第96話 後始末

「悪ぃ……涼花が右足をくじいたみたいなんだ。魔法で治して貰っていいか?」


 涼花を背負った蒼汰は、俺の側にやってくるなりそう言った。


「りょーかい」


 俺は一瞬だけ躊躇したが引き受ける。涼花にも魔法の存在を明かすことになるが、いまさら隠し立てもできないだろう。涼花は蒼汰と一緒にさっきの戦いを見守っていたのだ。

 そもそも、怪我をさせてしまったのも俺達のいざこざに巻き込んでしまった事が原因だ。


 蒼汰に背負われて脇からスラリと伸びている涼花の足に、俺は手を近づけて魔法を詠唱する。


回復呪文ヒール


 俺の手先がぼんやりと暖かく光り、その光が涼花の足に移ってしばらくふわふわと輝いて消えた。


「すごい……痛みが引きましたわ」


 涼花が驚きの声を上げる。


「涼花、平気そうなら下ろすぜ?」


「わ、わかりました」


 蒼汰がしゃがむと、涼花は名残惜しそうにその背中から体を離した。そして、恐る恐る右足を地面につける。


「……痛くありませんの」


 足首を回してみて具合を確認する涼花。痛そうな様子は見られなかった。


「ありがとうございます。魔法ってすごいのですね……ええと、如月幾人さん?」


 涼花の口から出てきたのは本当の俺の名前だった。


「……どうして?」


「どうやら、エイモックと戦っているときの会話を聞いて知ったみたいなんだ。それで、涼花なら信頼できると思って俺の判断で、全部の事情を話した……事後承諾ですまないが」


 俺の疑問に蒼汰が答える。


「涼花なら信用できるし問題ないさ」


「安心して下さいませ。わたくしは恩人であるあなたの秘密を漏らしたりは決して致しませんわ」


「……そっか。ありがとな涼花」


「それよりも、ごめんなさい。わたくしはあなたに不名誉な嘘を……」


 以前の嘘について涼花は謝罪する。それは随分前に俺の中ではとっくの昔に終わっていた話だったが、俺が幾人である事をついさっき知った涼花にとっては別の話なのだろう。


「いいって、いいって。前にも言った通り俺は気にしてないから。こっちこそ、今まで本当の事言えなくてごめん」


 俺が俺であると話せていれば、涼花をもっと早く楽にしてあげる事ができていた。

 こちらも事情があった事とはいえ、それは申し訳ないと思っていたことだった。


「それこそ仕方ない事じゃありませんの……それに、こんな非現実的な事が続いたから蒼汰さんのお話も受け入れられましたけれど、普段言われたら、からかわれているとしか思えませんわよ……以前の面影なんて全くありませんし」


