第73話 武装
そろそろ朝になり、人通りが多くなる頃だ。
相談の結果、通学や通勤の時間帯は外すことにした。
なにしろ人が多い時間である。
そんなところに「魍魎」が現れれば大混乱になることは必至だ。
逆にその騒ぎに乗じるということも考えたが、やはり危険度が高い。
外に出るのは、午前十時頃、という結論が出た。
この時間は人通りは少ない。
さらに武器についても、携帯するかどうかで議論が白熱した。
「とにかく、武器は必要だ。護身用として使えばいい」
「でも、それだと目立ちます。あと、反人権的な行動を行うことになります」
葦原と霧香が対立していた。
彼女の言う反人権的行動とは、すなわち暴力ということだろう。
「まだそんなことにこだわっているのか。いいか、向こうは本気で俺たちを殺しにかかってくる。半分は恐怖から、残り半分は娯楽感覚で。電網の娯楽動画で『魍魎もの』は大人気だからな。お前だって、知らない男に嬲り者にされるのはいやだろうが」
「それはそうですが……」
「議論しても無駄だ。リーダー命令として、武器は携帯する」
だがそこからがさらに面倒だった。
武器になりそうなものが見つからないのだ。
結局、また葦原の知恵を借りることになった。
現在の家庭では刃物は一般的ではないが、幸いにしてこの家には包丁がある。
包丁は、葦原の武器だ。
等の武器には、モップが選ばれた。
一見するとただの強化樹脂の長い棒のようにしか見えないが、これだけでも有利だという。
「でも、目立ちますよこれ。こんなの持って外に出たら……」
「安心しろ。俺たちの額には、もっと目立つものがついているだろうが」
「魍」の字の刻印のことだ。
額を隠すことは反社会的とされている。
魍魎と人間を区別することは、非常に重要だからだ。
そのため、意図的に額を隠したものはかなり厳しい罰を与えられる。
逆にいえば、もし布などで額を隠した時点で、ひどく怪しい「反人権的な者」と市民から見られるということだ。
なるほど葦原の言った通り、それならモップを持っていてもさしてかわりはない。
どのみち「魍」の刻印で自分たちの正体は明らかなのだから。
「モップは打撃武器にもなるし、突いて使うこともできる。でも、それだけじゃ味気ねえから、もう一工夫だな」
葦原は補修用テープを家のなかから探し当てると、さきほど割った窓硝子の破片を、モップの先端部、平らになった横長の箇所へと幾つも貼り付けた。
「これでモップを突き出せば、硝子片で相手は血を流す。一人を傷つけりゃ、みんなびびって威嚇用としても充分だ」
こういうときは、葦原は頼もしい。
人間としては最低だとはわかっているが、伊達にリーダーを名乗っているわけではないようだ。
「問題はそこの嬢ちゃんの武器だな」
しばらく葦原は思案していたが、また部屋から外に出た。
十分ほどして戻ってくる。
「なんですか、これ」
霧香の問いに、葦原が笑った。
「これがお前用の武器だ。あまり実用的じゃないが、ないよりはましだろう」
武器といっても、どう見てもただの細長い布きれとしか思えなかった。
「こんなのをどうやって……」
霧香の当惑ももっともである。
「これだけじゃ、まだ武器じゃない。この布に適度な大きさの固いものを包むんだ。たとえば、こいつだ」
小さな石造りの彫像を、後ろから葦原は取り出した。
どうやらいままで隠し持っていたらしい。
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