煙草を吸う描写②
「……いつもので良いかしら?」
「ああ、それで頼む」
そうして、再びマドカはキッチンへと戻る。手持ち無沙汰になった孝志郎は水に手を伸ばすも、酒を飲む前に胃を膨らませるのはいかがなものだろうかと引っ込める。三咲は食べるのに夢中で、無理に話しかけて邪魔するのも気がひける。ふと、半日以上も煙草を吸っていないことを思い出した。思い出した途端に、舌がニコチンと煙を欲し出す。
孝志郎は慣れた手つきで煙草を口に咥え、火を着けた。ライターは安物で基本的に使い捨てる。『こんな物は吸えれば良い』が彼の信条だ。銘柄はアメリカン・スピリッツで無添加・無香料が特徴だ。燃焼促進剤が含まれていないので、なかなか火が着きにくく、ちょっと吸うのを止めただけですぐに火が消えてしまう。極限の緊張下で生きる戦場では吸い難い――だからこそ、酒場や家で吸う味は格別に美味いのだ。純度が高い葉は好き嫌いがハッキリと別れる。彼の場合、これ以外の煙草を吸うのはとてもではないが考えられなかった。しっかりと吸う、じっくりと吸う、どっしりと吸う。時間をゆっくり楽しむのに、この煙草ほど合っている煙草もないだろう。
「生き返るっていうのは、こういうことだろうな」
一つ補足するならば、無添加・無香料〝以外〟の煙草が偽物というわけじゃない。吸い易いようにブレンドを提案した人間の知恵は褒められこそすれ、貶されるべきではない。
良い気分で吸っていると、右頬に視線が当たるのに気が付いた。三咲が口をモグモグさせたままこちらをジーッと見ていたのだ。しまったと孝志郎は後悔する。隣、それも食事中に煙草を吸われて喜ぶ子供などいないからだ。
「悪い。いま消すよ」
携帯用灰皿を取り出すと、三咲が小さく首を横に振ったのだ。
「……すっても、いい。だいじょうぶ」
そう言われ、じゃあ遠慮なくと吸える孝志郎ではない。名残惜しくも煙草を灰皿に捨てる。ほどなくして、マドカがお盆を持って戻ってきた。
「ヤクザも泣かせる掃除屋が子供の前だと形無しね」
どうやら、見られていたらしい。マドカがカクテルの注がれたグラスを孝志郎の前に置きながらニヤニヤと笑う。マドカとは、そのような女だ。
「……俺だって、煙草一本分の良心くらいは持ち合わせているさ」
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