第二章 アリスとしての日常

第25話 純白の妖精

 俺は自室の姿見で、通学前の身だしなみの確認をしていた。

 今の俺の格好は紺色のブレザーにシックな赤系のチェック柄のスカートといった平山高校指定の制服で、俺にとっては馴染みのある服装だった。


「しかし、まさかがこの制服を着ることになろうとはなぁ……」


 馴染みがあると言っても見る方で、着る方では決してなかった。以前の俺は男子として平山高校に通っていたのだ。

 3ヶ月程前に自分の身体を失った俺は、性別も名前も違う全くの別人である如月アリスとして平山高校に編入することになる。


『やっばり、サイズが大きいですね……』


 アリシアのため息が脳内に聞こえてくる。

 新品の制服は規定の一番小さいサイズだったが、それでもなお俺には大きかった。腕を真っ直ぐ下ろすと袖に手が隠れてしまって、なんともみっともない。

 そのうち大きくなるわよ、と母さんには言われたけれど、このまま成長しなかったら、ずっとこのままなのだろうかと少し憂鬱になる。

 そんな風に鏡とにらめっこしていると階下から俺を呼ぶ声がした。


「アリス、いつまで支度してるの! そろそろ、行かないと遅刻するわよー!」


「今行くー!」


 俺は返事をして机の上の鞄を手に取り自室を後にする。


 準備万端で俺を待っていた優奈は俺と同じ制服姿だけど、出るところは出ていて括れるところは括れていて、同じ制服なのにこんなに差が出るのかと現実を突き付けられて悲しくなる。


「人の顔見るなり溜息ついたりなんかして、どうしたの」


「いや、私の制服姿を優奈と比べてしまってさ……」


「……似合ってると思うよ? ちょっとぶかぶかなのが萌えポイントだね!」


「そんなポイントは要らないよ。私は格好良く着こなしたいの!」


「はいはい、アリスの言いたい事はわかったから……そろそろ出ないと遅刻しちゃうわよ?」


 優奈はぞんざいにそう言うと、俺に背を向け玄関に向かった。

 俺はやや不服に思いながら優奈の後を追う。

 スマホを取り出して時間を確認すると、確かに歩いて通学するには、そろそろ家を出ていないと危うい時間だった。


 玄関で靴を履いている優奈の横で、俺はスカートの裾に気を使いながら腰を下ろして自分の靴を履く。


「……アリス、あなた本当にそれを履いてくの?」


 背中から見送りに出てきた母さんの心配そうな声がする。


「もちろん!」


 それはこの日の為に購入したとっておきのローファーで、ヒールが4.5cmもある優れ物だ。先週買い物に行ったときに見つけて一目惚れして買ってもらった物だった。

 母さんや優奈は毎日履く物だから実用的な方が良いって言っていたけど、背が高く見られるってのも充分な実用性だと思う。


 俺は靴を履くと優奈と二人で母さんに向き直る。


「「いってきます!」」


「いってらっしゃい」


 俺達は自宅の玄関から外に出る。9月に入ったとはいえ、日射しはまだまだ厳しい。

 日焼け止めクリームは塗っているもののこんな日が続くようなら日傘も検討した方が良いかもしれないな……なにせ今の俺の肌は少し日に焼けただけでも肌が赤くなってひりひりするのだ。

 まあ、それくらいなら修復リペアで治癒できるからそれほど問題は無いのだけれど。

 それにしてもこうやって通学路を歩くと改めて視界の低さを実感する。なにせ、靴で上げ底してもなお、頭ひとつ分は縮んでいるのだ。

 一年ぶりの通学路は殆ど変わってなかったけれど、俺自身はすっかり変わってしまっていた。


『今日はまた一段と注目されてる気がします……何ででしょう?』


 通勤通学の人が増えてきた頃、アリシアがそう疑問を口にする。

 目立つ容姿の俺は今までも外出先で散々と視線を集めてきたが、今日はまた一段と注目をされていた。


『通勤通学っていうのは日常の光景だから、見慣れた制服を着た、見慣れない俺の姿に違和感を覚える人が多いんじゃないか?』


『なるほど……』


『まあ、すぐに慣れると思うよ。すぐに俺達の存在も日常になると思うから』


 通学にあたって髪の毛を染めたりウィッグをつけたりして目立たないようにするというのは考えた。実際黒髪のウィッグを着けてみたら、随分と周囲に馴染むような外見になることはできた。

 でも、結局地毛のまま登校することにしたのは、アリシアの綺麗な髪を隠したくないって俺が思ったからで、これは誰にも言っていないことだ。

 だから、その代償として多少目立つのは受けいれるつもりでいた。


 学校が近づくに連れて同じ制服の生徒が増えてくるが、誰もがやや早足で急いでいる様子だった。スマホを取り出してみると少しぎりぎりの時間だ。


「アリス、少し走るわよ」


 俺は優奈の言葉に頷いて返事をする。

 それを聞いてまず優奈が駆け出して、俺は後に続いた。


 校門には挨拶当番兼遅刻者締め出し役の教師がいて時計を確認していた。時間が来ると校門が閉められて、間に合わなかった者は遅刻者として記録されてしまうのだ。

 ただし閉められるのはチャイムが完全に鳴り終えてからなので、今の状態ならほぼ安全圏と言って良い。


「「おはようございます!」」


 教師に声を掛けながら、俺達は校門を駆け抜けて、速度を緩める。

 そのときだった。

 慣れないヒールの高い靴を履いていた俺は、安心感による油断もあり足をもつらせてしまう。


「ひゃぅ……っ!?」


 俺はとっさに受け身を取る。手をハの字にして、肘が地面に付くと同時に床を叩いて衝撃を分散させて受けた。


「アリス! 大丈夫!?」


 優奈の心配する声が前からする。


「大丈夫……怪我は無いよ。ごめん、ちょっとどじった」


 うつ伏せのまま顔を上げて優奈に無事を伝える。身体に大した傷は無く、行動に支障はなさそうだ。


「ってアリス! ……あなた、格好!」


 言われて、恐る恐る振り返ってみる。

 刻限間近の校門には大勢の生徒がいて、皆固まったかのように一点を凝視していた。

 その先にはさっきの転倒で捲れ上がった俺のスカートが……


「ひゃぁーーーーっ!?」


 俺は飛び跳ねるようにスカートの後ろを押さえて立ち上がり、その場から言葉通り逃げ出した。


 ――後日、影で『純白の妖精』なる二つ名が自分についていると知ったとき、俺は泣きそうになった。


 おまえら、それ絶対髪の色だけが由来じゃないだろー!?

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