あの景色が見たくて

私とK子は、奥多摩の「高尾山」「城山」「景信山」の3つの山を越える事が出来た。ちょっとたくましくなったK子は、以前買った山の本を下山後何度も何度も家で見ていたようで、ある日のお昼休みに、

「ここの景色凄いよ!」と、以前見た時も付箋がついていてチェックしてあったページだったが、改めて見てみると、

「綺麗!行って見たいね」と自然に口から出た。本当に綺麗で、自分の目で見たいと思った。

幾つか山を登ってみると、近場の山を登る楽しさ、達成感が今までの登山スタイルだった。だが、登る楽しさを知ると、今度は「素敵な景色を見ながら登って見たい」という欲望が出て来た。

ちょうどK子もそう思っていたようで、

「ここに行こう!」

と、即決。

場所は、富山県飛騨山脈の北部にある「立山」

立山は「雄山」「大汝山」「富士ノ折立」の3つの峰の総称である。立山三山の姿は美しく雄大で、ミクリガ池に反射される山の姿に惹きつけられた。だが、今まで近場の低山しか登った事のない私達は、気持ちだけは行く気満々だが、実際に実行するとなると不安の方が大きかった。

「まだ、2000メートルの山にも登った事がないのに、一気に3,000メートルの山に登れるのだろうか」

そんな不安もあるなか、チケットの手配だけは早かった。

旅行代理店で、JRの切符とアルペンルートのバス代も含んだホテルとセットとなったものだ。個別に手配するよりも安かったのでそうしたのだ。

急いだ理由は、今思えば当たり前の事なのだが、立山登山にあたり周辺のホテル、宿を探してみたが凄い人気で、週末以外もほとんど満室に近く、ぐずぐずしていると宿が取れなかったから。7月の後半の週末で辛うじてとれる宿があった。すかさず一泊2日で2名の予約を入れた。行きは朝一の新幹線で、帰りは夜遅めの新幹線。

「後は、何とかなるでしょう」と、その時は予約が取れた事に満足していた。

予約完了後、少し興奮おさまり段々と頭が冷静になってきた。これからしばらくの間夜、会社での昼休みは登山スケジュールを組むのに頭を悩まされる事となった。

行きの新幹線、登山起点の「室堂」迄、初日はどんなに頑張っても、午後2時位になるので、初日は登山は無理。「室堂」に直接向かい、標高に少しでも身体を慣らし、ホテルに戻りゆっくりする計画。

帰る日の2日目に立山にアタック。朝8時30分に「室堂」を出発、午後2時には室堂を出発して、バスを幾つか乗り継ぎ、乗り継ぎの途中で黒部ダムをちょっと観光して、松本駅から新宿駅行きの特急に乗らなければならない、時間と勝負の過酷なースケジュールとなった。何度も何度も、 バスの時刻表とにらめっこし、K子とも夜ファミリーレストランで打ち合わせをして私が分刻みの登山計画を作成した。それをみたK子は、

「このスケジュール、こなせるか不安」

「そうだよね。私も不安だけど、どの位時間がかかるとか調べない内に何とかかなるだろうと、一泊2日でチケット手配しちゃったのが甘かったよね。でもこれ以上どうしようもない。せめて二泊三日は必要だったね」

2日目は、立山登山で緊張しているのに、下山後は余韻もさながら帰路につかなくてはいけない。

又しても、まだまだ肝心な事が抜けがちだ。

登山計画が決まると、今度は7月の立山の状況が気になる。ネットのライブカメラを切符が取れた6月から毎日見て、室堂周辺の雪の状態をチェックするのが日課になった。

それと同時に、自分が山行記録をアップしているサイトで、「立山」に登られた方の山行記録を色々見てみた。すると、頻繁に立山の山行記録をアップされている方がいた。このサイトでは、山行記録書かれた方にサイトを通してメッセージを送る事が出来る。私は思い切ってこの方にメッセージを送った。

「今度、初めて立山に行くのですが、まだ登山始めたばかりの初心者です。雪道の経験も、高山の経験もありません。アイゼンとか必要でしょうか。山頂付近の気温とか服装、装備品など何か気をつける事とかありましたら教えて頂けませんか」と、いうような事をメッセージで送った。すると、凄くご丁寧なメッセージを頂いた。どれもこれも凄く勉強になり、正に何度も登られている方の言葉なので、現実的な的確なアドバイスを頂いた。その後も室堂周辺の雪の状態が気になる私達の事を気にかけて頂き、私達が行く前に何度かその方が登って下さり、山行記録を雪の状態がわかるようにアップして下さり、メッセージでも何度か情報交換をさせて頂いた。

登山出発2日前にメッセージが届いた。何度かメッセージでやり取りさせて頂いたM男さんからだった。

「もし宜しければ、一緒に立山登りませんか。休みが取れたので、僕も立山に行きます」

私達は金曜出発、土曜日に帰る日程で、そのスケジュールも簡単ではあったがお伝えしてあった。時間のない中の登山なのでその心配とかもお話しした際にスケジュールも話していたのだ。

