第134話 ふたつの家族

 いつも指名している美容師のお姉さんに髪を短くすることを告げると大層驚かれて、本当に切っていいのかと何度も確認された。


 ハサミが入る度、バサッと落ちていく銀の束。

 腰まであった俺の髪はみるみるうちに短くなってあっという間に肩くらいまでの長さになっていた。

 ずいぶんと頭が軽くなった気がするけど、お姉さんが言うにはこれだけ切って100グラムもいかないそうだ。


 髪を洗って貰った後、美容師のお姉さんと優奈との三人で髪型のアレンジを試してみた。

 いろいろやってみた結果、後頭部で纏めてシュシュで飾るというシンプルなスタイルに落ち着いた。自分一人でできる気軽さと、動くにつれてピョコピョコと踊るしっぽが可愛いと思ったからだ。

 鏡に映った自分の姿は、いくらか活発さが増した雰囲気になった気がする。


 美容室に居る間に母さんからメッセージが入っていた。

 光博おじさんと大人だけで話をするので、先に神社に行くこと。そして、美容室が終わったら食事を済ませて神社に来るようにという内容だった。


 コンビニに寄ってパンを買ってから俺達は神社に向かう。

 満開の桜に囲まれた階段を登っていくと、箒を持って境内を掃除をしている巫女服姿の翡翠にばったり出会った。

 俺を見た翡翠は一瞬驚いた表情をした後、似合ってると俺の髪型を褒めてくれた。


 翡翠も昼食はまだとのことだったので、買ってきたパンを一緒に食べようと誘った。

 翡翠達の住居でもある社務所の縁側に三人で並んで座る。

 春の日差しは暖かくて、ここにも咲いている桜とあいまってちょっとしたお花見気分だ。


 なんでもない雑談をしながら食事を終えた頃に、蒼汰が俺達を呼びに来た。

 俺の姿を見た蒼汰は一瞬固まって、その後の態度もどこか余所余所しい感じだった。

 俺のことを露骨に意識してしまっているらしい。まあ、これからすることを考えたらそれも仕方のないだろう。

 優奈はそんな蒼汰の態度をニヤニヤと見ていて、逆に翡翠はとても冷ややかで対照的だった。


   ※ ※ ※


 社務所を兼ねた蒼汰の家にある客間には四角いテーブルが真ん中に置いてあって、奥の角から右手に父さんと母さんが、左手に光博おじさんが座っていた。俺と優奈が右手の手前に、翡翠と蒼汰が左手の手前に座る。

