新編:第9章

第108話 第9章1 拠点にて清濁混ざる




 都市シュクリアから東、サスティの町から北……それぞれより10km近い位置にゴビウとドーヴァの指示で仮設のテント群が設けられ、対モンスター拠点として完成していた。





「……と、いうことでお願い致します」

「はぁ~、しょうがないわね。もしそーなったらこっちは任せておきなさい。でも本当にミミちゃんは大丈夫なの?」

「ええ、問題ないと思います。ストライク・ハウンドのこれまでの行動から見て、最悪の可能性は低いはずですから」

 ミミとネージュは、ひと際大きく立派にしつらえられたテントの中、二人きりで会話をかわす。


 入り口にはドンとカンタルを置いて人の出入りを禁じさせ、周囲をハウローとフルナが巡回していた――――――厳重。



「にしても少し蒸すわねー。湿地帯が近いっていっても、まだ何キロかは距離あるはずなのに」

「あの湿地帯は広大ですから。湿度の高さもそうですけれど、周囲へと影響する範囲も結構なものですし」

 今回の討伐作戦ではドウドゥル湿地帯にほど近くなければならない。この位置に拠点をいたのも、あらゆるパターンを想定した上でのベストだからだ。


 もし戦闘で仕留めそこなった場合、モンスター・ハウンドが逃走を図るとして、これまで住処にしていたガドラ山以外へと向かわれたなら、どうしても塞ぎきれない穴がいくつか出来てしまう。


「ウチの方はもう準備してるはずだから問題ないけど、他の・・準備は進んでるのかしら??」

 その一つが東方のナガン領方面だ。

 なのでネージュは、魔法で手紙をよこしてアトワルト領からの領境の、ガドラ山脈からのルートに兵の配備を指示した。

 優秀な執事のロディであれば、連絡を受け取った時点で即座に理解して動くだろう。


 モンスターの自領への越境懸念による対策なので、アトワルト領への助力という事にもならない。これならば軍を動かしたとしてもよそから文句を言われる筋合いもない。



「先ほどムームさんにお遣い・・・に出ていただきました。結界の発動につきましては、これから人選を―――」

「ちょい待ち、ムームってあのスライム娘でしょ? 大丈夫なの、あのコになんかやらせて?」

 クイ村跡地に同行したネージュはムームの人となりを知っている。悪いコでないのは分かっているが、ややおつむに不安があり、失敗できない重要な仕事はちょっと任せられない印象だった。


「はい、問題ありません。忘れてしまっても大丈夫なようにお手紙を持たせておきましたので」

 ムームの記憶力に不安があるのはミミにしても百も承知。だからこそ抜かりもない。

 それは先だってクイ村の作業を任せたことでも確認済みだ。キチンと紙に書いて持たせておけば、どんな仕事も問題なくこなしてくれる。


「なーる。クイ村での作業はあのコの能力を確かめる意味もあったのね」

「ええ、作業そのものは誰にでも行えることですから。ムームさんがお手伝いを申し出てくれたというのもありましたが」

 実務に対する検証―――どう遂行し、どう成果をあげ、どう失敗し、何が得意で何が不得意か?


 誰でも出来る仕事というのは個人の実務能力を計るには最適だ。

 人を選ばずに出来るわけだから、もしあてがった者が失敗したとしてもリカバリーもケアも容易い。

 なので少ないリスクで、個の人材としての力を伺い知ることが出来る。


「あっきれた、抜け目ないわねー。でもま、そういう事ならさっきの話・・・・・にしても問題はなさそうね。ちょっと安心したわ」

「そうならないのが一番でしょうけれども、フフッ」

「で・も! あんまり不確定なギャンブルはホント、最後の最後の策にしとくのよ、分かった?」

 しかと念を押してから、ネージュは退室していった。



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「ドンさん、すみませんがエイセンさんを呼んできてもらえますか? カンタルさんとフルナさん、ハウローさんは中に入るように伝えてください」

