第101話 第7章5 落ち着いた時こそ次が来る


 街道上。それは整備された道の上であり、周囲がひらけている場所。


 あらゆる地形の中で人々の往来がもっとも多いため、不審の輩が狙いを定めやすいが、同時に近づかれる側も気付きやすいはずなのだが。



「…警戒はしていたというのに、こうも簡単に襲われてしまうとはな」

 アレクスは口の中で小さく舌打ちした。

 単純な奇襲。それに対応しきれなかった自分の情けなさが腹立たしい。


「こいつら、かなり強いのぜ。はー…はー…、避けるので精一杯なのぜ」

「アッシらじゃあ足手まといになっちまう。下手に動くよりかわすのに専念しよう」

 ヒュドルチとモーグルは、すべてかすり傷ながらあちこちから血を流している。攻撃をギリギリで回避こそ出来ているものの、応戦はとても不可能だった。


 それだけ襲撃者達が強いのだ。まともに渡り合っているアレクスでさえ、気を抜くとやられかねない相手。こんな田舎に徒党を組んで出没するのが異常なレベル。


 どう考えても件のベギィとやらの手の者だと考えるのが自然だった。



「(こちらの動きを察知して寄越してきた、という雰囲気ではないな。無差別に襲っているというのか? ……度し難い)」

 頭数は9人。全員がほぼアレクスと互角かやや劣るといったところ。


 ザードやアレクスは、地上においては稀有な強さの域にある者だ。それに比肩する力量の者が1人2人ならともかく、この人数で組んでやる事が山賊の真似事など普通ではない。


「………二人とも、隙を見てこの場を離れろ。ここは我が食い止める」

 本気を出せば同時に3、4人相手にしても何とかなる。それでも対応できるのは半数以下。

 明らかに戦力外のモーグルとヒュドルチは、早々にこの場から脱するのが正解だろう。3人固まったまま全員やられたなら、ミミから預かっているモノを奪われ、そこからベギィとやらに何かしらの情報なり利を与えかねない。




 アレクスは被害を最小限にとどめる事を念頭に、頭の中で戦闘を組み立て、そして咆哮を放った。


「ォ゛ォォォオオオォォォォオオオオオオッ!!!」

 ライオンのような、しかしもっと恐ろしくも強大な存在を思わせる、唸り響く雄叫び。9人のうち、幾分程度が低いとおぼしき数名が軽く怯む様子を見せたが、総じて威圧・威嚇の効果は薄そうだ。


「っス…ゥッ!!」

 雄叫びですべて吐き終え、カラになった身体の中に一瞬だけ吸気し、アレクスは地面を蹴る。



 ボボボッ!


 空を裂くように次々と飛び出す獣人の拳。しかし敵は余裕とまではいかずとも、これをかわし、都度手に持った短剣を突き出して反撃してきた。


「むうっ、その程度っ」

 アレクスは逆にその反撃の手を狙った。繰り出した、みずからの右拳を引き終わる前に、左足で短剣の持ち手を蹴りあげる。


 ガッ!


 さすがに強烈な蹴りを受けた相手の手は、持っていられないと得物を手放した。


 ………ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンッ、パシッ!!


 しかし、弾かれて空中で高速回転しながら遠ざかっていったはずのソレは、敵の仲間がさも当然のように跳躍し、あっさりと掴んだ。

 そしてそのまま元の持ち主に渡そうと投げ返す。


「させんっ!」

 再び右拳を眼前の敵に撃ち込みつつ、左の掌底を飛んでくる短剣に向けて伸ばす。


 ドンッ!


