第4話 妹と俺(アリシア)

「お兄ちゃんはアリシアさんって人と体を共有しているんだよね」


「そうだけど、どうした?」


「今さらだけどちゃんと挨拶しておこうと思っただけ……あたしはお兄ちゃんの妹の優奈です。アリシアさん、お兄ちゃんを助けてくれてありがとうございました」


『アリシアです。イクトさんには大変お世話になりました。こちらこそよろしくお願いいします』


 そう言ったアリシアの声は、当たり前だが優奈には聞こえない。

 だから俺は、椅子から降りて優奈に向き直り、出来るだけアリシアの口調を真似て彼女が言った台詞をそのまま口にした。

 さらに調子に乗っていつも彼女がしていたように法衣の裾を摘まんで軽く一礼してみる。

 思いのほか上手にできた気がする……体が仕草を覚えてるからだろうか?


「えっ、今のって……アリシアさん?」


「いや、アリシアの声は俺にしか聞こえないみたいだから、言ってたことを代わりに発言してみた」


「えっ……天使?」


 妹がバグった。


「やだ、どうしよう……良くみたらお兄ちゃん、めちゃくちゃかわいい!」


 そういってひとり身悶える優奈。

 ……そういえばこいつ、かわいいものに目がなかったっけ。


「ねぇ、アリシアさん!」


『は、はい、なんでしょう?』


「ちょっとだけ、ぎゅってしてもいいですか?」


「却下だ」


「お兄ちゃんには聞いてない。アリシアさんはなんて言ってるの?」


『わ、わたしはべつに……』


「困ります、だと。少し自重しろ」


「そんなぁ……」


 大袈裟に落ち込む優奈。


「……じゃあ、お兄ちゃんになら抱きついていい?」


「変わってないだろ、それ」


「違うもん、ただの兄妹間のスキンシップだもん。お兄ちゃんは冷たいね……一年間ずっと寂しい思いをしてきた妹が、兄を慕ってふれあいを求めているというのに無碍にするなんて……」


 そこをつかれると弱い。


『アリシアいいかな……?』


『は、はいっ、わたしは大丈夫です』


「……わかったよ。好きにしていい」


「ホント! やったぁ、お兄ちゃん大好き!」


 椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がった優奈はそのままの勢いで俺に抱きついてくる。


「や、柔らかい……それに、すべすべぇ……」


『……なんかごめんな』


 優奈にされるがままにもみくちゃにされながら俺は現実逃避気味にアリシアに謝る。


『いえ、こういう風な反応をされるのは初めて、とても新鮮に思います……それに、嬉しいんです。ユウナさんがわたしのことを受け入れてくれて』


『……アリシアはいい子だからな。俺の両親もすぐに気に入るさ』


 優奈が満足してアリシアを手放すまで、10分以上掛かった。


「それで、この後はどうする? お父さんとお母さんに知らせて帰ってきてもらう?」


「母さんには仕事が終わって帰ってきてからゆっくり話したいな……この姿だし、中途半端に知らせて混乱させたくない。父さんもどうせ海外だろ? なら、まずは母さんに相談してからかな」


「そう、だね。あたしもそれがいいと思う」


「それに、いろいろ疲れたからちょっと休みたい。服も着替えたいし」


「それじゃあ、お風呂にする?」


 お風呂は異世界で恋しかったもののトップ3に入る。異世界でゆっくりお湯に浸かったのは、炎竜の谷にあった天然の硫黄泉で入ったっきくらいで、まともなお風呂は随分とご無沙汰だった。


「ああ、お風呂か。いいねぇ……」


 だから自然とそう言葉が出た。


「それじゃあお湯入れてくるね……あと、準備もしないと」


 何故か張り切って風呂の準備をしようとする妹に、俺は今さらになって今の体でお風呂に入るという意味に気がついて悶絶していた。


『お家にお風呂があるなんてすごいですね。楽しみです♪』


 と、ご機嫌上々なアリシアに今さら前言を撤回するのは気が引ける。

 それに、遅かれ早かれ避けられないことである以上どこかで覚悟を決める必要があるのだ。

 ……たけど、その前にアリシアに確かめておきたい。


『アリシアは俺に裸を見られるの嫌じゃないの?』


 少しだけ間があってアリシアは反応する。


『イクトさんが自分の姿を見ることに好き嫌いもないです。そりゃ、元々はわたしの体ですから、全く恥ずかしくないと言えば嘘になりますけど……』


 うーん、俺の体かぁ……

 いまだに実感は沸かないけれど、いつまでもそういってられないのは理解できる。


『それに、見られるのがイクトさんだから大丈夫なんです。わたし、そもそもイクトさんになら、わたしの体だった頃でも、その……嫌じゃなかった、です、し……』


 アリシアの言葉に俺は頭に血がのぼるのを感じた。

 ……多分今のアリシアは頬が真っ赤になっているのだろう。


 彼女の気遣いもあって俺はようやく、お風呂に入る覚悟が決まった。

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