第95話 第6章5 村々の追い追い作業



 マグル村は、東南隣のオレス村から街道を進んで大きく坂を上り、標高を上げたところにある。すぐ近辺はそれなりに平な地形が広がってはいるものの、起伏がないわけではない。


 特にエイセン達が目を付けた村端の家は、丁度村の外、20m~30mほど進んだ先にて段差のある場所へと掘り抜けられそうな位置にあった。




倉庫の整備・・・・・ですか」

「ええ、先の大戦で住んでいた家族の亡くなっている家でして。しばらく放置していたのですが今回、皆さんから頂いた食糧の保存、保管の事もありますし。この機にいっそ改装し、村の保管場所を増やそうかと思いまして」

 案の定作業を始めると、ベギィが数人の手勢を伴って何をしているのか見に来た。

 応対した村人はまったく臆する事なく、事前に取り決めた “ 設定 ” に従ってしれっと嘘の説明を口にする。


「なるほど、では我々もお手伝いしましょうか?」

「いえ、それには及びませんよ。人手は足りていますし、家の中はあまり広くないですから逆に人数が増えすぎても回りませんからね。何より大事な御客人・・・・・・土臭い仕事・・・・・はさせられませんよ、ハッハッハ」

 意図してのことではなかったが、村人の発した言葉の中にベギィの心に響くワードが2つあった。


 大事な御客人――――例え世辞や社交辞令が含まれていたとしても、自分達がネガティブに見られてはいないと信ずるに値する。


 土臭い仕事―――――まさにベギィが嫌う類の作業だ。そこから遠ざけてくれるのはまったくもって望むところである。


 しかも村人の説明はまさしくその通りで、パッと外観を見る限り縦に3階層と長くはあれど幅や奥行はあまりなく、中は残念な広さしかない事は明白。


 ベギィにしても親切心を見せるために手伝いを申し出ただけで、断ってくれた事は実に理想的な流れだ。手伝うことなく自分の株を上げる事が出来たのだから。



 このマグル村に来てからというもの、森の部族の村にいた時よりはベギィにとって心地よい事が増えている。


 それが彼を油断させ、そして村人達が突ける隙が生まれる原因となっていた。



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「行ったか……ふーい、まぁ油断は禁物だな。しっかしまた面白れぇこと考えたもんだ、家の地下2階から村の外への抜け道たぁな」

 ザードは汗を拭いながらエイセンのアイデアを称賛する。


 シュクリアで行った土木工事の監督経験が生きて、村人達だけでは非効率な作業になりそうだった現場を上手くまとめ、地下2階からの横穴トンネルは、作業開始より半日で既に10mを掘り進んでいた。


「上は上で、連中に怪しまれないよう本当に倉庫工事してますからね。今後はどちらも役に立つと思いますし、僕らも何か出来る事をやりたかったので良かったですよ」

 村人は無力だ。


 今回の食糧難にしてもベギィ達の事にしても、出来る事は本当に何もなかった。だがこうして役立てる事が出来た。これまでに積もっていたものが原動力となって、誰もが活き活きとして作業に打ち込む。


 おかげでザードの見立てでは、抜け穴の方は1日半もあれば開通するスピードで進行していた。


「ここが出来りゃあ、密かに外と通じるのも楽になる。アイツらの思い通りにゃさせねぇ、……っと、そこはもう少し左だ。勢いよく突き進むのは構わねぇが、なるべく曲がんねぇよう意識してくれよ」

