第131話 かわるもの

「……さて、そろそろおいとましますね」


 翡翠は俺たちにそう告げた。


「それじゃあ、私送って行くね」


 すでに良い子は寝ている時間になっている。

 神社までの道は人通りも少なくて薄暗いので、女性に一人歩きさせるのは危険だ。


「却下だ。送って行ったら帰りはお前一人になるだろう? ……翡翠ちゃんは俺が送っていく」


 父さんがそう言って俺の提案を否定する。


「でも、私なら誰が襲ってきても撃退できるのに……」


「危機管理の話だ。襲いやすいと思わせる状況を作れば、無用のトラブルを招く危険が高い。未だその辺りの意識が低いのは問題だな」


「うっ……」


 それは父さん言う通りで、俺はぐうの音も出ない。

 そんな俺の様子を見て翡翠は少し笑ってから返答する。


「お気持ちありがとうございます。でも大丈夫です、迎えは呼んでいますから」


 迎え……? と思っているとインターホンの呼出音が鳴った。


「ちょうど来たみたいですね」


 インターホンのモニターに映し出されたのは蒼汰の姿だった。


「はいはーい」


 と母さんが応対する。どうやら蒼汰を招き入れているようだった。


「そうだ。せっかくだから、ここで蒼汰に事情を話して協力を承諾させましょうか」


「ちょ、ちょっとまってよ翡翠!?」


 説得するにしても、この状況はあまりにもハードにすぎやしないだろうか。

 俺の家族に見守られながら、実の妹から親友である俺を抱いてほしいと説得されるなんて……想像するだけで気まずいにもほどがある。

 それは、やめてあげてほしい。

 男心は繊細なんだ。


「私のことだし、自分で説得するよ。みんなの前だと話しづらいから、蒼汰と二人で私の部屋に行くから」


「……わかったわ」


 翡翠はすんなりと俺の提案を受け入れてくれた。

 蒼汰の説得に関しては、割りとおざなりな気がする。


「ねぇ、アリス?」


 優奈がおずおずと問いかけてきた。


「……何?」


「そのまま蒼兄と――しちゃったりする? もしそうなら、その……心の準備しとくから」


 顔を真っ赤にしてしどろもどろにそんなことを聞いてきた。


「し、しないよ!?」


 蒼汰が了承してくれたとしても、他にいろいろ考えないといけないことは多い。それに、家族や優奈が下に居る状況でするとか――そもそも、優奈がする心の準備って何さ!?


「こんばん――わ?」


 そのとき、リビングのドアが開いて蒼汰が入ってきた。

 固まっている俺達を見て、何があったのかと蒼汰は目を丸くする。


「え、ええと……?」


「蒼汰、いこう」


 俺は椅子から飛び降りると、蒼汰の手を取ってリビングから脱出する。蒼汰の手はひんやりと冷たくて硬かった。


「――ちょっ!? な、なんだ、なんだ!?」


 そのまま有無を言わさず、蒼汰を引っ張っていく。

 無言で、ぐいぐいと。

 蒼汰は戸惑いつつも俺に逆らわずについてきてくれた。

 廊下から階段を上がり、俺の部屋のドアを開けて入る。

 蒼汰を部屋の中に誘導してからドアを閉めて、ようやく俺はほっと一息ついた。


「……大丈夫か?」


 背中から蒼汰の心配そうな声が聞こえてくる。


「だ、大丈夫! 何でもないから……」


 俺はドアに向き合ったままこたえた。


「それならいいが……ええと……」


「どうか、した?」


 俺は振り向いて蒼汰を見上げる。

 春になったと言っても、まだ夜は冷えるのだろう。

 蒼汰の頬は赤くなっていた。


「……その……手」


 そういえばずっと蒼汰の手を掴みっ放しだった。


「ん……? ああ、ごめん」


 俺は蒼汰の手を離して部屋の中まで進むと、ぼふっと顔からベッドに倒れ込んだ。


「あー」


 なんだかなぁ……

 これからお願いしないといけない内容を思うと気が重い。


 何から話すべきなのか頭の中で考えていると、ふと違和感に気づく。振り返ると蒼汰が部屋の中で所在なさげに立っていた。


「……なんで、立ちっぱなしなんだ? 俺の部屋に来るのが久しぶりだからって遠慮してるのか?」


「いや、その……正直、混乱してる。ここは幾人の部屋だったから、お前が使ってて当たり前なんだろうけど……」


「まだ、俺が幾人だって信じてなかったのか?」


「いや、そういうわけじゃないんだが……部屋自体は記憶にある幾人の部屋で、家具も全部見覚えがあるのに……その、女の子の部屋になってるから」


「んー? ……そうか?」


 俺は目に入ったイルカの抱き枕をなんとなく手元に引き寄せて抱きしめながら言う。

 別にそんなに変わってないと思うんだけど……


「かわいい小物とかぬいぐるみとか、後、壁に女子の制服が掛ってるし……何より、その……いい匂いがする」


「はぁっ!?」


 何言ってるんだ、コイツ!?

 変態か!?