「かしこまりやした、すぐ呼んできます」

 ネージュとの密談が終わって一息。

 しかしモンスター討伐の時が迫っている以上、時間は無駄には出来ない。



「失礼します、ミミお嬢さん」

「僕―――んんっ、私達に何かご用ですかっ、アトワルト様?」

「お嬢の頼みとあらば何なりと……」

 自分ではなかなか動きづらい今だからこそ人手のありがたさを感じる。

 ミミは周囲の音を入念にチェックしてから3人に向き直った。


「まずカンタルさん。コレを持ってドーヴァさんのところへ行き、彼の指示に従ってください。ドーヴァさんが許可することが前提ですが、傭兵の方々と肩を並べてもらいます」

「! かしこまりました、皆さんの足を引っ張らないよう、頑張ります」

 つまりはモンスター・ハウンド討伐の戦列に加われ、という事。


 カンタルの顔に緊張の色が宿る。以前戦った時は辛うじて一撃を見舞えただけで、まるで歯が立たなかった感覚が、今もこの甲虫亜人の心に残っていた。

 (※「第二編 1章5 常在の危険」参照)



「集った方々の中では、実際に交戦した経験があるのはゴビウさんとドーヴァさん、傭兵の方々、そしてカンタルさんもその脅威のほどを肌身で感じていらっしゃるお一人です。期待していますね」

「アトワルト様っ、私も直にあいつと戦った一人ですっ」

 ぴょんぴょんと跳ねながらアピールするフルナ。緊張の面持ちのカンタルに比べると、やる気に満ちた表情をしている。しかし


「申し訳ないですが、フルナさんには別の役割をお願い致したいのです。コレを……」

 ちょいちょいと近くに来るように手招きし、フルナに手渡したモノは―――


「―――宝石、ですか??」

「コレ自体はただの宝石です。ですが先だってフルナさん達にオレス村跡地に設置してもらいました祭壇を起動するための魔力が宿っています。それと、ネージュさんが施された幻惑魔法セキュリティも、コレを持っていけば解除されるよう、先ほど打ち消しのための魔力を込めてもらいました」

 (※「第二編 8章2 祭りの準備は方々で」参照)


 宝石は良い魔導媒体になる。

 かねてよりお金にかえるのに苦慮して抱えている中から適当なモノを選び、魔法の知識や技術のない者でも結界作動が可能なキーアイテムに仕上げたソレを、フルナに手渡した。


「フルナさんはそれを持ってオレス村に向かってください。起動のタイミングはこちらの手紙に記してあります」

「わっかりました! お任せくださいっ」

 次にミミは、ハウローを手招きした。


「ハウローさんにはコレを持って南の領主の館前に行ってもらいます」

 取り出したのはやはり宝石だ。

 しかしフルナに渡したものよりも大きく、色や形も違う。


「アイトゥーシル様のご協力で、祭壇を設けることなく結界発動のためのポイントを設置できました。魔法陣があるはずですので、その中心にこの宝石を置けば発動いたします」

 そしてやはり手紙を渡す。多くを語らずともフルナに渡したモノ同様、そこに起動のタイミングが記されていることは明白だった。


「お任せあれ、お嬢。お役目、しかとこなしますゆえご安心を」





 そして3人にそれぞれ役目を伝え終えたところで、ドンがエイセンを伴って戻ってきた。


「失礼いたしやす、ただいま戻りやした」

「姐様、オレにご用だとか……どんな任務もこなしますぜ」

 エイセンは思いのほかやる気に満ちていた。マグル村をはじめ、あちこちの現場に行かせた事がいい刺激になっているのだろう。


「クス、頼もしいですね。ですがその前に……エイセンさん、以前私がお預けしておいたお手紙・・・は、まだ持っていらっしゃいますか?」

 それはかつてのアレクスによる反乱騒ぎの際、占拠されたドウドゥル駐屯地へとメルロを助けるべく乗り込む前にエイセンに預けた、最後の切り札としての手紙のことだ。

 (※「第一編 6章5 犠牲 ー白いうさぎー」参照)



「はい、結局言われた通りに使う事はなかったですが、念のためちゃんと持ってます」

「それを返してください」

 エイセンは、自分の手荷物から素早く手紙を取る。封はもちろんついたままで、ヨゴレもシワもない。


「コレですね、どうぞ」

「大事に持っていてくれてありがとうございます。もしかすると今度こそコレを使うことになるかもしれませんが、まず手を加えなくてはいけませんし、私が持っている方が使える状況になるでしょう……―――そしてエイセンさんには、一つ重要なお仕事を担ってもらいたいのです」