 そう言って俺の事を改めて見る涼花。そういえば、涼花は以前の俺の事を知っているのだった。


「そりゃそうか。それじゃあ、改めてよろしく……ええと、これからも友達でいてくれるかな?」


「もちろんですわ! アリスさんはわたくしの大切な後輩で、デュエルの師匠ですもの……でも、如月さんとは同級生になるのだから、後輩っていうのはおかしいかしら?」


 そう言われて口調が完全に幾人の頃のものに戻っていたことに気がついた。

 戦いで男の本能を刺激されたからだろうか。

 俺は意識して口調を切り替える。


「えっと……今の私はアリスだから、今まで通り後輩として接して貰えれば……」


「それじゃあ、俺の後輩でもある訳だな!」


 蒼汰が俺をからかうように言う。


「へぇ……それじゃあ、『かみしろせんぱい』とでも呼べばいいの?」


 俺がわざと媚びた声でそう呼んでみると、蒼汰は露骨に嫌そうな顔をした。


「やめろよ、お前にそう言われるのは気持ち悪ぃ……俺が悪かったぜ」


「ふふん、私に先輩風を吹かそうだなんて思うからだよ」


「……最近お二人の距離が近くなったと思っていましたが、そういう理由だったのですね」


「おう、俺達は生まれた頃からの親友だからな」


「安心したと言うべきなのか、そうでないのか微妙な心境ですわ……」


 涼花のつぶやきが耳に入る。

 今まで涼花には何度も蒼汰との関係を否定していたが、今まではいまいち納得してない風だった。

 俺の正体を知ったからには流石に納得しただろうと思ったんだけど、何故だ……


「それにしても、随分派手にやったなぁ……これ、後始末どうすんだ?」


 蒼汰の言葉に俺は現実に引き戻される。なるべく考えないようにしていた問題が目の前に広がっていた。


 海水浴場の野外簡易ステージと駐車場だった周辺は、俺達が魔法戦を繰り広げた結果、瓦礫の山となってしまっていた。

 ステージは割れ、アスファルトは溶けあちこちに大穴が空いている。

 ……しまった、穴だけでも祝福があるときに塞いでおくべきだったか?


「……げっ、やべぇぞ!? 警察だ!」


 誰かが通報したのだろう。遠くからパトカーのサイレン音が聞こえてきた。消防車の音も混じっているようだ。


 警察の厄介になるのはいろいろとまずい。まず、魔法を説明せずに今の惨状の経緯を説明する自信は無い。

 何か良い手段は無いだろうか……?


「後始末は我が引き受けよう。お前達はこの場を去るがいい」


 そう言ったのはエイモックだった。いつの間にか側に来ていた。どこか振り切ったのか、目に意志の力が戻って来ているように思える。


「……大丈夫なの? この世界の常識とか、そもそもお前はこの国の戸籍とか無いんじゃ……?」


「そのあたりは問題無い。戸籍も魔法を使って作成している。今日の集会も我の名で警察に利用許可申請を出してあるのだ」


「そのあたり、割りとしっかりしているんだな……」


「して、この状況だ。お主は何があったように見える?」


「……ガス爆発とか?」


「ガス……? まあよい。ならばそれが起こったと、ここに来た者にそう思いこませれば良いだけの話だ」


 あれほど恐れていたエイモックの魔法が今は頼もしい。


「……ありがとう、助かるよ」


「我がお前達を巻き込んだのだ。礼など言われるような事は無い……そこの女も人質に取るような真似をしてすまなかった」


「エイモックさんはわたくしに対して紳士的でした。わたくしは貴方を恨んではいませんわ」


「……さあ、行け。このままだとどんどん人が集まって来るぞ?」


「……それじゃあ、あとは頼んだ」


 そう言って俺達はエイモックから離れた。

 来たときに乗っていた蒼汰の自転車を探すが見つけられない。どうやら瓦礫の中に埋もれてしまったようだ。


「ああ、俺の流星号……」


 蒼汰は無くなった愛車を嘆く。

 ……お前、中学の頃に自転車につけていた名前、今もまだ使ってたんだな。


「自転車は私が代わりの用意するからさ。とにかく今は急いでここを離れないと!」


 未練がましく立ち尽くす蒼汰を引きずるようにして、俺達は車が来ていない海水浴場の裏手側の入口に向けて駆け出した。


『エイモックさん……その、ごめんなさい』


 背中のエイモックに向けてアリシアは念話を送る。


『……水の巫女か。何故謝る?』


『元はといえばわたしの転移魔法に貴方を巻き込んでしまったのが原因だと思いますから……』


 エイモックがこの世界に来た来歴を考えると俺が魔王を打ち倒して倒れたあの場所にエイモックもいて、転移魔法に巻き込んでしまった可能性が非常に高い。


『なんだ、そんな事か。気にする必要など無い……何度も言うがあちらの世界では我に選択肢などなかったのだ。お前に感謝こそすれ、恨むような事などあり得ぬよ』


『……そう、ですか』


『我は改めてこの世界を見てみるつもりだ。そして、この世界で我が成すべきことを探してみようと思う……それがいつ見つかるのかはわからないが、幸い時間だけはたっぷりとあるからな』


『……あなたが答えを見つけられるよう、幸運を祈ります』


『それではさらばだ、水の巫女よ』


 ――これが、異世界からやってきた巫女と神官である二人が交わした最後の会話となった。

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