 ……あ、変態だった。


 男の頃に散々性癖を語り合った仲だったので、その辺りはよく知っていた。


「お前気をつけろよ。俺はいいけど、他の女子の部屋に行ったとき、いい匂いとか言ったらお前ドン引きされるからな」


「……お前以外に言わねぇよ、こんなこと」


「まあ、いいや……いつも通りベッドに座れよ。でかいのに突っ立っていられると見上げるのが疲れる」


「お、おう……」


 遠慮がちにベッドに腰を下ろす蒼汰。

 俺は体を起こして隣に並んで座った。

 自分で誘っておきながら変に意識してしまうのは、これから話をする内容を考えたら致し方ないだろう。


「……思っていたよりも元気そうで良かった」


 蒼汰は俺の顔を見下ろしながら安心した口調で、そんなことを呟いた。


「あ……」


 そういえば、蒼汰が知ってるのは今日俺がアリシアと最後のデートをするということだけだった。

 だから、人と話せるくらい元気のある俺の姿が意外だったのだろう。

 もし、翡翠からアリシアを助ける方法を知らされていなければ、俺はきっと今も一人でふさぎ込んでいただろう。

 だけど、今は違う。


「それが、その……アリシアを助けられるかもしれない方法が見つかったんだ」


「そうなのか!? 良かったじゃねぇか!」


 蒼汰は、まるで自分のことのように喜んでくれる。


「それで……そのことで、蒼汰に協力してほしいことがあるんだけど……」


「なんだ? いいぜ、遠慮なく言えよ。俺にできることならなんでもするさ」


「アリシアを救うには、体内に子供を宿してアリシアの魂を移して産むっていう手段を取らないといけないんだ」


「……え?」


「だから、蒼汰。お前の精子を子供を作るのに使わせてくれないか?」


「お、おう……? って、あれだろ? 体外受精ってやつ」


「いや……それは難しいみたいなんだ。だから、その……」


 なるべく冷静にそれを言おうとしたけれど、引っかかってしまってその単語が出てこなくて。一度言いよどんでしまうと、余計に言い辛くなってしまう。

 だけど、そんな俺の態度で蒼汰は察したようで、顔を真っ赤にして黙りこんでしまった。


「か、勘違いするなよ! これは救命行為なんだから。人工呼吸マウストゥマウスみたいなものだから!」


「そ、そんなこと言われても……」


 少し冷静になってみると、ちょっと蒼汰に失礼な言い方だったかもしれない。種だけが目的の行為だとしても、そう言い切られるのは、あまり気持ちの良いものではないだろう。


「そのかわり、蒼汰がしたいことなんでもしていい」


「な、なんでも……?」


「それとも、やっぱり無理か? いくら見た目が女でも中身は俺だし……」


「……それは大丈夫だ」


「そ、そうか……」


 抱けるのか。

 ……複雑ではあるが、この際ありがたい。


「というか、大丈夫じゃないのはお前の方じゃないのか? 男の初めてとは訳が違うだろう。それに出産なんて……」


「うん……でも、俺は大丈夫。アリシアにもう一度会えるならこれくらいどうってことないから」


「お前……」


「後、認知とかは考えなくていいからな。責任は翡翠がとって俺と結婚してくれるらしいし」


「け、結婚!? なんでそうなるんだよ!?」


 それは、俺もわからないけど……


「それとも……やっぱり、好きな人がいるからダメなのか?」


「な……なんでお前がそんなことを知ってるんだよ!?」


「涼花から聞いた。彼女を振ったんだろ、もったいない……それに、水臭いじゃないか。そんな娘がいるなら俺に相談してくれても良かったのに……」


「で、できねぇよ……」


「まぁ、お前にも事情はあるゃわな。でも、そういうことなら無理強いする気はないさ……変なことお願いして悪かった」


「もし、俺が断ったらどうするつもりだ? ……諦めるのか?」


「いや……多分、誰か知らない相手を探すことになると思う」


「はぁ!? 何考えてるんだよお前!?」


「……仕方ないじゃないか。それ以外に方法がないんだから」


「ったく……わかったよ! 協力する、させてくれ。知らない誰かとなんか考えるんじゃねぇよ、バカ!」


「お前、無理してないか……?」


「無理してるのはどっちだよ!? ……俺のことはいい。もともと、童貞なんて捨てられるならいつだって捨てたいと思ってたんだし。それはお前といつも話してただろう?」


「……そうだなぁ」


 昔は蒼汰といろいろバカなことを語り合っていたなぁ……

 近所のお姉さんと後腐れのないエッチな関係になった先輩の話とか、めっちゃ羨ましいなって話とかしてたし。


「ほら、俺は役得しかないだろう? だから、俺のことより自分のことを心配しろよ……」


 そういうぶっきらぼうな物言いも俺に気を使わせないようにするための蒼汰の気遣いだろう。


「……ありがとう、蒼汰」


 そして、俺は蒼汰のやさしさに甘えさせてもらうことにした。

 ……正直なところ、知らない誰かに抱かれるのは怖かったから。

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