第99話 恋人達の夜

 クリスマスパーティが終わって、外に出るといつの間にか雪が降り出していた。


「素敵、ホワイトクリスマスだね……」


 優奈がうっとりそう言うが、俺としては寒い上に降った雪が溶けて濡れるので鬱陶しい限りだ。


 ……まあ、人目さえ無ければ何とかなるからいいけど。


 俺は魔法を詠唱し、自分と優奈を水分を弾く膜で包み込んだ。


「おお、こんなこともできたんだ。これがあれば傘なんて要らないね!」


「それは無理だよ、雨を弾くのって目立ちすぎるから」


 人影もまばらな夜道で、降っているのが雪だから使える魔法だった。


 帰り道、俺は今日あった事を優奈に話しながら歩く。

 ただし、不良グループの集会に乗り込んだのではなくエイモックのところに話をつけに行ったとか、大怪我を負ったことは抜かしたりとか、過度な心配を掛けないように細部はところどころ変えてある。


「異世界への門かぁ……ちょっと勿体無いって思っちゃうなぁ。アリスが得たっていう全属性の祝福があればチート無双がこの世界でもできるんでしょ?」


「何を相手に無双するのさ……」


 俺は苦笑気味に返す。

 非日常な戦闘に巻き込まれるのは今回だけで十分だ。


「それに、もし異世界で祝福を得られたらなら、魔法が使えるんでしょ? 憧れるよ」


 そう思う優奈の気持ちはわかる。


「……けど、だからこそ門は塞ぐべきなんだ。力への憧れで異世界を侵略しようと考える人は絶対に出てくるから」


『それに、あちらから人に危害を加える魔の存在がやって来ないとも限りません。そうなれば、この街の平穏は乱されてしまうでしょう』


「うへぇ……確かに物騒なことは勘弁だね」


「平和が一番だよ……」


 俺が行った異世界は決して理想郷のような世界ではなかった。魔獣に魔族、そして魔王と人類に仇なす存在が多く、死は常に身近なものだった。

 日常で命の危険を感じることの無い日本の治安がどれだけありがたいものか、俺は異世界で実感させられた。


   ※ ※ ※


 家に戻った俺達は交互にお風呂に入ることにした。

 優奈と肌を重ねてから俺達は一緒にお風呂に入ってはいない。特に打ち合わせた訳じゃないけれど、自然とそうなっていた。


「頼まれていた物、ここに置いとくね」


 お風呂から出てリビングに居た優奈に声を掛けると、そんな言葉がかえってきた。


「ああ。ありがとう、優奈」


 俺は礼を言ってダイニングテーブルの上の物を確認する。

 それらは、俺がアリシアの為に用意したクリスマスプレゼントだった。アリシアと意識が同調している俺はサプライズできないので、優奈に購入を依頼していたのだ。

 ラッピングされたプレゼントが三つにシャンパンのボトルとペアグラスが置かれていた。


「……あれ? 多い……?」


 依頼していない物が混じっていたので困惑していると優奈がウインクして俺に告げた。


「アリシアから頼まれた物もあるからね。後、シャンパンはあたしからのサービス」


『ありがとうございます、ユウナ』


「このくらい、お安い御用よ」


 どうやらアリシアも俺にサプライズのプレゼントを用意してくれていたらしい。優奈とアリシアはときどき二人だけで念話で話をしているときがあるから多分そのときに依頼していたのだろう。


 優奈に手伝って貰ってプレゼントを部屋に持って入り、勉強机の上に置いた。


「それじゃあ、あたしはお風呂入って寝るね。おやすみ、アリス、アリシア」


『「おやすみなさい」』


 優奈は俺の頭をぽんぽんと軽く撫でてから部屋を出ていった。

 パタン、とドアの音がして廊下を立ち去る足音が遠ざかって行く。やがて室内に残った音はエアコンの作動音のみになった。


『今日はいろんなことがありましたね……』


 ぽつりとアリシアが呟いた。


「全くだ」


 終業式が終わって涼花が攫われた事が判明。蒼汰と二人で海水浴場に殴り込み。

 エイモックと対峙、戦闘。苦戦するも全属性の祝福の恩恵でなんとか勝利。

 門の封鎖と再び失われる祝福。涼花に俺の正体がばれる。

 涼花の家に訪問して準備。それから、クリスマスパーティに出席、参加させられた仮装コンテストで大賞を貰う。


 俺がこの世界に戻ってきた日にも匹敵するくらい目まぐるしい一日だった。


 そんな事を思い出しながら、俺は一瞬身体強化の魔法を使いボトルのキャップを開け、中の液体をペアで並んだグラスに注ぐ。優奈が用意してくれたのはアルコールの入った本格的なシャンパンだった。

