第26話 甘いご馳走
「でも、いいの?」
「ええ。私はいろいろとツテがあって、そういう食材も持っているから。今日は、ホットケーキでも焼こうかしら」
一体、どんなものだろう。
「ちょっと待っていてね」
光は台所もほうへと向かった。
暇つぶしに昔の小説を読んだが内容がよく頭に入ってこない。
主人公の男が、女性とイタリア料理を食べてる場面である。
パスタやカツレツといったものがどんなものかはよくわからないが、とにかく美味しいものなのだろう。
ますます空腹を覚えた。
ふと、良い匂いが漂ってくることに気づいた。
甘ったるいような、食欲を刺激するたまらぬ香りである。
やがて大きな盆をもって、光が戻ってきた。
「はい、おまたせ。これがホットケーキ。上には蜂蜜とチョコレート、かけてあるから」
金色に輝く蜂蜜は仮想動画で見たことがあるが、チョコレートとはなんだろう。
黒っぽいとろりとした液体のことらしい。
「ちょ、ちょこれーとって、これだよね」
「あ、そうか。普通だと黒色甘味板って言うんだっけ」
「え?」
あの甘いものは名前の通り、黒い板のようだったはずだ。
「でも、これ……板じゃないよ」
「熱で溶かしたの。こういう食べ方もあるんだから」
信じられなかった。
ホットケーキ本体はたぶん本物の小麦粉で焼いたのだろう。
それだけでも贅沢きわまりないというのに、蜂蜜と黒色甘味板ならぬチョコレートまでかかっている。
「こんなの、本当に食べていいの?」
あまりの豪勢さにだんだん怖くなってきた。
「昔はごく普通に食べられていたのよ」
改めてかつての日本人の生活の豊かさには驚かされる。
「えっと……でも、これ、どうやって食べるのかな」
銀色をした奇妙な器具が皿の上には載っていた。
「このナイフっていう刃物で切って、フォークで突き刺して食べるの」
なんだか野蛮なやり方だとは思ったが、教わった通りにやってみた。
「いただきます」
ホットケーキを口の中に入れた途端、舌の上で甘味が爆発したような気がした。
蜂蜜とチョコレートは、信じられないほどに美味しかった。
噛むたびに甘味が強くなる気がする。
飲み込むのがもったいない、と思えるほどだ。
「おいしい……」
気がつくと、涙が出てきた。
「こんなおいしいもの、初めて食べた」
涙がなかなか止まってくれない。
一生、この味は忘れないだろう。
「ほら、まだあるから。ホットケーキ、一枚まるごと、平くんのぶんよ」
目眩がした。
両親にも食べさせてあげたいが、まさかこれを持ち帰るわけにもいかない。
そんなことをすれば、どこから入手したのか問い詰められる。
ホットケーキを食べ終えると、奇妙な感覚がやってきた。
もう、これ以上、食べたくないというおかしな感じだ。
「満腹した?」
「まんぷく?」
「お腹いっぱいでもう食べられない、ってこと」
そんな概念があること自体、信じられないが、現実にいまの等は「満腹」している。
「あらら、平くん。唇に蜂蜜とチョコレート、ついたままよ」
「え?」
「大丈夫。私がとってあげるから」
そう言うと、光がこちらに顔を近づけて、口のまわりについたものを舌で舐めとった。
「ちょっ……」
「そういえば、こっちには、平くんて興味ないの?」
「こ、こっちって……」
「いわゆる性行為」
次の瞬間、光が唇を押しつけてきた。
股間が猛烈な勢いで熱を帯びて立ち上がる。
いま、光と丙種行為、つまりは接吻をしているのだが現実とは思えなかった。
さらに光はズボンの上から手で勃起したものに触れた。
「元気になってるじゃない」
唇を離すと、光が微笑した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます