戦う描写②

 鉄さびにも似た血の臭い。真っ赤な色が世界を彩った。喧騒は絶え間なく、銃声が飛び交う。

 男の登場により、虎爪会の本部であるビル内は地獄と化した。最初の銃声が鳴ってから数十分が経過しようとしている。廊下の角に身を隠した一樹は右手に持っている、P226――全弾を撃ち尽くしてスライドが後退したまま戻らなくなった自動式拳銃のマガジンキャッチボタンを押した。手早く空弾倉を排出すると同時に新しい弾倉を叩き込む。

スライドストップレバーを押し下げると、スライドが元の位置に戻り、初弾を薬室に送り込んだ。これで、十五発のクイックショックがまた撃てる。

 まだ続く銃弾の横雨や男達の激昂に、一樹は半ば呆れていた。

「テメエら、ちょっと俺を舐め過ぎだろ」

 二階での攻防はまだ終わりが見えていない。建物のあらゆる場所に被弾して、窓ガラスは砕け、コンクリートの壁もガリガリと削られていく。

 敵の数は五人。銃声が途切れた刹那の隙を利用して顔と右腕を出した一樹は、考えるよりも早く、二連式の散弾銃をもった男の左胸を狙って引き金を絞った。しっかりとグリップを保持して、立て続けに三発。乾いた音と衝撃波が三度も鼓膜を震わす。一発は肩へ被弾し、二発は心臓で踊り狂う。男は仰向けに倒れ、もう二度と立ち上がらなかった。また一人仕留めた。血の臭いがまた一層濃くなり、硝煙と混じり合ったその臭いに反吐が出そうだった。

銃弾が飛んできて、また身を隠す。また音が止み、また撃つ。ずっとこれの繰り返しだった。

 戦いに派手は動きはいらない。同じ動作を正しくおこなえるのが勝利の近道だった。一樹は、深呼吸を一つして心の安定を保つ。

 ドラムが一定の間隔でビートを刻むように、一樹は心臓のリズムを整えていく。冷静さを失った時点で男の負けは決定する。多人数という時点で圧倒的に不利な事実には変わりないのだから。発射薬が大気を震わす音は、命を刈り取る音。銃口は貪欲な獣となり、敵を見逃さない。

 銃器は、引き金を絞れば必ず弾が出るなんて簡単な武器じゃない。薬室が空ならなにも発射されないし、正しく撃たなければジャミングを起こしたりもする。撃ち続ければ銃身が加熱して傷付き、命中率が落ちる。沢山の要素を計算しつくすと、絶対に隙が生まれるのだ。

それは敵も同じ。その隙を、一樹は見逃さない。

 弾薬切れになった敵を撃つ。ジャミングした敵を撃つ。仲間割れしている敵を撃つ。逃げようとした背中を撃つ。彼我の距離は十五メートル。九ミリ・パラベラム弾の反動は体格の良い彼にとって、まったく苦にはならなかった。

 隙の生まれた一瞬、引き金を二度絞る。空薬莢の鈴の音。また一人を仕留めた。敵から飛んできた弾丸が壁を削り、コンクリートの破片が頬に当たる。

今のは危なかった、と一樹は冷や汗を流した。

 P226から一度手を離し、にじんだ汗を上着で拭い、しっかりと握り直す。

「くそ、撃て! 撃ち続けろ! あいつをぶっ殺せ! ありったけの仲間掻き集めろ!」

「マシンガンだ! 中国の連中から買ったマシンガン持ってこい!」

 怒号が飛び交い、また人の数が増えていく。好都合だった。一樹の目的は虎爪会の撲滅だ。潰すなら、徹底的に潰さなければいけない。抗おうとする者に容赦はいらない。武器を捨てて無様に逃げる奴だろうと関係ない。撃ったら撃ち返す。

 完全なる終わりをここに告げる。

「はっ。俺を殺したいのなら、アンチ・マテリアルライフルでも持ってこい!」

 この戦場で殺したのは二十八人。戦闘不能にしたのは十四人。好戦的な言葉とは裏腹に、一樹は緊張感で気が狂いそうだった。次の瞬間には死んでいるかもしれない。そう幻視してしまうだけで、背中に汗がふきだす。

 FBIが調査した拳銃の平均的交戦距離は七メートルとされている。一樹はその倍の距離でも敵の左胸へ当てられる。それが、凡才の男が鍛練の果てに掴んだ一つの力だった。

お世辞にもスマートな戦い方とは言えない。敵を挑発して判断力を鈍らせ、物陰からこそこそと撃つのが、この男の戦い方だった。こんどは額に浮かんだ汗を乱暴に拭い、スーツの裏から取り出した閃光手榴弾を一つ、野球の投手のようにアンダースローで投擲した。通路の角のさらに奥へ逃げ、瞼を腕でガードする。

