第116話 困惑

 エイモックと別れた俺はショックを受けた状態で街中を彷徨っていた。


 先程エイモックから教わった魔法で、俺は人の体から魂を取り出す手段を得ることができた。

 後は取り出した魂を消滅させずに移す方法を見つけられれば、アリシアを救う事ができる。

 あと一歩のところに迫っているようにも思えて、その一歩が遠い。この道程は異世界の魔法使い達が何代も求めてたどり着けなかったものだ。

 そもそも、俺の魔法の知識は実用的なものに傾向していて、理論的なところが完全に抜けている。方法を探すにしても、どこから手を付ければ良いのかさえ見当もつかないと言うのが正直なところだった。


 もし、このまま見つからなかったら……?


 俺は視線を下ろして自分の手を見る。

 視界に入った手はちいさくて華奢で――特に意味も無く握って開いてを繰り返してみた。


 アリシアを救う為ならどんな手段でも厭わない……ずっとそう考えていた。

 だけど、実際に自分の命と引き換えにアリシアを救うという選択肢ができた事で、俺は改めて考えてしまうのだ。


 この体をアリシアに返す。

 その事自体に異論は無い……そうするべきだと思う。

 だけど、それは即ち俺の存在が消えるという事で。


 ――脳裏に思い浮かぶのは家族や友人達の顔。


 母さんの慈愛に満ちた笑顔。

 優奈の安心しきった笑顔。

 父さんの男臭い笑顔。


 葬式で見た翡翠の涙、蒼汰の慟哭。


 俺は家族が自分の事で悲しんでいる姿を知らない。

 だけど、俺が生死不明で行方知れずになっていた間、我が家からは笑顔が失われ空気も暗く沈んでいたと優奈から聞いていた。


 俺の選択は家族にもう一度家族を失う経験をさせる事になる。

 ……それはどれだけ残酷な事なのだろうか?


 それを考えてしまうと、アリシアを救う為なら命すら投げ出せると、迷い無く言い切る事ができなくなってしまう。


 ――そして、思い出す。

 異世界で俺がまだ幾人だった頃の最期の記憶。


 俺に向けたアリシアの悲痛な決意に満ちた笑顔。


 俺の選択はそんな彼女の決意を踏みにじってしまうのではないだろうか。

 もしアリシアに事情を打ち明けて相談したら、彼女は自分よりも、俺が生きる事を優先させるだろうという確信めいた予感があった。

 彼女の意思を尊重するのなら、俺が生きるべきなのだろうか……?


「……だからと言って、アリシアの魂が失われていいはずがないんだ」


 俺は胸元でぎゅっと手を強く握って思う。


 この体はアリシアの物、彼女に返すのが道理だ。

 彼女がこの先得るはずだった幸せを俺が奪って生きていくなんて許される筈がない。

 俺は家族や彼女の事を言い訳にして、自分が死にたくない事への理由付けをしているだけじゃないのか……


「アリスさん……?」


 突然俺は名前を呼ばれて顔を上げた。

 俺を呼び止めたのは、部活動のメンバーである橋本涼花で。


「……どうかしましたの?」


 心配そうな顔をして俺を見ていた。


「ええと……その……なんでも、ない……」


「何でもない顔じゃありませんわ……そんな足元もおぼつかない様子で……どうします、優奈さんを呼びますか?」


「い、いや! いい。ごめん、今は……」


 家族にどんな顔をして会えばいいのかわからない。


「……それでは、わたくしのマンションに来ませんか?」


「そんなの、悪い……」


 ひとり暮らしでは無いとは言え、女性の部屋に行くなんて。


「今の状態のアリスさんを一人になんてできませんもの。お気になさらず頼ってくださいまし」


 俺は涼花の言葉に甘えることにした。


   ※ ※ ※


「自分か大切な人かどちらかしか助からない、ですか……辛い選択ですね」


 俺の話を一通り聞いた涼花はそんな感想をこぼした。

 俺の体の事情を知っていて、かつ幾人の頃の繋がりが薄い涼花は相談相手として最適だった。


「私はアリシアを救いたい、この体を返したいんだ。だから、私は自分の魂を取り出すべきなんだと思う」


「アリスさんはアリシアさんに相談せずに結論を出すつもりですの?」


「……わからない。でも、アリシアに話したら、多分私が自分を犠牲にする事に反対すると思うんだ」


「それは――そうかもしれませんわね」


「私はどうすればいいんだろう……」


「そうですわねぇ」


 涼花は口元に手をあてて考える。


「ねぇ、アリスさん。デュエルしましょうか?」


「ふぇ……?」


 一瞬何を言われたのかわからなくて気の抜けた声が出た。


「え……あ、うん……いいけど……」


 唐突な提案に訝しく思いながらも、俺はスクールバッグからデッキケースを取り出す。

 涼花が折り畳みテーブルを広げてプレイスペースを用意してくれたので、俺達はそれぞれデッキをシャッフルしてテーブルに置いた。

 ダイスロールで先攻後攻を決めてゲームが始まる。

 お互い慣れた動作で淡々とターンを進めていく。

 ここ数ヶ月の特訓で涼花は随分と強くなっていた。俺や蒼汰相手でもほぼ互角の戦いができるようになっている。

 カードを触る手をふと止めて涼花は口を開いた。


「このゲームの勝敗でアリスさんのこれからを決めるというのは如何でしょう?」


「そ、そんなこと……!?」


 俺が勝ったら俺が生きて、負けたならアリシアが生きる……そういう事だろうか?