 何もない空が押され、見えない衝撃が生じて強い圧を生み出された。それを浴びせられた短剣の軌道は逸れ、敵の手ではなく地面へと落ち刺さる。


「ぬんっ」

 すかさずの右膝蹴り。しかし当たりはするが上っ面を撫でただけで終わる。

 アレクスの攻撃に反応して敵は後ろへと飛びのいた。




 ここまで結構な時間、戦闘を行っているというのに、いまだに効果的なダメージを与えられていない。


「(厄介な。このまま一対一であれば何とかなるかもしれんが………完璧なアシストを背にした敵、ここまで難儀か)」

 相手は、全員が同時にかかってくる気配はない。一人がアレクスに対峙し、他の者はジリジリと牽制を行いつつ、戦う仲間を随時フォローする体制フォーメーション―――――――3人を絶対に逃がさないための布陣。


 最も強いアレクスを抑え続ける展開は完全に相手のペース。何とか崩さなければ、勝利どころかモーグル達が場を脱する隙を作ることもままならない。


「フゥゥゥゥー……ただの賊風情にしては手強い。その腕前、惜しいことだ」

 間合いが空いたことで一度呼吸を整え、試しに話しかけてみる。会話の持っていきかた次第では、時に相手の精神を乱すこともできるし、何かしらの情報をぽろっと口にする事も期待できる。


 しかし、敵はニィッと笑うだけでアレクスの言葉にはのってこない。態勢を整え直して再び攻撃の構えを取った。




「やっぱデキすぎていやがるコイツら。ここまで隙のない賊がいてたまるかよ」

 モーグルが吐き捨てるように愚痴を呟く。まったく同意だと、その横でヒュドルチも頷いた。


 アレクスが戦っている間もなんとか隙を伺い続けていた二人だが、相手があまりにも完璧すぎる。


「何か相手の予想をこえる、とんでもない手でも使わないと切り抜けられそうにないのぜ」

 そんな手などないことは分かってはいるが、それしかないと苦笑まじりに漏らすヒュドルチ。



 ――― モーグルは、穴を掘れるとはいえ敵の目の前で即座に安全域まで深く潜れるようなスピードはない。


 ――― アレクスは格闘による正統派な近接戦闘スタイル。どれだけ強くとも集団相手に意表をつくような攻撃方法は持ち合わせていない。


 ――― ヒュドルチの蛇化も、今より小柄になって被弾面積を減らせるくらいが関の山。敵の追撃をかわせるほど素早く動けるようにはならないので、簡単にその身に致命傷を受けてしまう。



 周囲は多少はアップダウンした起伏ある地形とはいえ、隠れられる場所はない。

 3人は閉塞感に包まれ、誰も打開の糸口を見いだせず、それぞれ苦々しい思いを抱いた――――――その時。





 ………・・・・・・・・・ド、ド、ドドドドドドッドッドッドッドッ!!!



「!?」「何かくるっ」「避けろ!!」

 ソレに真っ先に反応したのは襲撃者たちだった。ちょうどアレクス達の背後から向かってくる形で、相当なスピードと勢いは衰える様子がない。そのまま、この場に突入してくる気マンマンなのは、誰の目から見ても明らか。

 そしてそんな相手の雰囲気から、何か危険なものが近づいていると理解及んだアレクスも、後方を確認することなく叫ぶ。


「振り返るな、横に思い切り跳べ!!!」

 彼の普段以上に強い口調を受け、突き動かされるようにヒュドルチとモーグルは跳んだ。

 その直後、乱入者は彼らの立っていた場へと飛び込んできた。




『ヒヒィインッ!!!』

 

 馬の荒ぶるいななき。

 まるで無数の馬の一団を思わせる激しい足音。

 ガラガラと勢いに乗り切れない古い車輪が巻き上げる砂煙。


「ネージュさんっ!!」

 御者の叫びは、目標地点に到達したという報告めいた意志を感じさせる。そして!


