Harmonized Ending(2)
晩ご飯の支度が整った頃、普段より早くセルシオが帰ってきた。
ドアベルの音を聞き、ルカとソラが玄関まで駆けていく。
「おとーさん、おーかーえーりー」
そのままばふんっ! とセルシオの腹に激突する。
セルシオが笑って娘の背をぽんぽん叩いた。
「ただいま、ルカ、ソラ」
ソラを抱っこしたルカをセルシオが抱き上げ、ダイニングに入る。
「ただいまアルト。お久しぶりです、お義父さん」
アルトが嬉しそうにおかえりっ、と笑って、義父も柔和に笑みを浮かべてうなずいた。
四人で賑やかに食卓を囲む。
研究所にルカが来て、スフィアやレナードソンが巻き込まれた話をセルシオがすると、アルトとルカが明るく笑い声を立てた。
「どうだ、セルシオくん。もう副所長の仕事には慣れたのか?」
義父の問いかけに、少しは、とセルシオが苦笑いする。
「その歳で副所長になるのは珍しいのだろう?」
「そうですね。エヴァンス所長のおかげ……というか」
歯切れが悪いので、義父が首を傾げた。
副所長に任ずると告げた後、所長はにっこり笑って言った。
「優秀な者をどんどん上に上げて、私はさっさと隠居したかったんだよ」
穏やかな笑顔にセルシオは任名された驚きも忘れ、ぽかんと立ちつくした。
「……まさか本当に、私が副所長になってすぐ引退されるとは思いませんでしたが」
そう呆れて笑う。
アルトもくすくす笑って、
「今は一緒に住んでるお孫さんにメロメロなんだってね。孫バカ親バカばっかりだ」
その言葉に引っかかるところを感じ、
「……そこに私は含まれてるのか?」
アルトはんー? と言って、聞こえないふりをした。
次はルカがフォークでじゃがいもをつつきながら、「今日学校でね」と話し始める。
「ルカちゃんのお母さんって、おじょうさまだったのっ?」
休み時間、友だち三人に囲まれてルカがうなずく。
「おじーちゃんおばーちゃんはお金持ちで、すーっごく大きなお家に住んでるよ」
両腕を伸ばし、空中に大きな円を描いて見せる。
友だちは三者三様に目を丸くしたり口に手を当てたり、なぜか後ずさりしたりした。
そして異口同音に、
「じゃあお母さん、ルカちゃんのお父さんに連れ去られちゃったのっ?」
真剣な顔で問い詰められ、ルカが無表情で固まった。
「ーーーだって」
淡々と話し終えると、アルトは横を向いて手で口を押さえ、笑いをこらえてプルプル震えている。
セルシオは半眼で、
「お姫様と混同してないか……?」
お姫様が悪者に攫われる物語はよくあるが、お嬢様であって王女様じゃないぞ呆れた。
デレデレ顔でルカの話を聞いていたアルトの父が、セルシオに向き直って顔を引き締める。
「家といえば。引越しはしないのか? もっと大きい家に住むべきじゃないのか。次期所長なのだし」
胸を張って苦言を呈され、セルシオがうっと詰まる。
家族は今も、セルシオとアルトが同居し始めたときと同じ家に住んでいる。もっと言うと、セルシオが室長になってすぐに越してきたので、もう十年にもなる。
もちろんカルティア家の屋敷とは比べ物にもならないが、そもそもこの街は空き家が少なく、また夫婦とルカの部屋、それにダイニングと、部屋は十分足りているので不自由はなかった。
けれど、そんな理由よりも。
セルシオが義父をまっすぐ見据え、穏やかな笑みで
「この家には、思い出がたくさんありますので」
「この家には思い出がいっぱい詰まってますから」
セルシオとアルトが同時に言って、驚き顔を見合わせる。
そして吹き出し笑い合った。
仲の良い両親に、ルカがえへーと頰を緩ませた。
ふふっとアルトが笑うので何だ? と訊くと、
「思い出しちゃった。セルシオと出会ったときのこと」
セルシオが少し目を見開いて、そうかと笑う。
それも、この家にある大切な思い出。
ルカに向かって、「お父さんとお母さん、昔ね」と話し始めると、ルカは無表情で口いっぱいにじゃがいもを頬張ったまま、
「おかーさん、それもういっぱい聞いたー」
アルトがショックで頭を抱えて仰け反る。
震えて泣き真似をし始めて、
「はっ、初めて……初めて娘が話を聞きたくないって……。お父さん、今の聞きましたーっ?」
振り返り、あさっての方を向いて叫ぶので、
「……いや、隣で聞いてたが」
セルシオが呆れる。
てへっとアルトが照れ笑いした。
アルトが思い出し、あっと声を上げる。
「そうだ、今年もみんなでお花見行こうっ。チェルリスの花、もう咲き始めてるよっ」
もうそんな時期かとセルシオが思いを巡らす。
あの薄紅色の花々の中にも、幸せな思い出がある。
それを毎年振り返れることが、また幸せだと思う。
アルトが指折り数えながら、
「レナードソンさんとシエラさんの家族にスフィアの夫婦でしょ。あとリムリーさんの家族も来てくれるかなっ」
慌てて手帳を取り出しスケジュールを確認し始める父に、
「もちろんお父様とお母様、それに兄様の家族もお呼びしますね」
アルトが微笑んで、当然だ、と父が腕組みする。
「私も友達呼ぶー」
とルカがフォークを掲げて言うので、みんなで行こうな、とセルシオが微笑む。
「ソラもー」
足元で寝ていたソラの両脇を持ち上げて、ソラが迷惑そうにニャーンと鳴く。
そうだなとセルシオが苦笑した。
あと、とアルトが言って、
「それに、ナナリーさんも、ね」
アルトがセルシオを見て目を細めて笑う。
ああ、とうなずき、傍らのカウンターの上に視線を移した。
そうしてまた、幸せな思い出を積み重ねていこう。
いつか砂時計の上下を返すそのときに、たくさんの思い出がこの腕の中に降ってくるように。
カウンターの上にはいくつもの家族の思い出の写真が映し出されている。
そこに一緒に映されたナナリーが、幸せそうに笑いかけた。
[砂時計の街 終わり]
砂時計の街 紅璃 夕[こうり ゆう] @kouri_yu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます