本編

第1話 ある女

 一人の女性がいた。彼女に兄弟はなく、両親も亡くしている。いるのは一緒に暮らしている祖母だけだ。

「加奈子、お前もそろそろ年頃なのだから、結婚する相手とかいないのかい」

「おばあちゃん。そんなのいないわ。私は仕事に行って帰るだけだよ」

「そうかい。お前はいろんなことを知っているし、話は面白い。性格も優しくて穏やかだし」

「それくらいで、相手は出来ないわ」

 加奈子はそう言うと風呂に入る準備をするために、部屋に戻った。

(私に旦那が、ましてや彼氏ができるわけがない。こんな不細工なのに。顔も整ってなくて、声も低い。しかも色黒で、体も全体的に貧弱で骨張ってる)


 風呂場の鏡で自分の体を見て、加奈子は溜め息をついた。



 その頃、加奈子の祖母は友人に孫の相談をしていた。自分が死んだ後のことを心配している彼女の気持ちを察して、その友人は一計を案じることにした。

「それなら、私に任せて下さいよ」

「本当に?ありがとう」


 その友人は、インターネットや自分の人脈を使って、加奈子の噂を流すことにした。わざとらしくないように、でもいろんな人の耳にさりげなく伝わるように。

曰く、

『知識や教養のある女性がいる。話も面白く、可愛らしい。彼女は由緒ある家庭の令嬢であったが、今は健気に祖母を助けて生活している。そのせいか、結婚相手がなかなかいない』


 彼女自身は、そんな噂を流されているとは露知らず、普通に会社に行き仕事をしていた。会社の同僚も、まさか彼女が噂の人だとは気付かなかった。


 情報社会の進んだ現代。噂の女性の家を特定されるのは時間の問題だった。しかし、いつも朝早く出勤し、残業して帰宅する彼女に会える幸運な男性は滅多にいなかった。

 そのおかげで、ますます『噂の女性』のイメージは深窓の令嬢となり、美人が健気に働いているのだと妄想を膨らませる男性が増えていったのだ。


 思った以上に噂が広がり、尾ひれがついたことに驚いたのは噂を流した友人である。今さら消すこともできず、とりあえず加奈子や加奈子の祖母に危害が加えられないことだけを祈っていた。

 一方、加奈子の祖母は、噂を聞いた男性が家を訪ねてきたり、加奈子について尋ねたりすることを喜んでいた。もしかしたら、孫が素敵な男性と出会えるかもしれないと思ったからだ。



―彼女の推測は、まぁあながち間違いではなかったのだけれど―

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