 こぽこぽと炭酸が泡立って、シャンパングラスが琥珀色の液体で満たされていく。

 果実の良い匂いがふわっと鼻孔をくすぐる。


『綺麗……』


 アリシアは溜息をこぼすように呟いた。

 異世界では成人だった俺達は、祭りのときなんかはお酒も飲んでいた。だけど、そういう場で出てくるのは大抵木製のジョッキに入った果実酒で、こういったグラスに注ぐようなお酒を飲むのは初めての経験だった。


 俺はグラスをひとつ手にとって軽く掲げる。


『「乾杯」』


 ふたりの声が重なり、俺は手に持ったグラスを机の上に置いてあるグラスに当てる。澄んだ音色が静かな部屋に響いた。

 そのままグラスを口元に持っていって傾ける。

 冷えた液体がお風呂上がりで乾いた喉を潤していく。フルーティな味がさわやかに広がって、一瞬遅れてピリッとした炭酸が心地良く口内を刺激する。


『美味しいです……』


「ほんとだね……明日、優奈にお礼言っとこう」


 シャンパンの良し悪しなんてわからないけど、とても美味しく感じた。


 ……アリシアと一緒に飲めたらもっと良かったんだけどな。


『イクトさんは今日は誰かと一緒に過ごさなくて良かったのですか? いいですよ今からユウナを呼んでも……』


 俺がもうひとつのグラスを見ているのを別の意味と捉えたのかアリシアがそんな事を言った。


「俺はアリシアと二人で過ごしたいんだ。その……日本では、今日は恋人達の日だから」


『……わたしはイクトさんに無理させていないか心配なんです』


「無理なんかしてないよ」


 あれから俺は誰ともエッチな事をしていない。

 もちろん、アリシアへの遠慮も無い訳じゃないが、それよりも自分自身の反応に戸惑いがあったからというのが大きい。


「アリシアと一緒に翡翠や優奈と肌を重ねた事は確かに気持ち良かったけど、男のときとは感じ方が違ってて……」


 ムラムラと相手を求める感情よりも、体の内側からキュンとなって相手を欲しいと思う感情が強く出てしまうのだ。

 翡翠と優奈どちらのエッチでも俺はアリシアと一緒に翻弄される結果となってしまっていた。


「このまま回数を重ねてその快楽に身を任せてしまったら、もう戻れなくなりそうで少し怖くて……」


『……そうだったんですね』


 体が女の子になっても、心はアリシアのことを好きな男でありたいと思う。

 幸いと言うべきか翡翠とは一度きりという約束だったし、優奈とも以前より肌の接触は少なくなったけど、不自然さはむしろ無くなって、なんだか普通の姉妹になったような感じだった。

 だから、誰とも肌を重ねない事で不義理にはなってはいない……と思う。


「……まぁ、俺のわがままだから気にしないでよ。それじゃあプレゼントを開けるね」


 アルコールによる熱を少しだけ頬に感じながら、アリシアの為に用意した一つ目のプレゼントを手に取った。それは角張っていてずっしり重い。

 俺は丁寧に包装を解いていく。


『こ、これは……!』


 アリシアの弾んだ声が聞こえてくる。中から出てきたのは毎年出版されている現代用語辞典の新刊で、ジャンルを問わずに読書する事が好きなアリシアなら喜んで貰えるだろうと俺が選んだものだった。

