第91話 聖夜の決戦(痛打)

 俺たちは再度の攻めに転じたものの、攻防一体のエイモックの影と本人との連携を前に攻めあぐねていた。

 何本もの影を周囲に纏わせたエイモックの姿はまるで想像の怪物である八岐大蛇やメデューサを彷彿させられる。


「どうした。勢いが良かったのは最初だけか?」


 エイモックが俺達を挑発してくる。


「そう慌てるなよ。こっちだっていろいろと都合があるのさ」


 俺は軽口で返すが、内心はじりじりと焦燥感が募る。

 布石を打っていない訳じゃないが、この状況を覆すにはまだ弱い。


「ふん……ならば、こちらから行かせて貰うぞ」


 エイモックが繰り出していた幾筋もの影が、エイモックの本体の影に戻っていって消えた。

 絶え間ない影の脅威が去って一息ついたのも束の間、エイモックは右手を大きく掲げて指を鳴らし次の魔法を発動する。


「昏き漆黒よ。戦場を闇に閉ざせ――暗黒ダークネス!」


 魔法の発動と同時に闇の球がエイモックの指先に発生した。それは瞬く間に大きさを増して、エイモックの姿を包み隠す。

 闇はさらに拡がっていき、あっという間に俺達を覆い尽くした。一瞬で視界が奪われて平衡感覚が狂って体がふらつく。


『……闇を操る魔法のようですね。どこから襲われるかわかりません、気をつけて下さい』


 アリシアが警戒を呼び掛ける。


『……だけど、こんなに暗いとエイモック自身も動けないんじゃないか?』


 と疑問を口にする蒼汰。

 すぐ傍に居るはずの蒼汰すら視認できない真の暗闇である。この状態では攻撃を仕掛けるのは難しいと考えるのも無理は無い。


『その可能性は無いな。エイモックは闇の神官、暗闇は奴のテリトリーだ』


 水の巫女であるアリシアが水の中で支障無く動けるのと同様に、闇の神官であるエイモックが闇の中で行動に制約を受ける事は無いだろう。


『うへっ、マジか……』


 蒼汰がうんざりとした口調でこぼした。

 俺は物音一つ聞き漏らさないように気配を研ぎ澄まして襲撃に備える。


「……!」


 右後方に突然生じた殺気に、俺はとっさに床を蹴って体を全力で逸らせる。

 闇の中でもなお暗く燃える黒炎を纏ったエイモックの拳が今まで俺の居た空間を切り裂いた。躱しきれなくて巻き込まれた髪の毛が何本かちりちりと焼ける。


「くっ……!?」


 反撃しようと構えたが、エイモックの姿は再び闇に溶けて見失ってしまう。


「蒼汰! やつは気配を消して襲って来るぞ、気をつけろ!」


「わかった! ……来やがった!? こなくそぉぉお!」


 蒼汰の声がして、何かがぶつかり合う音が何回かした後、蒼汰の悲鳴と共に大きく物を叩きつけるような衝撃音がした。


「ぐぁぁああああ!?」


 蒼汰の悲鳴が闇に響く。


「蒼汰あぁぁ!」


 援護しようにもどちらに居るのかも判別出来ない。この闇は視界を遮るだけでなく、音が反響して音で位置を特定する事も難しくする特性があるようだ。


 ……現状を打開するにはどうすればいい!?


『イクトさん、霧の領域フォグテリトリーを使いましょう!』


 そんなとき、アリシアが魔法の使用を提言してきた。


霧の領域フォグテリトリー……そうか、その手があったか!」


 すぐに俺はアリシアの意図を理解して、魔法を詠唱する。


濃霧フォグ!」


 俺を中心に霧が発生して周辺に広がっていく。

 闇に包まれている為に見た目の変化はわからないが、これで、エイモックの視界は遮られたはずだ。


 さらに、俺は水の刃ウォーターカッターで軽く自分の手の甲を切って血を宙に撒く。

 そして、先程発生させた霧に溶かしこんでいった。


「血の索敵ブラッドサーチ


 この血には触れた先の存在を知覚できる魔法を付与してある。そして、この血を霧にのせる事によって、俺は霧に包まれた空間内部で動く物全ての一挙一動を把握出来るようになるのだ。

