第140話 初体験

 初体験は相手に身を任せて天井のシミを数えている間に終わる。


 ……そんなふうに思ってたときもありました。


 まな板の上の鯉の気分でゴーサインを伝えたはずなのに、蒼汰はなかなか手を出そうとしなくて、私たちはベッドに腰掛けたままで固まっていた。


 思い返してみると、今までエッチした二人は、私をリードしてくれていた気がする。元男としてそれはどうなのって思わないでもないけれど、それらはまるっと棚上げして、蒼汰にはしっかりしてもらわないと困る。


 覚悟さえすれば、後はただじっと耐えていればいいと思っていたから、自分からどうするなんて、まるで考えてなかったのだ。


「ええと……シャワー、浴びるか?」


「家でお風呂に入ってきたから、大丈夫」


「そ、そうか……俺も家でシャワー浴びてきたんだ」


「う、うん……」


 その気づかいは大事かもしれないね。

 だけど、あれだけ準備に時間を掛けたのだから、察して欲しかったかな?


「それじゃあ……キスしていいか?」


「え……? いや、キスはないでしょ」


 常識で考えて。


「そ、そうなのか……?」


「そうだよ」


 恋人じゃない相手、しかも男とキスなんてする訳ないじゃない。何を考えてるんだ、蒼汰のやつ?


 うげ……想像するだけで鳥肌が立ってきた。


 だけど、蒼汰は拒絶されるとは思ってもいなかったみたいで、目に見えて狼狽していた。

 そんなに私とキスしたかったのだろうか……?


 蒼汰にとってみたら見た目は女の子とのキスだから、それほど抵抗ないのかもしれないけど、私は男とキスするなんて絶対に嫌だ。


「じゃ、じゃあ……これから、どうすればいいんだ?」


 蒼汰はそんなことを言い出した。


 ……え、それ、私に聞くの?


「そ、その……キスをしながら体に触れてお互いの気分を盛り上げるものだと思ってたから……」


 マニュアル至上主義にも程がある。

 もっと、アドリブを利かさないと現実の女の子は相手できないぞ? エロゲと違って選択肢なんて出てこないんだから。

 そう言いたいのをぐっと堪えて、


「蒼汰がしたいようにして……いいよ……?」


 ――と、俯き加減に言った。

 顔が赤くなっているのは恥じらっているのではなくて、あざとい台詞を言う自分自身が恥ずかしかったからで。


 蒼汰は顔を赤くして手を宙にさまよわせた後、首の後ろに手をあててぽつりとつぶやいた。


「そ、それじゃあ……抱きしめてみてもいいか?」


「……どうぞ」


 私は体を蒼汰に向けて上半身を差し出す。蒼汰はのそのそ近づいて、ぎくしゃくしながら両腕を広げてきた。

 見られているとやり辛いかなと思ったので、目を閉じて待つ。


 恐る恐るといった様子で体に触れてくる蒼汰。

 最初は腰に手があてられて。それから、もう一方の手で肩を包むように抱きしめてきた。力をなるべくかけないように、ほとんど触れるだけの抱擁ともいえないような代物だ。


 ……まどろっこしいなぁ


 じれったくなった私は目を開けて、目の前にある蒼汰の胸元に飛びついた。


「……えいっ」


「――おおぅ!?」


 蒼汰は驚きながらも危なげなく胸板で受け止めて、手に力を込めて支えてくれた。

 抱きついたことで、私は全身がすっぽりと蒼汰の両腕の中に収まってしまう。


「……お、お前なぁ」


「えへへー」


 蒼汰の抗議の声を笑って誤魔化しながら、両腕を蒼汰の体に回してくっついた。


「ちょ……!?」


 今まで私が触れ合ってきた女の子とはまるで違う硬い胸元。

 手に触れる背中もごつごつしていて硬い。私はぺたぺたと触ってみて感触を確かめた。

 男だったときも蒼汰とじゃれてくっついたりとかは割とあったけど、その頃とは受ける印象はまるで異なっていて、なんだかとても頼もしく思える。


「やべぇ……すげぇ小さいのな、お前って……」


 蒼汰が感嘆の声を漏らした。


「蒼汰が大きすぎるんだよ」


 前は蒼汰よりも身長は高かったんだけどなぁ……と思ったけど口には出さないでおく。せっかく、男だったことを意識させないようにしているのに、そんなことを言ったら台無しだ。