正直、初めは驚きましたが、K子と相談し、ご一緒させて頂く事になり、

「是非、一緒に宜しくお願いします」と、 メッセージを返信した。すると、初日と2日目のスケジュールのメッセージが届いた。

初日は、元々登山は出来ないので、室堂周辺で標高慣らしで終わる予定だったが、M男さんが、室堂周辺を案内して下さるとの事で、初日からお世話になる事になった。

2014年7月25日、東京駅朝7:00立山に向けて出発。午後2時頃室堂で待ち合わせなり、電車、ケーブルカー、バスを乗り継ぎ何とかか午後2:00過ぎに室堂へ到着。家を出発して、ここまで8時間。 勿論だが、今まで1番長い移動距離。待ち合わせ場所に向かう。青いシャツが目印との事で無事に発見、M男さんと会えた。

身長175センチ位の爽やかな、物腰も柔らかい素敵な人でした。K子と2人、「とても雰囲気が良くて、話しやすい感じの人で良かったね」と小声で交わす。室堂を軽く1時間位回って、

「明日はゆっくりこの周辺を写真撮っている時間はないと思うから、今の内に撮っておいた方が良いですよ」と、言われゆっくり歩きながら、あの本でみたミクリガ池の写真も撮った。立山が池に映り込みとても綺麗な写真が撮れた。

あっと言う間の1時間が過ぎた。とても楽しく、

「明日の立山は安心して登らせて頂きます。宜しくお願いします」と、K子と2人頭を下げて、明日の集合時間、場所を確認して別れた。

この日はいい事尽くめだった。ホテルに帰り、夕食の時間でレストランにはいり、ウエイトレスの方が窓際の席に案内してくれた。

「今日は、運が良いですね」と、言われ窓の方を見るように促され見てみると、辺り一面「雲海」が広がり、とても幻想的な景色が待っていた。最近雲海は見られなかったそうなので、本当に久し振りとの事。雲海を見た事がなかった私とK子は、見惚れてしまった。何枚も写真を撮った。

「雲海、綺麗。雲海見ながら食事なんて贅沢だね」

もう、これしか言葉が出てこない。しかもお料理も凄く美味しくて、眺めも最高。食前酒のワインでほろ酔い気分。

「明日も、晴れて素晴らしい日となりますように」と、思わず心のなかで雲海に向かい祈る。夜は空一面の星。宿泊者の方も外に出て降ってきそうな星を眺めていた

「素敵な1日に感謝」

朝がきた。天気も晴れ。最高の朝を迎えた。ビュッフェスタイルの朝食をしっかり食べ、これからの立山登山に望む。

「お早うございます!」と、私とK子はM男さんを見つけ挨拶する。

「お早うございます。良く眠れましたか?」

雲海の綺麗だった事、星空が凄かった事を一気に話して、いざ出発。

「ワクワク気分が止まらない」

出だしは雪渓歩き。以前M男さんが行かれた時よりもだいぶなくなっていたが、ストックを突き刺しながら、滑らないように歩く。初めての雪渓歩きに、この立山の景色。

「気分最高!」

これしか言葉はない。

3人で話しをしながら登り、雄山の山頂にたどり着く。山頂には神社があるが狭いので、人数制限しながらの登拝になる。順番待つ間の山頂は7月とは思えない、冷たい強風が吹きつける。「ぶるっ」とくるほど寒かった。これが3,000メートルの頂か。順番が来た。神聖な頂にて、登拝する。本当にまっさらな気持ちになった。一旦リセット。

登拝を終え、ちょっと降りるだけで、全然寒さが違った。過酷な寒さに耐え、祀られる神聖な場所故の寒さが身を引き締めた。

山頂で余りゆっくりしている時間もないので、壮大な雪の残る立山を見渡し、目に胸に心に焼き付けた。

早々に下山開始。バスの時間40分前に着いた。何とかセーフ。室堂でM男さんと、昨日、今日の山の思い出を振り返り話は尽きないが、時間もなく慌ただしいお別れとなった。

「今度私の住んでいる石川県と岐阜にまたがる白山に来て下さい」と、言われた。

「是非、行きます。本当に、本当に有難うございました!」

握手をして別れた。

分刻みで移動し続け、 松本駅まで無事に戻って来た。ここまでこれればもう安心。後は特急に乗って新宿まではやっとゆっくり乗っていられる。ここでホッとして、お昼も食べる暇なく来たので、お腹ペコペコで、ランチ&ディナー。

特急に乗り込んだら、いつもなら疲れ果てて寝てしまうのだが、K子と私は寝る事もなく、いつも以上に話し続けた。

感動した事がもの凄く多く、こんなスケジュールこなせるの?というスケジュールから始まり、終わってみたら完璧にこなし、密度の濃い、予想以上のものが出迎えてくれた。また、M男さんの素敵な立山のガイドと出会い。山が結んでくれた素敵な縁に感謝。素敵な景色に感謝。感謝しか出てこない。興奮しすぎて、思いが溢れ、2人の会話はとうとう新宿駅まで続いた。

「私達って、過酷なスケジュール好きだよね。以前の中国旅行の過酷スケジュール思い出したよ。朝から夜まで歩いて歩いたあの旅行。多分あそこから、密かに山に繋がっていたんだよ。きっと」

K子と一緒に、M男さんと一緒に、3人で行けて良かった。






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