 目算でも長くて30m。連中はあくまでも村の出入り口のみを警戒しているし、開通先は村から崖になっている下の、落差15mはある谷底の川のそば。

 よほど意識して周辺地形を入念に見回りでもしない限りは見つからない好位置だ。


「(とにもかくにも、すべては領主の嬢ちゃんに話つけてからだな…)」

 ベギィ達が村とこの地の領主とのやり取りを歓迎しないのは間違いない。だがそれが密かに可能になる手立てが確立するなら……一気に希望が湧いてくる。


 村人達の士気は高い。誰もが連中を出し抜ける事を喜んでいた。


「しっかし、なんか穴掘るの手慣れてるなお前ら。土木建築の経験ありか?」

 この辺りに鉱山はない。しかしなかなか手際のいい村人達に、ザードは感心する。


「あー、ちょいとこの間な」

「そーそー、ちょちょいと通りがかりに手伝いで穴掘りした…あれ、まだ結構最近だな」

「そういや崩れたりしてないかちょいとばかし心配だな、あのスライム穴」


「ああん、なんだそりゃあ??」






―――――――クイ村跡地。


「ふー、………えくしょーんっ!!」

「あら、ムームちゃん風邪?」

「むー…そんな事ないと思うのー、むむー??」

 ムームの盛大なクシャミがこだまする開けた土地……ネージュ達一行はクイ村跡地へと到着していた。


 荒れた当時の家屋の瓦礫類は、既にムームによって片付けられているが、どことなく荒涼こうりょうとしている。

 どこからどこまでがクイ村跡地なのか分かるよう、傾いてボロっちく途切れ途切れな最低限の木柵だけが残され、その内側に耕された後の畑のような黒黒くろぐろとした土壌が広がっていた。



 その中で数少ない小さな物置小屋のような建物に、ムームは一直線に走っていく。(※「第二編 3章1 スライム娘の大開拓時代」参照)


「ここっ、ここムームのいえー。よかったのー、ぶじー♪」

 留守中も変わりなかったことに喜んでいるムームだが、3人は少しばかり絶句してしまった。


 ソレは家と呼ぶにはあまりにも厳しい。スライムのムームだからこそ狭かろうが問題ないのだろうし、この滅びた村跡では満足な建物など残っておらず、それくらいしか住める場所がなかったというのは想像に難くない。

 しかしそれでも、ムームが己の家と呼んだものは家とは呼べないシロモノだった。


「…ムームちゃん…」

 アラナータは涙して思わずムームを抱きしめる、スラムの子供達を哀れむような気持ちで。

 もちろんムーム自身はこれで大満足なので、境遇的に哀しいわけでもなんでもない。なのでただただ頭の上に青い?マークをニョキっと伸ばすだけ。


「うん、まーあれよね。種族もいろいろ、住処すみかもいろいろってことで……。でもさすがにソレで満足するのはちょっと―――――…あー、ごほん。ダメよムームちゃん、もっと上を目指さないと! そこで止まってちゃあダメダメなのよ!」

 種族によって価値観はピンキリだ。危うく頭ごなしにダメだと否定しかけ、ネージュは慌てて言い直す。


「むー…もっとうえー?? でもムーム、これでだいじょぶー。それにー、あたらしい家たてるー、”きー” も ”いしー” もないー」

 クイ村跡地はすっかり綺麗になっている。廃材はまとめて運び出されてしまって久しいし、再利用も出来そうにないモノは地面を掘って作った雨避け用の地下洞穴に入れ込んである.。その中に建材へと転用出来そうなものは一欠片もない。


 ムームの肩から飛び降りた小さな泥の魔物も、彼女の家の脇に作られてる土の箱のような泥プールに飛び込んで、久しぶりに満喫している。


 なまじムームのデフォルトの姿が少女っぽいだけに、貧乏極まる女の子が野ざらしのボロい木箱に住んでるかのような光景が、3人に込み上げるものを感じさせ、胸がに辛苦しい感情を沸き立たせてしまう。