 これで、エイモックとの立場は完全に逆転する。


 魔法によってもたらされた知覚が拡がっていく。

 色は無く形だけではあるが、霧の中の空間全体を認識できる、まるでレーダーのような感覚だ。


 最初に見えたのは膝をついて胸を抑えている蒼汰の姿。どうやら攻撃で倒れたらしく、体を起こそうとしているようだ。

 そして、蒼汰の背後にはとどめを刺そうと今にも襲い掛かろうとしているエイモックの姿があった。


「蒼汰! 後ろだぁああ!」


 俺が叫ぶとほぼ同時にエイモックが攻撃態勢に入る。俺の言葉を受けて蒼汰は振り返るが、体が言う事をきかないらしく、足がもつれてそのまま倒れ込んだ。

 エイモックは蒼汰に暗い焔を纏った腕を振り下ろす。それは蒼汰の命を刈り取るほどの威力のある危険な凶器だ。

 俺は考えるより先に駆け出していた。


「蒼汰ぁぁぁ!」


 俺は全力で飛びかかる。

 蒼汰を突き飛ばしてエイモックの攻撃から逃れさせた。


 次の瞬間、俺の背中にエイモックの拳が叩きつけられる。


 焼きごてを直接肌に当てられたかのような熱さを背中に感じた次の瞬間、ダンプカーに轢かれたかのように体が跳ね飛ばされた。


「ぐぁああぁ!?」

『きゃあぁぁぁっ!?』


 悲鳴をあげる俺とアリシア。

 吹き飛んで何秒か宙を舞った俺の体は、石の床に何回か跳ねてゴロゴロと転がった。真っ黒な視界がぐるぐる回る感覚がして、頭の中が掻き混ぜられる。

 そして、うつ伏せに倒れ込んだ状態で俺の体は止まった。


「くぅ……」


 体中が痛みを訴えて悲鳴をあげている。

 だが、俺はその訴えを全て無視して頭を無理矢理に思考させる。今はまだ戦いのまっ最中だった。

 霧の領域フォグテリトリーによって拡張された感覚のお陰で、顔をあげなくても状況を認識出来るのはありがたい。

 今は顔をあげるのすら大事だった。


 エイモックとの距離は10メートル程。随分と吹っ飛ばされたものだ。

 やつはまだ警戒を緩めていない。意識を失っていれば魔法は解けるので、俺にまだ戦闘の意思があることは明白だからだ。

 不意に闇が解けて周囲が濃い霧に包まれた真っ白な空間になる。今のエイモックに暗闇を維持するメリットはほとんど無いので妥当な判断だろう。

 こちらの霧の領域フォグテリトリーはまだ解除しない、というか出来ない。床に這いつくばった状態の今、この魔法で姿を隠す事が俺の出来る唯一の生存戦略だった。

 だが、この魔法は燃費が悪い。維持できるのは持って数分と言ったところだろう。


「……まだ、かくれんぼを続けるつもりか? 無益な事だ」


 ……そっちから初めておいて随分と身勝手なものだ。


 エイモックは再び影を動かす。そして、周囲に影を巡らせて半径5メートル程の警戒網を作りあげた。

 その状態で、エイモックはゆっくりとこちらに近づいてくる。

 このままではこちらの位置が露見するのも時間の問題だ。

 俺は連続で魔法を発動させていく。体の痛みに加えて、襲って来た激しい頭痛に顔を歪めて耐えた。

 そしてエイモックに狙いをつけて一気に放つ。


「行けっ! 氷の槍アイスランス20連!!」


 エイモックの背後に大量の氷の槍を発生させて、矢継ぎ早にエイモックを襲う。

 これは先程から打っていた布石によるものだった。戦闘の合間に予め魔法を詠唱して置いておくことで、遠距離での発動を可能としたものだ。

 攻撃はエイモックの影による防御と回避行動によって、全部躱されてしまう。だが、それも想定の内だ。


「ふん……そっちか」


 そう言ってエイモックは振り返り、俺に

 さらに、霧の密度を調整してエイモックの振り向いた先にぼんやりと白い影が見えるようにする。


「そこか!」


 エイモックが影をそちらに一斉に放つ。白い幻影は串刺しされて掻き消えた。


「氷の槍、10連!」


 続けて離れた場所に置いていた魔法を発動させた。魔法発動のトリガーを引く度に、頭の中をハンマーで殴打されたかのような頭痛が襲う。

 そして、さっきと同じように白い影を出してエイモックの攻撃を誘う。

 この調子でステージに設置してきた魔法を発動していけば、少しは時間を稼げる筈だ。


『蒼汰、大丈夫か……?』


 そうして出来た時間で俺は蒼汰に声を掛ける。


『俺は大丈夫だ。それより、お前こそ大丈夫なのか!? さっき俺を庇って攻撃を食らったんじゃ……!』


『命に別状は無い。ただ、戦うにはにはちと厳しいな……』


 自分の状態を分析してみる。肋骨が何本か折れているのと、内蔵へのダメージ。さらに、吹き飛ばされた際に腕や足の骨も折れてしまったようで立ち上がる事すら難しい。他にも捻挫に加えて擦り傷打ち身等は数え切れない程だった。

 それらは時間を掛ければ魔法で治癒出来る範囲ではあるが、いまにも魔力を使い果たしそうな現状ではそれも望めない。

 むしろ、これから試みる最後の賭けに使う魔力の為に治療に使う魔力すら惜しんでるのが現状だ。


『だから、悪いけどちょっと頼まれちゃくれないか…分の悪い賭けになるけど、やつを倒すにはお前に頼るしかなさそうなんだ』


 俺は蒼汰に最後の望みを託す。

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