 イントネーションが変わる。

 優しさが消えて緊張感の乗った言葉が、テントの中の面々の耳に届いた。


「ゴクッ……な、何ですかね?」

「正直に言いますと、このお仕事をお任せするかはすごく悩みました。なぜなら非常に危険が伴うからです。……最悪、死ぬかもしれません」

 死というワードが出た瞬間、全員の腹の底にドンッと重いモノが落ちてきた気がする。

 誰だって死にたくない。なので普通はそういう可能性のある仕事というのは、あえて明言しないものだ。

 逆に、ハッキリと言うということは、それだけ重要にして避けられない大仕事である、ということを意味しているとも言える。


 やる気に火が付いているエイセンは、怖れの震えではなく武者ぶるいを起こした。


「……やりますぜ、その仕事を完璧に成功させ、そして生きて帰ってきやす!」

「ありがとうございます。……エイセンさんにお願いしたお仕事、それは―――」








――――――その翌日、エイセンは全力で殺風景な荒野を疾走していた。



「ここが魔界本土、か……」

 地上世界で生まれ育った身としては魔界本土に興味はあっても、一生行く事などないだろうと思っていた。

 まさかこんな形でやってくる事になるだなんて、思いもしていなかったエイセンは、複雑な気分で地上の青空とは違う、魔界の暗紫の空を見上げる。


「(正直いって怖ぇけど……ダメダメだっ、弱気になるなオレ!)」

 ミミから頼まれた重要な仕事とは、魔界に赴いて必要な部署に届け物をする事と、ある調査を行うことだった。


 内容自体は単なるお使いに等しい。確かに前者はあっさりと終了し、何ら危険はなかった。しかし今、後者の仕事に入っているワケなのだが―――


「(こう危険な感じがヒシヒシと全身に感じる……なるほど、最悪死ぬ……か)」

 魔界本土は地上世界なんかよりも遥かに広い。多くは種族領地などで魔王より割り振られているが、それでもなおカバーしきれない場所はとても多い。


 そうした統治の目が緩い地域では、それこそ地上世界とは比べ物にならないようなレベルの " ならず者 " がウロウロしている。

 もしも悪い意味で絡まれたらエイセンなどひとたまりもないだろう。


 それでもミミはエイセンを魔界に向かわせた。その理由は主に、モンスター・ハウンドの件ではなく、ベギィ一味に関する件に絡んでいる。


「っ! アレか?」

 走りながら、ミミから受け取った手紙の1つを広げる。

 そこには簡単ながら地図のようなものが描かれており、目的地には大きな印がついていた。



「魔界の監獄の一つ……か。場所もそうだけど建物も不気味だな……」

 最初、行先が監獄だと書いてあった時は肝を冷やした。


 しかし現地に来てみるとむしろ逆で、監獄に近づくほど “ ならず者 ” の殺気や気配が薄れていったのだ。


「むしろ安全ってか、ハハ……」

 そこらにいる連中はこの魔界においては低レベル。監獄に収監されている奴らはその上をいく者ばかりで、そんな監獄を切り盛りしている看守たちスタッフはさらにその上の実力者だ。


 監獄の存在がそこらでたむろしている連中の抑止力になっているという皮肉を感じているうちに、エイセンはその正門前へとたどり着いた。



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「ホッホッホ、よーこんなところまで来はったもんだねぇ、大変だったろうお若いの。しかもオルファシィール・・・・・・・・の嬢ちゃんの使いとは……いやはや時は経つものだねぇ」

 エイセンを迎えたのは、5mはあろうかという巨人―――もとい、巨大なゴブリン系を思わせる雰囲気の亜人女性だった。

 人間でいえば老齢に差し掛かっている女性といった感じだが、とにかく巨大。


 緑の肌にしわがれた声と顔は、一見すると年老いた者特有の優しさがあるように見える―――しかし、1歩ごとに大地にズシリと重みをのせるその巨躯は迫力満点で、エイセンどころかアレクスでさえも張り手の一撃でK.Oできそうな、溢れるパワーを感じさせる迫力があった。