 銃声も男達の叫びも纏めて、一の光に包まれた。それは太陽の直視を何十倍にもした暴力的な光だった。空間という空間を埋め尽くし、網膜を犯しつくす。しっかりと光を遮断した一樹ならともかく、虎爪会の男達は等しく眼球をやられ、視覚を奪われた。身をかがめた程度で防げるレベルじゃない。視界が戻るまでの十数秒は、一樹のオンリーステージとなった。走りつつ、P226をデコッキングしてヒップホルスターに戻し、左腋のショルダーホルスターから新たに抜いたのは大型の回転式拳銃。

 夜明け前の色を切り取った硬質の暴力がついに顕現する。

「M28Kスペシャル。……おやっさん。使わせてもらいます」

 右手でグリップを握り、左手で包む。手動で撃鉄を起こし、シングルアクションでまずは一発、腹の底へと轟音が響いた。P226とは比べ物にならない特大のマズルフラッシュがオレンジ色の飛沫をあげ、銃身が上に大きくぶれた。手首から腕、肩へと重い衝撃が伝わる。久しぶりに体感したマグナム弾に、撃った本人である一樹が一番驚いていた。弾丸重量が一〇・二グラム、初速は秒速三百八十五メートルの三五七マグナムをP226と同じような感覚で撃ったのが失敗だった。腹部を狙ったつもりだったのに、喉元を破裂させて風通しをよくしてしまう。まあ結果オーライ、とまた撃鉄を起こす。

 腰を低く落とし、体全体を使って反動を受け止めるイメージで引き金に指をかける。

 弾薬は、レミントン社のゴールデンセイバー。薬莢にも使用される金色の硬い金属、真鍮で弾丸をコーティングしている。さらには弾丸の先端に窪みがあり、外周には螺旋状に六本の切れ目がいれられ、撃たれると花のように開く。そうすることによって、弾丸が着弾と同時に急停止して、持っていたエネルギーを余さずに身体へと与えるのだ。

それは、九パラ・クイックショック以上の凶悪な破壊の化身。

 さらに、被甲は銃身内が融けた鉛の滓で汚れる現象、ファウリングも防いでくれる。真鍮は鉛よりも融点が高いのだ。

一樹は次の敵を狙って引き金を絞り、そのかたい衝撃を受け止める。

 こんどは胸へ命中する。P226とは比べ物にならない衝撃がヤクザの心臓で爆発し、血が炎となって弾ける。生命を強制排除完了。連続で撃っても、Nフレームの重量がしっかりとマグナム弾の反動を吸収するお陰で、手首への負担が少ない。さらには装弾数も増えている。

 さあ、敵を倒すのに全力を注ごう。光を奪われた標的達の行動は三種類あった。一つは無防備のまま撃たれるのに恐怖して壁に隠れた者。もう一つは、なにもできずに狼狽している者だ。それは恰好の獲物以外の何者でもなかった。最後の一つは、こちらへと撃ってくる者。

 狙いが定まっていない弾丸は見当違いの方向へと飛ぶだけだった。

「逃げてえ奴はさっさと逃げな。この俺に殺される前によお!」

 回転式拳銃のダブルアクションは、一度撃てばきちんと撃鉄が起きてくれる自動式拳銃と違い、引き金を動かす度に撃鉄を起こす分の力をプラスしなくてはならない。力めば当然銃口は ブレてしまう。だから、一樹は面倒でも、一発撃つたびに手動で撃鉄を起こしていた。光が視界を狂わせている今がチャンスだ。指を止めずに撃ち続ける。そのたびに重い反動から発せられる弾丸は骨を容易く砕き、肉を丹念に愛撫した。

「……まあ、その背中を撃つけどな」

 この距離でホローポイント系の弾薬の命中率は落ちない。肉厚の銃身が過熱限界の時間を伸ばしてくれる。残る六発を全て撃ち尽くすと、ヤクザからの反撃の音が完全に途絶えた。一樹は、M28Kスペシャルのフレームにあるボタン、サムピースを押して回転式弾倉を横にずらした(スイング・アウト)。銃身から外れたシリンダーに直結している棒、エジェクターロッドを押し込め、空薬莢を排出、

「って、なんだ固い。ったく、やっぱりマグナムはマグナムだ」

 できなかった。発射時の圧力で空薬莢が膨張し、シリンダー内に張り付いてしまったのだ。一樹が親指に力をいれて二度、三度押すと、やっと空薬莢が八発分地面に落ちた。まだ、敵からの攻撃はこない。スピードローダーを使ってシリンダー内を満席にしても、一向に銃声は鳴らなかった。

