第17話 幾人のこれから

 父さんは俺には選択肢が二つあると言った。俺が如月幾人として生きるか、全く別人として生きるか。


「その選択肢なら、幾人として生きたいと思うけど……」


 だけど、俺の父親は理由も無くこんな聞き方はしてこない。幾人として生きる以外の選択肢があるということはそうするメリットがあるはずなのだ。もしくは……


「俺が幾人として生きるには、どんなデメリットがあるの?」


 父さんは俺の問いに満足したようで話を続ける。


「お前が幾人として生きる為には異世界と魔法の事を公表して周知させる必要がある。何故だかわかるか?」


「俺が幾人だって主張しても誰も信じて貰えないからだろう? 身内ならともかく、今の俺が幾人である客観的な証拠なんてまるでないもんな」


「そうだ。常識を覆す存在である異世界と魔法を証明することが出来れば、お前は幾人としての権利を取り戻す事が出来るかもしれない」


「広めるんだったら、あたし動画サイトやSNSで拡散するよ!」


「――だが、その場合、お前は日常を失うことになる」


「……有名人になっちゃうってこと? 嘘、身内から芸能人が出ちゃうとか!?」


「有名にはなるだろうな。何せ魔法の存在は人類の根本をひっくり返す可能性のある概念だ。もし、魔法の解析に成功したなら、間違いなく人類史にお前の名前は残るだろう」


「……つまり?」


「体の良いモルモットだな。生活と収入は保障されるだろうが、実際の立場は実験動物と大差ない。世間から完全に隔離され実験される日々が待っているだろう」


 想像していた物と全く異なる答えで優奈は顔を蒼くしていた。

 まあそうだろうな、と俺は現実を受け入れる。


「そんな、酷い……」


「そうせざるを得ない。万が一施設を出られたとしても、お前は世界中からその身体を狙われることになるだろう。それだけの価値が魔法にはあるからな」


 まあ、何とも。


「……あまり楽しくなさそうな未来予想図だな」


「付け加えるなら、地球人は魔力が無いということだが、異世界人との間に生まれた子供はどうかと考える奴は出てくるだろう……その結果がどうなるかは想像に任せる」


「……つまり、俺が幾人として生きることは諦めた方が無難という事かな」


「お前が人類の進化の為に自らを犠牲にしても構わないという心境にまで至っていたなら、一考くらいはしたかもしれないが」


「じゃあ、残りの選択肢について聞いていい?」


「お前は全くの他人として生きることになる……そうだな。外国で家族ぐるみで親しくしていた家族がいて、両親が無くなり遺児である娘を引き取ったとかそういう風になるか。それで日本に戸籍を用意する」


「そんなこと出来るの?」


「父さんは一応海外でそれなりのコネを作ってきたからな。日本政府が調べてもボロが出ない正式な経歴を用意してやる……細かい調整は俺に任せておけ」


 ……何というか。自分の父親ながら無茶をする。


「すまないが、書類上は義理の親子になる――本当は俺とだけでも血がつながった関係にできなくはないのだが……」


 父さんが海外で誰かに産ませた子供を引き取るという形だろう。そうすれは、父さんの子供にはなるが、海外で浮気をして子供を作ってしまったという不名誉な事実がつくようになる。

 父さんは年頃の子供を持つ親としてはどうかと思う程に母さんとラブラブなのだ。


「有りもしない家庭内不和を他人に勘ぐりされるくらいなら、義理の親子で充分だよ」


「たとえ、表向きが変わったとしても、お前が俺達の実の子供である事は変わらない……それだけは覚えておいて欲しい」


「ああ、わかってる……ありがとう父さん」


「日本に戻ってきたら学校に通ってその間に自分の道を見つけるといい」


 もう一度、学校に通えるのか……半分諦めていただけに正直嬉しい。


「大筋はこんなところだ。幾人、お前はどう思う?」


「これだけ考えて貰っておいて是非もないさ。俺は父さんの方針に従うよ」


「……他に意見がある人は?」


「パパ、お兄ちゃんはどこの学校に通うことになるの?」


「平山高校が第一候補だな。少しの間でも幾人が通っていた学校だし、優奈も居るからフォローも利く。もし入学が決まったら、優奈と一緒のクラスにしてもらえるように働きかけようと思う」