「お、おるふぁしーる??」

「なんだい、知らないのかい? アンタの上司の母親だよ。アレもいい女だったからねぇ……ワラビット族の女神、なんて言われてね。色んな種族の野郎どもがこぞって手に入れようとしたもんさ。懐かしいねぇ」

 しみじみと語る様子から、どうやらミミやその母親とは少なからず面識があるらしいと思ったエイセンだが、それ以上は深く聞かない事にした。


 仕えている者の事をあれこれ詮索するのはよろしくないだろうし、何よりエイセンは、ともすれば死ぬかもしれない任務の真っ最中。

 昔話に華を咲かせて油断なんてもってのほかだし、思わぬ話を聞いて心乱すようなこともいけない。

 何せ仕事を完遂してもまだ帰りがあるのだ。またあの荒野を駆け抜けていかなくてはならない。



「それでその、看守長。ええと……」

「あー、わかっとるわかっとる。魔界から不正に召喚されよった囚人についてじゃろう? 既に他の監獄でも調査が進んどるよ。ウチは2、3人じゃったが、多いところは10人は持ってかれたらしいからねぇ、流石に放置はできんさね」

 そう、いくらベギィが何かしらの魔法なり術なりを用いて囚人たちを地上へと引き抜いたとしても、それに気づかないほど魔界側は甘くはない。


 各監獄では消えた囚人についての調査がとっくに進められていた。しかし、どこに消えたかまでは辿りきれてはいなかった。


「(それで姐様はわざわざオレを直で遣わせたのか)」

 消えた囚人の行先が地上であること、囚人を違法召喚した者の情報、そしてその者の行動と、推測ながら目的および今後想定される動きなどなど……それらを確実に伝える。

 魔法などでの伝達ではベギィ一味にインターセプトされては危険だし、現場で見聞きしている者の口から伝える事も重要だ。


特別法規措置エマージェンスまで使ってアンタをよこしたくらいだ、なかなかタイミング・・・・・もシビアだったんだろうねぇ」

 特別法規措置エマージェンスは、何か緊急的な事がある場合にのみ、通常の定められた方法以外で地上と魔界を行き来する事を許される権利だ。地上に領主として赴任している貴族達は全員、この権利を有している。


 もちろん後に委細をキッチリと報告しなければ罪に問われるし、報告した内容が権利行使にそぐわないモノであったなら厳重な処罰を受ける。


 なので地上の貴族領主たちは相当でなければ用いないのだが、ミミは今回その権限を使ってエイセンを直接、魔界本土へと送り込んだ。


 しかしエイセンが気になったのはそれよりも―――


「? タイミング……ですか?」

「そうさ、本当ならもっと早くに伝えてきていてもおかしくないだろう? けどそれを相手方に気取られちまったら対策取られるか、逃げられっちまうからねぇ―――つまり、オルファシィールの嬢ちゃんは今こそ獲物が網にかかったタイミングだって判断した上でアンタをよこしたのさ、ファッハッハッハ」

 言われて初めて気づく。

 ベギィ一味が囚人たちを召喚して用いていることが判明した時点で引き抜かれたであろう魔界の監獄に伝えなかったのはなぜか?


 その犯人であるベギィ達を確実に捕捉するタイミングでなければならなかったのだ。


 しかもエイセンが魔界に送り出されたのは、マグル村の戦力人物たちを呼びにいったドンによって、ベギィ達も連れてこられた後。しかし領主ミミとの面会は行われていない。


 それどころかミミの命でベギィ一味は今、設営された拠点の外に待たされている状態だ。

 想定より人数が多いがゆえ拠点内に収容不可能、というのが表向きの理由で、アレクスとザードが彼らにあたっている。

 つまり拠点内にいたエイセンの事は知られていないし、魔界本土に自分達の事が伝えられていることも知らないベギィ一味は、のうのうとミミの策謀の間合いの内側にいる事になる。


