第18話 反人権的小説

「そ、そんなことないよ」

 金井の言葉を、等はあわてて否定した。

「嘘つけ」

 今度は、高橋が笑っていた。

 金井の顔がニキビだらけなのに対し、高橋は前歯が欠けている。

 二人とも悪いやつではなかったが、見た目はあまりよくなかった。

 等も人のことを言えた義理ではないが。

「なんていうか……ときおり、二人で意味ありげに視線、交わしてるじゃん」

 なるべく光のことを学校では無視しようとしているのだが、親密な空気というのは周囲にもわかるらしい。

 心臓がばくばくと音をたてるのがわかった。

 まさか金井も高橋も、神城光が実は電脳狩人で、とんでもない反人権主義者だとは夢にも思ってはいないだろう。

 しかしすでに等じしんも、反人権主義に染まりつつある自分を意識している。

「あれか? ひょっとして、つきあっているとか?」

 好奇心丸出しで、金井も高橋もにやにやしていた。悪意は感じられないが、厄介なことにはかわりない。

「そんな……馬鹿いうなよ。神城さんと俺なんかじゃ、まるで釣り合わないだろ」

「いや、まあ、それはそうなんだけどさ」

 金井が頭をぼりぼりと掻いた。

 白いフケが肩に落ちていく。

「だからこそ謎なんだよ。なんか二人でいい雰囲気なのが」

「女子とかも噂しているからな」

 知らなかった。意外と周囲は二人の関係に気づいているらしい。

 ただそれは、彼らが想象しているようなものとはかなり違うのだが。

 だが、ときおり光はこちらに異性として好感を抱いているのではないかと思う時もある。

「美人だし、上品だし、体だって……」

 高橋がいやらしい笑みを浮かべた。

「まさかと思うが、なんかしちゃっているとか、ないだろうな」

「な、ないない」

 声がうわずるのがわかった。

「だいたい俺らはまだ高級学校の生徒だし……この歳でそんなことしたら反人権的だよ」

 異性と肉体関係を持って良いのは、高級学校を卒業してからである。

「いやでも……丙行為くらいは、してるんじゃないのか?」

 丙行為とは隠語である。いわゆる接吻のことだ。

 乙、甲という行為もあるが、それはさらに関係が進展した状態をさすものだった。

「丙行為だなんて……」

 ときおり光のことを想象して自慰はしているが、さすがに口には出せない。

「でもほら、平だって健康な青少年なんだし……丙行為くらいなら絶対人権委員会も大目に見るって噂だぜ」

「そういう問題じゃなくて……」

 彼らの真実の光の姿を話したら、一体どんな反応がかえってくるだろう、とふと思った。

 実際の神城光は、みなが考えているようなおとなしい女子ではない。

 むしろお喋りで活発で、結構、わがままなほうである。

「男は度胸だぞ、平」

 訳知り顔で金井が言った。

「強引に、とかはもちろん反人権的だから駄目だ。でも、合意があれば、そういうこと、しちゃってもいいんじゃないかなあ」

 このままではきわどい話題が続きそうだ。

 なんとか話を変えようとしたとき、高橋が言った。

「でも恋愛関係でもめると大変だしな。知ってるか? 最近、仮想空間で、男女の恋愛がもつれて主人公が友達、屋上から突き落とす話ってのがあるらしいぜ」

「うわ、まじかよ! 作者、人殺しじゃねえか。頭、おかしいんじゃねえのか?」

 ざわりと首筋のあたりの毛が逆立つのがわかった。

「おいおい、平、どうした?」

 驚きのあまり顔がこわばったが、金井たちこちらの異変に気づいたようだ。

「あんま気にするなよ、平。お前は間違っても、友達を屋上から突き落としたりはしないだろ」

「だよなあ」

 当然ながら二人とも知らない。

 その小説を書いたのが、等だとは。

「けど絶対人権委員会が動いてるって話もあるしな」

「反人権的すぎるよな、作者。捕まったら……さて、それからどうなるんだろうな」

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