第83話 第4章3 越境の妙



―――――ガドラ。


 それはアトワルト領とナガン領を結ぶ街道沿いにある小規模な山脈。両地にまたがってはいるが、大半はアトワルト領内にある高く切り立った山地である。


 山の上より北にくだればドウドゥル湿地帯が、南に下れば街道がある。そんなアトワルト領の南東部全体を広く見渡せる好立地は、モンスターが獲物を探して陣取るに、まさに最適な土地柄であった。




「名目としちゃあ悪くない。蛇娘もなかなか知恵が働くのう」

「民間人の護衛…までは分かるがのう、さすがに同行はやめといた方がいいんじゃあないか?」

 先行するゴビウとドーヴァが振り返って向ける視線の先。ハイトとアラナータ…そしてその後ろにニコニコ笑顔のメリュジーネがいる。


「ノンノンノン…言ったでしょう? 今の私はラミア族の一般人、ネージュよっ」

「……」「……」

 ハイトとアラナータは作り笑顔こそ浮かべるが、明らかに反応に困っていた。メリュジーネがどーしてもと駄々をこねた結果、一般人になりすましてハイト達の旅仲間というカタチで同行するという荒業を思いついたのだ。


 実際、彼女は普段とは比べ物にならないほど質素で地味な装束を纏い、結んで髪型も普段とは変えている―――――が、そこは下々の者に変装などしたことない大貴族様である。

 態度や所作がその姿とは不一致過ぎて、失礼ではあるものの滑稽に過ぎる。同行している四人は、頬の筋肉がつりそうになるのを堪え続けなくてはならなくなっていた。


 ちなみに執事ロディはまたも留守番で、しかも今回は私兵を一人も伴っていない。

 護衛はゴビウとドーヴァが担い、身の回りの世話はハイト達がという条件。それでロディがこの上なく渋い顔を浮かべながらようやく折れ、このパーティは成立した。


「まぁええがの。しかしじゃ、ワシらとてお護衛りしきれるとは限らんでな」

「何かあっても知らんぞいネージュさん・・・・・・よ? 責任は取らんでなぁ…ガッハッハ!」

「大丈夫よ、モンスターに後れをとるほどヤワな女じゃないわっ」

 むしろメリュジーネ――――ネージュは、さぁかかってこいと言わんばかりだ。楽しみで楽しみで仕方ない子供を見ているかのようで、4人は改めて苦笑した。


 場所はナガン領からアトワルト領の境へと続く街道。既に警戒すべきエリアに入っている。

 だがウオ村までの道中はまだ比較的人通りもあって危険は感じられない。とにかくウオ村までいって現地の状況を確認するのが、まずはの第一目標であった。


「モンスター・ハウンドはとかくすばしっこい・・・・・・。気づけば掴まれて空に飛びあがっていた、なんてこともありえるでな。特に魔族のお嬢ちゃんは注意するんじゃぞ」

「は、はい…」

 心なしかゴビウからいつもの雰囲気が抑えられているように思えた。それは一応はモンスターが出現する可能性のあるエリアに入ったからこそだろう。

 ドーヴァも、もくもくと先頭を歩んでいるように見えるが周囲を警戒しているのか、時折頭がわずかに左右に向く。

 執事ロディあるじの護衛役を、わずか2人に任せるほどに実力があろうと思われる彼らですら、ピリっとしたものを滲ませている……アラナータは緊張からゴクリと喉を鳴らした。


 ・

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 それでも幸い、これといった危険もなくウオ村が遠くに見える位置まで進む。メリュジ…――――ネージュはウオ村を見るなり、その大きな蛇の下半身をものともしない、非常に軽やかなジャンプでもってはしゃいだ。


「二人ともあそこがウオ村よ。前に来た時のまんま…特に変わった様子はないわねーぇ?」

 ちょっと残念そうなのは、モンスターの襲撃でも受けていないかというハプニングを期待でもしていたのだろうか?