 しかも結界の効果の及ぶ深い位置、今後途中で彼女の企みに気づいたとしても、逃げ切るには難しい状況にほぼハマっている状態なのだ。


「………す、すごい……」

「アレの母親もなかなか聡い女だったよ、頭の良さは親譲りかもねぇ」










――――――地上、アトワルト領。



「くしゅっ! ……誰か噂しているのでしょうか?」

 テントの中、ミミは軽いくしゃみをする。と、同時にドンがすぐさま駆け寄ってきた。


「大丈夫ですかい? 何か暖をとれるものをお持ちしやしょうか??」

「ん、平気です。さて……それではそろそろ本命と参りましょうか。ドンさん、まずはジロウマルさんとアイシルさん、そしてイフスを呼んできてください」

 先の反乱騒ぎと違って今回は留守番役を置く必要がない。メルロとルゥリィが一緒にシュクリアで留守番中なのを除けば、目ぼしい人材はほぼこの拠点に集結している。


 しかし人数がそれなりに及んでいるので、ミミも領主として人と会うには一定の線引きが必要だった。


 ジロウマルは一定の実力者として護衛役のような形で。アイトゥーシルはその弁舌でマグル村にてベギィを圧倒している話を聞いているので、存在そのものが牽制に。

 そしてイフスはシンプルに側仕えのメイドとしてミミの領主としての箔をつけるため、それぞれ同席させる。


「かしこまりやした、すぐに読んできます」

「あ、すみません。ついでにノーヴィンテンさんとゴビウさんにも声をかけてください。あのお二人にも同席していただきましょう」







 結局、ミミのテントにはドン、アイシル、イフス、カンタル、ゴビウ、ノーヴィンテンが集結。そこにベギィ本人と偽村長、偽従者、ベギィの手下1名とスティンおよび事実上の監視役としてザードがやってくる形となり、13名がひしめく事となった。


「領主様におかれましてはぁ、お目通り頂き感謝いたしまする」

 偽村長が代表して挨拶を述べる。しかしベギィが彼らのトップであることが分かり切っているミミ達からすれば、滑稽なことだ。


「仰々しいお言葉は不要です。頭をお上げください」

 その声かけを待って、頭を下げていた訪問者たちは一斉に顔をあげる。唯一椅子に座している小柄なワラビットの美少女の姿に、一部の者はほぅと感嘆を漏らした。



「(事前に調べてはいたが、ここまで近くで見るのは初めてか……なるほど、ワラビット族にあってもなお良い器量をしている。薄っぺらではない内から滲むものを持っている女だな)」

 ベギィとて事を始める前に領主の事を調べてはいた。しかし接触を避けるため、直に会話が可能な距離まで近づいたのはこれが初めてのこと。

 なのでミミというこのワラビットの少女を、改めて値踏みするようにそれとなく観察する。


「(? ……ハッキリとしたものではないが、下腹部だけがやや膨らんでいる……妊娠しているのか? だが既婚者だという情報はなかった―――まさか魔獣産み?)」

 もしそうなら、やや困る。魔獣という存在は強大だ。

 絶対的な脅威とまではいかないが、優秀を自負するベギィとしても無視できない要因だった。


「(あのスレイプニルの子供もまさか……? いや、さすがにこの短期間で2度の魔獣産みなど負担が大きすぎる。トップクラスの魔族でもおいそれと出来ることではない。こんな矮小なワラビットが成せるとは思えん)」

 それでも魔獣がこの片田舎に2匹存在するという事実に、ベギィは軽く冷や汗を流した。今後の自身の計画がさらに難航するかもしれないと、ひそかに危機感を抱く。




「―――モンスター・ハウンドの討伐については、以上のようになります。何かご質問はございますか?」

 ベギィが思索している間にも話は進み、ベギィ一味はザードとアレクスの指揮下のもと、ミミ側に従ってもらう事が決定する。

 当然だ、この参戦には表向きの理由として、シャルールの " 呪 " を解くためというのがある。今回のモンスター討伐においてベギィ達は圧倒的に立場が弱い。


 この参戦で上手くほころびをつくろいなおし、自身の計画の軌道修正をすることがベギィの目的だ。

 下等な相手の下につくなどプライドが傷つくが、ここはぐっと我慢しなければならなかった。




「(……ふむ、ベギィの奴め。こうも露出しているとは。若く危ういとは思っていたが……愚か者め)」

 その者はいたく不機嫌だった。

 本来、その姿を公にさらすことなく事を行うのが当たり前の “ 彼ら ” にあって、領主という立場ある者はもちろん、その他の不特定多数に姿を晒している時点で言語道断ものであった。


