第32話 葦原一郎
「恐怖を……植えつけた?」
「自律機の兵装を活用した、といえばわかるかしらね。ああいうのって、半端はよくないから、ある程度、徹底的にやったわ。ま、見せしめね。私の家を襲撃しようとしてきた連中を返り討ちにしたの」
「それってまさか……」
「もちろん、ほとんど殺したわ。ただ、人々に噂を伝えるためにわざと何人か生かして返したけど」
背筋に寒気が走った。
「さすがにそれは……」
「やりすぎじゃないわよ。それくらいしないと、恐怖はねづかない」
「理屈はわかるけど、それって、反人権的なことをすると人から人権を奪って魍魎にする絶対人権委員会と、どう違うんだ」
生理的な反発を覚えた。
「あのね」
光が真顔になった。
「等。そんな甘い考えで絶対人権委員会に立ち向かうつもり? 相手はとんでもない力を持っている。こちらは圧倒的に不利。多少の犠牲はつきもの、と考えたほうがいい。あなたはそれを『反人権的』だと思うかもしれないし、実際、その通り。でも綺麗事だけで倒せるような相手じゃない。絶対人権委員会も、基本的には恐怖で社会を支配している。彼ら相手に戦うには、やむをえないことなのよ」
「でも……」
そのとき、いきなり見慣れぬ人影が狭い部屋の入り口に現れた。
「おいおい。こんな根性座っていない奴、仲間にして大丈夫なのか?」
「あら、葦原さん」
葦原と呼ばれたのは、もうかなり年配の男だった。
おそらく四十歳は超えているだろう。
体からはきつい異臭がする。
髪を剃り上げているが、もともとかなり頭髪は少ないようだ。
痩せこけて腹がでている。
なりからしても、おそらくは丙種と見て間違いなかった。
ただ、目が印象的である。
これほど凄まじい目をした人間を、いままで等は見たことがなかった。
ありとあらゆる憎悪と怨嗟が凝り固まったような漆黒の瞳の奥で、真っ黒な炎がぎらぎらと燃えているかのようだ。
人相も凶悪で、顔立ちの美醜以前の、嫌悪感を覚えた。
「とても日本男児って感じじゃないな。人権にうるさいいまどきのガキにしか見えない」
「葦原さんに言わせればそうでしょうけど」
光が肩をすくめた。
「彼には小説の才能がある。葦原さんだって、読んだでしょ」
「まあ、歳の割にはそこそこ読ませるがな。でもあの程度の小説の書き手なんていくらでもいるだろ」
「でも小説のなかで人権をもつ人間を殺すほど、度胸のある書き手はそうはいないけど」
「まあ、それはな。でも、小説のなかで人間、殺すなんて、昔じゃ当たり前だった。むしろこいつは、現実の人間、殺せるかな。まあ、絶対人権委員会のXXXXどもは、人間とはいえないが」
葦原はいやな笑みを浮かべた。
「XXXX……」
「C国人のクズどもだよ。俺が若いころは、ネットであいつらは危険だって警告していたんだ。絶対にC国は日本に攻めてくるって。案の定、そうなった。当時の日本人は馬鹿なサヨクばかりで、C国はそんなことをしないとか抜かしていた。人権解放軍だって、もとはC国K党の軍隊の人民解放軍だ」
サヨクとかいう人々の話は、以前、聞いた気がする。
「そんな奴らばかりだから罰があたったんだ。アメリカだって自分たちがやばくなると、日本を守ってくれなくなった。とにかくみんなXXXXが悪い。C国さえなければ……」
「待ってください。C国でも、絶対人権委員会のせいで酷い目にあわされている人はたくさんいるんでしょう?」
「なんだお前、あいつらの肩をもつつもりなのか?」
葦原が目尻を吊り上げた。
「XXXXのなかから絶対人権委員会は生まれたんだ。奴らがそれでいくら苦しもうと自業自得だ。でも、なんで俺たち日本人が、C国人みたいな劣等民族のせいでひどい目にあわされなきゃならない」
「劣等民族とか、差別ですよ。反人権的な言葉は……」
しまった、と思ったがもう遅かった。
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