「ナイス! いい具合に散ってるわねっ、《藪の中で貪る獲物バイト・ローパー》!!」

 荷台の開けたところから、無数の緑色が飛び出す。長く伸びて、その先端がまるで蛇のようになって襲撃者たちだけに噛みつき、ビンッと張った。



「ぐっ!」「魔法っ? チッ、打ち消しレジストできんっ」「ひ、引きずられるっ」

 状況は一転した。


 馬車は突入の勢いのまま場を通り過ぎる。

 しかし荷台よりロープのように伸びた魔法で、噛みつかれた敵が制動をかける役目を担わされた。


 そして、ある程度スピードが落ちてきたところで、魔法を放った主が "とうっ" という掛け声と共に馬車の外へと飛び降りた。




「あら? 前の連中・・・・よりは骨がありそうじゃない。一匹もウチのコにき殺されてないなんてね」

「!!? あなたは…いや、なぜこのようなところに貴女様がいる?!?」

 その姿を見て、真っ先に驚きを露わにしたのはアレクスだった。

 幾度か前の神魔大戦―――まだ若すぎる青二才だった頃、勇んで募兵に応じた時に配属された、魔界側の一個師団。それを当時率いていた長こそ、ラミア族のメリュジーネ=エル=ナガンであった。



「口を閉じなさい。ここでそれ以上のおしゃべりは不要よ、やるべき事があるで………しょっ!!」

 言葉をつむぎ終えると共に魔法を放っている腕を折りたたむ。繋がっている敵をグッと引き寄せ、地面を這わせた。


 ただでさえ馬車の勢いに引きずられて態勢を崩していた連中は、一気に地面を舐める事になる。



「!! …よし敵はこちらで潰す、お前達は馬車の方へ向かえ。協力して安全な場所へと移動せよ」

「わかった、気ぃつけろよ!」「この場はお任せするのぜっ」

 モーグルとヒュドルチが脇を駆け抜けた。通り過ぎた後、まだ目視で見える位置だが結構遠くで今、止まろうとしている馬車のへと急ぐ。

 

 そこまで計算してのことだろう。地面に這いつくばってる襲撃者達のお位置が絶妙。

 二人は先ほどまでとは違って難なくこの場を離脱した。




 ・


 ・


 ・


「まずまずの連中だったわね。ま、使い捨て前提でしょうしこの程度が限界なんでしょーけど」

 パンパンと両手を叩き合わせてホコリを払う仕草をするメリュジーネ。その足元には気を失った襲撃者6名が倒れていた。


「しかし…なぜこのような場所に貴女様がいらっしゃるのか、ナガンこ―――」

 3人をのしたアレクスが振り返りながら聞こうとした途端。


 ベチーンッ!!


「―――うぶっ?!」

 彼女の伸ばした蛇の尾の先が、彼の頬をひっぱたいてそれ以上の発言を断った。アレクスは吹っ飛んで、派手に地面に転がった。


「私の名前はネージュ・・・・。以後お見知りおきを、獣人クン♪」

「……は、はぁ……」

 巨躯に分類される獣人のアレクスを、尾の先っぽだけで打ち倒す。普通に考えればそんな事が出来る者など早々いない。

 それを日常の中の戯れ程度で成しえてしまう実力は、かつて下っ端兵士として見た時と変わらず、いささかも衰えていない。


「(お忍びの偽名………わざわざ自ら出向くなど、やはり何か重大事が起こりつつあるというのか??)」

 そう察する。が、メリュジーネの強さや立場、身分からつい飛躍的に考えてしまうアレクス。

 彼が考えるほど、当の本人は深刻な理由で動いているわけではないなど、彼の性格では思いもしないだろう。



「さーて、と。とりあえずー……コイツあたりから締め上げてみましょうか。ホラ、起きなさい」


 ベシシシシシッ!!


 掴み起こした一人を往復ビンタ。ただしネージュは、高速でマシンガンのように叩きまくる。

 手加減はしているのだろうが、それだと起きる前にあの世に旅立ってしまうのではないだろうかとアレクスは思った。


 が、意外にも相手はすぐに意識を取り戻す。しかしネージュの下半身が完全に巻き付き、完全な束縛を受けた状態で、首から上しか動かせなかった。



「ぐ……な、なに…モンだ…あん、たら……ぐがっ!? ゲホッ、がはっ!!」

 見た目に変化はない。が、巻き付きを強くして締め上げたのだろう。やがて襲撃者の全身からミシミシと嫌な響きが聞こえだす。


「はーい、自分の立場は理解できたかしらぁ? まだ他に8匹・・もいるし、こっちは別にアンタから聞かなくっても構わないんだけどぉ、命が惜しいんだったら、口の聞き方に気を付けた方がいーわよぉ~? 質問するのはこっちから、問われた事だけ答えなさいな」

