第161話 行為の果てに

4月19日 水曜日 2週0日


 朝、基礎体温を測ると昨日より目に見えて下がっていた。

 低温期から高温期に移る直前に基礎体温が下がるらしいので、それじゃないかと思う。もしそうだったなら、ここ二三日が排卵日となる可能性が高かった。

 そして、受精できるのは卵子が排卵されてから約24時間。

 そう思うと学校に居る間も落ち着かなくて、授業も上の空になってしまう。

 おりものが粘っこくなるのも目安になるらしいと休み時間にトイレで確認してみたけれど、ナプキンは蒼汰の精液でドロドロになっていて見分けがつかなかった。

 それだけ出してもらっている実感は得られたので、それはそれで安心できたけど……

 そんな理由もあって、授業が終わったら部活にも行かずマンションに直行した。


4月20日 木曜日 2週1日


 ピピピと通知音がして、口に咥えた体温計を取り出す。基礎体温が上がっていた。


「排卵してるのかな……」


 ベッドに横たわったまま、手でお腹を押さえて呟く。

 人間関係が落ち着いたら、今度は妊娠できるのかという不安がぶり返していた。

 自分の中にあるアリシアの魂は、徐々にだけど確実に存在が失われてつつある。

 その不安をごまかすには、今できることをするしかない。だから、学校と食事とか最低限のことをする以外はずっとセックスしていた。

 抱かれている間は、不安に押し潰されそうになることもなかったから。


4月21日 金曜日 2週2日


 学校をサボった。

 私が蒼汰に懇願したからだ。

 優奈にメッセージを送って後を託し、朝から不健全な行為に浸る。

 とにかく少しでも可能性を上げたくて、蒼汰が喜びそうなことは何でもした。


4月22日 土曜日 2週3日


 昼も夜もない時間を過ごしていると、優奈が部屋にやってきた。


「うぁ……何これ、酷い臭い」


 優奈は顔をしかめながら、ぐちゃぐちゃになっていた部屋を片付けだす。

 私も蒼汰も全裸にシーツを被っていただけだったけど、優奈は気にかける素振りも見せなかった。


 私達二人は寝起きと疲労が重なっていて、しばらく頭が回らなかった。そして、頭が回るようになった頃には、見られることはもうどうでも良くなっていた。


「じ、自分で片付けるから!」


「別にいいわよ」


 だからといって、自堕落の不始末を優奈にやらせるというのは人としてダメだと思う。

 だけど、体は筋肉痛が酷くて直ぐには動けそうになかった。


 お弁当の容器やペットボトルが散乱したテーブル、精力ドリンクの瓶が並ぶ冷蔵庫の上、そこかしこに脱ぎ散らかされた衣類、そしてゴミ箱や床に落ちている丸まったティッシュ。


