共闘戦線 hammer

 雷の如く咆哮と共に、北欧神話に出てくる神トールが扱うミョルニルにような鉄槌てっついが振り下ろされる。

 速さとしてはそこまで早くない。だが、巻き起こる疾風に気圧され、上手くその場から動くことが出来ない。


「アイス グラセ。2の術、氷壁グレイスババリー

 早口でそう唱えるとインテグラは、両手を降ってくる鉄槌に向ける。

「うぐっ」

 鉄槌が氷壁に触れるや否や、インテグラは表情を歪めた。

 全身に稲妻が走り、その場に立っていることすら辛いと感じる強烈なしびれが体を呑み込んでいく。

 特に手と肩はその範疇はんちゅうを越えていた。

 動かすことすらまともに出来ないだろう。

 だがそれでミョルニルの如く鉄拳を防ぐことができ、刻三たちは一命を取り留める。

「チッ」

 その行為が自分が刻三たちを救ったという考えに至ったのか、インテグラは恨めしそうに刻三たちを睨む。

 刻三はそれを理解し、苦悶くもんの表情を浮かべるインテグラに不敵に笑いかける。

「来るぞ!」

 刻三に対して何か言おうと口を開いたインテグラに被せ、刻三は不敵な笑みを塞ぎ、天を仰ぎながら声を上げる。

 インテグラは言葉をさえぎられ、消化不良なのか荒声を上げるも、それが何を言っているのかは理解できない。


「クリエイト シェプ クレアシ クレアツ。4の術、鉄壁壁アイアンウォール

 水平に示した人差し指をくいっと天に向ける。

 刹那、巨大な鉄の壁が氷に覆われたリバール国の中央区域の元白レンガの道から生えてくる。

 あまりに背が高く鹿王の表情など見ることは出来ないが、2度も続けて防御壁を張られさぞかし驚いていることだろう。

 ごぉん、という鈍い音と共に鹿王の拳が鉄壁壁に遮られる。

 痛みを感じたのか、鹿王は熱いものに触れた瞬間に手を離すように瞬時に拳を引く。


「うおおおおおお」

 力を誇示こじするようにも痛みを訴えているようにも感じられる咆哮が轟く。

「きゃぁぁぁぁ」

「な、何なんだよ!!」

 氷塊から解放されたリバールの一般市民や生誕祭に訪れた外国人客が、それぞれの反応を見せて逃げ惑う。

「お兄ちゃん……」

 そんな声に掻き消されてしまいそうなほど弱々しい声が刻三の耳に届く。

 自信などあるはずが無かった。でも──

「大丈夫」

 刻三は、意思のこもった笑顔を浮かべて見せた。


「ハァァァっ!」

 瞬間、聞き覚えはあるが決して思い出したくない声が刻三の耳に届いた。

 それはリアナも同じであり、怪訝そうな顔を浮かべる。

「遅いぞ、ストーク」

 インテグラは顔を向けることも無く、ただ短くそう吐き捨てる。

「ンなこと言われてもな。オレの能力、高速移動とかできねぇーし」

 バツが悪そうな声音ではあるが、遺跡群で刻三たちを襲った時と同様に姿は見えない。

「で、ソニックは?」

 インテグラは追い打ちをかけるようにして、姿形の見えないストークに訊く。

「悪ぃ。見つけられてない」

 ストークの歯に衣着せぬ物言いに、インテグラは分かりやすくため息をつく。

「もういい。それよりお前はどこにいるんだ」

 インテグラですらも姿形を捉えられていないらしく、呆れ半分にストークに告げる。

「いいの?」

 ストークは半信半疑の声だ。

「あぁ」

 だが、そう答えるインテグラの声音はどこか楽しみをはらんでいるように取れた。


 登場と同時にストークは、鹿王のアキレス腱に一撃をお見舞いした。それが効いたらしく、攻撃の手は一度止んでいる。

 そして、その隙にストークは透明人間のベールを脱いだ。

 そこから現れた人物は、刻三が知る人物であった。

 青と白の縦縞柄、というどこかのコンビニ店員を連想させるカッターシャツに身を包み、三白眼に短く切り揃え逆立てた銀髪が大地にひしめく氷に反射して、キラキラと輝きを放っている。