 故郷を焼かれたアラナータは特に強く感じ入ってしまったようで、うぐうぐと涙を堪えるのでいっぱいいっぱいになっていた。


「んー……これは想像以上だわねー。ま、滅びた村とはいえ、地面が焼け焦げてるとかそーゆーワケでもなし、むしろキレーなもんだけど」

 見た目に酷い有様の戦火跡など、世を見渡せば他にいくらでもある。

 しかし小奇麗になっている殺風景な場所にポツンと建つ、元農具納屋のボロ小屋が家だと言われたなら、独特の哀愁感から逆に残酷さが増して見えてしまう。


 メリュジーネネージュとて領主として大戦後、被害にあった酷い現場などいくらでも見てきてはいるが、こういう場所は初めて目にして、幾ばくかの困惑を覚えていた。





「えーと…その、ネージュさん。それで一体ここへ何をしに…?」

 ハイトがとにかく雰囲気を変えたいと思い、訊ねる。結局はその目的たるや、まだ何も教えてもらえていないままだ。


「そうねぇ…んー、このままじゃあ余りにもだから、ちょっと待ちなさい」

 そう言うと、ネージュはクイ村跡地の地面を蛇の下半身の腹部分で感触を確かめるようにしつつ、そこら中を這いまわった。


「ん、この辺りの土の感じが一番いいわね。……――――」

 片手を軽く顔前まであげると、人差し指で前方の土の地面を指し示した。すると指先に緑色の光が放たれはじめ、それはやがて青色へと変化する。


「――――――、<山籠もりの巨椀マンテス・ブリーゼ>」

 そう呪文を発すると、指し示した地面の辺りが見えない何かに摘まみ上げられるように、みるみると隆起しはじめる。


 そしてあっという間に馬車も含めて全員が収まってもなお余裕があるほど大きな、土の巨大天幕テントが完成した。


「できたわ。といっても魔力で形を固定しているだけだから一時的なモンだけど、夜露を凌ぐには十分でしょ」

「おおーおー……ねーじゅ、すごいのー」

 ムームが感嘆とともにテントを見上げていると、泥の魔物も彼女の肩の上に戻ってきて見上げる。


 当然、ハイトとアラナータもビックリした表情でぽかんとしているが、ネージュはその横で淡々と馬車の手綱を引っ張り、土テントの中へと入っていった。


「ほら、何ぼーっとしてんの。そろそろ陽も暮れるわよ? 中はまだなーんもないんだから整えるの手伝いなさいな」



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 そうは言っても何もない場所だ。整えるとは言っても火を焚き、いくつか明かりの松明を壁に挿し、馬車の荷台に寝床を整える程度しかする事はない。

 後は焚火を囲んで椅子を並べての談笑と食事―――土テントの中という以外は一般的な野宿と何ら変わらなかった。


 


 そして夜。


 馬車の荷台にて交代で眠る――――今はアラナータが寝ており、ハイトとネージュ、そしてムームが焚火の番で起きている。

 もっともムームは、自分の家とする場所があるので眠ろうと思えばいつでも眠りにいけるのだが、ハイト達がいるので楽しくて一緒に起きている。ちなみに泥の魔物、ゲフェの子供の方は自分の泥プールの中で既に夢の中だった。


「…それでネージュさん」

「ん? …ああ、そうね、ここに来た目的ね」

 何だかんだで夜がふけるまですっかり忘れていた話題。わざわざハイト達を半ば強引に道連れにしてやってきたのは何のためなのか。ずっと聞きたかったハイトは、ようやく判明すると思うと、少しソワソワした。


「…ま、一言で言うとそーねぇ。避難…かしらね?」

「避難? 一体それはどういう…」

「もっともそれはアンタ達を連れてきた目的の方ね。……ホントは黙ってようと思ってたけど実は今、ミミちゃんの屋敷にいる連中の中に、ちょーっとヤバいのが紛れ込んでいるのよね」

「え……―――――っ」

 勢いよく立ち上がりかけたハイトを、ネージュは下半身は動かさず、上半身だけ空を切ってハイトに近づき、その口を押えてシーッとジェスチャーを取った。


「静かに。アラナータちゃんが起きちゃうわよ?」

ふがっあっほふはそうか。…ふひはへぶすみません

 ネージュは余計な事を伝え、気負わせたり心配かけさせたりしないよう黙っていた。ハイトにしても本当は聞かない方が良かったに違いない。


「ま、今んとこソイツは大人しくしてるし、表立って何かヤバいことしてるってわけでもないんだけど、何かあった時はアンタ達が一番危ないから連れ出した……っていうのは安心なさい、理由の1/3くらいだから」

「は、はぁ……」

 しかし、ハイトは冷静になって考え、もっともだと思った。領主ミミの配下の人々は大なり小なり何かが起こってもそれぞれが対応する知識なり力なりがあるだろうし、仕えている者としての立場上、連携もしっかり取れるはずだ。