「あ、あぅ……」


 他人に片付けさせるのはあんまりな物ばかりだったけども、優奈は意に介すことなくてきぱきと片付けていった。


「お風呂入れたから二人で入っててよ。ベッドもきれいにしたいから」


「う、うん」


 ようやく動き始めた体を引きずるようにして、蒼汰と二人でノロノロとお風呂に向かう。

 体を洗う気力もなくて、軽くシャワーで汚れだけ流して湯船に直行する。先に入った蒼汰の膝の間に収まるようにして浴槽に入り背中を蒼汰に預けた。

 それからしばらく体の筋肉が緩むまでぼーっとして過ごす。


「……ねぇ、硬いのが当たってるんだけど」


「仕方ねぇだろ、朝なんだし……わかるだろ?」


「それはわかるけど、蒼汰が私の体を触っているのはわからない」


「だって、手持ち無沙汰だし」


「なんか、触り方がいやらしいんですけど……ダメだよ、今は優奈が居るんだよ?」


「ダメって言われると余計に燃えるよな」


「やっ……ほんとにダメだって、後で好きなだけしていいから」


「……ごめん、我慢できないわ」


「ば、バカぁ……んっーー!」


 声が漏れないように、自分の手で口を押さえる。

 こうなったらなるべく早く終わらせてしまった方がいいだろう。長くなるほど優奈に気づかれる可能性が高くなる。


 ここ数日で蒼汰のエッチなモードに切り替えるスイッチがバカになってしまっているかもしれない。


「ん、んーー! んんっーー!」


 ……私もか。


   ※ ※ ※


 体を魔法で清めた私は蒼汰を残して先に出てきた。

 浴室前に用意されていた着替えを身に着けて部屋に戻ると、窓が開けられて換気されていて、空気がとても新鮮に思えた。

 シーツの替えを持ってきてくれていたらしく、ベッドメイクまでされている。

 優奈はベッドに腕を組んで腰掛けて、呆れたといった表情で私を見ていた。


「あんた達ねぇ……」


 優奈の顔は少し赤くなっている。


「……なんか色々ごめん」


 声を抑えたつもりだったけど、何をしていたかバレバレだったらしい。


「まぁ、別にいいけど」


「あはは……」


 愛想笑いをしながら、優奈の隣に腰を下ろす。


「……ご飯は食べてる?」


「あー、うん……一応」


「ちゃんと食べなさいよ? 冷蔵庫に母さんが作ってくれたご飯とおかずのタッパーを入れといたから」


「ありがと」


「それと、制服はクリーニングに出して着替えと一緒に後でまた持ってきておくね」


「重ね重ね申し訳ない」


 後先考えずに行動した結果、制服はよれよれになって汚れてしまっていた。


「明日は学校に来るんだよ、わかった?」


「うん」


 優奈に抱きしめられる。


「無理はしないで……ね?」


「……うん」


4月24日 月曜日 2週5日


 今日は久しぶりの通学だった。

 金曜日は体調不良で休んだことになっていたのでクラスメイトから心配されたけど、なんだか申し訳ない気持ちになる。

 疲れているのは本当だったから、疑われることはなかったけど……

 授業は半分以上眠ってしまった。


4月26日 水曜日 3週0日


 基礎体温はすっかり高温期になっていた。

 妊娠すればこのまま高温期が続き、妊娠できなければ生理が来て低温期になる。


 ……どうか、このまま体温が下がりませんように。


 基礎体温が上がった日前後で排卵して、受精できていたなら、今頃受精した卵子は胚と呼ばれる物になっているらしい。

 大きさは1ミリ未満、重さは1グラム未満の小さな小さな存在。それが人になるというのだから人体というのは不思議なものだ。


 今日から夜は家に帰ることにした。

 マンション通いはまだ続けている、妊娠できる可能性がなくなった訳ではないので。人体は例外や想定外の宝庫で絶対は無いから。


5月3日 水曜日 4週0日


 生理から28日目、生理予定日となる今日、早期妊娠検査薬を使うことにした。

 妊娠検査薬は妊娠したときに増加するホルモンを検出して妊娠を判定する仕組みで、普通の物だと生理予定日から一週間くらい後から判定ができるようになるらしい。

 早期妊娠検査薬は通常より少ないホルモンで反応するようになっていて、生理予定日前後から判定できるそうだ。

 普通の薬局には売ってないらして、買うのに名前や連絡先の記入が必要なこともあり、母さんに買ってきてもらった。


 トイレで便座に腰を下ろした私はスティック状の検査薬を手に持ってふとももの間に差し入れる。


「……ん」


 先端部におしっこを数秒かけて引き上げた。

 キャップをして、膝のハンカチの上に置く。

 検査薬の中央にある丸い窓にラインが表示されたら妊娠していることになるそうだ。

 祈るようにしてじっと待っていると、薄っすらとラインが浮き上がってきた。


「や、やった……!」


 逸る気持ちで後始末を済ませて、トイレから飛び出す。


「どうだった!?」


 リビングのドアを開けたとたんに優奈が詰め寄ってきて、私は反応の出た検査薬を掲げながら、もう一方の手でピースサインを作る。


「えへへ……」


「やったね、アリス!」


 優奈が抱きついてきて、私も合わせて飛び跳ねて喜んだ。


「あんまりはしゃいでいると、こけるわよ?」


 母さんの言葉で浮かれすぎた気持ちを引き戻す。


「検査薬に反応がでたからといって確実に妊娠している訳じゃないから、あまり浮かれすぎないようにね?」


「うん」


 妊娠検査薬でわかるのは体が妊娠に必要なホルモンを出していることだけだ。無事に受精卵が子宮内に着床して育っているかどうかは病院で検査しないとわからない。


「ゴールデンウィークが明けたら産婦人科に行きましょう」


「すぐに行かなくてもいいの?」


 なるべく早く確定させたいと気が急いてしまう。だけど、母さんは首を横に振った。


「緊急で診てもらうようなことじゃないわ。それに、どうせまだ今の時期じゃ妊娠しているかどうかの確認はできないと思うから」


「そっか……」


 その後、母さんから妊婦としての心得を教えて貰った。リラックスを心がけて体を冷やさないように気をつけたり、夜ふかしはダメだったり、カフェインを控えたりと、いろいろ気をつけた方が良いらしい。


 夜、寝る前に何度もお腹を撫でながら、アリシアを助ける決意を新たにした。


5月4日 木曜日 4週1日


「妊娠……できたかもしれない。まだ、わからないけど」


 マンションに訪れた私は蒼汰に報告した。


「そ、そうか」


 蒼汰はいきなりの告白に戸惑いを隠せないようだった。子供を作るためにしていたとはいえ、実際にできたとなると実感が湧かないのだろうと思う。


「これで、アリシアさんを助けられるんだな?」


「うん……蒼汰のおかげだよ」


「そんなお礼を言われるようなことはしてないけど……」


 やりまくってたたけだしと自嘲気味に呟く。


「ううん、蒼汰はいっぱいがんばってくれたもん」


 しんどいときもあっただろうに、私が求めたら蒼汰は絶対に断らなかった。射精後の賢者タイムにお願いしても応えてくれた。それがどれだけ難しいことか、私はわかる。


「とにかく、良かったよ」


「うん。それで、蒼汰とはもうできなくなるんだけど……」


「あー……そうか。そりゃそうだよな」


「ごめんね」


「気にするなって。それより体は平気なのか?」


「うん。ちょっと熱っぽくてだるいけど生理前はいつもこんなもんだし」


「そ、そうか……とにかく、体を大事にな」


「ありがとね、蒼汰」

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