第5話 戸惑い

(まじかぁ)

 この時点で浩平は、帰りたいと思った。噂では確かに容姿のことは触れられていなかった。しかし、メールでやり取りをしていた感触では、芸能人までとはいかずとも、もっと美人が来ると思っていたのだ。

「あ、あの、今日はよろしくお願いいたします」

「あぁ、はい。じゃあ行きましょうか」

(とにかく、ここから動かないと。予約したのは個室のカフェだ。誰にも見られる心配もない)

 声も小さくて低かった。見たところ、服のサイズもあっていないようだ。腕の部分が張っている。

 カフェに着くと、店員が張り付けたような笑顔で二人を案内した。浩平はオリジナルコーヒーとチーズスフレのセットを頼んだ。そして加奈子は、抹茶ラテとミルフィーユを注文した。

 メールでのやり取りを思い出しつつ、浩平は加奈子と話をすることにした。メールではあんなに盛り上がったのに、当人を前にするとなかなか発展しない。

(やっぱりつまらないのかな)

 加奈子は、自分といるのがつまらないのだろうと落ち込んで、ますます暗くなっていた。

浩平も、いろんな意味で落ち込んでいた。


 注文したものが運ばれてくると、二人は沈黙を埋めるようにして、それらを食べた。

「あっ………」

 加奈子の注文したミルフィーユが、パタンと倒れてしまった。加奈子はまたやってしまったという顔をして、倒れたままでそれを切って食べた。

「ふふふっ」

 浩平は、なんだかその様子が面白かった。ケーキを倒してから食べるまでが、あまりにも手慣れていたからだ。

「あっすみません。あまりにも、さらっと食べるのを続行されたので」

「ミルフィーユはいつもこうなんです。倒してから食べるのがセオリーなのは知ってるんですけど、一度でいいから立たせたままで食べてみたくて」

 パイ生地とクリームで層を作って重ねてあるミルフィーユは、一度倒してからナイフで切って食べるのが綺麗な食べ方だ。それを知っていて、違う方法をしたいという彼女のチャレンジ精神が面白いと思った。


 はじめは戸惑った初デートだったが、彼女の容姿を抜きにすれば、浩平にとって楽しかったものになったといえた。

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