第132話 かわらないもの

 蒼汰との話を終えて、俺達はリビングに戻った。


「……話はついたのね? それじゃあ帰りましょう」


 翡翠は蒼汰にそれだけを確認すると、俺達家族に挨拶をして帰っていった。


 翡翠の蒼汰に対する態度は普段よりもぞんざいさが増してるように感じた。基本的に素っ気ない翡翠なので、ほんのわずかな、俺じゃないとわからないくらいの違いなんだけど。

 ……蒼汰は何か翡翠の機嫌を損ねるようなことをしたのだろうか?


 二人が帰った後、家族だけで改めて話をする。


「アリシアを助けるために子供を作る、その方針に変わりはないか?」


「うん」


 父さんの質問に俺は間髪入れず肯定の返事を返す。

 迷いはない。


「それじゃあ、翡翠ちゃんの提案についてお前はどう考えているんだ?」


「……私は翡翠の提案を受けたいと思ってる。蒼汰も協力するって言ってくれたし。もちろん、光博おじさんがオッケーしてくれたらだけど」


「そうか……」


「私達としてもその方が安心できるわ。蒼汰くんと翡翠ちゃんなら赤ちゃんの頃から知っている子たちだもの」


 父さんも母さんもどこか安堵している様子だった。

 気持ちはわかる。俺自身もどこか緊張が抜けた感じになっているから。


「ただ、翡翠と結婚ってことに実感がわかなくて……こんな私でいいのかなって思うんだ」


「そうねぇ……翡翠ちゃんとのことは、すぐに結論を出さなくてもいいんじゃないかしら?」


「え?」


 母さんから出た意外な言葉に俺は声をあげる。


「あなた達の関係を否定するわけじゃないの。だけど、あなた達はまだ若いわ。これからいろんなものを見て、いろんな経験をすることになるの。その中で二人はかけがえのないパートナーになっていくかもしれない……そして、その逆もあるかもしれない」


「でも、それじゃあ翡翠が……」


 母さんの言うことはわかる気がする。

 でも、俺のために尽くしてくれるという翡翠に答えを保留したままと言うのは、あんまりじゃないだろうか……


「義務感で一緒になっても長続きしないわ。無理にそんなことをすれば、お互い傷つくだけよ」


 その母さんの意見に俺は何も言えなくなってしまう。

 

「だから、お互いが成人するまで婚約者ということにしておきなさい。そしたら翡翠ちゃんを裏切ることにはならないでしょ?」


「う、うん……」


「そうやって翡翠ちゃんと時間を掛けて向き合ってみて、成人してもお互いが一緒になりたいって思えたなら、身内で披露宴をあげましょう?」


「そしたら、二人分のウエディングドレスを準備しないとだね!」


 と優奈が食いついてきた。


 いや、俺はタキシードの方が……と口に出そうとしてやめた。

 タキシードを着た俺とウエディングドレスを着た翡翠を想像してみたら、滑稽な絵にしかなりそうになかったので。

 まだ翡翠の方がタキシード映えするだろう。


 ……それに、俺がタキシードを着るなら、隣にはアリシアがいて欲しいって思うんだ。


「アリス……どうするかはお前がよく考えて決めなさい。どんな選択をしても、俺達家族は全力でお前をサポートするからな」


 父さんは真剣な目で俺を真っ直ぐに見て言う。


「助けような……アリシアを」


「うん!」


 ……ありがとう、父さん。


   ※ ※ ※


 それから、俺は優奈と一緒にお風呂に入った。

 もう監視される必要はないと思うから一緒に入る義務はないのだけど、なんとなくそれが習慣になっていた。

 お互い体を洗いあってから、いつも通り優奈の脚の間に挟まるようにして湯船に浸かると、優奈が後ろから肩越しに両手を回してきて、俺をぎゅっと抱きしめてきた。

 俺は抵抗せずに体を優奈に預けると、暖かくて柔らかい感触に包まれた。


 ……翡翠と結婚したら、これも浮気になるのかな?


 姉妹のスキンシップだからセーフ。

 セーフだよね……多分?


「……おにいちゃん」


 ぼーっと感触を楽しみつつそんなことを考えていたら、優奈が辛そうな声で俺を呼んだ。


「どうした、優奈?」


 気持ちを兄モードに切り替えて俺は聞き返す。


「どうしておにいちゃんばっかり、こんな辛い思いをしなきゃいけないの?」


「辛い……?」


 聞き間違えたかと思って俺は聞き返す。


「そうだよ!」


 激高した様子で優奈は声を荒らげる。


「おにいちゃんは異世界で大変な思いをして、戻ってこれたと思ったら女の子になっていて、好きな人とは別れないといけなくて……今回だってアリシアを助ける手段が見つかったと思ったら、妊娠して出産しなきゃいけないなんて……そんなのって……!」


 改めて指摘されると波乱万丈にもほどがあるな、俺の人生は。

 ……でも、俺は自分のことを不幸だと思ってはいない。


「……俺はついている方だと思うよ、優奈。本当なら俺はもうとっくに死んでたんだ。それでも、俺は今こうして生きてる。お前とも再会できた」


 手を優奈の頬に触れさせる。


「アリシアのことだって今日お別れをして、もう二度と会えないと覚悟していたんだ……だから、再会できるかもしれないと聞いて俺はすごく嬉しかった」


「で、でも、でもっ……! アリシアとはもう恋人じゃなくなっちゃうんだよ!?」


「アリシアはずっと使命に囚われて生きてきた。だから、俺は彼女にそうじゃない生き方を教えてあげたいと思ってた。……想定していたのとは違う形になっちゃうけど、家族としてアリシアと生きていけるなら俺は嬉しく思うよ」


 ……たとえ、子供は親の元から離れていくのが定めだとしても。


「おにいちゃん……」


 それに、こうやって俺のことを心配してくれる家族が居る。

 蒼汰も、翡翠だってそうだ。

 だから俺は大丈夫。


「ありがとう、優奈……」


 優奈にぎゅっと、少し苦しいほどに抱きしめられて。

 彼女の温もりに俺は安心感を覚える。


 お風呂から出て優奈と別れて一人部屋に戻る。

 ゆっくりと考えるために一人の方がいいと思ってくれたのかもしれない。

 ベッドに横になると思い出すのはアリシアとの楽しかった思い出ばかりで。


「待ってて、アリシア。必ず助けるから……」


 目を閉じて集中すると、体の中にわずかに残るアリシアの魂を感じられる。俺は胸元で手を握って心の中で誓う。


 それからこれからのことを考えていたけれど、昨日寝ていなかったこともありすぐに眠りに落ちた。

 夢は見なかった。


 翌日、俺は家族に翡翠の提案を受け入れること伝えた。

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