「は、が…ぁ、が…、あ、あ…す、すん…ま、せ…へぇっ、んん…」

 彼らを “ 8匹 ” と言葉にした時、まるで小さな虫を見ているかのようなイントネーションと、現実に命脅かすレベルの苦痛を与えられ、早々はやばやと男は音を上げた。

 それでも既に遅いくらいだ、おそらく全身の骨にはヒビが入っているだろう。


「じゃ、さっそく教えてもらいましょーか。アンタ達は何者?」

「お、おれ…たちは、魔界でくすぶってた…はぁ、はぁ…金持ちの私兵…。ぜぇはぁぜえはぁ……、妙な、男に…やと、われて…こんな、ところに……ハァハァ、簡単な仕事だ、と言われて…ぜぇ、ぜぇ…」


 曰く――――――


  ・そこらの者からモノやカネを奪ってくること。

  ・どこかから追手がついたら決して戻ってこずに姿を消すこと。

  ・成功すれば後々、地位と権力を地上世界にて約束してくれるということ。

  ・それ以外にも、周囲の状況や何かしら情報も持ち帰れば、

   内容次第ではその都度褒美をくれるということ。

  ・先行して自分らと同じ仕事をさせている者たちがいるので、

   それと遭遇した場合は速やかに戻るよう伝えること。


 それらが、襲撃者達が雇い主より命じられたことだと言う。


「つまり、物資の調達が主な目的か。随分と安易で雑な真似をする」

 話を聞いていたアレクスは顔をしかめた。黒幕であるベギィへの嫌悪感と呆れを感じて。


「コイツらと同じことしてた連中なら、もう牢獄送りにしてやったわ。……あ、それでかしらね? いつまでも帰ってこない手先にシビレ切らして、新手でコイツらを繰り出したって流れなのかしらね?」

「十分考えられる。しかし物資調達が主な目的ということは、連中はその辺り事欠いている?」

「プラス、この辺りの状況についても把握している事は少ないようね。聞く限りだいと連中、今もマグル村に留まってるようだし、直接の手下は村の制圧要員のつもりで動かせないでいるとかもありそうだわ」

 スラッと一歩先を述べて見せるネージュはさすがというべきだろう。しかもアレクスは気づいていなかったが、彼女はある事を聞き逃していなかった。


「それで? アンタ達が仕えてた魔界の金持ち・・・・・・・・・・っていうのはどこの誰かしら?」

「!」

 即座にその質問の重要性を、アレクスは理解した。

 なぜ他人の私兵を、そのベギィとやらは手足のように用いる事ができるのか?


 つまり…

  1.魔界本土の金持ち=ベギィの可能性

  2.ベギィとその魔界本土の金持ちが繋がっている。

    もっとも有力なのはベギィに対する出資者スポンサーの可能性。

  3.ベギィのバックにまだ “ 何か ” がいて、

    魔界の金持ちとやらがその ” 何か ”の一部か、

    あるいは協力関係にある可能性。


「(1ならばさほどの事もない。しかし2や3であった場合は、話が大きくなってくる。相手は多少なりとも組織だっているということだからな)」


 ただ、そうなってくると疑問も出てくる。


 ベギィは物資を求めて彼らに山賊まがいの真似をさせようと野に放った。だが2や3の可能性の場合、必要な物資なり資金なりはそんな事をさせずとも、いくらでも得られるはずだ。完全に矛盾している。