 同族とはいえ一般人でこれといった力もなく、訪れただけの客であるハイト達は、イザという時は保護対象――――いわゆる足手まとい。

 そしておそらく、そうした状況に陥って本当に足を引っ張ってしまい、後で自分自身を責めてしまうような事態になりかねないハイトらの心も気遣っての事なのだろう。


 考え至って、それはそれで落ち込みそうになるハイト。だが事実は事実として受け入れなければと、自分の両頬を軽く叩いた。


「で、本命の目的だけど。ミミちゃんに悪さしようとしてるおバカどもに、ちょっとばかし…ね」

 かなり悪ガキっぽく、しかして大人の悪だくみ感を滲ませるように笑みながらウインクして見せる。


 怖い――――何か怖い…本人にとっては楽しいであろう事を企んでいる感じだけれども。

 ハイトは苦笑いを浮かべながら少しだけ背筋を震わせた。



「(でも、ネージュさんは一体何をする気なのだろう? 確か…位置的にはここはミミ様のいらっしゃるシュクリアから見てかなり北東の方だ……)」

 これまで聞いている情報から、ハイトは自分なりに推測を立ててみる。

 今、ミミを悩ませている問題の一つ、北方の怪しい誰かさんの企みは、その一派と思しき野盗連中と道中にて遭遇したものの、それ以外は影形や影響のほどを感じられるような脅威は何もなかった。


「(今、その怪しい誰かさんとやらの活動は、北西の方に偏っている…?)」

 少なくとも北東域で先の野盗連中以外、何らかの話はまったく聞いていないし耳にしない。

 もしかしたら森の中に引きこもっている可能性もあるが、どちらにせよこの辺りはその怪しい誰かさんの影響は低く、野盗どもをネージュが排除したことで今は安全と見る事ができた。


「(それに、もしこの辺にも危険な話があるなら、このクイ村跡地はもっと……何よりムームさんがここに戻るのも、僕たちが行く事もミミ様はお止めにならなかった。この辺は危険が少ない事の何よりの裏返しだ)」

「ま、怪しい誰かさんがここら辺にも手を伸ばさないとは限らないでしょーし、絶対に安全…とは言えないわね、実際くる途中でそういう連中に絡まれたわけだし?」

 ハイトはぎょっとしてネージュを見る。頭の中を覗き見られたような気分だ。

 ネージュはネージュで、ハイトの反応を面白そうに眺めながらニヤっと笑い返した。


「…そ・れ・で! こっからが重要なんだけど。…とりあえずハイト君」

「え? あ、は、はいっ、なんでしょうか?」

 急に真面目な顔になった彼女に、思わず背筋を伸ばすハイト。続くネージュの言葉は意外なものだった。


「これから話す事をアラナータに教えるのは厳禁……理由は言えない、今はそれで納得しておきなさい、OK?」

「…! …わ、分かりました……あ、でもムーム……さん…は、……寝ていますね」

 ふとムームの方を見ると、焚火の火の向こうで少女の姿ではなく、お餅のような球体状になって小刻みにリズムを刻んている――――彼女は完全に眠りについていた。



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「そ、それは…本当ですか??」

「ええ、ちょっと迂闊だったわ…可能性は半々だとは思うけれど、一つ目の仕掛け・・・をした事、もしかするとバレてるかも。だから二つ目の仕掛けについてはアタシ一人でするから、ハイト君たちはこのクイ村でムームちゃんのお手伝いね。もちろんそれは表向きの理由なわけだけど、ムームちゃんにもそれで通してちょうだい」

 ハイトは軽くショックを受けていた。


 ネージュの話を聞いて―――――ことが思ったよりも深刻で、今後の言動次第ではミミやネージュ達の考えや計画などが悪い何者か達に筒抜けになりかねない危うい状況に、いつの間にか巻き込まれていると理解し、彼は戦慄を覚える。

 もっともマグル村におもむいた時にその “ 仕掛け ” とやらをいつの間に施していたのかというのも驚きだが。


「ま、緊張しなくていいわよ。意識するなって言っても無理でしょうし、ダメならダメで、ミミちゃんやアタシがどーにかするから」

「なかなか目的を教えてくれなかったのはそういう事・・・・・だったんですね」

「…そうね、知らないでいてくれる方が多分自然体でいられるだろうし、かといって連れまわされてる身としたら目的は知りたくもなるわよねぇ…。ま、そこはあれもそれもこれも、ミミちゃんを陰から支えるお手伝いだって事で重ね重ねヨロシク頼んどくわね」