 不謹慎と思いかけるも、メリュジーネほどの大貴族からすれば小さな村などいちいち同情の対象にはならないのだろうと、ハイトは思う。


「ま、まぁ街道に人の往来がそこそこあるんですから、何かが起こっていたらすれ違う人の様子も違っていてすぐにわかるのでは」

「そうねぇ。休憩の取れるところがなくなっちゃってもそれはそれで困るものね。まずは村に立ち寄るとしましょうか」

 もとより最初の目的地だ。そこからどうするかは現地での最新情報次第……と言っていた矢先に、事態は急変する。


「あれ? ネージュさんは―――――ハイトさん!!!?」

 一行は、最前列にドビゥとゴーヴァ、次にアラナータ、そしてハイトで最後尾にメリュジーネという順で歩いていた。その間隔は全員が十分に警戒していた事もあって長くても1~2mほどしか離れていなかった。

 だが、何気なく後方を伺おうと後ろを振り向いたアラナータの視界にまず入ったのは、自分に向かって後ろから何かに押されたように、まさに倒れてくる途上のハイトだった。


 そして、彼の向こうにメリュジーネの姿は……ない。


「! ドーヴァ、上じゃ!!」

「おおう、まさかワシらを出し抜くとはのっ」

 名うての傭兵二人組もどこかで油断していたのかもしれない。メリュジーネは上半身こそ普通の女性のソレだが、蛇の下半身は長く大きい。それゆえその全高は普通にしていても軽く2mを越える。体重に関しては正確なところは不明だが、少なくとも並みの女性よりは遥かに重量があるはずである。


 そんな体躯を持つ彼女を攫おうとするとは思ってもみなかった。

 ゴビウの言葉にドーヴァとアラナータが空を見上げると、そこにはまさに空中高く飛び上がったモンスター・ハウンドと、モンスターと、掴まれたメリュジーネの姿があった。


「クカカカカーーーッ♪♪」

 我、獲物を得たり―――――まさに勝ち誇ったかのような悦びに吠えている襲撃者。

 最後尾のメリュジーネを攫うにあたり、ハイトは後ろから身体の一部が当たって倒されたのだろう。アラナータの胸をクッションに受け止められると、すぐに彼も咆哮が聞こえた上空に視線を向け、何事が起ったのか事態を把握する。


「あ、あれがっ?!」

 その姿、まさに異様。


 細長い四肢に、全体のフォルムもヒョロっとしていながらメリュジーネの身体を掴んだまま空中高く跳躍する、なんとも奇抜なモンスター。


 その表情は喜悦一辺倒。

 その細い身体からは考えられないほどの腕力を有している事が想像できる。


 あるいは、そんな理屈っぽい理由ではなくハイトのワラビットの本能が、その存在の危険さを感じ取っているのか。

 彼は、情けないながらにその耳を怯え萎えさせ、尻尾も小刻みに震えさせていた。




『うわああああーーーー、で、でたぁぁぁぁ!!』


『も、モンスターだ!!! 例の奴だっ、じょ、女性が攫われるぞっ!!』




 すぐ傍にいたハイト達でさえその襲来に気付くのに遅れたほどだ。街道を行き来する他の人々は、さらに1拍遅れて騒ぎ出す。

 と、同時にモンスター・ハウンドはメリュジーネを掴んでの跳躍を終えて一度地面へと降り立った。


 だがゴビウとドーヴァはその着地点に向かって、既に地面を蹴っている!


「おうりゃああああ!! そのヒョロっこい腕、離さんかいっ」

 ゴビウが斧を横薙ぎに振るう。素人目から見れば、もし当たっていたらメリュジーネごと切ってしまうような、深く踏み込んだ一撃。

 だが彼は見越していたのだろう。それが当たらないという事を。その一撃はモンスター・ハウンドに思惑通りの動きをさせるための布石。


「クカカッ!」

「なーに笑っとるんじゃあ? 単純じゃのうっ!!」

 予想通りの位置に移動したモンスターを、すでにドーヴァのエッジブーメランが捉えていた。


「クカクッ??! ギャヒッ!!」


 ザシュッ!


 メリュジーネを掴んでいる右腕とは逆の、左肩を斬ったブーメランはドーヴァの手元に戻る。

 そしてモンスター・ハウンドが自分を傷つけたドーヴァを睨もうとした時には、既にゴビウが死角に回り込んで間合いを詰めていた。


「グ、グヒッィ!??」


 ドウッ!!