「(…2や3であったとしてもベギィ自身が見放され、途中でハシゴを外され孤立状態にあるとしたら、その矛盾も説明がつくが……)」

 そんな都合のいい展開を期待するべきではない。アレクスは己の思考を一度中断し、ネージュの締め上げる男の回答を待つ。


「おれ…たち、わ…は、ハーラバイル…氏の…雇われ…―――でぼっ」


 バキン! ……ガクン。


「?!」

「な、なんとっ!?」

 瞬間、嫌な音とともに首があらぬ方向に曲がって、男は絶命した。

 明らかにネージュの締めすぎによるものとは違う。どこからか飛んできた何がしかの攻撃によって、男の首は完璧に折られていた。



「はぁ、はぁ、はぁ……ネージュさーん!」

 その直後、聞こえてきたのはアラナータの声。

 ハイトが手綱を引く馬車に先行して、彼女がこちらに駆けてきていた。


「………。……ハァ、やられた、口封じね」

「! まだ敵がどこかに潜んっ―――」

 ネージュの尻尾が今度はアレクスの口まわりを覆う。


「そこまでストップ。……敵はもういないわ。今のところは・・・・・・ね」

 ネージュの真剣な態度に、アレクスは明らかに何かあると眉をひそめた。

 しかしそこに触れてはならないと、言い知れぬ無言の迫力に圧倒されて、この場は素直に黙した。










―――――――都市シュクリア。


 ミミが町中を歩くとき、当然ながらドン達もお供をする。住居である借家の守り役以外は領主である彼女の護衛が最優先。


「基本は後方に付いていく。これは町が比較的安全な環境だからこそだ。危険が予想される場所になると、最低1人は前に出て前後を挟む形を取るんだ」

 ミミの後を歩きながら、ドンはラゴーフズに実践も兼ねた警備のノウハウを教えていた。


「なるほど、では今は後方からお嬢様方の周囲を見つつ、常に警戒すると」

「ああ、けどそれだけじゃない。警戒自体は自分の周囲・・・・・、全方位に行うのが正しい」

「自分の…ですか? 護衛対象ではなく??」

 ドンはその疑問に、間を置く事なく肯定する。


「こうして護衛対象と行動を共にしている時っつーのは結局、自分自身の周囲を警戒することが、そのまま護衛対象の周囲を警戒する事にもなるんだ。何が違うかっていうとだな、護衛自身が・・・・・不意を突かれないよう気を付けるってことなんだよ」

 たとえば、護衛すべき対象を狙う者がいたとする。


 護衛が、守るべき対象を中心に見据えて気を配っていると、護衛対象ではなく、護衛の者が先に狙われて攻撃を受けるという事はよくある。


 なぜなら護衛される、守られる対象とは必ずしも強者ではない。護衛を付けなければならないほど、個体としては強さが伴わないような貴人は少なくない。


 そのケースだと襲撃者から見た場合、護衛が消えた対象とは丸裸も同然であり、容易く危害を加えられる。下手に護衛が健在な状態で一直線に対象を狙うよりも襲撃の成功率が高くなる。



「だから、護衛が最初にやられるなんて事は絶対にあっちゃいけないってワケだ」

「ふむふむ、それは確かに」

 ラゴーフズは、何となく混血竜姿亜人ドラゴマン×ナーガの長い尻尾を後ろではためかせる。

 目のついていない己の後方空間を確かめるよう、つい無意識に動かしたのだ。


「ただそれは、こうして警戒範囲が重ねられる、至近距離で同行している場合に限るからな。護衛対象ともし距離が離れた場合は、嫌でも対象の周囲を見なきゃいけない。要は臨機応変ケースバイケースが肝心だってこった」





「―――だ、そうですから、ルィリィも離れちゃいけませんよ?」

「はいです、ミミお姉さんっ!」

 後ろの会話を聴覚の良い二人はしかと聞き、守られる側として護衛たちが守りやすいよう振る舞う。

 もちろん主従関係を考えれば何ら気を使う必要はなく、自分の考えで好きに行動してよい。しかし、それで後で困るのは結局自分達だ。

 先ほどのドンの話の例を今の自分達に当てはめるなら、襲撃者の狙いとなる貴人とはミミやルィリィである。


 さすがに刺客を差し向けられるような覚えはないが、そういったこちらを狙う輩がもしいた場合、ドンたち護衛の者と距離を開けるような真似は自殺行為も同じ。


 ルゥリィも、幼いながらにドンの話の肝を理解している。ひとえに明日をもしれない厳しい環境で生きてきたからこそ、危機管理に関する話は多少難しくともよく聞こうとしてしまうのかもしれない。


