第19話 人権の有無
また今日も光の家を訪れた。
丙種地区の人々も、すっかりこちらの存在に慣れてしまったようだ。
かといって、決して受け入れられたわけではないことは理解している。
乙種の人間が丙種地区に足を踏み入れること自体が、すでに普通ではないのだ。
いつも冷ややかな目をしているが、決して手出しをしてこない。
理由はわかっていた。
丙種地区の住人は、等が「光の客人である」と理解しているのだ。
このあたりでは、光は明らかに恐れられていた。
なにしろ彼女の自宅には、軍用に近い装備を持つ自律機が何体も存在しているのだ。
個人でこんなものを所有しているのは常識では考えられないが、電脳狩人である光にとっては造作も無いことらしい。
今の時代、すべては無数の電脳で形成された電網で繋がっている。
その電網の防護壁を楽々と突破し、情報を書き換えることができる光のような電脳狩人は、恐ろしい力を有しているのだ。
とはいえ、電脳狩人も無敵ではない。
当然、絶対人権委員会も電脳狩人を危険視しているはずだ。
一歩間違えれば、保安機構に追跡され、正体が露見する。
そうなったら、待っているのは破滅だ。
電脳狩人は同時に、狩られる側でもあるのである。
だが、いまのところ光は無事だった。
つまりはうまくやりおおせているということだ。
とはいえ、これがいつまで続くかはわからない。
光の電脳技術がどれほど高いものであっても、人である以上、過失を犯すことはありうる。
そうなれば光と一緒に、等もまた破滅だ。
もっとも、いまはそれ以上に、例の小説の件で絶対人権委員会の追求が怖い。
「平くんって心配性だね」
いつものように太腿をあらわにした格好で、光が苦笑した。
「私が保証しているんだから、大船に乗ったつもりでいなよ。絶対人権委員会でも、あの偽造は見破れない。あんまり知られていないけど、結構、あいつらは技術、低いんだよ」
とてもではないが信じられなかった。
「でも、絶対人権委員会は、要するに大亜細亜人権連邦って国家の代表みたいなものだろう?」
「それはそうだけどね。実際には小説での人権侵害なんて、絶対人権委員会は大した事件だなんて考えていないし。だって、所詮は作り話だもん」
今では等も、作り話で人が殺されても作者が罰せられるのはおかしいのではないか、と思い始めている。
しかし長年の「洗脳」はなかなかとけるものではない。
さらに衝撃なのは「絶対人権委員会が作り話のなかの人間の人権を軽視している」という点だった。
彼らはいままで現実、仮想をとわず大亜細亜連邦の人間には人権が存在する」と主張していたというのに。
ちなみにいえば敵対する帝国主義国家の人間には、人権など存在しないことになっている。
だから戦争報道などでも、他国の兵士を殺すのはなんら問題視されていない。
しかし大亜細亜連邦の人間には人権があるのだから、敵は憎むべき殺人者だという理屈がまかり通っている。
いまの等は、さすがにその点にも疑問をいだきはじていた。
他国の人間にも人権は存在するのではないか、と。
「ところで、外国のことって平くん、どれくらい知ってる?」
偶然だろうがまるで心を読まれたような気がした。
「よくしらないけど、帝国主義に支配されたひどい国って……」
「そういう国もないことはないけど、大亜細亜人権連邦よりまともな国のほうが多いよ。そっちには興味ある?」
ないといえば嘘になる。
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