 逃走したのか。ゆっくりと首だけを伸ばして確認しようとする。そのとき、皮膚が粟立つような悪寒が一樹を襲った。長年の経験が警告音を発する。避けろと。咄嗟に頭を引っこめた瞬間に、けたたましい音が連続で壁を撃ち砕いていった。

「当たったか!? あのくそったれには当たったか! ちくしょう! テメエだけは絶対に生きて帰さねえぞ! ハチの巣にしてコンクリ詰めにしてやらあ!」

「ああ、そうか。中国の連中からマシンガンを買ったって言ってたもんな」

 油断した自分の首を絞めたくなったのはこれで何度目だろう。敵は全滅してはいなかった。それどころか、火力を増大させて反撃してきた。

一秒気付くのが遅かったら、頭が弾丸で削られてなくなっていただろう。思わず想像してしまい、体中を流れる血液が一気に冷えた。小さな隙には、火力が下がったとしても手数は多い方が良い。乱戦中にマグナム弾を一発一発確実にヒットさせる腕を男は持っていなかった。M28Kスペシャルをホルスターに戻し、P226を取り出した。

右手に持ったそれの撃鉄を親指で起こし、溜め息を吐く。

「ったく、あと何人いるんだよ。こっちは一人だぜ? 多勢に無勢で恥ずかしくねえか」

 わざと大きな声で挑発すると、敵は言葉の代わりに弾丸の横雨を返した。一樹の姿が見えなくとも撃ちまくっている。一口に機関銃(マシンガン)と言っても、拳銃弾を撃つ短機関銃(サブマシンガン)から小銃弾以上の威力の弾丸を撃つ重機関銃(ヘビーマシンガン)まで様々だ。壁の削り方から推測するに、恐らくは前者だろう。弾幕を張りつつ接近されたら面倒だ。ならばどうする。

 もう一度閃光手榴弾を使うべきか。いや、二度も同じ手に引っ掛かるような真似はしないだろう。光が拡散しても、撃ち続けられたらたまったものではない。

 しばらくすると、弾丸の音はぴたりと途絶えた。早く出て来いだの殺してやるだの物騒な言葉だけが飛んでくる。一樹は、壁に背中をつけて深呼吸を繰り消し、荒くなった呼吸を整える。

 煙草の入った箱に手を伸ばしかけて理性を発動させた。それはさすがに挑発しすぎだろ。

「ザ・センチネルって洋画知ってるか? 俺の雄姿をマイケル・ダグラスにも見せてやりもんだ。P二二六(コイツ)の扱いなら俺の方が勝ってる気がする。なあ、お前はどう思う?」

「ごたごた言ってねえでとっとと死にやがれ! 俺らはヤクザだぞ。何でも屋か知らねえが勝てると思ってんのか! こっちには六百人以上の仲間がいるんだぞ!」

「上にいる連中をありったけ集めろ。コイツだけはぶっ殺してやる! 生きて帰すな!」

「そうか。群がれば勝てると思ってる間抜けさに乾杯だ。とりあえずとっとと死ね」

 P226の弾倉に入っている弾は残り八発。スペアマガジンは残り六本。六百人以上とは言っていたが、それは支部も含めた全体の数だ。言われなくてもそれぐらい事前に一調べている。この本部にいるのは約八十人程度。死亡、敗走で消えた数を引けば半数以下にまで減っている計算になる。今回はM28Kスペシャルもあるから、問題ない。と、真後ろから足音。

 まさか、扉はどこにもなかった。一樹が音のする方向へ銃口を向けると白いペンキの塗られた壁に亀裂が入った。長方形に、まるで扉が浮かび上がるように。

 アクシデント発生。隠し扉を蹴飛ばして新たな敵が戦場にエントリーする。全部で四人いて、全員が自動式拳銃を持っていた。今は亡きソビエト連邦が開発したUSSR・TT三三〝トカレフ〟それを中国でコピー生産された中国北方工業公司(ノーリンコ)製の五四式手槍(手槍とは中国語で拳銃の意)である。

 日本へは横流し品や密造製がよく出回っている。やくざに大人気。

一樹は咄嗟にP226の引き金を三度絞った。先頭の男の左胸に一撃を当てて昏倒させ、その後ろの男の腹部へと一撃。体勢を崩させる。さらに、五四式を握った右腕を抉る。

もう一発撃って、最初の一人を確実に絶命させる。残る二人は狭い通路から仲間の死体を蹴飛ばして出るという姑息な手段を使った。二つの五四式をかわそうにも、遮蔽物はなにもない。

ならば、手段は一つだ。接近する。右足に力を込め、足裏で爆発させる。間に合え!