 ハイトはゾッとした。


 ネージュの話では、貴族社会ではこういったを隠して相手と笑顔で話すなど基本中の基本みたいなもので日常茶飯事だという。当然、会話の中で思わず尻尾を見せるような迂闊は厳にあり得ない。

 ネージュはもちろん、ミミもそうした社交スキルは当たり前のように修め、そして当然のように実行している。


 だが自分には出来るだろうか? 同行する者にさえ隠し通し、そして上辺にも勘付かれない仕草や態度を取る……それは想像よりも遥かに難しいことだ。


「(……やるしかない。他は何もできないんだ、これ以上足を引っ張るわけにはいかない)」

「はいはい、気負わないの。だから話さないつもりでいたのに…やーっぱりハイト君はそうなっちゃうわよねー? 見た目クールそうなイケメン君なのに、顔にもう何か隠してるって感じが出ちゃってるわよぉ?」

「!! …う」

 指摘を受けて言葉詰まるハイトに、ネージュがケラケラと笑う。この人は自分なんかよりももっと大量に、様々なことを常々腹に含み隠しているのだろう。そしてその事をおくびにも出さない……

 相手が素人の一般人だから余裕なのか、それとも才―――……


「ほーらっ、メッ!」


 ムニュウッ…


「っ??!」

 気持ちがまた沈みそうになっていたハイトの頭を掴み、自分の胸に沈めるネージュ。

 ニタニタと男の子の反応を期待しつつも、どこか子供を宥める母親のような優しさをその視線に含め、彼の頭を優しく撫でた。


「事ある事にいちいち暗くなってたら、いつか壊れちゃうわよ? …今日はもうおやすみなさい、ゆっくりと心を鎮めて目を開けた時はスッキリサッパリしてるようにね」


 <月の行進曲ドリーム・リズム


 心地よく魔法の言葉が耳に届いたかと思うと、ハイトの意識は急速に遠のいていった。






――――――翌朝。


「さー、それじゃ頑張ってやるわよっ!」

「おー、なのー!」

「え、えと、よくわからないけど頑張りますっ」

「……あー、えー、と……頑張ります?」

 勢いのいいネージュに、ムームとアラナータは何となく呼応するが、ハイトはノり遅れる。

 というのも、頑張るとはいっても何を頑張るのかまだ分からないからだ。

 しかしふと見ると、足元に遅れて起きてきた泥マリモが、元気よくピッと手のような突起を出して、この波にしかと乗っかってきている。なのでハイトも何となく片手を挙げた。


「さて、ここにやってきた目的! それはズバリ、ムームちゃんのお手伝いよっ…といっても、私は別でミミちゃんから頼まれ事がある・・・・・・・から、こっちの方はハイト君たちにお任せしちゃう事になるけどね」

 この地の領主ミミから頼まれてきた、というのはネージュのでっち上げだろう。それとなくハイトに向かって昨日と同じウィンクを飛ばして見せている。


 おそらく本当は、ネージュはミミから何も頼まれてはいない。ここに来たのもこれからする事も、全てネージュ自身の考えによるものだろう。


 しかし、ムームは違う。


「それじゃー、ミーミィに言われたことー、ムーム達でがんばるのー」

 ムームは出立する際、ミミよりクイ村での仕事をちゃんと仰せつかっている。ネージュはその事実を、己の行動の隠れ蓑に利用する算段なのだ。


「(なんというか…ちゃっかり? ズルい? いや…そういう厚かましいくらいに色々と利用するっていうくらいでないと、いけないんだろうな)」

 誠実で正直だとか、頭の良し悪しだとか力の有無だとか……そういったものとはまるで異なる、日常での駆け引きのようなもの。

 ネージュが見せてくれたそういった部分に、ハイトは少しだけ思う所があった。それは悪い意味ではなく良い意味での光明――――非力なワラビット族の自分が、何か役に立てる道が見えそうな気がしていた。