「やべぇ、やわらけぇ……なんかいい匂いするし」


「んっ……」


 すんすんと鼻を鳴らして私の後頭部の匂いを嗅ぐ蒼汰。

 ……息が荒くて、少しキモい。

 堪能したくなる気持ちはわかるけれど、もう少し私に気を使ってもいいんじゃないかな、きみは。


 でも、匂いか……

 目の前にある蒼汰の胸元に顔を埋めると、石鹸と柔軟剤のいい匂いに混ざって、微かに蒼汰自身の匂いを感じる。

 それは男のときには感じなかったもので、なんだか落ち着くような気がする。


 ……これも、私が女の子になったからなのかな?


 そんなことを考えていると、肩にあった蒼汰の手が私のポニーテールの下に潜り込んできて、そのまま頭の後ろを撫でてきた。

 大きくて硬い手の感触がくすぐったい。

 目を細めていると、もう片方の手が知らず知らずのうちにさがっていて、


 ――ふにっとお尻を揉まれた。


「ひゃい!?」


 不意に訪れた感触に体が跳ねてしまう。

 私の反応に慌てた蒼汰は手を離して飛び退いた。


「す、すまん!」


 即座に私に謝罪する蒼汰。


 し、しまった……

 つい反射的に拒絶してしまった。


 蒼汰は気まずそうに手を掲げたまま固まっている。


「だ、大丈夫! 大丈夫だから、ホント! ……だけど、その……ワンピースにシワがつくから……」


 我ながら苦しい言い訳だと思う。

 言ってることが嘘ではないと証明するために、私は立ち上がって蒼汰に背を向けると、ワンピースの背中にあるチャックを下げはじめた。


 そこに至って、はたと気づく。


 ……これって、脱がせて貰った方が良かったのかな?


 自分から脱ぐのがはしたないとか思われたりは……しないだろうな。今の蒼汰にそんな余裕があるとは思えない。

 いっそ、もっと早くに脱いでおくべきだったろうか。

 そもそも、これはどこまで脱げばいいのだろう。


 ……全部脱いでしまう?


 でも、それだとせっかく優奈が用意してくれたベビードールが無駄になってしまう。正直体にはあまり自信ないので、下着で誤魔化してしまいたかった。

 それに、身につけているものが無くなるのはどうにも心もとない。

 結論としてワンピースだけ脱いで後は流れに身を任せることにする。

 ファスナーを下ろし終えた私は、肩からワンピースを片方づつ外してストンと足元に落とした。


 蒼汰が息を飲む気配がした。

 今の私の姿はピンク色のベビードールに透けて見える白の揃いの下着だけという扇情的なものだ。

 背中越しでも、蒼汰の熱い視線が注がれているのがわかる。


 足元のワンピースを畳んでベッドの下に置いた。

 両手を胸元に置いて小さく深呼吸して、意を決して蒼汰に振り向いた。


「おお……」


 蒼汰から感嘆の声があがる。


「すげぇ……めっちゃエロいな、それ……」


「そ、そう……」


 そんなふうに褒められても、どんな反応をしていいのか困る。

 興奮させる為に着ているんだから、目的を果たせてはいるんだろうけど……


 私は再びベッドに腰掛けて、蒼汰を見上げる。

 ベビードールの効果は抜群で、あきらかに欲情している様子だった。少し目が怖い。

 この様子なら、もう大丈夫かな?


 でも、念の為……もう、ひと押し。


「えっと……私、はじめてだから……」


 少しあざとすぎるだろうか?

 蒼汰にひかれるかもしれない……


 ええい、言ってしまえ!

 男は度胸、女だって度胸だ!


「だから、その……やさしくしてね?」


 私は真っ赤になって顔をそらした。

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