第82話 友達
等と葦原は、特に問題もなく自律機によって光の家へと案内された。
なにもかもが順調すぎて不気味なほどだ。
実際には、ここに辿り着くまでに一家を皆殺しにし、子どもの肉を食べ、霧香が犠牲となったのだが、それはすでに等のなかでは仕方のない犠牲のように思えた。
正確にいえば、そう考えなければ頭がおかしくなるから無意識のうちに「あれはどうしようもないことだった」と判断したのだが。
過ぎたことを言っても仕方がない。
これから先、おそらくいちいち悔いを残していたら生き残れないような事態に陥ることはありうるのだ。
玄関で無事な光の姿を見た時には、涙が出そうになったが、むこうの反応は違った。
「等……あと葦原さんも、ちょっと、シャワー浴びてきて」
鼻をしかめるようにして光は言ったものだ。
考えてみれば、光も葦原も返り血を浴びていたのだった。
交代でシャワーをすませると、光が替えの衣装を用意していた。
あの雑然とした光の部屋に足を踏み入れると、さきほどまでのことはすべて悪い夢だったのではないかとすら感じられる。
「さて、あんたに聞きたいことがあるんだけどな」
葦原が光に尋ねた。
「はじめにはっきりさせておきたい。あんた、俺たちを売った自覚はあるのか?」
「ちょっと……」
いきなり、その質問は酷に過ぎる。
光には記憶もないのだ。
突然、そんなことを訊かれたら当惑し、激怒するに違いない。
だが予想に反してあっさりと光は首を縦に振った。
「そう……みたいね。友達が、ついさっき、教えてくれた。私がいままで知らない間にどんなことをしてきたとか、そういうことを、全部」
光の顔は怒りのためか、こわばっていた。
おそらく自責の念にかられているのだろうが「友達」というのは一体、なんのことかわからない。
また絶対人権委員会が、なにかおかしなことを企んでいることも充分にありうる。
「私、ひどいことをしてた……信じてもらえるかわからないけど、私は……たぶん、あなたたちを売ったんでしょうね。でも、本当に覚えてないの。だって、まさか、そんなことが……」
「わかってる。光が悪いわけじゃない」
たまらなくなって等は光の体を抱きしめた。
誇り高い彼女のことだ、自分がずっと絶対人権委員会に道具として使われてきたことは、屈辱などという生易しい言葉では言い表せないほどの衝撃だろう。
「へっ、そうはいうけどな……霧香、今頃、ひどい目にあってるぜ。他にもあんたが覚えていないだけで、何人、犠牲者がいるだろうな」
「葦原さんっ!」
等は思わず甲高い声をあげた。
「光は悪くない! 彼女は知らなかったんだ! 悪いのは絶対人権委員会で……」
「平。それでお前、そいつのことをかばっているつもりか? はっきり言うが、逆効果だぞ」
冷たい目で葦原が告げた。
「そいつは馬鹿じゃない。そして責任感が強い。たとえ意識していなくても、不可抗力だったとしても、自分がしてきたことの意味は誰よりも理解している。たぶん、一番、許せないって感じているのは、そいつ本人だ」
図星だったのか、光が唇を噛み締めた。
「俺がC国人どもを憎んでいる以上に、そいつは自分のことを憎んでいる。あとは平、お前がどうにかしてやるしかない」
このあたりは人生経験の差なのかもしれなかった。
「光……」
「たぶん葦原さんの言うとおりね。あたしは、あたしが許せない。でも、友達に説得されて……」
また友達という言葉が出てきた。
「待ってくれ。その友達っていうのは、一体、誰なんだ?」
光が口ごもった。
いままで彼女からそんな話はまったく聞いていない。
おそらく光が抱える秘密でも、もっとも重いものなのだろう。
「正直、これを言ったら、等や葦原さんがどんな反応をするかわからないから、いままで誰にも言ったことはなかった。でも、もう隠すのも限界ね。確かに私は電脳狩人としての技術でいろいろとやってきた。だけど、それだけじゃここまで生きてこられなかった。いままでなんとかやってこれたのは、友達の協力があったから」
「もったいぶるなよ」
葦原が言った。
「誰なんだ、その友達ってのは。絶対人権委員会の誰か、とかじゃねえだろうな」
「違うけど、ある意味では近いかも」
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