悪夢のハロウィン monster

 きらびやかな陽光が容赦なく降り注ぐ。明日には11月になると言うのに、日中の温度は下がることを知らない。

 朝靄も解け、視界良好の中刻三たちは搭乗口を抜け、国際航空場のベンチに腰をかけていた。


「ねぇ、結局さっきの話が刻三の履歴ってこと?」

 ツキノメが右隣に座る刻三の顔を覗き込むようにして訊く。

「あぁ、多分な」

「お父様はどこに目をつけたのかしら……」

 茂本博士との繋がりは見えた。しかし、だからといって貴族が手を組むだけの価値があるものとは思えなかった。

 ツキノメは怪訝そうな顔で、ベンチから垂れ下がる脚をぶらぶらとさせている。

「ンなこと俺に言われても……」

 困惑ぎみの表情で刻三は吐露する。

「そんなことよりもさ、ニホンってそんなにカボチャ好きなの?」

 折角話したのにそんなこと、と言われてもなと思いつつも

「そんな文化はねぇーと思うけど……」

 と、国際航空場の受付に目をやる。


 受付カウンターの周りには目と口がくり抜かれたカボチャの飾りがある。

「あー、ハロウィンだよ」

「はろうぃん?」

 クララは初めて聞く単語のようで、カタコトで返す。

「あぁ。ニホンがまだ日本だった頃。まぁ、平成とかって呼ばれてた時に人気が出てきて、今も残っている行事だ」

 なんとなくで知っている知識をクララへ伝える。

「へぇー、ニホンにもそんな文化があるんだ」

 手に持つスマートフォンで検索をかけていたツキノメが、少し声をうわずらせ、驚きを見せている。

「ん? どゆこと?」

 ニホンにも、と言ったが他にもあるのか。と思いつつ刻三は訊く。

「私たち、リバール国ではこんなことする日を生誕祭って呼んでるの」

 少し得意げに話すツキノメに、千佳とクララが同時に声を上げる。

「ど、どうしたの?」

 その声の大きさに肩をびくつかせ、ツキノメは怪訝げな顔を千佳へと向ける。

「それ私たち知ってる」

 そう言ったのは千佳だ。


 そこから千佳やクララがリバールへ来る時のことを笑いながら、時々あくびを交え話した。

 1時間が経つ頃には、あらかたの話は終わり、刻三たちは腰を上げて国際航空場を後にした。



***


 AAニホン支部は、ニホンの東地域海岸から少し離れたところにある濃霧の蔓延る島にそびえ立つ。

 その最上階は、普通では入れないように施しがある。

 入れるのはAA上層部のみ。そして、AAニホン支部の地下1階。

 そこは空間自体がコンクリートで造られており、頑丈な鉄の柵が立ち並んでいた。間違いなく檻である。

 そしてその1つにある人物が収容されていた。


 これでもか、というほど赤に染まった毛と瞳。獰猛に感じるほど鋭い目つきは健在だが、それを助長するかのような逆立てた髪は、弱々しく項垂れていた。

 その人物の名はマゼンタ。先の戦いで刻三に負けた灼熱のアーカイブの使い手である。


 コン、コン、と誰かが階段を降りてくる音がする。

 地下ゆえに、そんな些細な音ですらかなり響くのだ。

 病的なほどに白くなり、こけた頬の顔を鬱そうに持ち上げる。

 その顔には生気がなく、もう抜け殻のようにも感じられる。

「調子はどうだい?」

 高く凛とした女性の声だ。コンクリートの壁面に声が反射し、くぐった声が幾度となく耳へと入ってくる。

 だが、マゼンタは口を開くことはなく無言で声のした方を睨んでいた。


「無視は酷いね」

 階段を降りきった女性は、肩を竦める。それによって金髪の肩あたりまで伸びた髪がサラっと揺れる。

 一見して性別は分かりにくいが、声は確実に女性であろう。

 スーツに身を包んだ女性の目は、碧眼で強さを秘めているように感じる。

「黙れ、AAの駒が」

 怒気のこもった声でマゼンタは吐き捨てる。

「そういうこと言っちゃう?」

「その通りだろうが」

「違うね」

 間髪入れずに女性は返す。

「何が違う」

「私は天賦者ギフターだ」

 マゼンタは鼻で笑い、続けた。

「でも駒だろう」

「違うわ」

 マゼンタの言葉を一蹴し、女性は大きな目を据える。

「天賦者は──」

 その言葉にマゼンタは息を呑んだ。

 目は見開かれ、顔は驚愕で満ちていた。


 コンクリートの空間にはその言葉が、幾度となく反射し、2人の間にはただならぬ空気が漂っていた。


***


 気づけば夜だ。刻三と千佳は、現在住処としてる自宅のリビングに床を敷き、眠りについており、ようやく目を覚ました。

 最初に起きたのは千佳だった。

「んん……。あれ? もう真っ暗だ」

 フライト中も眠っていたことを鑑みて、かなり眠ったな、と思い未だに隣でイビキをかいている刻三に目をやる。

「お兄ちゃん……」

 言葉には憂いが帯びている。

「疲れたんだね」

 サッ、と立ち上がりながらそう囁き、千佳は台所へと向かった。





「……。な、なんだ……この匂い」

 刻三はカーテンが閉められ、豆電気のついた部屋に漂う肉を焼く芳ばしい香りに鼻をピクピクさせる。

 そして刻三は導かられるように立ち上がり、台所へと向かう。


「あ、起きたの?」

 エプロン姿の千佳は、柔和な笑顔を浮かべる。

「あぁ。何してんだって聞くのは、野暮か?」

「うーん。まぁ、見ての通りだからね。もうすぐ出来るから、布団片付けておいて!」

「おう」

