第51話 文化祭初日(大会その3)

 トーナメントは順調に進んだ。

 優奈は3回戦で殿堂プロプレイヤーの中州なかす選手と当たって敗北していた。報告する優奈はとても悔しがっていたが、とても白熱した試合だったらしくその表情はどこか満足そうにも見えた。

 その後、優奈は初心者講習会に来た女子をフォローする係を率先してやってくれていた。


 なお、優奈を打ち破った中州選手は次の試合でマナの根源たる土壌を引けない、いわゆる土壌ソイル事故スクリューを起こして負けていた。


 4回戦が終わると勝ち残りのトップ8が決まる。賞品は8種類用意されているのでここから上は何らかの賞品が約束された事になる。

 意外だったのはその中に見知った顔があったことだった。


「……どうして翡翠が?」


 翡翠は最近部活でもプレイする姿を頻繁に見るようになっていた。だからと言ってトーナメント上位入賞出来る程の腕は無かったはずだ。


「翡翠のやつ、この大会が決まってから妙にやる気を出してさ……家でも起きてる間ずっと調整に付き合わされてたんだよ」


 蒼汰が溜息をつきながらそう言った。デュエル馬鹿の蒼汰を疲れされるって、どれだけやりこんでるんだ……


「それだけじゃないぜ……あいつ、俺がギブアップした後もデッキを並べて一人で対戦してるんだぜ……」


 ……なにそれ、すごい。

 俺ですらそこまで入れ込んで調整したことは無いのに、何が翡翠をそこまでさせるのだろう?


 俺は翡翠の試合を観戦する。

 彼女は初めての大会とは思えない程堂々とした態度で、相手の攻めを巧みに受け流して、攻勢の限界点を見極めて逆襲するという絶妙なプレイングで対戦相手を下していた。


 ゲームが終わった後、静かにひとり佇んでいる翡翠に話し掛ける。


「翡翠、すごいね! いつの間にそんなに上手になってたのさ。私びっくりしたよ」


「私、いっぱい練習したの」


 そう言って翡翠は俺に微笑みかける。心の奥まで見透かすような瞳に見つめられて俺はドキッとする。


「もう少しだから……私頑張るから、待っててね」


 翡翠の手が伸びてきて、俺の前髪に触れる。

 そのまま頭をやさしく撫でてくる感触に、俺はされるがままに立ち尽くす。指の感触がくすぐったくて気持ち良くて目を細める。

 最後に俺の唇に翡翠の人差し指がそっと触れて手が離れた。


「ええと……翡翠?」


 戸惑う俺に、翡翠は微笑みで返す。


「勝利のおまじない……なんて」


 彼女は人差し指を自分の口元に当てて小首を傾げた。

 ウェーブの掛かったポニーテールが揺れる。


 俺が呆気に取られていると、蒼汰が翡翠を呼ぶ声が聞こえてきた。どうやら次の試合が始まるようだった。


「それじゃあ、行ってくるね」


 頭の中にもやもやとするものを感じながら、俺は次の翡翠の試合――準決勝戦を見守る。翡翠のプレイングは相変わらず迷いのない切れのあるものだった。受け身の対戦相手に執拗に攻勢を続け、勝利をもぎ取る。


「すげーな彼女」


「こんなプレイヤーが居たなんて知らなかったよ。応援したいな、美人だし」


「クールなのが良いよね。俺も対戦してもらいたいぜ、いろいろと……」


 翡翠はその容姿も相まって人を惹きつけているみたいだ。周囲のプレイヤーは彼女のことを語り合っている。そんな中でも我関せずを貫いている彼女は堂々としたものだ。


「だけど、流石に決勝は無理じゃないか? 相手はあの田辺たなべプロだろ?」


「けど、デッキ相性だとワンチャンあるんじゃね?」


「それでも、田辺プロが相手じゃあなぁ……」


「俺は応援するぜ!」


 ……そう。決勝戦の翡翠の対戦相手は現役トッププロで、存在が禁止されると冗談で言われる程に勝ちを重ねるプレイヤー田辺プロだった。


 ウィソにはそれぞれデッキ相性というものがあり、同じプレイヤーが扱ったら勝率が三割から七割くらいまで相性差が出てくるものだ。

 その中で適切なデッキ選択とプレイングで、八割以上の勝率を叩き出すのがトッププロである。

 準決勝も危なげないプレイングで対戦相手に勝利していた。


 テーブルが4つくっつけられて、教室の中央に決勝戦のテーブルが作られる。残りのテーブルや椅子は片付けられて決勝の舞台が整う。既に初心者講習会等の他のイベントは終了して、会場に残っているのは決勝戦の観戦者のみとなっている。


