第8話 丙種地区

 路地のアスファルトは何年も手入れさせれていないらしく、あちこちで土がむきだしになっている。

 そこに水がたまり、汚らしい泥となっていた。

 周囲には前世紀に建てられたとおぼしき、壁面にひびが入った廃墟のようなビルが立ち並んでいる。

 強烈な異臭が鼻をついた。

 アンモニアの刺激臭は、おそらくいたるところで立ち小便がされているためだろう。

 他にも甘ったるい得体のしれぬ人工香料の匂いや痛んだ人造肉や吐瀉物の臭いも交じり合い、すさまじい悪臭となっている。

 こんなところに本当の人が住めるのかと不思議に思ったほどだ。

 まだ日が暮れるには早いのに、あたりはひどく薄暗い。

 ビルが影をつくっているためだ。

 街灯らしいものもない。

 ただ、無人でないことははっきりとわかった。

 あちこちから刺すような視線を感じるのだ。

 さまざまな建物の割れた硝子窓の奥には汚らしいカーテンで閉じられているが、その狭間から確実に誰かがこちらを盗み見ている。

 警戒されているのだろう、と思った。

 たぶん丙種地区の人間にとっては、乙種が珍しいのだ。

 どう考えても歓迎はされていない。

 そのとき、目の前の路地から小さな人影が現れた。

 何人もの子供が連れ立っている。

 まだ幼い相手だと少し安心したが、彼らをよく見ると慄然たる感覚に襲われた。

 もとの色がわからぬほどに汚れた下着一枚姿の幼児たちの腹は異様なほどに膨らんでいる。

 手足はちょっと力を加えれば簡単に折れてしまいそうなほどに痩せこけていた。

 顔などは頭蓋骨に皮をはりつけたようなものだ。

 さすがに乙種はもう少し肉付きがよい。

 彼らの栄養状態は、軍人が日本を支配していた頃と大差ないかもしれなかった。

 目だけがやたら大きく、ぎらぎらと輝いている。

 どういうわけか、歯が欠けたものが多かった。

「お兄ちゃん、もしかして乙種なの?」

 子供の一人が言った。性別がどちらかもわからない。

「そうだけど……」

「乙種って、おいしいもの食べられるの?」

「どうだろうね」

 厄介な相手にからまれたかもしれない、と等は思った。

「ジャガイモ麺麭と、オキアミ調味料くらいかなあ」

「すごい」

 別の子供が叫んだ。

「ジャガイモ麺麭!」

「そんなの食べられるんだっ」

「オキアミ調味料、もってないの?」

 そんなものは持ちあわせてはいない。

「ごめん。もってない」

「なんだ」

 子供たちはみながっかりしたようだった。

 とにかく腹が空いていて仕方ない、といった感じだ。

 代わり映えのない献立とはいえ、生存に必要な熱量を摂取できている乙種と、丙種ではかなり生活状態に差があるようだ。

「でも、一月くらい前に、僕たちお肉、食べたよ」

「あれ、おいしかったね」

「うん。でも、ドブネズミは足が早いし、捕まえるの大変」

 唖然とした。どうやらこの子供たちは、ドブネズミを食べたらしい。





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