「(……。子供が安心して外を走り回れるよう、頑張らなくちゃいけないなぁ)」

 殺意を向けられる覚えはなくとも領内には今、不穏の輩がいる。それが何を思って、何をせんとするか次第では、選択としてこの地の領主であるミミに刃を差し向けてくる可能性はありうる。


 だからこそ今回町に繰り出すにあたり、ドンとラゴーフズの二人についてきてもらった。

 借家にはイフスとメルロが残ってくれているが、本当はもう一人借家の守りに付けたかった。


「(やっぱり人手がねー、余裕ないなぁ)」

 ドーヴァが、ダルゴート氏と傭兵達を町の酒場に誘って留守にしている。

 つい昨日、街道を抜けてきた行商人たちが酒を酒場に幾分か卸したという話があって、滞在者たちが意気揚々と繰り出していったからこそ人材不足の中、ミミ達もこうして出かけることができた。


 領主が他の者の動向に気を配りながら自分のスケジュールを決める―――


「(メリュジーネ様が知ったら叱られるかもしれない)……フフッ」

 自分は何かと奔放なクセに、他人には割と貴族や領主、貴人としての在り方を説くラミア族の同性同僚の姿が容易に想像できてしまって、つい笑いが漏れてしまった。


「? どうかしたのです、ミミお姉さん?」

「ううん、何でもありませんよルゥリィ。……少し、気持ちが落ち着いてきました、本日はお店の視察も兼ねて、お外で食事にしましょうか」

 といっても今思いついたわけではない。準備もあるのでイフスたちには事前に、今日は外食にすることを通達しており、最初からそのつもりでいた。

 ここでさもそう決めたかのように話すのは、我が養子にちょっぴりのサプライズのつもりだ。


「ホントなのです? リリ、楽しみなのですっ!」

 素直な子供の喜びというよりは、やや、気を遣って喜んだかのようなイントネーション。


「(……うーん、こういうコたちが素直に子供できる世の中じゃない、って思うと)」

 気持ちが辛い。


 ルゥリィは、この幼さで一人苦労しながら生きてきたせいか、普通の子供なら全身で喜びを表現するようなシーンでも、どこか我慢したりわきまえたりしてしまう。


 実際、このアトワルト領の食糧難問題も、ある程度は理解しているのだろう。それでも普段の食事は、少女にとっては食べられるというだけで遥かに・・・マシであり、粗末とは思わない。


 ワガママされる事もなく、いい子でいてくれるのはありがたいけれど、それは裏を返せば自分の領内が、幼き子供にワガママもさせられない状況にあると感じさせられ、ミミの心は締め付けられた。


