第45話 現実の殺人者

 ぜんぶたちの悪い夢に決っていると思いながらも、意識のどこかは不気味なほどに醒めていて冷静に金井の首元を見つめていた。

 垢じみていてひどく汚いなと考えながら、誰かが勝手に手を動かしていく。

「返り血をなるべく浴びないようにしてね」

 光の声がやけに遠い。

 何者かがナイフをかかげ、奇妙な声をあげながら振り下ろした。

 金井の目が見開かれ、次の瞬間、世界が鮮やかな真紅に染まった。

「もうっ……返り血に気をつけてって言ったのにっ」

 光がなにか叫んでいるがよくわからない。

 金井の喉からものすごい量の血潮が溢れていく。

 心臓の動きと同調しているのか、勢いが強くなったり、弱くなったりを繰り返していた。

 金井の顔が蝋のように白くなり、唇が紫色に変じていく。

 なんでお前、そんな変な化粧しているんだ、と言いたくなった。

 しかし化粧品など、乙種ではなかなか入手できない。

 甲種の女性は使っているらしいが、本物などほとんど見たことがなかった。

「意味わかんねーよ、金井……お前、なんだよ、その化粧……」

 頭のなかがぐちゃぐちゃしていた。

 強烈な小便の臭いが鼻をつく。

「しかも小便もらすなよ。汚いなあ」

 自分が何者で、なんでこんなことをしているのかもよくわからなくなった。

「初心者はこんなもんだろ。でも、不思議なもので心のどこかじゃ自分がなにをしたか、本当は理解してるんだよな。初めてにしては上々だろ」

 男の声が、葦原の声が聞こえてくる。

「よくやったわ、等。辛いだろうけど……」

 なにが辛いというのだ。

 金井が草むらに横たわっているが、目を開いたままだ。

 瞳孔が開いていた。

 そういえば、大亜細亜人権連邦の人権解放軍が米帝国の兵士を殺したとき、相手はこんな目をしていた。

 あれは報道動画だった気がする。

 殺したのだ。

 金井を、親友を、なぜなら彼はこちらの秘密を知ってしまって仕方のないことで絶対人権委員会と戦うためにはどうしようもないことでそうしないと自分が殺されるかもしれないからとにかく俺は悪くない金井の運が悪かったというか好奇心のせいで……。

「あ……」

 すっと悪夢めいた世界から「現実」に戻ってきた。

 金井は死んだ。

 自分が殺したのだ。

 等は本物の殺人者になったのだ。

「はは……はははは……」

 なぜ己が笑っているのかわからない。

 腰がぬけたのかうまく脚に力が入らなかった。

 光が近づいてくる。

「辛かったでしょう。でも、これは仕方ないことなの……」

「仕方ない……」

「小僧、少し見なおしたぞ。そこのガキは可哀想だが、これは仕方のないことだったんだ……」

 葦原の声が聞こえてくる。

 仕方がないって、どういうことだ。

 金井を、親友をこの手で殺したのに、仕方がないですませるというのか。

「俺、金井、殺しちゃったんだよ……それでも仕方がないとか……どういうことだよ……ふざけんなよ……」

 振り返ると、一人の少女と目があった。

 霧香が顔面を蒼白にして立ち尽くしていた。

「人殺し……」

 彼女を言葉を聞いて改めて思った。

 自分が取り返しのつかないことをしてしまったのだと。

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