第52話 手なり

椎名林檎がテレビに出ていた。本人のインタビューと、町人が選ぶ椎名林檎の楽曲ランキング、プロから見た椎名林檎の楽曲解剖という構成で、ファンなら楽しめる内容であった。


インタビューでは、殿方のことはどうでもいいとか、子宮から声が出ないとか、面白いことを言っていたが、作曲の際、手なりに落ち着くのが嫌だと言っているのが印象に残った。


私は音楽の技術については全くの無知だが、一種の癖について語っていたのだと思う。


どんな個性的なアーティストでも、俯瞰して見ると傾向や癖が必ず存在する。テーマやジャンルは関係ない。村上春樹ならバーに行くと女がいて、その後不思議な出来事に巻き込まれることが多い。


村上春樹が手なりで小説を書いているかわからないし、そこに行きつくまで紆余曲折あったにせよ思考の偏りがあるのは明白である。マニュアルと言い替えてもいいかもしれない。


それが一概に悪いかというと、そうとも言えない。将棋では初手から一手一手考えていてはとても時間が足りない。なので、定跡という決められた手順が存在する。思考のショートカットである。結論が覆らない限り、アマチュアの勝負はそれこそ手なりでゲームが進む。プロはそう簡単ではなく、その定跡を覆そうとしている……、はずだ。AIを鵜呑みにするのではなく。


話を戻すと、手なりを手なりだと認識するにはまず法則を確立させなければならない。そこから冒険するのもリスクを伴う。誰しも安定したやり方を好むから、二の足を踏むのも理解できる。


だが、これまでのやり方が明日も通じるか誰にもわからない。自分のスキルが陳腐化したらとは考えたくないが、頭の片隅に入れておくだけでも違うと思う。









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