第34話 思想の対立

 一体、この霧香という女はなんなんのだ。

 絶対人権委員会とさして変わらないのではないか、という気すらする。

「あの、霧香さん」

 思い切って等は尋ねた。

「正直、俺にはあなたたちの立ち位置みたいなものがよくわからない。絶対人権委員会に敵対する組織、というわりにはやたらと人権人権て言ってませんか」

「人権を尊重するのは当然のことです」

 霧香はむっとしたように言った。

「人権は人類が手にたどり着いた美しい理念ですから。ですが、いまの絶対人権委員会は、本当の人権とは無関係のことまで『反人権的』と呼んで圧政を敷いています。たとえば絶対人権委員会のやり方を疑うことは、もともとの人権を大事にすることとはまったく別問題のはずです」

 それは確かだ。

「ですから、私たちは『真人権会』を名乗っているのです。絶対人権委員会のやり方はひどすぎます。彼らは人権という概念を利用して、自分たちの支配の道具にしているにすぎない。こんなことは許されることではありません」

 ある程度、霧香の言っていることは理解できる。

 だが、絶対人権委員会と大差ないのではないか、と感じたのも事実である。

「人権人権うるさいって。俺には絶対人権委員会と真人権会は似たようなものにしか思えないけどな」

 葦原はいやな奴だが、その意見には等も同感だった。

「失礼なっ」

 霧香が怒りのためか顔を真っ赤にした。

「私たちは違いますっ! 人権という尊いものを絶対人権委員会が踏みにじっていることがゆるせないんですっ!」

「なんだ、サヨクお得意の内ゲバかよ」

「私はサヨクでもありません!」

 二人の間の空気が一気に険悪になっていく。

 内ゲバという言葉はよくわからないが、たぶん内輪もめのようなものではないか、と等は思った。

「だから、二人とも落ち着いて」

 あきれたように光が言った。

「細かい違いはあっても、私たちは絶対人権委員会に反対、敵対することには変わりないんだから」

 こんなことでは先行きが不安だ。

 やはり反絶対人権委員会という点だけが一致している者たちの寄せ集めとしか思えなかった。

「それで、今日、二人を呼んだのは平くんに、具体的にどういう小説を書かせるべきか、ってことなんだけど」

「そんなの決まってるだろ」

 葦原が笑った。

「とにかく、薄汚いC国人をぶち殺しまくるんだよ」

「さすがにそれは暴力的すぎます。もう少し、人権に配慮して……」

「おいおい。仮想の登場人物の人権は認めないって、あんた、さっき言ったばかりじゃねえか」

「それはそうですが、C国人を過剰に悪役にするのもどうかと思いますし」

 葦原と霧香の口論を聞いているうちに頭痛がしてきた。

 これではえんえんと不毛な議論が続きそうだ。

 さすがに光も渋い顔をしていた。

 ある程度は予想していただろうが、二人がこれほどまでに意見を対立させるとまでは想象していなかったらしい。

「だから、二人ともちょっと落ち着いて」

 光は苛立ちを隠さなかった。

「これじゃそれこそ、お話にもならない」

「まったくだ」

 葦原がぼりぼりと頭を掻いた。

「甲種のお嬢様が、『真人権会』の妙な思想にはまっちまった。そんな奴には覚悟もなにもない。俺みたいにずっと昔から反C国運動をしてきたのとは年季が違う」

「昔、あなたみたいなネトウヨという人種がいたらしいですね。なんでもかんでもC国や他の亜細亜諸国を敵視して」

「でも、サヨクが結局、C国人どものスパイになって人権解放軍を日本にひきいれたんじゃねえか。あんたは知らないかもしれないけど、あの頃のサヨクだって人権保護といいながら、チベットやウイグルでひどい弾圧をしているC国のシンパが多かった」

「それは、当時のC国K党が……」

「絶対人権委員会だって、もとはその分派だろ。結局、XXXXなんてどいつもこいつも同じなんだよ。N大虐殺だってあいつらのでっちあげだ」

「でもNで日本軍がある程度の市民を殺したのは事実だと思いますが」

「日本軍がそんなことするわけないだろ。当時ですら三十万人とか物理的に不可能な数字を主張していたが、いまじゃN超虐殺で三百万人も殺したとか、ふざけてんのかって言いたくもなる」

「確かに数字は誇張が多いですが……」

「最初から捏造なんだよ。日本人はそんなこと、しない。平気でそういうことやるのはC国人だ」

 深々と等はため息をついた。

 この二人やその背後の組織には、あまり期待しないほうがいいかもしれない。

「もう、いい加減にして」

 光の目つきが変わっていた。

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