第596話拉致されました!
参加者への挨拶が一通り済んだところで、俺は大きな危機を迎えている。
宴会の途中でお色直し的な、正直に言えば俺達の休憩時間が途中に挟まれるのだが、そこで三人の男女に襲われた。
その際に全力で抵抗をしたのだが、歯が立たずに捕らえられてしまう。
その内二人は俺よりも魔術に長けており、俺の魔術での逃走を二人がかりで潰して来た。
強化魔術だけは何とか使えたが、外に影響を及ぼす魔術は一切通用せず、必然的に転移魔術での逃走は失敗。
だがその二人だけならば、まだ逃げるだけなら何とかなっただろう。
これでも未熟ながら今まで鍛えてきた身だ。
四重強化が使えればある程度逃走は可能だし、いざとなれば二乗強化を使い、逃走に専念すればそうそう捕らえられはしない自信がある。だが最後の一人が曲者だった。
四重強化をした俺をあっさりと捕らえ、二乗強化での抵抗も無意味で、完全に力負けをしている。
なす術なく取り押さえられると同時に魔術でも拘束され、そのまま攫われてしまった。
そして今は密室で服を脱がされ、肌着だけの状態で二人がかりの魔術で押さえ付けられて、監禁されている。
どうにか逃げる隙が無いか窺っているのだけど、魔術が振り払えない上に、もし振り払っても出入り口に全力でも力負けする女性が立っている。
この三人にはどう足掻いても勝てない。そんな絶望だけが俺を包んでいた。
「かーわいいー。ほらほら、やっぱり似合うー。私の目に狂いはなかったでしょー?」
「ぎゃはははは! タ、タロウ! マジで似合ってるぞ!」
「うっわ、あたしも似合うとは思ったけど、本当に似合うねタロウ。これは可愛いわ」
そして俺は、全力で拒否したはずのゴスロリ風衣装を着せられていた。化粧も込みでだ。
服を着せる際も魔術で拘束、操り人形の様に動かされ、抵抗むなしく着せられてしまった。
大爆笑しているアロネスさんの顔面に拳を叩き込みたい。めっちゃ腹立つ。
イナイ達と一緒にホールを出た所でセルエスさんとアロネスさんが俺を取り押さえに来たと思ったら、俺の全力の逃走先にリンさんが居てそのまま連行されたのである。
イナイさんとシガルさんは手を振って見送ってくれました。何で助けてくれないの。
「ホラホラタロウ君、みてみてー。すっごい可愛いよー」
物凄く嬉しそうに姿見を俺に向けて来るセルエスさん。
確かにそこにはとても可愛い少女が映っている様に見える。
これが自分でなければ良いけど、自分である事が最大のネックだ。
「満足しました? もう脱いで良いですか?」
「え、駄目よー?」
「いや、駄目って、このままじゃ会場に戻れないじゃないですか」
「えー、そのまま戻るのよー?」
何言ってんだこの人。マジで何言ってんの。
こんな格好で会場に戻れるわけねーじゃん。つーか戻ったらイナイに恥かかせるでしょうが。
「終わったかー?」
「わ、え、タロウさん、だよね。可愛いぃー・・・」
そこにイナイとシガルがやって来た。
イナイの発言から、二人共事前にこの出来事を知っていた事を察知。
一番身近に裏切り者が居た模様。ねえ、奥様方酷くない? この仕打ちは酷くない?
因みに二人の衣装も先程までとは違う物になっている。
シガルは変らずドレス姿ではあるのだけど、最初の時と違い布地が少し少なめだ。
普段の服装に近い面積にふんだんフリルが有り、後ろだけ布が長く垂れている。
動き易そうなドレス姿になっていた。
最近俺より高くなりつつある身長から来る、すらっとした足が良く映える。
他の男に見せたくねえなー、と思ってしまうのは格好の悪い話かしら。
彼女は普段動きやすい格好なので露出度は変わらないんだけど、ドレスのせいか凄く気になる。
ただイナイの格好が、もっと気になった。
「イナイ、なんで作業服なの」
イナイは何故か、ツナギを着ていた。とても地味な茶色のツナギ。
それも大分年季の入った様子が見て取れる物だ。
「見たいって言われたんだからしょーがねーじゃねえか」
「見たいって、誰に? 何で?」
「領主連中やあたし達を英雄譚でしかよく知らない連中にだ。これは外装着て戦争してた頃の服なんだよ。もう一度見たいって連中と、一度見てみたいって連中に応えた格好だよ」
あー、成程。英雄様のかっこよかった時の姿を一度見たいと、そういう訳ね。
しかし作業服着てるの久々に見たけど、イナイの作業服姿ってなんだか微笑ましいと思うのは俺だけだろうか。
こう、工場で働くお父さんの真似をしている子供的な。
「おい、目が失礼な事考えてんぞ。一発いっとくか?」
「あー、だめよーイナイちゃん。この服あんまり頑丈じゃないから、やるなら後でお願いねー」
「解った」
解られてしまった。え、何それ、つまり今脱いだら一発貰うって事よね。
脱ぎたいのに脱げなくなったんですが、どうしたら良いのでしょうか。
いやでもやっぱ脱ぎたいわ。一発貰うかこのまま行くかなら一発を選ぶわ。
「さ、じゃあ戻ろっか、タロウさん!」
「うっし、いくぞー」
なんて思っていたら両脇を二人に固められ、宇宙人宜しく抵抗を許されずに引きずられていく。
待って待って、何で二人共強化魔術使ってまで俺捕まえるの。
ていうかシガルさん、二重強化使わなくても良くない!?