 忙しくフライパンを持ち上げ、セットしておいた白い皿の上に焼き終えた肉を移す。

 刻三はそれを視界のすみに捉えてから、リビングへと戻り、敷かれたままになっている布団を畳み始めた。


「「いただきます」」

 2人の声が重なり、寝るときは壁に立て掛ける食卓テーブルの上に、湯気の上がる食事が並ぶ。

 しょうが焼きに、輪切りしたきゅうりを塩もみしたものとレタスの緑重視のサラダ、それからワカメと豆腐の浮かぶ味噌汁、それから白米がある。

「うまい」

 白く艶やかな米の上に生姜ダレのついた肉をのせ、それをまとめて口に運ぶ。

 その感想はそれに限った。

「ありがと」

「なんでこんな料理うめぇーんだよ!」

 美味し過ぎて手が止まらない。

「何でって、お兄ちゃんが作らないからじゃん」

「まあ、そこんとこは気にすんな!」

 自分のことを言われると弱いので、刻三は聞かなかったことにして次々に口へと運ぶ。


「ごちそうさま」

 食卓テーブルに並んでいる皿は全て空になっている。

 それを一瞥し合掌して、そう告げる。

「うん。ごちそうさま」

 千佳は嬉しそうな顔を浮かべる。

「洗い物は俺がするから」

 膝に手を当て、よっこいしょ、と言わんばかりにゆっくり立ち上がり、刻三は食卓テーブルに残る空の皿を台所へと運ぶ。

「うん。ありがと」


***


 時刻は20時を回った頃だった。

 洗い物を終え、刻三と千佳はテレビを見ていた。

 正直何も面白くない。

 派手な映画がついているのだが、刻三は現実にそれと同様、いやそれ以上のものを見ているだけに凄いと感じることもできないのだ。

「ねぇ、お兄ちゃん」

 呼びかけは唐突だった。

「なんだ?」

 別段興味の湧かない映画に視線を向けたまま返事をする。

「映画見てる?」

「いや、別に」

 刻三の答えにどこか嬉しそうな声音で千佳は続けた。

「今から一緒にでかけない?」


***


 夜に出歩くということで不承不承ではあったが、映画も面白くなく、それまで寝てたこともあり眠くもないことから刻三たちは2人で外出をした。

 向かうは中央区域。歩いていくにつれて、祭囃子と艶やかな色の装飾が目に入る。

「今日こんなのやってたんだ」

 知らなかったとはいえ、映画を見ないで来ていたら良かったと思う刻三。

「うん。お兄ちゃんたちがリバールに行った日の夜くらいから宣伝が始まってた」

「そうだったのか」

 知らないはずだ、と思いながら並ぶ屋台に目をやる。

「なんか食うか? 食ったばかりだけど」

 自虐的に告げると、千佳は肩を竦めて小さくかぶりを振る。

「見て回るだけで大丈夫だよ」


 20分ほど見て回った時だった。

 中央区域で開催されているとはいえ、そこまで広範囲でないために見て回るだけならあらかた終わっていた。

「大体見ちまったけど、どうする?」

「うん、どうしよっか」

 困惑顔の中に何かを考えるようなものも見え隠れする千佳を、刻三は真摯に見つめた。

「見すぎだよ」

 その視線に気づいたのか、千佳は恥ずかしそうに頬を赤らめ、上目遣いで定言する。

「わ、悪い」

 そんなつもりは無かったのだが、ハッキリとそう告げられると謝る他なくなる。

「う、うん」

 千佳も千佳で、素直に謝られたことにどこか戸惑った様子を見せる。


 刹那──、色とりどりのカボチャの目と口がくり抜かれたランプが同時に動き出した。

「な、なんだ!?」

 刻三は身構えながら一番近くにあるチョコバナナの屋台の店主に声をかける。

「何が起こった?」

 切羽詰まったように訊く刻三に対し、店主はキョトンとした顔で

「何がだ?」

 と、返した。

 ──俺だけが感じたってことなのか?

 そう思った瞬間、眼前に大きな歪みが生じた。


「な、何なんだよ!」

 今回の出来事には流石に気がついたようで、店主は焦りと恐怖が混在する声が上げる。

「何かが起こってる……」

 刻三は厳かに呟く。千佳はそれに無言で頷く。


 歪んだ場所は禍々しく黒に染まっていき、街を、空間を呑み込んでいく。

 最初は卵くらいの大きさであったのだが、徐々に大きくしていき、普通の家1軒分程の大きさまで成長した。

 それを見た人々は言わずもがな逃げ始めた。

 千鳥足になるもの、慌て過ぎてコケるもの、様々ではあったが街は刻三と千佳を残して無人となった。

 残るのは虚しく明かりを放つ、ハロウィン仕様のカボチャランプに、無人の屋台だけだ。

 まさしくゴーストタウンに迷い込んだ気分になりながら、刻三と千佳は数歩後ろへ下がり、禍々しい黒い穴を見続けた。


「グゥオーーーーン」

 耳をつんざくような異形の声が空気を裂いた。

「千佳! 下がって、ツキノメとクララに連絡してくれ!」

 刻三は手短に指示を飛ばす。

 悟ったのだ、何かが来ることを。そして、今日が史上最悪のハロウィンになることを……。


 その思いは次の瞬間に現実のものとなった。

 黒い禍々しい穴の中から、首のない騎士"デュラハン"や全身を炎に包まれたゴブリンのような生き物、ペンギンの体躯ではあるが顔だけはピンク色でフラミンゴのそれに似た生き物など、この世にいるはずの無いバケモノが次々と現れたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る