 馬鹿げた話だ。デュエルの結果で将来を決めてしまうなんて、冗談にもならない。


「アリスさんが悩んで決められないようでしたので……決めるのはアリスさんですわ」


 涼花は言い終わると同時に配下の生物で俺に攻撃を宣言した。

 俺はどの生物で攻撃を受けるのかを選ぶ。


 序盤から中盤にかけては、やや不利な展開だった。

 だけど、終盤では紙一重の差で盛り返して、ついに後一手のところまでやってきた。


 これに勝てばアリシアは――俺は手を止めて考える。


 攻撃を宣言すれば俺の勝ちは確定する。

 逆にこのまま攻撃せずにターンを涼花に渡せば、逆に俺は敗北する。

 アリシアを生かすのなら、このまま自分のターンを終えるべきなのだろうか?


 ……いや、だめだ。それはできない。

 ゲーム外の理由でデュエルの勝敗は変えられない。

 そんな事をするのはゲームに対する冒涜だ。


「攻撃」


 配下の生物で俺は涼花を攻撃する。


「負けました……わね……」


「……ごめん、涼花。やっぱりデュエルでは決められないよ」


 俺は涼花に謝る。

 ゲームの勝敗で俺の将来は決められない。


「そんなの当たり前ですわ。ゲームの結末がゲームの中でしか出ないように、アリシアさんとの結論はアリシアさんとの話し合いの中で見つけるしかありませんもの」


 優しく俺を諭すように涼花は言う。


「あなたはアリシアさんとちゃんと話すべきですわ。彼女の意思を無視して彼女の為だなんて言うのは、あまりにも独り善がりに過ぎましてよ」


「そう……だよな。ごめん、涼花」


 涼花の言う通りだ。

 反対されるからといって話さないで済ませられる事では無い。


「それに、アリシアさんの協力があれば二人共助かる方法が見つかるかもしれないじゃありませんわ。それが第一でしてよ?」


 涼花はそう結論づけると、おもむろに立ち上がった。

 座った俺の横を通り過ぎて後ろ斜めのところでしゃがみ込む気配がする。


「……でも、わたくしを頼ってくれた事は嬉しかったですわ」


 そしておもむろに背中から腕を回して、俺を後ろ抱きしてきた。シャンプーだろうか? ……涼花から花の匂いが漂ってくる。


「ちょっ!? 涼花何してっ――あ、あたってるって!?」


 背中に当たる双球の存在感は暴力的と言ってもいいほどで。

 だえど、涼花は顔色一つ変える事も無く、そのまま俺を離してくれない。


「あてているのですわ。こうすれば殿方が喜ぶと教えてくれたのはアリスさんではありませんか」


「そ、そりゃそうだけど……」


 蒼汰に有効と思われる色仕掛けの方法を助言したのは俺だった。


「どうです、少しは元気がでましたか?」


 涼花はこれをされた男のナニが元気になるのかわかって言ってるのだろうか……? 俺にはもうソレは無いのだけども。


「そ、そういうのを蒼汰以外の男にするのは問題が……」


 ある。そう続けようとした俺の言葉は涼花に遮られた。


「問題ありませんわ。わたくしはもう蒼汰さんに振られた身ですから」


「振られた、って……え!?」


 衝撃的な告白に俺は動揺を隠せない。


「バレンタインの日に、蒼汰さんから返事を頂きましたの」


「そ、そんな……どうして……?」


 蒼汰は涼花の事を嫌っていなかったはずだ。

 家の事や将来の事いろいろあるのは聞いてはいたけど、本人達が想い合っているのなら乗り越えられるんじゃないか。そんな風に思ってたのに……


「蒼汰さんの想い人はわたくしではありませんでしたから、仕方ありませんわ」


「……そうか。蒼汰に、そんな人が……」


 知らなかった。

 だったらなんで俺に相談してくれなかったんだよ。

 水臭いにも程がある。

 ……いや、俺は涼花とも仲が良かったから、言い辛かったのは仕方ないか。


「だから、大丈夫ですの。わたくしにもアリスさんの抱き心地堪能させて下さいまし」


 翡翠や優奈が俺に気軽にスキンシップしているのが、涼花は羨ましかったそうだ。それでも、男である俺に気軽にくっつくのは問題だと思う。

 そんな風に言っても涼花は俺を抱き締めたままで、一向に離す気配は無かった。


「はぁ……いっそ、わたくしも他の方のようにアリスさんのお相手に立候補しようかしら」


「な、何を……!?」


 耳元で囁かれるように涼花がこぼした言葉に俺は動揺する。


「如何ですか? アリスさんはお胸が大きな方がお好きなんですよね」


 なんでそんな事がばれてるんだ……何故?


「わかりますよ……アリスさんは良く女性の胸を見てますから。最初は憧れか何かかと思ってたのですが……男性と聞いて納得できました」


 ……気をつけよう。


「……で、でも、私にはアリシアが……」


 お胸は嬉しいけれど正直困る。

 これ以上女性関係を拗らせるのは良くない。

 特に今は涼花の部屋に二人っきりだし、もし彼女に強引にされたら俺は抵抗できないだろう。

 涼花はパニックに陥っている俺の様子を見てクスリと笑って、


「……冗談ですわ」


 と言って、その豊満な体を離した。


「それに、いくら男性だと聞いていても、わたくしにはアリスさんは女性にしか思えませんもの」


「……え?」


 中身が男って知られているのに女にしか見えないって……


 俺の男としてのアイデンティティがボロボロと崩れ落ちる音が聞こえた気がして、


「……多分あの人も」


 だから、涼花が小さく付け加えた言葉の意味に、俺は気がつく事は無かった。

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