第53話 文化祭初日(祝福のキス)

 俺達が部室から会場に戻るとみんな待っていてくれた。

 翡翠が謝罪すると、悔しかったんだなとか、惜しかったとか、試合感動したとか、いろんな反応で肯定的に迎えられた。

 収拾がつかなくなりそうだったので、蒼汰が仕切って表彰式の開始を宣言する。


「本日は平山高校ウィソ部主催トーナメントにお越し下さりありがとうございました! 大会全試合無事終了しました。時間もありませんので早速表彰を始めたいと思います」


 少し時間を置いて、ざわつきが収まるのを待ってから、蒼汰は続ける。


「栄あるトーナメント優勝者は田辺プロ!」


 名前が呼ばれて会場は歓声と拍手に包まれる。


「ネットで賞品を見て勝ちたいと思ってたので嬉しいです」


 明日は田辺プロとデートすることになるのかな?

 ウィソプレイヤーにとっては憧れのトッププロプレイヤーだし嫌じゃない、かな。むしろ、役得だと思えなくもない。デートの最中にウィソの対戦をして貰えたりしないかな?

 ……頬へのキスも、全く知らない相手よりかは抵抗は無い。田辺プロは紳士的で有名だし。


「それでは賞品は何を選ばれますか?」


「あすにゃんのフィギュアをお願いします」


 迷いなく田辺プロが指定した物、それは一昔前に流行った学園アニメの登場人物あすにゃんのフィギュアだった。蒼汰が昔買って箱のまま部屋に飾っていた物を賞品として提供したもので、限定生産品として一部プレミアが付いている物だとか言ってた気がする。

 そういえば、田辺プロはあすにゃんの熱烈なファンであると公言していた。


 ……なんで俺は自分が賞品として選ばれる前提で考えていたんだろう?


 自意識過剰にも程がある。

 田辺プロが賞品を受け取っている間、俺は拍手をしながらひとり心の中で悶絶していた。


「では、次は準優勝はウィソ部部員であり我が妹でもある、神代翡翠!」


 歓声と拍手が送られる仲、翡翠は嬉しそうに蒼汰の横に移動する。

 彼女はいつになく喜んでいるようだった。翡翠は感情を表に出す事が少ない為、他の人には少し気分が良いくらいの状態に見えるだろうけど、これは彼女にとって最高にハイなテンションだった。長年の付き合いである俺にはそれがわかる。

 そんな翡翠は、普段とのギャップもあってすごくかわいらしい。


「ありがとうございます!」


 翡翠は小さく手を降って歓声に応えている。


「それじゃあ賞品は何にする?」


「アリスとのデート権を!」


 翡翠は間髪入れず答える。


「了解、アリス来てくれ」


 俺はほっと胸を撫で下ろしながら表彰台に向かう。

 翡翠に促されて手を繋いで立つ。


「賞品進呈ー! という訳で、明日2時間くらい適当にデートしてくるといいんじゃないか? 以上」


「おめでとう、翡翠!」


「ありがとう」


 惜しみない拍手が翡翠に贈られる。横に並んだ俺までなんだか誇らしく思えてくる。

 俺たちを見守る空気が、微笑ましい物を見守る風になっているのが判る。


「……祝福のキスは?」


 そんな中、翡翠は俺に聞いてきた。


「え、するの……?」


 女の子同士だからノーカンだと思ってた。


「うん、して欲しいな」


 男にすると思えば万倍マシだし、約束なんだから、しない訳にはいかないけど、急には心の準備がちょっと……


「私があなたにするのでもいいよ?」


「じゃ、じゃあそれで……」


 するよりかはされる方が抵抗は少ないかな。――そのときの俺はそう甘く考えていた。


「じゃあ、わたくし写真撮りますわね」


「……こんな写真撮るの?」


「部活の活動記録で使いますの。女の子同士だから微笑ましい絵になると思いますわ」


 涼花がデジカメを構えて立つ。そう言えば田辺プロの表彰のときも涼花が撮影してたな。執事の安藤さんにしてもらいそうなイメージだけど、相変わらず不思議なお嬢様だった。


「それではいつでもやっちゃって下さいませ? 短すぎると写真が撮り辛いので少し長めにお願いしますわ」


 デジカメを構えて涼花は言う。

 どうでもいいから早く終わらせて欲しい。


「それじゃあ、いくね?」


 俺の左手側にいる翡翠は、屈んで左手を伸ばしてきて、俺の右の顎から頬を包むように手のひらを添えてくる。もう片方の手は俺の側頭部に当られた。

 しっかり頭を固定された感じだ。

 

 翡翠の顔が近づいてきて、俺のほっぺたに柔らかな感触が押し付けられる。

 息遣いを感じる距離に翡翠の顔があり、触れた指や押し付けられた唇からは翡翠の体温が俺に伝わって来る。


 ……って、いくら何でも長すぎじゃないかな?


 そう思ったとき、頬に触れた何かの感触に、思わず声をあげてしまう。


「――ひゃいっ!?」


 押し付けられた翡翠の唇の間から、湿った柔らかいモノが伸びてきてチロチロと頬をくすぐってくる。


「ちょ、あっ……だ、だめぇ、翡翠っ……!?」


 く、くすぐったいっ!


 尖らされた翡翠の舌先が唇の間を左右に行き交って俺の頬を這って行く。肌にあたる吐息は熱くて、そこから逃げようにも両手でがっちりと頭を固定されていて叶わない。


 みんな見てるのに……


『……ん……ふぁ……』


 アリシアの我慢出来なくなって漏れる声が頭の中に聞こえてくる。

 俺はそれにつられて変な声が溢れないよう目を閉じ手で口元を押さえてぐっと堪える。

 翡翠の舌が蠢いて、そこが湿っていくのが判る。体が痙攣するように震える。


 どのくらいの時間が経ったのか、ようやく翡翠の顔が俺から離れた。

 翡翠の少し開いた唇から覗く赤く生々しい舌先から、俺の頬の間に一筋唾液が糸を引くのが見える。


「……御馳走様でした」


 翡翠は俺の耳元でそう言うと、何事も無かったかのように佇まいを直す。だが俺は腰砕けになっていて、しっかりと立つ事が出来なかった。翡翠がそんな俺を支える。


「ちょっ、翡翠……私、平気だから!」


「いいから、大丈夫よ」


 抵抗する力も弱く、俺は翡翠に肩を支えられて教室の隅に戻った。微笑ましい雰囲気は霧散して、今や周りを取り囲んでいた男達は非常に居心地の悪そうにしていた。やや前屈みになっている人が多いのは気のせいじゃないと思う。


「……この写真、活動記録には使えませんわね」


 顔を赤くした涼花は手にしたカメラに目を落として言った。

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