「いーやだー! この格好で人前に出るのは流石に嫌だー!」
「大丈夫だよタロウさん、今のタロウさん何処に出しても問題無いぐらい可愛いから!」
「そういう問題じゃない! ていうか問題しかない!」
「うちの国はそういう趣味の人間にも割と寛容だから、本当に問題はねえよ。似合うように努力してるならっていう前提が多少あるがな。今のお前なら何の問題もねえだろ」
「俺の趣味じゃねー! セルエスさんの趣味だー! 嫌だそんな認定ー!」
叫びながら二人に抵抗するが、背後に居るセルエスさんとアロネスさんが更に色々と妨害をしてくるせいで逃げられない。
そして全力の抵抗むなしくホール前まで来たところで、こんな格好では会いたくない人間に出会ってしまった。
「・・・今の声、兄貴ですよね・・・」
「お姉様、ご結婚おめでとうございます! とても可愛らしくて素敵です!」
「タロウ様、随分とお可愛く・・・これはこれで悪くありませんね」
「・・・えー・・・まじかよ、お前そういう趣味だったのかよ・・・」
トレドナとその妹さん、クエルにガラバウ。
領主さん達ならばともかく、見られたくないと思える「友人や知り合い」に見られてしまった。
いや、このまま会場に戻ると親父さんに見られるので、それが一番嫌なのだが。
宴会には顔を出すと事前に連絡を入れられていたのでどこかで来ると思っていたけど、このタイミングかよ!
「違う! これは俺の趣味じゃない!」
「いや、でも、えー・・・」
「おい引くなガラバウ! 本当に違うんだって!」
「良いじゃありませんかどんな趣味でも。お可愛くて素敵ですよ、タロウ様」
「だから本当に違うんだって!! 信じて!」
ガラバウとクエルは完全に俺の格好を俺の趣味だと思っている。
いや、クエルに関してはどちらでも構わないと思っているのかもしれないけど。
「兄貴」
「ト、トレドナは信じてくれるよな」
「俺は兄貴がどんな趣味であっても、付いて行きますから」
「お前ぶん殴んぞ!」
勘弁して! お願いもう許して! これで親父さんに見られたら俺本当に泣くぞ!
そんな俺の願いもむなしく、更なる絶望がやって来た。
「結婚、おめで、とう。かわ、いい、ね、タロウ、さん、似合、ってる、よ」
「・・・え、ちょ、うそ」
トレドナ達の後ろに居るドレス姿の女性から、凄く聞き覚えのある声と喋り方で祝福された。
手袋をしていて、頭と顔も帽子と布で隠しているから解らなかったけど、これはビャビャさんの声だ。この独特な喋り方と可愛く優しい声を聞き間違えるはずが無い。
彼女にまで、こんな姿を見られてしまった。
これ絶対セルエスさんとアロネスさんの仕込みだ。
流石にここまでタイミング良く俺の知り合いが揃うわけない。
さっきから探知魔術も全力で妨害して来てたし、絶対わざとだ。
「・・・まさか、本当に小僧、なのか?」
その声が耳に入った瞬間、自分の中で何かが終わったのを感じた。
声のした方向を振り向くと、目を見開いて俺を見つめている親父さんが、クロトを抱えてそこに居た。
何で・・・親父さん・・・会場から出てるんすか・・・。
「・・・お父さん可愛い」
そんな嬉しくないクロトの称賛を聞いて、俺は全てを諦めた。
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