首を括って、おのおの自死した。

 しかし今回の乱で大きな役割を演じた者の中の一部、例えばバルカ卿、はその中に入ってはいなかった。彼のような幸運なわずかな一部の者だけが西京より逃げ出すことに成功したという。

 鎮圧したというものの、反乱とはいえ参加していたのは元関西王師、勝利した関東も受けた被害は尋常ではなかった。


 本当は二ヶ月くらいは関西の秩序構築に時間を費やす予定であったが、反乱騒ぎ、アエティウスの死、アリアボネの罹病と重なったため、とても有斗一人では判断し処理しきれるとは思えず、関東の朝臣の手を借りねばならない事態となった。

 そこで、有斗は予定を切り上げて、東京への帰還を前倒しする。

 関西王師と関西の朝臣は残ることを許さず、関東に移動を命じる。また、関西の諸侯には関東にて改めて叙任を行うと告げ、東京への出仕を求めた。征西軍のほとんどを引き上げることになるのだ。今度と同じ規模で反乱が起きたら、残された兵だけではとても抑えきれないだろう。反乱の芽は事前に摘み取っておかなければならない。その為の移動命令だった。流石に王師も朝臣も諸侯もいないとなれば、反乱もしばらくは起こらないだろう。

 その間に、関西支配の骨格を完成させればよい。


「よろしく頼むよ、リュケネ」

「はっ! 陛下のご期待に背くことなく全力を尽くします」

 西京の最高責任者、関西の押さえとして残される人物にはリュケネを選ぶことにした。

 関西に残すものは、文武に優れ、信頼できる者を置かねばならない。

 アエティウスが死んでしまった以上、それ以上の適任者は、ちょっと有斗には考えられなかった。

 リュケネには治安の悪い河北を有斗に代わって治めていたという実績がある。ヒュベルやベルビオのような敵を一撃で屈服させるような苛烈な攻撃ができるわけではないが、守ることに関しては有斗の将軍の中でも一、二を争う。

 しかも行政手腕があるだけでなく、エザウやバルブラみたいな朝廷の秩序外の人物をうまく使う器量もある。軍を動かしても政を治めてもそつがない。きっと無難にこなしてくれるに違いない。

 それに今は鼓関は関東の手中にある。関西全土が蜂起しても、すぐに援軍を送り込むことも出来る。


 有斗らは西京を離れた。

 来たときと違い、帰りは鼓関を通る。

 鼓関を越えれば東京龍緑府までは遠くない。

 だけど・・・有斗には今はむしろその近さが恨めしかった。

 気持ちの整理がつかない。ああは言ったものの、感情をまとめる時間が欲しかった。まだアエティウスの死を受け止められきれない自分があったのだ。

 それに・・・王都には、アエネアスがいる。

 有斗はみんなの前であんなふうに言ってしまったけれども、正直アエティウスの死をどう伝えればいいのか思いつかない。

 どう説明すればいいのだろう。そして・・・どう謝れば許してもられるのだろうか・・・?


 結局、王都への道中始終考えとおしたのに、有斗は何一つ良い言い方を思いつけなかった。

 色々考えに考えた結果、有斗はようやく決心をした。

 うまく取り繕ったり、言葉を飾ったり、言い訳を考えるのはヤメにしよう。正直に全て話したほうがいい。

 アエティウスの死の責任の一端は有斗にあるのだから。逃げるようなまねはしてはならない。


 有斗にとっては気鬱きうつな帰還になってしまったが、多くの兵士たちにとっては晴れの凱旋である。東京龍緑府は王師の凱旋に沸きあがっていた。

 東西の宮廷が統一されたのは、実に百年ぶりのこと。

 この偉業を成した王を一目でも見ようと大通りには民衆が溢れんばかり。狂喜した人々は窓から花びらを撒きちらし、通りはまるで花びらの回廊のようだった。ために、その日の王都では花屋から花という花が無くなったという。

 人々の顔は喜びと希望であふれていた。

 サキノーフ様と同じ異世界から召喚した王。

 最初に反乱騒ぎこそあったが、南部をまとめ、畿内を掌握し、河北を平らげた。そして、一番の大事と思われていた東西王朝の統一すら、かくもあっけなく成し遂げた。

 なんと偉大な王であることか・・・!

 民衆は希望をその王に抱くようになっていた。


 きっとこの世界を平和にしてくれる、と。

 きっと素晴らしいものを自分たちに与えてくれるのではないか、と。

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