「あ、あなたは!」

 刻三は喘ぐように叫ぶ。

 ストークは少し悪びれた様子で、どうも、と頭を下げる。


 ──そうか……。そういう事だったのか。

 刻三はようやく、変装したにも関わらず狙撃されたのかを理解した。

 変装する前を知り、変装道具を買ったことまで知っている人物。それは1人しかいない。

 刻三がたまたま入った服屋、ハッピークローズの店員のあの人しかいないのだ。

「気づくのが遅かったな」

 そう放つのはインテグラだ。

 口角を釣り上げ、獰猛に笑い刻三の方へと歩みを進めようとした瞬間──

 耳をつんざく咆哮が轟き、一瞬にして妖しい月光が視界に入る。

 鹿王が足をあげたのだ。

 くっ。刻三は奥歯を強く噛み締め、右側にリアナ、左側に千佳を伴い横へと飛ぶ。

 勢いをつけて飛んだために、着地のことなど微塵も考えておらず、顔面から氷面に落ちる。

 同時に鹿王の足が大地を踏みしめる。

 想像をはるかに絶する振動が氷越しに頬を殴る。

 刻三だけでなく、リアナも千佳も表情を歪める。

「チクショウ」

 あまりの巨体に何も出来ない自分が悔しく、刻三は顔を顰めながら吐き捨てる。


「土にかえりしまこと泥土でいどよ、めっしの焔にも凍結の零氷れいひょうにも劣らぬ大地のめぐみ。この世を埋め尽くす能力ちからよ、我が身を喰らえっ!」

 唐突に祝詞が唱えられる。それは刻三には聞いたことのない声音で、怪訝な顔を浮かべる。

「マド グラウンド。2の術、凝縮塊土ソイルドプランス

 刹那、明らかに女性だと分かる声音をできる限り低くしたそれで放たれた。

 瞬間的に氷土がめくり上がり、大地が顔を覗かせる。

 そしてそれらは鹿王の足へと絡みつく。

「もう、アイスっ! 貴方が解放しろって言うから、現場ほったらかしで解放したのに!」

 涙目でそう告げるのは、警吏の格好をした黒色の髪を肩までなびかせ、ばっちりと化粧をした働く女性の代名詞のような女性だ。

「ソニック……」

 その容姿とは相容れぬコードネームを呼ぶインテグラ。

 そのインテグラに対し、ソニックと呼ばれた女性は特徴的な切れ長の瞳をキッと細める。

「面と向かってる時にそれはやめて。私は美紗希みさき

「えっ……」

 その会話を聞いていた刻三は、思わず声を漏らしてしまう。それもそのはず。


 リバールで公務員──警吏として働いているその女性が

「ニホン人なのか?」

「そうよ」

 刻三と同じ出身地だったからだ。

「くるよ!」

 高らかな咆哮を上げ、鹿王は足にまとわりつく塊土かいどを無視して拳を振り上げていた。

 思い切り振り上げたのか、この度の鹿王のパンチは今までのそれとは比べ物にならないほどの速度で迫ってくる。

「チクショ! アイス グラセ。2の術、氷壁グレイスババリー

 インテグラは刻三たちもかばうように手を広げ、氷の防御壁バリアーを張る。

 それに触れた瞬間に氷がバキバキと音を立て、亀裂きれつを入れる。インテグラは、軋む奥歯にムチを打ってより一層食いしばる。

 表情は歪みきっており、今にも崩れ落ちてしまいそうな雰囲気がある。


「お、おい! 誰か助けろ!」

 インテグラは歪む口から器用に言葉を洩らす。

 それはお願いというより命令に近いものだ。

「あ、あぁ」

 状況が状況なだけに刻三は、唯唯諾諾いいだくだくに返事をする。

 それを見たクララが再度同じ祝詞を放ち、鉄壁壁を展開させる。

 しかし鹿王の拳を跳ね返すことなどできず、逆にこちらが押し込まれ始めている。

 ──どうすればいい。

 刻三は分からなくなり、頭を抱えていると不意に肩に自信を体現したような感情のこもった手が置かれた。

 ゆっくりと顔を向けると、そこにいたのはリアナだった。

 千佳は後ろで脇役といった風に控えている。対して、リアナはいつでも戦えるという雰囲気をだしながら、一言も話さないでいたので、驚きが勝ってしまう。

「任せて」

 そんな刻三の胸中など知らず、リアナは瞳を閉じる。

 それはまるで瞑想めいそうのように精神を統一する。

 次の瞬間──

 リアナは光の灯った瞳を天へと向ける。

 だが、一向に動こうとはしない。それどころかまた目をつむり始めた。

 インテグラとクララの防御壁がドンドンと押し込まれ、もうあと数秒で粉砕するといったところまできた。

 ──ダメだ。

 刻三は直感的にそう感じ、思い切り目を閉じた。

 だが、次の瞬間に起こったのは刻三の予想のはるか斜め上をいく出来事であった。


「どりゃあぁぁぁぁぁぁ」

 リアナの鬼神きじんのような咆哮。その後に続く、この短い攻防の間では聞くことの無かった、奇声にも近しい鹿王の叫びだ。

 惜しいことをしたとは思う。

 恐れから目を瞑ったばかりに鹿王に一撃を加えた瞬間を見逃したのだ。

 鹿王は1歩後退したが、それによりソニック改め美紗希の足枷がなくなる。

 それをアピールするかのように鹿王は、足を振る。

 まるでサッカーをするかのように振られる足とそれに伴う暴風。

 なすすべなし、と思ったその瞬間だった。


 刻三は何故か使うべき刻の術が頭に流れてきた。

 ポアリアンはもういない。故に、声はしない。

 だが、この場面でこれだ、というのが分かる。

 それが何を意味しているのから分からない。ただポアリアンが嘘をつき、未だに体の中に住み着いているのかもしれない。それとも、これが能力アーカイブを使いこなすということなのかもしれない。

 どちらか分からないが今の刻三には、それしかなかった。

「なぁ、坊ちゃんよ」

 そのためにはある程度状況を整えなければならない。

 刻三はそっとインテグラに声をかける。

「なんだ」

「俺を奴の顔のあたりまで運べ」

 こいつにめられたことに変わりはない。だが、今はこいつを倒すことを優先させなければ濡れ衣もくそもない。

「何を偉そうに」

 インテグラは先ほどの自分の発言を棚に上げて、そう返す。

「やつを殺る術がある……としたら?」

 刻三は不敵な笑みを浮かべる。

「のってやる」

 インテグラは同じく不敵に笑う。


「え、殺るの……?」

 そんな2人の会話に、物惜しげに呟くのは美紗希だが、それが2人に届くことは無かった。

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