「(よく眠れたおかげだろうか? ……なんだかネージュさんには頭が上がらなくなりそうだ……)」

 そう思いつつ、ハイトが少しだけスッキリとした気分に浸っていると…


「じゃ、ミーミィからたのまれたこと、せつめいするー」

 いつの間にかネージュがいない。そして、ムームがアラナータとハイトに向かって、声高らかにこれから行う作業について説明を始めるところだった。



「あそこー、あなのなかー。ムームがわけたガラクタいれてあるーぅの。ミーミィいってたー、それで…えんりょ? …へんろ? …えーとえーと…、む~む…~……、……、む~……、…っ! そうっ、“ ねんりょう ” だったのー」

 今回は紙面による手紙はない。

 ミミが直接、ムームに口頭で伝えたからだ。なのでムームは道中も繰り返し頭の中で覚え込んだことを懸命に思い出す。要領は決してよろしくないものの、一つ一つ説明を紡いでいった。


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「――――つまり、その廃材として何かに利用できそうにないモノは、燃料にする…という事なんだけど、薪とかみたいにそのまま燃やすのに使うんじゃなくて、特別な事を施さないといけない…っえーと、加工しなくちゃいけない、という事なのね?」

「そう、そーなのー! ムームいいたかったことソレなのっ。かこう、かこうなのーっ」

 アラナータが説明をまとめ、伝わったことにムームはその場で飛び跳ね喜んだ。


「加工…か。しかし、加工といっても……コレに一体どう手を加えるんだろう?」

 地下洞穴の中、山と盛ってある廃クズの山を眺めながらハイトは首をひねる。なぜならその山を形成しているモノは一種類二種類どころの騒ぎではない。

 今にも朽ち崩れて消えてしまいそうな元は木材だったらしきものから、金属片? レンガの欠片? 泥まみれだが何かの野菜の葉っぱ? …などなど、物質としてあまりに多種多様。


 見た目に判別つけにくい状態の悪さもあって、いったいどんな加工を施せばよいのかまるで見当がつかない。


「ミーミィいってたー、えーとえーと……そう! ムームがはんぶん・・・・とかすよーにって!!」

「とかす、って溶かす? コレを…それに半分?? よく分かりませんね、ハイトさん……」

 アラナータがさすがに少し困ったと、ハイトに助けを求める。ハイトもなんとか考えては見るものの、やはりムームに与えられた仕事の全容が見えてこない。


「とにかく、このクイ村の跡地に残ったものを、僅かでも無駄にせずに利用し尽くすつもりだっていうのはなんとなく分かる。それでこの再利用の厳しいモノも何かに使うために、……溶かす…燃料……、うーん」

 ムーム達のようなスライムは、確かに様々な物質をその身に取り込み、溶かす事が出来る。

 それは要するに彼女らにとっての食事も同じだ。他の生き物でいえば、強力な胃液の中に食べ物を直接放り込むようなもの。


「半分……半分溶かす? ………、……ぁ」

 ハイトが何かに気付いた。答えを期待する眼差しを向けるアラナータだが、彼が気づいたのは別のことだった。


「もしかしてネージュさん、逃げた……?」

 ポツリと呟く。

 そう、ネージュはムームの仕事を知っていた。ムームが “ 半分溶かす ” という事はそれすなわち、食べたものを消化途中ゲ――――――――


「―――いや、何でもないよ、勘違いだった…勘違い…だと思う、たぶん」

 少なくともスライムのムームは取り込む時も、取り込んだものを外に出すのも、別に口を通じて行う必要はない。身体のどこからでも取り入れ、放り出せる。

 絵面的にマズイ事にはならない…ならないと信じようと、ハイトは思った。


「とにかくその、半分溶かすっていうのをまず試してみよう、それで何か分かるかもしれない」



 だが、ハイトの希望は甘かった。



「おぼぼぼぼげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~ロロロロ……っっ」

 取り込む時も、そして排出する時も少女の姿のまま、ムームは廃棄クズを出し入れした。

 当然、吐き出す時はある程度溶けた状態で口から容赦なく吐しゃされる姿は妙にリアルで、アラナータは思わず口を抑え、視線をムームよりズラした。


 ドチャッ、ドチャドチャッ……ビチャァッ!


「……お、思ったよりも…これは……」

 ネージュにしても別の用がある事自体は間違いない、…が、コレを事前に予測して己の用事にかこつけ、逃げたのも間違いないとハイトは確信する。


 こうして謎の加工工程――――ムームによる大量の廃棄クズをゲロッと溶かすのー作業が始まった。



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