「(まぁ良い……もうしばしやらせておくとしよう。次にしくじりがあったなら容赦はできぬが、な)」



 ・


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 ・


 ミミのテントを出たところで、ゴビウはアイトゥーシルを見かけて声をかけた。


「アイシル殿、少々よろしいか?」

「これはゴビウさん、私めに何か御用でしょうか?」

「ウム、少しお聞きしたい事があっての」

 ゴビウだけではない。


「おおーい、カンタル。罠設営用の資材を運ぶの手伝ってくれー」

「心得た」

 ノーヴィンテンがカンタルに助力を求め


「あ、ドンさんいたいた。シュクリアの有志の人達の整列終わったよっ」

「ご苦労さん。すぐにいく」

 フルナがドンを呼びに来て


「それはアッチよアッチ。テントは脆いんだから、イザって言う時使えないでしょ?」

「あ、確かに……」

「資材って、置き場所が難しいんですね」

 ネージュがハイトとアラナータを伴って横切る。


 拠点はモンスター討伐戦を目前にして、慌ただしい雰囲気に包まれていた。






 そんな中―――ミミのテントの中には、ザードの立ち合いのもとに、スティンが居残っていた。

 表向きの理由は森の部族の戦士として彼らの戦力を詳細に聞く事としたが、実際はほぼ密談も同然だった。


「このような形でお話できる機会が得られるとは思ってもみなかった、領主様に多大な感謝を」

 真面目なスティンとしては、関わりを避けてきた自分らが今更領主の助力を受ける身勝手を恥じずにはいられない。


「よしてください、感謝の前に彼ら・・をどうにかできるかどうか、です」

 しかしまだ何も終わってはいないのだ。まずモンスターを討伐しなくてはいけないのも大きな問題だが、その直後にベギィ一味を捕らえるという大仕事が控えている。

 

「その感謝は、すべてが上手くいってからいただきます。それまではしまっておいてくださいね」

「はっ、ありがとうございます」

 膝をついた状態で頭を垂れる仕草は、まさに規律正しい軍人そのもの。対面して数分と経たない相手ながら、ミミはスティンというこのワー・雄蜂ドゥローン獣人の人となりが、なんとなく理解できたような気がした。


「んじゃまあ、さっそくと言っちゃアレですが、話はあらまし伝わってるたぁ思いますけども、改めてスティンの口から奴らについて、まずは聞いてやってくだせえ」

 ザードが促すとミミもコクリと頷き、それを待ってスティンは話はじめた。



 ―――その話の内容は、かなり生々しいものだった。


 先の神魔大戦時、流れ弾魔法弾で森にあった部族はその多くが壊滅し、生き残った者達が集っても僅かであったこと。


 指導者である長も失い、立て直しに四苦八苦しているところに、あのベギィがどこからともなく死んだと思っていた長老を連れてきたこと。


 ベギィによってそれまでは部族の村になかった様々なものがもたらされ、家屋の建築なども進み、復興は順調であるかのように思えたこと。


 しかし、明らかに怪しいベギィと村長たちを調査し、偽物であることを突き止めたこと。


 その後、シャルールが村を訪ねてきたが、村の掟として偽村長らの命令と決定のもとに “ 呪 ” をかけられ、やはりベギィが連れ込んだ偽の村民たちのなぶり者にされたこと。

(※「第二編 2章5 森の棲み人」参照)


 だが同時に彼女のおかげでほころびが生じ、一手(火災)打つことができた事……

(※「第二編 3章4 勝手知らぬは他人の庭」参照)


「おそらくは、そこであのベギィという方のたくらみに不都合が生じたのでしょうね。ですが……聞けばなるほど、です。どうやらあのベギィさんは、思いのほか臨機応変さに欠けているみたいですね、フフッ」

「?」「??」

 ザードやスティンは、いわば武人だ。ベギィ一味に対しては、ついついその強さを脅威として感じて萎縮してしまう、必要以上に。


 しかしミミは、政治力という視点でベギィという人物の底を見抜いた。現地にいてその言動をすぐ傍で見聞きしてきたスティンから聞けば聞くほど、その人物像がよく見えてくる。




 そしてミミの中でのベギィという者の評価が固まった。油断できない強者であることは事実だが、大きな脅威とは言い難い者だ、と。









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