 ペラペラとページをめくってみせる。様々なジャンルのいろいろな言葉が見出しで解説されている。


『うわー、うわーっ! すごいですっ! イクトさん、ありがとうございます!』


「喜んで貰えたみたいで良かった。明日にでもゆっくり読もうな」


『はいっ!』


 そう言って俺は次の小さい袋を手に取った。本はあくまで前座で、本命はこっちだった。

 袋から小さな白い箱を取り出す。箱を開くとその中には小さな指輪が二つ入っていた。


『イクトさん……これって……』


 物自体はアリシアも見た事があるはずだった。これを選ぶのに優奈と一緒にジュエリーショップに見に行ったからだ。

 二つ揃いのリング。


「……アリシア好きだ」


 あらためて口に出すのは照れくさい。だけど、ちゃんと気持ちを伝える事は大切だって優奈も言っていた。


『……はい。わたしも好きです、イクトさん』


 俺は白い箱からリングを取り出して右手で摘む。


「つけるね」


『はい……』


 俺は左手の薬指にリングを通していく。サイズは以前測っていたからぴったりだ。続けて、もうひとつのリングを同じく左手の薬指に着ける。

 リングをつけ終わった俺は左手を目の前にかざした。薬指に並んだ揃いのシルバーのリングが光っている。俺とアリシア二人分の指輪だ。


『素敵……イクトさん、ありがとうございます!』


 アリシアが感極まった様子で礼を言う。

 そんなアリシアの反応が嬉しくて自然と俺も笑顔になる。


「こちらこそ、いつもありがとうアリシア……これからもよろしくな」


『はいっ……!』


 照れくさいような、誇らしいような感情で胸が一杯になる。

 視線をさまよわせているともうひとつアリシアが用意してくれたプレゼントがある事に気がついた。


「アリシアのプレゼントも開けていいかな?」


『……! あっ……ええと……は、はい……』


 アリシアが動揺している風なのは何故だろう。

 不思議に思いながら俺はプレゼントを手に取った。その包みはやけに軽い。

 俺は封を開けて中に手を入れる。手に触れるのは艷やかな布のような感触。中身を取り出して机の上に置く。


「こっ……これは……」


『わ、わたしイクトさんからこんなに素敵なプレゼントいただけると思ってなくて……こんなので、ごめんなさい』


 出てきたのは黒色でレースがふんだんに施された布……セクシーな下着の上下だった。


 俺はそれらを手に持ってみる。胸と腰の部分のレース部分が透けていて、なんだかとてもエッチだ。


『ユウナに相談したらイクトさんはこれが一番喜ぶだろうって……その……軽蔑しましたか?』


 優奈の助言というのが気になったが、悔しいが的を射てると言わざるを得ない。


「そんなことないよ。すごくエッチで素敵だ……俺の気持ちアリシアにもわかるでしょ?」


 こんなセクシーな下着をアリシアが用意してくれたかと思うと俺はもう体の奥が熱くなってしまっていた。

 そんな俺の反応はアリシアに筒抜けだ。


『は、はい……嬉しいです』


 そんな事をアリシアに言われてまた体が反応してしまう。

 鼓動が早くなるのがわかる。


「……早速着てみてもいいかな?」


『は、はい……』


 用意の良いことにタグは全部外されていた。

 俺はパジャマのボタンを外していく。脱いだ衣類は丁寧に畳んでいく。

 以前は乱雑に脱ぎ捨てて置いても何も言われなかったのだが、この体になってからは母さんのチェックが入るようになってすっかり習慣になってしまった。

 パジャマの上下、キャミソール、それから最後にショーツを脱いで、小さく畳んでパジャマの間に差し入れて隠す。


 それから机の上の下着を手にとって身につけていく。

 ショーツを手にして少しだけ悩む。今の状態で身につけたらせっかくの新しいショーツを汚してしまうんじゃないかと思ったからだ。だけど、むしろそうする為に身につけるものだと思い直してそのまま足を通していった。

 冷たいツルツルの布地がきゅっとお尻を包み込んで、その部分がじんわりと湿っていく感触がする。

 続けて前屈みになってブラを身につけていく。寄せ集めてカップに収めると谷間ができていた。これでも以前と比べると少しは大きくなっているのだ。


 上下の下着をつけ終わった俺は姿見の前に移動する。


「きれいだ……」


 幼いアリシアの容姿には不釣り合いのセクシーな下着は、背徳的な色気を際立たせていてとてもいやらしかった。

 頬が赤みを帯び潤んだ瞳の少女は見るからに発情していて、艷やかに鏡の中から俺を見返していた。


「アリシア好きだ……」


 俺は鏡の中の少女が愛おしくなって姿見に近づいていく。そのまま姿見に顔を近づけて目の前の少女に口づけをした。


 ――鏡越しのキス


 それが今の俺達の距離。誰よりも近くに居るのに触れ合う事はできない。


『イクトさん、今日はこのまま……』


 だけど、想いは共有しているから。

 少しだけ寂しくはあるけど、俺達は大丈夫。


 ――そうして、恋人同士で過ごしたクリスマスイブの夜は更けていった。

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