「皆様ありがとうございます。本日の大会も後一戦を残すのみとなりました。決勝戦は我がウィソ部部員で私の不肖の妹である神代翡翠、それから現役トッププロの田辺さんとの二人での対戦となります」


 デッキをシャッフルしながら蒼汰の開始の合図を待つ二人。プレイヤーの緊張感が伝わってきて、ギャラリーも息を呑む。


「それでは、時間無制限、決勝戦開始して下さい!」


 蒼汰が宣言すると、互いに挨拶を交わしてゲームが始まる。


 第一ゲームは壮絶と言っていい展開だった。盤面の有利不利が何度も入れ替わり互いに手札を削っていく。

 手札が無くなったらデッキの上から引いてくるカードの叩きつけあいとなり、引きが強かった翡翠が第一ゲームを取った。


「後一ゲーム取れば女の子の優勝だ!」


「これは、もしかするかも! プロに素人の女の子が勝つのか!?」


 会場がざわめく。

 大会はゲームを二本先取した方が勝ちとなる。ゲーム間にはサイドボードと呼ばれる控えのカードとデッキのカードを入れ替えることが出来る。


 二ゲーム目は序盤から翡翠が攻め立てる展開だった。田辺プロは最低限の対応のみで積極的に動いて来ない。勝ちきれるか、と思ったところで全体除去が飛んできて盤面のクリーチャーが居なくなる。


 そこからは田辺プロが緩やかにゲームの主導権を握っていった。彼のデッキはゲームが長引く事を見越して、コストの軽いカードの枚数は最低限に抑えられて、カードのコストが重く効果が大きいカードがかわりに追加されていたのだ。

 結果、第二ゲームは田辺プロが一本取り返した。


 お互いサイドボードを見直して思考する。次は泣いても笑っても最終ゲームである。


 ウィソはときに漫画もかくやのドラマティックな勝利を演出する事がある。だが、逆に呆気なく決着がついてしまうことも多い。


 ドラマと理不尽な現実、どちらが待ち受けているかはわからない。だけど、プレイヤーが選んだ一枚の選択が全てを覆す事もある。そんな魅力に囚われたのがウィソプレイヤーであり、会場のプレイヤーは固唾を呑んで現在進行中の物語を固唾を呑んで見守っていた。


 第三ゲーム、今度はお互い静かな立ち上がりとなる。お互いが長期戦で戦う腹づもりのようで、マナの源である土壌ソイルだけが伸びていく。


 最初に仕掛けたのは翡翠で、それを受けて田辺プロも応戦する。ひとつの判断ミスが致命傷になるような綱渡りの駆け引きが繰り返される。


 そして、先に判断を誤ってしまったのは翡翠だった。


 通常だと見過ごされるような小さな隙だった。だが、そこを的確に付け入るのがプロだった。その一手から、田辺プロが徐々に翡翠を追い詰めていく。


 このままだとジリ貧になると考えたのであろう翡翠は賭けに出る。手札や場の生物を削って相手のライフを20点削りきる作戦に出たのだ。


 先細りになりながらも田辺プロのライフを削り、プレイヤーにダメージを当てられる呪文を引ければ勝てるという所まで翡翠は押し込んだ。


 だが、押し並ぶ田辺プロの軍勢を前に翡翠に残されたのは1ターンのみ。次に引くカードで、そのカードを引き込めなければ敗北が決定してしまう。だが、引き込めれば翡翠の勝ちだ。


 祈るように、静かに目を閉じて深呼吸をして、翡翠は静かにカードを引いた。

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