「同じクラス!? 俺は二年生になるんじゃ……」


「どうせ戸籍は新しく作ることになるんだ。だったら、実際の年齢に拘る必要はないだろう。それに、お前は2年生になって1年間の勉強の遅れを取り戻せるのか?」


 俺は言葉に詰まる。高校1年間の授業をすっ飛ばして二年生から始めるのは中々に大変なことのように思えた。

 それに、高校二年生の二学期といえば、もう大学受験も視野に入れないといけない時期だ。


「ちなみに、次点の候補は中学三年生からやり直すという選択肢だ」


「そ、それは、ちょっと……」


 正直勘弁して欲しい。精神年齢16歳の俺が今更中学校に通うのは辛すぎる。そりゃ外見的には中学一年生でも十分通じると思うけど……


「お兄ちゃんと一緒のクラスかぁ……ふふ、いろいろ楽しそう!」


 優奈はやけにご機嫌のようだった。


「……わかった。優奈と平山高校ヒラコーに行くことにするよ」


 平山高校に再入学して一年をやり直す。現実的に考えてそれが一番に思えた。妹と一緒のクラスというのも、兄としての心情的なことはともかく、体の事情を知る相手がいるという点で心強い。


「それじゃあ、誕生日は一年遅らせた2月10日で問題ないな」


 ……問題ありまくりだ。


「異議あり。それじゃあ、俺より優奈が先に生まれたことになる……誕生日を2ケ月遅らせるとかじゃだめかな?」


 俺の誕生日は2月10日、優奈の誕生日は翌年の2月8日で、兄妹の誕生日は一年も開いていない。だから、丸一年誕生日がずれると生まれが前後してしまう。兄としてそれだけは避けたい。


 そんな俺の希望に対して母さんは一刀両断で却下だった。


「2月10日は私が貴方を産んだ大切な日よ、そして、あなたの名前に由来する日でもあるの。だから誕生日は変えて欲しくないわ」


 母さんにそう言われるとぐぅの音もでない。

 ただでさえ親不孝なことをしている自覚がある。


「往生際が悪いよお兄ちゃん。観念してあたしの妹になるといいよ!」


 もはや、妹の下克上を阻止することは不可能のようだった。


「……わかったよ」


 俺は力無く項垂れた。


「大丈夫、お姉ちゃんに任せなさいって! 悪いようにはしないから」


 公の設定で俺の姉になることが決定した優奈は、自分の胸を叩いてアピールした。


「それじゃあ、次は名前を決めよう。養子になるから苗字はそのまま如月の姓を名乗るようになる。だが、名前は新しく考えなくてはいけない」


「ねぇ、パパ。アリシアのままじゃ駄目なの?」


「アリシアは幾人の中に居るのに、幾人の事をアリシアと呼んだら紛らわしい事になるだろう?」


「そっかぁ……うーん、外国人っぽい名前がいいんだよね?」


「改名したことにしても良いから、別に日本名でも大丈夫だが……今の幾人の姿だとあまり日本人っぽい名前でも違和感があるな」


「となると、外国人でも日本人でも通じるような名前がいいのかな? マリアとかセナとか」


「それが良いかもしれないわね。どんな名前があるかしら?」


 それから、家族でいろいろな案を出し合う。

 ちなみにイクトの響きを残す試みはすぐに諦めた。イクとかイクティアとかイクナトスとか候補が出たが、どれも微妙に思えたからだ。

 それに、俺が幾人である事は余人に周知するようなことでもない。魔法さえばれなければ大事にはならないだろうが、無理にリスクを冒す必要もなかった。


 うーん……難しいな。


 家族で候補を挙げていくが、どれもピンと来るものがない。

 名前決めは一旦保留しておこうかという空気になりかけた頃、


「アリシアは何か意見は無い?」


 と優奈がアリシアに話を振った。


『わたしは、あまりこちらの名前のことはわかりませんから……』


「大丈夫、とりあえず案を出してくれるだけでも助かるからさ。響きとかはこっちで判断するし」


 俺がそう補足すると、アリシアはやがておずおずと答えた。


『アリスというのはどうでしょう……?』


「それいいねっ!」


 アリシアの提案に真っ先に反応したのは優奈だった。続いて他の家族も賛同する。


「そうね、アリスなら日本人でもいる名前だし、街中で呼んでも違和感は無いと思うわ」


「……ふむ、不思議の国のアリスか。異世界に行って体が変化してしまうという体験をした幾人の名前としてはエスプリが効いてて良い名前じゃないかな」


「アリシアの名前の響きが残ってるのも良いよね!」


 と優奈。そう言われると確かにそうだ。


『あ、いえ、別にそういう意図は……』


 アリシアは慌てて否定するが、俺としてはアリシアの響きが残る名前っていうのは嬉しく思える。


「アリス……」


 俺は口に出してつぶやいてみる。……なんだかしっくりくるような気がした。


「よし、決めた! アリスにするよ」


 俺は宣言する。

 『如月アリス』、それが俺の新しい名前となった。

 名前を漢字にするかは迷ったが、どの字でも少し仰々しくなるような気がして、カタカナにすることで落ち着いた。

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