「……ラゴーフズさん、お店の位置は教えた通りです。念のため、先行して様子を見てきてください」

「了解しました、お嬢様!」

 後ろのドン達の会話はすべて聞こえている。

 ちょうどこういう時の注意点として、単に目的地だけでなく道すがらの警戒もする事などを聞かされていたラゴーフズ。

 実践ですぐに復習すれば、護衛役としてまた一つ磨かれるだろうと思っての指示だ。




「(短期的には無理でも、長期的に相応の人材を揃えて、この地の将来を明るいものにしていかなくちゃ)」

 そう思いながら、傍らにいるルゥリィの頭を優しく撫でるミミ。

 撫でられた我が養子は、くすぐったそうに、しかし嬉しそうに笑顔を見せてくれた。


 そしてゆっくりと歩くこと数分後。


「お嬢様ー、ドン殿ー」

 先行していたラゴーフズが帰ってきた。それを手をあげて迎えようとしたミミ達だが、振り上げた片腕が不意に止まる。


 こちらに向かってくるラゴーフズの隣やや後ろに、見知らぬ女性の姿があった。











「ふーん? なるほどねぇ…悪くないんじゃない? 連中の目を盗んでの家探し」

「人聞きの悪い言い方は良してもらいたい。そもそも望まぬ居座り人であり、盗人であるのはあちらなのだからな」

 相手がメリュジーネ―――ネージュであるならばと、アレクスは躊躇ためらうことなく自分達の任務について話した。

 何せ魔界でも屈指の大貴族であり、広大な隣領を支配する女傑だ。素直に話すことで、なんらかの知恵や助力を授かれるかもしれない。


「それもそーね。ミミちゃんのとこにナイショで入り込んで好き勝手やってるよーなもんだし――――って言ってて腹立ってくるわ」

「アッシらはそういう感じで、領主様の指示通りに行く途中でした。そちらさんは?」

「僕らはシュクリアの方へと帰る途中です。クイ村でのお仕事がひと段落しましたので」

 モーグルにキチンと向き合い、丁寧に話をするハイト。ワラビット族も比較的小柄な種族だが、それでもモーグルたち土竜亜人に比べれば、遥かにデカい図体だと言えるだろう。

 しかしハイトはわざわざ両膝を地面について、なるべく見下すような形にならないよう配慮する態勢を取っていた。



「ウサギのだんな、そこまでしなくてもいいのぜ。ズボンが汚れるのぜ?」

「いえ、いいんです。僕…いえ、僕たちは慣れてますから」

 そう言って、少しだけ寂しそうな笑顔を見せる。



 それを見て、モーグルは思いだす光景があった、それは―――


 『では、よろしくお願い致しますね。くれぐれも無理はせずに、自分を第一に考えて行動してください』


 アレクスと共にゴルオン領へ……初めてミミから仕事を頼まれた時だ。あの時のミミもまた、わざわざ両膝をついてモーグルと目線の高さをなるべく合わせるようにして話してくれた。



 ワラビット族の悲哀。


 彼らが一切、他を下にみることなく丁寧な対人を心掛けるその根底には、刻まれた狩られる・・・・側としての歴史があった。


 ゴルオン領で保護したルゥリィの不幸にも触れ、自分だけが良ければそれでよかったかつての自分を恥じるようになったモーグルには、それが己の中の何かを浄化する一因にもなった。


「立ってくれ、ハイトさんよ。今後はアッシに膝をつかないでくれ。アッシとしちゃあこっち・・・の方が慣れてるし、話しやすいんだ」

 正直に言えば、身体の大きい他種族に見下されるような形で話すのは確かに好きじゃない。

 けれど、こちらを見下す気がないのが分かっていれば別に構わない。身体の大きさなど大小選べるものでもなしと、モーグルは胸を張った――――刹那



 ゾクッ!!


「ハイトさん、これで膝の土を払ってください」

「ああ、ありがとうアラナータ」

 アラナータがハイトに安手のハンカチを手渡す。

 が、その様子を二人の後ろで見ているネージュの視線に、モーグルは総毛立つものを感じた。


「(な、…なんだ?? アッシ…じゃないよな、二人を見ている? 嫉妬とか…でもない感じだ、一体何なんだ??)」

 彼女が何か恐ろしい……警戒感のようなものを伴う妙な視線をハイト達に向けているのに気づいたのは、どうやらモーグルだけらしい。


 小柄ゆえ、そしてたまたまの立ち位置ゆえに偶然気付けた―――するとネージュもそんなモーグルに気付いたらしく、力を抜くようにふうっと息を吐いて表情を和らげる。

 すると彼にしか見えないように、シーッとジェスチャーを取った。


「(……体の小ささが幸か不幸か、ってか。何かあるのか??)」

 モーグルはゴクンと唾を飲みながら、ネージュに小さく頷き返した。そして目の前の二人を改めて見る。


 ……どう見てもこれといって特別感のしない、それなりに仲の良い若い男女。

 

 それ以上のものには見えない。


 しかし、モーグルもネージュが何者かは知っている。それほどの人物があそこまでの表情で睨んでいたことにこの土竜亜人の背は、短い毛が全て抜けてしまうかのような悪寒と不安を感じずにはいられなかった。



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