 敵が己から近付くとは考えていなかったのだろう。二人並んだ敵の反応がわずかに遅れた。引き金に力を入れ、敵の位置に愕然とする。一樹は敵と敵の間に割って入ったのだ。このまま撃ったら同士撃ちになるではないか。また躊躇しかけ、もう猶予は残されていなかった。一樹は左腕をスーツの内側へと伸ばす。

 発射音が二つ響く。一つは一樹の右手にあるP226から。もう一つは左手にあるM28Kスペシャルから。咄嗟の判断で二丁撃ちをしてみたが、命を拾えた。二人分の死体が増える。それでも、一樹の顔色は青ざめていた。

 左手に鈍い痺れが走る。正しい射撃体勢をしないで撃ったせいで、弾丸の反動をNフレームが吸収しきれなかったのだ。筋肉に力を込めるタイミングも遅れてしまったのも原因だった。一樹は震える手でM28Kスペシャルをホルスターに戻す。

 P226にいたっては、空薬莢が排出口に詰まっていた。ジャミングである。引き金から指を出し、一樹はマガジンを抜いた。あとはスライドを手動で引いて空薬莢を排出すればいいだけ。しかし、左手に力が入らずスライドを引けなかった。それは、わずかな隙。

「死ねええええええええええええっ!!」

 怨嗟が形をなして襲って来たのだ。振り返った一樹へと隠し持っていた短刀を振り下ろそうとしたのは、腹部と腕を撃たれた男だった。黒いスーツから覗く白のシャツには真っ赤な大輪が描かれてあったが、死んではいなかった。残った左腕でまだ戦おうとする。内臓を三方から切り裂かれ、少しでも動けば激痛に襲われるというのに。その執念に感心している暇なんてなかった。P226を元の状態に戻す時間はない。一歩右へステップして、一撃目をかわす。マガジンをポケットに戻し、拳銃もしまう。代わりに大型ナイフをホルスターから引き抜いた。

またナイフかよ、と一樹は舌打ちし、刃に全神経を集中させた。

「おおおおおおおおぉぉぉっ!」

 恐怖を隠すために、あるいは、己を鼓舞するかのように一樹は咆哮し、横薙ぎに一線を放った。鋼の軌跡は敵の服を浅く切っただけで終わる。

まだだ。さらに一歩踏み出す。

ここで死ぬわけにはいかないのだ。袈裟斬りに振るわれた短刀をナイフの刃で受け止める。 

 半分死んでいるヤクザの男は、目を血走らせながら一樹を道連れにしようとする。突きをかわし、また刃が交差。

 刃を、死を押し付け合う二人の姿は、ひどく原始的だった。お互い一歩も退かず、力のままに本能のままに戦う。目の前の男は鏡だ。あれは俺と同じ顔だ。あれは、命を捨てる覚悟のある目だった。ぎしぎしと軋む刃の音は殺意の吐息。お前が死ねと硬質の覚悟を叩きつける。

 なにを思ったのか、口から血の泡を撒き散らしながら男が一樹に吠えた。

「若いの、お前とはもっと違う会い方をしたかった」

「ああ、俺もだよ」

 十の交差。刃の軌道を先読みし、一樹は短刀を避ける。その紙一重の攻防に、スーツは裂け、肌に赤い線が走る。正直痛い。しかし、問題はない。だから、まだ戦える。

「あんな男に忠義をたてる必要なんてないだろ。どうしてあんたは戦うんだ?」

「はっ 誰があんな男に。俺は、死んだ仲間の仇がとりたいだけさ!」

「……上等!」

 お互いの力が拮抗し、押し合いになった。相手はすでに負傷しているから長くはもたないだろうと予想した一樹は、このまま持久戦に持ち込もうとして、男が鬼の形相で笑っていることに気がついた。そう、敵はコイツ一人だけじゃない。通路の先にはあと何人いるのか忘れたのか? 時間さえ稼げば男の勝ちは決まる――――くそったれ。

「はああっ!」

 短刀の上でナイフの刃を滑らせ、そのまま弾き返す。体勢を崩した男の喉元へと、腕を真っ直ぐに伸ばし槍のようにナイフを突きいれる。肉を斬り、骨に当たる感触に一樹は顔をしかめながらも、柄に肉が当たるまで深々と押しこんだ。スタンガンでもくらったかのようにびくびくと痙攣しだし、やがて動かなくなる。引き抜くと、生温かい液体が噴水のように飛び出した。

