第104話 誕生日(その2)

二月九日(木)


 朝、目覚めたときに感じたのは違和感。


「あれ? ……アリシア?」


 問いかけに返事は無い。いつもならアリシアから朝の挨拶が帰ってくるはずだった。だけど、今の俺の中にはアリシアの存在は感じられなくて。


「今日はお休みの日……だっけ? 違う、よね……」


 体を起こして、まだ覚醒しきっていない頭で記憶を探る。昨日お休みの日を過ごした記憶がある。今日は木曜日……誕生日パーティをする予定の日のはずだ。


「アリシア……おはよう?」


 念の為、再度呼び掛けてみるが、やはり返事は帰ってこない。

 ベッドの上で、ひとり俺は取り残された気分になる。


「……これは、サプライズだったりするのかな?」


 だったら、家族は何か知っているかもしれない。

 そう考えた俺は、とりあえず、いつも通りにリビングに降りてみることにした。


「おはよー。アリス、アリシア」


 リビングでは優奈が朝食を食べていて、いつも通りに挨拶をしてきた。


「おはよう、優奈」


 だけど、いつもなら続くアリシアの挨拶は無くて、優奈は直ぐにその違和感に気づいたようだった。


「……あれ? アリシアは……?」


「それが、今朝は帰って来ていないんだ。優奈は何か聞いてる?」


 俺が質問すると、優奈は表情を険しくして答える。


「あたしは何も聞いてないけど……」


 どうやら、サプライズという訳ではなさそうだった。


「アリス、それは本当なの?」


 キッチンで作業していた母さんが、手を止めてリビングにやって来た。


「う、うん。いままでこんな事無かったのに……どうしたんだろ」


「……アリシアだって調子が悪いときくらいあるんじゃないかしら。元気になったらきっと帰ってくるわよ」


「そう、かな……でも、今日はアリシアも楽しみにしていたパーティなのに……」


「パーティまでにアリシアは帰って来る事はないの?」


「一度同調を切ったら、私が寝ている間じゃないとアリシアは再同調する事ができないんだって……ねえ母さん。今日は学校を休んでもいい? アリシアが元気になったときに戻って来られるように寝ていたいんだ」


「……仕方ないわね。今日は特別よ?」


「それじゃあ、アリシアが心配だからあたしも……」


「優奈は駄目。学校に行きなさい」


「……だよねぇ」


 便乗して学校を休もうとした優奈の企みは母さんによって即座に却下された。優奈は肩をすくめる。


「仕方ない、あたしがアリスの分も授業聞いてくるよ」


「ありがとう、優奈」


「お寝坊さんのアリシアによろしくね。それじゃあ、ちゃっちゃと朝ごはん食べて学校行きますか」


 優奈が食事を再開した。俺もテーブルについてご飯を食べる事にする。学校に行かないと決めたのでいつものように急ぐ必要は無い。

 手早く朝食を片付けた優奈は、食器を流しに浸けて、朝の支度の為に洗面所に向かった。

 俺はゆっくりと食事をとりながら、忙しない優奈の様子を見守る。アリシアの為とは言え、病気でもないのに学校を休むというのに少し罪悪感を覚えた。


「それじゃあ、行ってきまーす!」


 バタバタと階段を降りてくる足音がして、廊下から優奈の声がした。俺と母さんがいってらっしゃいと返すとほぼ同時にバタンと玄関のドアが閉まる音がして、慌ただしい空気は過ぎ去って行った。

 普段は喧騒の側に居るので不思議な気分だった。


「ホットココアを入れたから。これを飲んでゆっくり休むといいわ」


 母さんはそう言ってマグカップを俺の前に置いてくれた。


「ありがとう、母さん」


 丁度食事を終えた俺は、両手でカップを持ちココアに口をつけた。風味のある甘い匂いがふわっと漂って、ほっとする味が口の中に広がっていく。


「……アリシアが居たら喜んでいただろうな」


 アリシアはチョコレートとか甘い物が大好きだった。

 ここ最近はどこに行ってもきらびやかにバレンタイン用の飾り付けがされているのでテンションが上がっていたのだ。


「だけど、この前食べたカカオたっぷりのチョコは苦くて嘆息してたんだよね……」


 その時の様子を思い出すと、自然に笑みがこぼれる。


 ……まあ、俺も苦手な味だったから、食べたときは渋い顔をしていたんだけどね。


 食事を終えた俺は、母さんに言って食器洗いを引き受けた。学校をさぼったのだから、せめて家事の手伝いくらいはしようと思った次第である。

 手伝いを済ませたら、洗面所とトイレに寄って部屋に戻った。


 部屋に帰った俺は、真っ直ぐにベッドに倒れ込む。

 そのまま、もそもそと動いて、捲れていたままになっていた布団に入り込んだ。まだほんのりと暖かいお布団との再会に、体が歓喜の声をあげているのがわかる。


「今頃、学校が始まった頃かなぁ……」


 それなのに俺は布団にくるまって二度寝をしようとしている。

 そんな背徳感がスパイスとなって、幸せ具合を加速させていた。


「んにゃ……おやすみ……アリシア……」


 窓から射し込む朝日を受けながら、やってきたふわふわとした心地良さに俺は身を任せる。

 目が覚めたらアリシアを何て言ってからかおうとか、そんな風な事を考えながら。


 ……だけど。


 お昼を過ぎて再び目を覚ましたとき、やっぱりアリシアは戻って来ていなかった。


 俺はリビングに降りて母さんにアリシアがまだ戻って来ていない事を伝えた。母さんはきっと戻ってくると俺を励ましてくれたが、やっばり心配そうだった。


 軽くお昼を食べて、自分の部屋に戻る。


「……眠れない」


 なにせ、さっきまで眠りっぱなしだったのだ。

 それに、ここに来て胸の内に押し込んできた不安が漏れ出して来ていた。


 ……アリシアがこのまま戻ってこなかったらどうしよう。


 これまでアリシアが同調を切ったときは、必ず予告通りに帰って来ていた。


 なのに今日はどうして……


 アリシア自体は今も俺の中に居る。目を閉じて自分の中に意識を集中すればアリシアの存在を感じることができた。


 何らかの理由で同調出来なくなってしまったのだろうか?

 もしも、このまま戻ってこなかったら――


 意識が覚醒しているのに眠る為に布団の中で何もしないでいると、いろいろ悪い想像が浮かんできて胸が締め付けられる。


 これは良くない傾向だ。

 このままだと眠れそうにない。何とか夜の誕生日パーティに間に合うようにアリシアに帰って来て貰う為には、眠らないといけないのに。


「何か良い方法は……あっ……」


 ひとつ思いついた。

 でも、学校を休んで真っ昼間っからというのはどうなんだろう……


「……眠る為だし仕方ないよね」

 

 一度意識しだすと体が疼くような気がして、そういえば生理前だったと思い出す。

 こんなときにという罪悪感はあった。けれど、それもアリシアの為という免罪符も自分の中にはあって。


「下着の上から軽く触るくらいなら……」


 いつ来ても大丈夫なように念の為にナプキンを付けているから、そのまま寝てしまっても気持ち悪くなる事も無いだろう。


 俺は服の上から自分の体に触れる。左手を胸に、そして右手はパジャマのズボンの中に潜らせる。


「んっ……んん……」


 俺は溺れるようにその行為に浸った。

 そうしている間は何も考えなくて良かったからだ。

 その結果、いつもよりも激しくしてしまい何度も達した。

 そして、疲労感と共にやがて訪れた眠気に従って俺は眠りに落ちた。

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