第21話 義憤
「なんとかならないのかな……こんなの、絶対、おかしいよ」
反人権的な言葉であることはわかっているが、言わずにはいられなかった。
「でも、等くん。あなたはただの高級学校の生徒でしょう。なにか特技でもあるの?」
こころなしか、光はこちらを挑発しているようにも思えた。
「私は電脳技術があるから、もし絶対人権委員会と戦えといわれれば、戦力にはなるでしょうね。でも、あなたは? なにが出来る?」
悔しいが光の言う通りだ。
自分はなんのとりえもない高級学校の一生徒にすぎない。
いや、と思った。
決してそんなことはない。
「俺にも……武器はあるよ」
等は言った。
「俺は、小説を書くことが出来る。まだ下手なのはわかっているけど、それで絶対人権委員会を避難し、攻撃する内容のものが書ければ、現状に不満をもっている人たちが立ち上がるかもしれない」
恐ろしいことを言っていると醒めたもう一人の自分が警告を発していた。
これは正面から、絶対人権委員会に喧嘩を売るようなものである。
「自分がなにを言っているかわかってる?」
いつになく真剣な顔で、光がこちらを見た。
もともとが美形のため、真顔になると凄みのようなものすら感じられる。
鋭い視線に、つい目をそらしたくなるが、なんとか光の目を見つめ返したまま、等は告げた。
「わかってるよ。絶対人権委員会を、本気で敵にまわすってことだ」
「その覚悟はある?」
覚悟と言われて、一種、等は怯んだ。
「反人権的な行動でも、最悪なものと絶対人権委員会はみなすでしょうね。矯正施設の話は知ってる?」
いまの世の中、知らないものなどいないはずだ。
「噂だけどね。ひどい拷問をうけて、人格を徹底的に矯正されるって……」
「矯正ではなく、洗脳ね」
「一九八四年」のなかにも、そうした描写があった。
「まあ、だいたい事実でしょう。でも、それより最悪の処分があることは、平くんも知っているはず……」
なにが言いたいのかわかった。
「魍魎堕ち……か」
人権をすべて剥奪された者は、魍魎となる。
もはや人ではない怪物とみなされるのだ。
「魍魎の末路は悲惨よ」
光は暗い顔でつぶやいた。
「なにしろ人権がない怪物なんだから、どんなことをしてもいい。たいていの魍魎は、三日も生き延びられない。市民たちに、なぶり殺しにされるの」
「そうなの?」
緊張に唾を呑み込んだ。
「魍魎退治の小説、読んだことあるでしょう。でも現実はあんな綺麗事じゃすまない。市民が溜め込んでいる鬱憤晴らしよ。いわゆる魍魎物の創作物は、もっとすごいのがあるけど知らない?」
「俺にはまだ閲覧できないよ。魍魎物で過激なのは、成人にならないと閲覧できないから」
「そうか……そうよね。ならば、いい機会だし、ちょっと見てみる? 人権を奪われた魍魎たちが仮想世界の創作で、どんな扱いをうけているか」
見てみたいが、同時に恐怖もある。
「それなりに覚悟したほうがいいわよ。あれが成人指定されるのにはちゃんと意味があるから」
緊張を覚えながらも、等はうなずいた。
光が画面に向かい、仮想打鍵盤の上で素早く指を動かしていく。
こんな高速で打鍵できる者を見るのは始めただった。
まるで楽器の名人の演奏でも見ているようだ。
画面のなかには幾つもの文字列が表示され、高速で流れていった。
いまの電網は、画像や図形に接触して構築物を起動させたりするものがほとんどである。
小説を書いているので等は文字列には慣れているが、そこに表示されているのは日本語としての意味をなさないものばかりだ。
まず間違いなく、電脳言語だろう。
普段、等が使っている構築物も、もとをただせば電脳言語で組まれたものだ。
遊戯構築物も、動画再生構築物も、もとはこの電脳言語による構築されているのである。
「準備終了。さあ、魍魎創作の世界にようこそ」
そして画面に、衝撃的な画像が表示された。
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