第39話 プールの授業(その3)

 文佳が立ち去ってから、俺は着替えを再開する。

 とにかく何もはいてない下半身が心もとないので、さっさとアンダーショーツを着けてしまいたい。

 俺は脱いだショーツをロッカーの中のスカートの下に差し入れてから、バッグからシンプルなベージュ色のアンダーショーツを取り出す。

 どうしても前屈みになるときにお尻が見えてしまうようで、何とかならないか試行錯誤をしてみたが、諦めてさっさとはいてしまうことにした。

 前だけは隠しながら片足づつショーツを足に通して引き上げる。

 周囲の視線を感じるが、とにかく下着さえはいてしまえばこっちのものだ。


 ……トイレに行きたくなってきたので、早く着替えてしまおう。


 その後、水着に両足を通して腰まで上げたところで再び考える……上はどうすればいいんだろう。

 周りを見廻すとブラを外してキャミソールの脇から器用にひもを通していたり、巻きタオルを使っていたり、諦めて脱いでからさっさと着替えてたりと、人それぞれのようだった。

 潔く脱いでた娘の胸はこっそり堪能させてもらった。見られまくったおかげで罪悪感はもう無くなっていた。


 巻きタオルいいなぁ……次のプールまでに買って貰おう。

 けど、たちまち今日のところはどうするか。


 ……正面突破しか無いか。


 俺自身そんなに器用な方じゃない。変に手間取って時間を取られるよりも、早く着替えて被害を最小限に抑える方が良いだろう。

 俺はブラウスのボタンを上から順に外していく。

 周りの視線は気にならないことにする。……明らかに着替え終わってる人が、何人か俺の周りに居る気がするんだけど気のせいだと信じたい。

 ブラウスを脱いで椅子に置いて、キャミソールの紐を肩から片方づつ落として足元に落とすと、周囲がざわめく感じがする。


 そういえば、今日着けて来たのはハーフトップ、いわゆるお子様ブラだった。周りはみんなちゃんと大人のブラなのに、一人だけこんなのを着けているというのは恥ずかしい気がする。

 プールのこと前もって知ってたら、ちゃんとしたブラ着けてきたのに……


 俺は顔が赤くなるのを感じながら、早く脱がなきゃとバンザイして一気にハーフトップを脱ぎ去った。

 脱いだものを椅子に置いて一息つく。


 ……これで、お子様ブラを見られることは無くなったから一安心。


 けれど、周囲のざわめきはむしろ大きくなったみたいで、なんでだろうと疑問に思い首を傾げる。


「アリス、胸! 胸っ!」


「!?」


 優奈の声に俺は慌てて両腕で抱きかかえるように胸を抑える。


 こっちの方が見られちゃダメだったよ!?


 俺がそのままの姿勢で固まっていると、いつの間にか着替え終えた優奈が、バスタオルを俺の前に広げて立っていた。


「……ゆうなぁ」


「……何情けない声だしてんのよ。ほら、隠してあげるから、さっさと着ちゃいなさい」


 俺は水着を引き上げて肩紐を左右順番に肩に通していく。

 手で位置と形を整えて……多分これで大丈夫だ。


 気替えが終わると、俺は力が抜けてペタンと椅子に腰を下ろす。


「……大丈夫?」


「あ、うん……ありがとう。もう、大丈夫。なんだか気が抜けちゃって……」


「水泳帽、あたしが着けてあげるね」


 俺は頷いて優奈の好意に甘えることにした。

 水泳帽を被せられて、前髪と耳の前の髪を中に入れていく。優奈の手が顔に当たって、くすぐったくて目を細める。

 優奈は残った後ろの髪を持って、水泳帽の中に入れていく。


 気がついたら生徒も疎らになってきていて、そろそろ授業が始まりそうな時間だった。


「はい出来上がり、それじゃあいこっか」


 優奈の手によってすっかり俺の髪は水泳帽の中に納まっていた。


「あ、うん。ちょっと待って、トイレ行ってくるから」


 俺はそう言い残すと、更衣室の横にある女子トイレに駆け込んだ。


「……え、ちょっと、アリス!?」


 優奈は何かを言いかけるが、あまり余裕がないので聞き流す。

 女子トイレは無人だった。

 俺は個室の中に入ってから――ふと気がついた。


「……これ、どうやってすればいいんだ?」


 水着のお腹の辺りをペタペタと触ってみるが、それらしきものは無さそうだった。思いもよらぬ事態に俺が動揺しているとトイレの外から優奈の声がした。


「アリスの馬鹿! 水着全部脱がないとトイレできないわよ!?」


「え……?」


 絶望的な事実を告げられて俺は固まってしまう。

 自分の着ている紺色の水着を見下ろす。


 ……これを、全部脱がないとダメなの?