 ナイフにこびりついた血と肉の欠片を死んだ敵の服で拭い、しまう。P226はグリップを右手でしっかりと握り、左手でスライドを引いて空薬莢を排出。新しい弾倉を装填した。それを、一樹はすぐには使おうとせず、死体の上に落ちていた五四式を拾った。指でフレームをこつこつと叩き、グリップの刻印を確かめる。

「メッキなしで錆び一つない。シリアル有りのブラックスターか」

 弾薬の節約にしようと考え結局、元の場所に戻した。五四式などの密輸された銃器の品質はピンキリで、粗悪な材質を誤魔化すためにメッキがけしているものもある。この拳銃は外見こそなかなかだったが、怖いからやめておいた。これで暴発でもしたら後悔してもしきれない。浮気なんかしないぜ、とP226に無言で語りかける。

 トラブル二回目。痺れを切らした敵が二人、一樹がさっきまでいた曲がり角からあらわれた。それも、一人は回転式拳銃で、もう一人は短機関銃。面で制圧されれば避けられるわけがない。後ろの退路までには遠過ぎる。敵がこちらを確認するのに二秒弱。

一樹は、P226を両手で構えた。白い紙が端から燃えていくように視界が急速に狭まっていく、極限の集中力が標的以外の情報を全てシャットアウトし、心臓の鼓動を無理やりにねじ伏せる。咄嗟に男が撃った回転式拳銃の弾丸が足元へ着弾した。その音は、一樹に届かない。

 動揺も焦燥も纏めて理性の下に押しとどめ、引き金を引き絞る。対面して、三秒から四秒経過。切り札になるかもしれなかった短機関銃はこれで、ただの屑札になる。九パラが腕を貫き、太股を抉る。体勢が崩れたところへさらに二発。隣の仲間が戦闘不能に陥り、硬直した男の心臓に三発の弾丸が送り込まれた。被甲が剥がれ、鉛ブロックが肉を食い散らかす。

 口から血をこぼし、回転式拳銃と一緒に重力に引っ張られた男は、もう死んでいた。

 十数秒の賭けに、一樹は勝利した。忘れていた呼吸を再開し、肺が苦しくなって大きく咳き込んだ。男達が立ち上がらないのを確認してから、すぐに隠し通路の裏に隠れる。また新しい弾倉に切り替え、半端に残っているマガジン同士の弾薬を一つに合わせた。時間が欲しくなって、壁の向こう側へと音だけを機関銃のように撒き散らす特製の手榴弾を投げつける。すぐに銃声と一緒に音が飽和した。

 一樹は荒くなった呼吸を整えつつ、握力が残っているか手を閉じたり開いたりして確認する。

集中力の反動で負荷がかかりすぎた脳みそがポップコーンのように爆発しそうだった。体中の血液が熱湯に変わったかのように熱い。

「はあはあはあ、はあ。ったく、これだから戦いってのはわかんねえな。今のマジでやばかった。……ああくそ、ああ畜生! 俺はまだ生きてるぞ糞ったれ! この馬鹿野郎!」

誰に叫んだかもわからない男は、薄暗い天井を仰ぎ見た。

「ったく。…………俺、生きて帰れんのかな?」

 死んだら、きっと地獄行きだ。閻魔様が直々にエスコートしてくれるだろう。むさ苦しい男を想像して吐き気が込み上げてくる。血と硝煙しか臭わない戦場で、気分が安らぐはずもなかった。当たらないと思えば弾丸は当たらない。そんなわけあるか。弾丸ってものは当たるときには呆気なく当たるのだ。そして、場所が悪ければ簡単に人は死ぬ。

一樹の服は一応防弾加工がされているが、防げるのは小口径の拳銃弾だけだ。それも、肉を貫く威力を強烈な痛みが襲う打撲に抑える程度だ。弾の形や速度で差はあるだろうが、それ以上の威力である九パラなら骨折するだろうし、三五七マグナム弾だったら紙当然に貫かれる。当たった時点で負けが決定するのだ。

 戦場に出るたびに男の心臓は恐怖で押し潰されそうだった。弱音を吐かなかった日などない。それでも、戦わないといけないのだ。

 この手で二人を助けられるのなら、いくらでも血で染めてやる。それが覚悟だ。どんなことをしても中途半端でどうしようもなかった男に生きる目標ができた。遠野一樹の目に、誓いの光が戻る。戦わないといけないのだ。そうだ。今は余計なことを考えている暇なんてない。

 弾丸が壁を削る。敵がすぐそこまで来ていた。過去の記憶を消し去り、脳を戦闘用に切り替える。隙をついて、一樹はまた敵へ弾丸を放った。

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