 これで如月家、神代家の両家揃い踏みという訳だ。

 皆が座ったところで、俺は立ち上がって光博おじさんに向かって頭を下げた。


「光博おじさん、いままで私自身のことを偽っていてごめんなさい!」


 事情があったとは言え、隠し事をしていたことを謝罪する。

 これで神代家全員に謝罪したことになる。


「幾人くん……なんだよね? 話を聞いていても信じられないよ。こんなにかわいい娘がそうだなんて」


「おじさんに教えてもらった空手の型はまだ憶えてますよ。前みたいに体が憶えているって訳にはいかないですけど……やってみせましょうか?」


「いや、それよりも、魔法っていうのを見せて貰えないかな?」


 確かにそっちの方が荒唐無稽な俺の身の上を証明するにはもってこいか。


「わかりました」


 俺は部屋の入口まで移動して、裏庭が見えるように襖を開け放った。

 裏庭の真ん中には一本の桜の木。周囲に人影は無い。


「それじゃあ、いきますね」


 せっかくだから、ちょっと見栄えのする魔法にしよう。

 俺は頭の中で魔法式を構築して発動させる。


スノウ!」


 桜の木の周辺の空気がぼんやりと揺らめいて、やがて小さな白い雪の結晶たちがしんしんと落ちてくる。


「綺麗……」


 薄桃色の桜を中心にして舞い落ちる、季節外れの白い雪は幻想的な美しさがあって、魔法を使った自分でも見惚れる程だった。

 そのまま一分程続けてから魔法を終了する。

 幕引きとばかりに襖を閉めてから、後ろの皆に向き直って一礼した。


「ざっと、こんな感じです」


 少しくらい調子に乗っても仕方ないよね。

 我ながら上手くいったと思う。


「いやはや……なかなかすごいものだね、魔法というのは」


「ほんと、綺麗だったね!」


 賞賛の言葉を受けながら俺は席に戻った。


「……さて。それじゃあ、これからのことを話し合うとしよう」


 父さんの一言で話し合いが始まる。


「まず、アリス。お前は自分の体にあるアリシアの魂を胎児に宿して子供として産み育てる。その意思に変わりはないか?」


「うん」


「じゃあ、翡翠ちゃん。君はそんなアリスと結婚して支え合う関係になりたい、それでいいのかい?」


「はい」


「俺達は基本的にお前たちの選択を尊重したいと思っている。だが、お前たちはまだ若い。アリスと翡翠ちゃんは婚約者としてそれぞれの家で暮らして、お互いが二十歳になってなお、二人で生きていきたいと思うのなら一緒になればいい」


「私はすぐに一緒になりたいんです! それがアリスにアリシアを救う方法を伝えた私の責任。私にはアリスの出産や育児を側で支える義務があるんです!」


「翡翠ちゃんがアリスのことを支えたいと思ってくれることは家族としても嬉しい。だけど、それを選んだのはアリス自身の選択だ。翡翠ちゃんが過大な責任を感じる必要はない」


「で、でも……!」


 なおも反論しようとする翡翠を遮って、光博おじさんが静かに話しかける。


「翡翠、あなたの幾人くんに対する想いは知っていますし、あなたたちの関係を否定するつもりもありません。ですが、結論を出すには、まだあなたたちは若すぎます」


「学生であることがダメなんだったら、今直ぐに学校を辞めて働いて私がアリスを養うわ!」


「そんなことを軽々しく言うものではありません」


「軽々しくなんか――」


「いいですか、翡翠。大人は自立しているものですが、自立しているからと言って大人になれる訳ではありません。今のあなたは社会に出るための力を蓄えているさなぎなんです。今無理に羽化して羽ばたこうとすれば、羽根が傷ついて飛べなくなってしまうかもしれません」


「で、でも……」


「四年なんてあっという間です。その間によく学んで視野を広げなさい。アリスさんと生きたいだけじゃ足りません。何をして生きるのか。そのためにはどうすればいいか、しっかりと考えてあなたなりの答えを示して下さい」


「……わかった」


「それまでは親に甘えてしっかりと大人になって下さい。その上でアリスさんと一緒になりたいと言うのなら、私は応援しますよ」


「……うん」


 そのやり取りを聞いて俺は少し安心した。

 光博おじさんは翡翠の危ういところをちゃんと見てくれているんだって思ったから。


「アリスさんもそれでいいですか?」


「あ、はい。大丈夫です」


 ……俺達はまだまだ子供だ。

 だけど、子供でいられるってことは幸せなんだと思う。

 俺もこんな風に人の親になれるのだろうか。


「それじゃあ、後はアリスのことだな」


「……私?」


「俺達はアリスにもできれば高校を卒業して欲しいと考えているんだ」


「でも、アリシアを産まないといけないのにどうやって……」


「確かに通学しながらの妊娠出産に学校の理解を得るのは難しいだろうな。だから、お前のお腹が大きくなる前に休学して、出産まで療養ということにして県外で生活して、出産後ある程度落ち着いたら復学するというのはどうだ?」


「でも、本当にそんなことできるの……?」


 妊娠しているのに学校に通えるものなのだろうか。

 それに、出産した後子供の面倒をみながら通学なんてできるのだろうか。

 全く想像もできないというのが正直なところだ。


「ダメだったら辞めるのはいつでもできるさ。育児が一段落ついたとしてもお前はまだ若い、高校を卒業しておけば広がる道もあるだろう。考えてみたらどうだ?」


「それなら……」


 アリシアを産むと決めたときから高校は諦めていたので、卒業できるかもしれないというだけで嬉しく思える。

 無事に卒業できたとして、幾人として入学してから五年目で卒業することになるのか。なんとも、平穏無事とはいかない学生生活である。


「昨日も言ったが出産育児は俺たち家族が全力でサポートする。だから、お前はお前自身とアリシアのことだけ考えていればいいからな」


「ありがとう……みんな、本当に」


 俺のわがままとも言える決断を受け入れて支えてくれる二つの家族。全員に感謝の気持ちがいっぱいで、胸の奥が熱くなる。

 思わずこみ上げてくるもので目元が潤んだ。

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