 さっきあれだけ苦労して着たのに……脱いで、また着るの?


 その困難さに俺は顔が真っ青になる。込み上げてくる尿意は、そんな悠長さを許容してくれるとは思えない。


「何で着替える前にトイレに行っとかなかったの!?」


「だって……私、そんなこと知らなくて……」


 肩紐に手を掛けて下ろそうとするけれど、おしっこを我慢しながらなのと、動揺で上手く下ろせない。


『……仕方ないから、もう、水着を着たまましちゃいなさい』


 誰にも聞かれないように、念話に切り替えて優奈は言った。


『そ、そんなこと……』


 できない。この年でお漏らしするなんて……


『水着だし、後でシャワーで流しちゃえば誰もわかりゃしないわよ。ほら、もうチャイム鳴っちゃうよ、早くっ!』


『でも、だって……』


『我慢できないんでしょ? 更衣室にはもう私達しか居ないから』


『うう……』


『ほら、アリス……大丈夫だから、ね?』


 限界間近で深く考えられない頭に、優奈の優しく促す声が俺の理性を溶かす。


 もう……だめ……


 俺はへたり込むように便座に座り込む。抗っていた理性が緩んで、堤防が決壊した。


「んっ……!」


 湧き出した暖かさはじんわりと股下に広がっていって布地の隙間から溢れ出て滴り落ちた。その一部はおしりや太ももを濡らして汚していくのを肌で感じる。


「ふ……あぁ……」


 授業開始を告げるチャイムが鳴っている。俺は開放感を伴う虚脱感に身を任せながら、呆然とその音を聞いていた。


『アリス……終わった?』


 滴り落ちる水滴の量が少なくなった頃、優奈が念話で話しかけてくる。


 全部、聞かれてた……!?


 俺は頭の中が沸騰してしまったかのように思えて、くらくらと倒れそうになる。


『……大丈夫、誰もいないから鍵を開けて』


 判断力の低下した俺は優奈の言うがままに立ち上がって個室の鍵を開けた。

 開いたドアからフェイスタオルを手にした優奈が入ってきて、俺の体の汚れた部分をテキパキと拭き取っていく。


「……タオル汚れちゃう」


「いいから、あたしに任せときなさい。ほら、このタオルを腰に巻いてシャワー浴びておいで」


「でも、後始末しないと……」


 振り返って見ると、太ももを滴ったおしっこがはねて便座や周りを汚している。


「あたしがやっておくから」


「でも……そんな……」


 自分の汚した物を他人に掃除してもらうなんて……


「あたし達が居ないことに気づいた誰かが、様子を見に来る前に片付けないといけないから。ほら、早く行って」


 優奈の言う通りなので俺はタオルを腰に巻いてシャワールームに向かった。そのまま頭からシャワーを掛けて洗い流す。冷たい水がほてった肌を強制的に冷やして体を清めてくれる。少しの間そうしていると、後始末を終えた優奈がやって来て、隣でシャワーを軽く浴びて体を水に濡らした。


「うわぁー冷たいね!」


「……ごめん」


 俺は優奈に謝罪する。


「ん……いいのよ。あたしはアリスのお姉ちゃんなんだし! だから、気にしないの……それより、大丈夫? プール休む?」


「もう、大丈夫……行く」


 俺はシャワーの水栓を回して止めた。


「それじゃ、いこっか!」


 優奈は俺の手を引いて、プールに向かって歩き出した。


「ありがと、お姉ちゃん……」


 ……体が心に影響してきているのだろうか。

 いつの間にか、俺はすっかり優奈の妹になってしまっていた。

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