第33話 井上霧香
「おい、光! なんなんだ、こいつ! まだ反人権的とか寝ぼけたこと言ってるぞ。まさかこいつ、スパイじゃないだろうな」
「まあまあ、葦原さんも落ち着いて」
光もいささか、葦原という男をもてあましているようだった。
「平くんは、まだ洗脳がとけて日が浅いから、どうしても人権的にものを考えてしまうのよ」
「聞き捨てなりませんね」
また新たな人物が現れた。
若い女の声だ。
部屋のなかに一人の少女が足を踏み入れてくる。
「人権を護るのは大事なことです。問題なのは、いまの絶対人権委員会が、人権の名のものに圧政を敷いていてることなんです。基本的には、人権は尊いものです」
「きたよ、人権馬鹿」
葦原が舌打ちした。
「どういう意味ですか」
少女が不快げな顔をした。
切れ長の涼しげな目元をもつ少女だった。
清潔そうな高級学校の制服を着ている。
乙種ではないし、ましてや丙種では絶対にありえない。どうやら甲種の女生徒と見て間違いなさそうだ。
黒い髪は短めだがシラミ対策というわけではなさそうだ。眼鏡をかけており、いかにも知的な印象がある。
ただ栄養状態がよいはずの甲種にしては、胸や尻はあまり発育していない。
全体に中性的、あるいは少年のような印象だった。
「霧香さん。こちらが、例の小説を書いた平くん」
霧香と呼ばれた少女が、品定めをするようにこちらを見た。
「なるほど……なんだか頼りなさそうですが、大丈夫ですか」
なんだか妙なことになってきた。
今日は絶対人権委員会と戦う仲間を紹介されるはずだったのだが、一体、この二人はなんなのだ。
一人はやたらとC国人を敵視していて、絶対人権委員会というよりC国人のほうが憎いといった感じだ。
もう一人は絶対人権委員会の敵のはずなのに、人権は尊いものだと言っている。
「改めて紹介するわね」
光が言った。
「まずこちらの葦原一郎さんは『日本解放戦線』の構成員。彼は愛国者で、日本古来の価値観を大事にする人なの」
「当然だ。日本人だからな」
だが、葦原という男はあまり好きにはなれなかった。
「そしてこちらは井上霧香さん。彼女は『真人権会』に所属している」
「よろしく」
霧香というのも愛想が悪かった。
「もうわかったとは思うけど、この二人はもともと別々の思想の持ち主。でも、いまの絶対人権委員会を否定し、打ち倒そうとしているという意味では仲間どうし、というわけ」
なるほど、と等も納得した。
言う慣れば寄り合い所帯というわけだ。
もっと統一された、反絶対人権委員会的な組織を想象していたので正直にいって少し落胆した。
本当にこれで大丈夫なのだろうか。
「ちなみに私は『電脳狩人連合』に、一応は所属している、といってもいいのかな」
「電脳狩人はみんな好き勝手、やっているだろ」
葦原がぽつりとつぶやいた。
「ま、それは事実だけど。でも、あなたたちの組織に資金や武器がわたっているのは、その電脳狩人のおかげだっていうのは、忘れないでね」
「まあな」
むすっとした顔で葦原が言った。
「しかし、こいつ……平だったか。どこまで役に立つのかね」
「彼の小説を使ったプロパカンダは、かなり効果はあると思うけど。人間はいつの時代も物語が好きよ。いまは創作物にまで人権を与えているせいで自由な物語がつくれないぶん、潜在的な平くんの小説の読者は多いはず」
プロパガンダが「政治的な宣伝」という意味だとはもう教わっていた。
「私も彼の小説は私も読みました」
霧香が言った。
「真人権会は、創作物の登場人物には人権を認めていません。ですが、過度に人権を無視する行為ばかり書かれると、真人権会のなかには嫌悪感を覚える人もいると思うのですが……」
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