 モンスターは直前でゴビウに気付き、驚きの奇声を上げる。

 だが遅い。ハンマーの一撃は、右わき腹のやや後ろから――――その殴打は綺麗に入った。


「なーに驚いとる。気配を消して動くんは貴様の専売ではないぞい。…とはいえ、今のを受けても蛇娘を放さんそのタフさにゃあこっちも驚きだわいのう」


 二人が行動を開始してよりここまでで約5秒。

 完璧な連携を前に、モンスター・ハウンドは完全に計算外だったと言わんばかりの様子で後ずさる。


 ジリジリと間合いを詰める二人は、ここで仕留めるという本気の気概を見せていた。ハイトとアラナータだけではなく、パニックになりかけていた人々でさえ、息をするのも忘れるくらいに見入ってしまっている。



 そんな中―――――睨み合う3体の影が、それぞれの中で次の行動を決し、奇しくも同時に動きだした。


「クカーッ!!!!」

「ぬぐっ、な、なんじゃあぁ!?」

「なんじゃとっ…くぬっ、“ 呪 ” の息を吐きよるとはっ!!!」

 二人の呼吸は完璧だった。だがそんな迫るドワーフ二人組に対し、モンスター・ハウンドは逃げるのではなく、紫色の息を吹きつけた。


「ギャカカカカカッ!!」

 彼らが怯んだ隙にモンスター・ハウンドは全力で飛び上がる。今度こそ勝ったと言わんばかりに嘲笑を含んだ奇声を発しながら。

 1秒にも満たない時間の内に、ハイト達が大き目の点にしか見えないほどの高さにまで達していた。


 勝利。狙い通りに女という獲物を獲得した。

 それはモンスター・ハウンドがその時抱いていた絶対的な確信であった。


「……ふーん、なるほどねぇ」

「クカッ?!」


 メリュジーネは、あくまでも貴族のご令嬢である。

 ドワーフ傭兵二人組に比べれば、すぐさま状況を把握して行動に移せるだけの経験と瞬発力はない。

 しかし自身が掴まれてからおよそ10秒ちょっと。自分に何が起こったのかを知り、状況を理解し、そして対処を決めるには十分な時間。


「私を狙ったのは最後尾だったから? それとも、それだけいい女だって思ってくれたのかしらね? もし後者だというなら、その女を見る目・・・・・だけは褒めてあげる」

 一切怯えることのない獲物。モンスター・ハウンドにとって女とは苗床であり、己の存在を占める強欲の内の一角を満たすための道具である。なのでその対象となる者は恐怖や忌諱の感情しか持たないし、そういう反応をするものであるはずなのだ。


「けど、フフフ……相手を見極める・・・・目は持ち合わせてはいないみたいねぇ? フフッ、…ウフフフフ……」

 ところがこの獲物は違う――――――その異質さに気付くより先に、モンスター・ハウンドの表情は強烈な恐怖に歪んでいた。

 メリュジーネの全身が急激に巨大化したように見えていた。自分など指の腹で押しつぶせるような、巨大なラミアのイメージが、その瞳孔なき瞳に映っている。

 彼女の眼には喜悦ではなく、憂さ晴らしの玩具・・・・・・・・を手に入れたと言わんばかりの、妖しい輝きが宿ろうとしている。



 だが次の瞬間、メリュジーネの身体は自由落下をはじめていた。



「…あら? …あららららららーーーー????」

 モンスター・ハウンドが彼女を手放したのだ。それが意識的にか無意識にかはわからない。だがモンスター・ハウンドは、慎重を期し、手傷を負ってまで獲得した獲物を放棄したのだ。


「………ふぅん、恐怖を感じる本能はいっちょ前ってコト? せっかくやる気・・・になってたのに、逃げられちゃったわねぇ~~っとコレ、ちょっと、誰か、受け止めてくれないーーー~~~~?」

 







 モンスター・ハウンドが山へと逃げ帰り、ゴビウとドーヴァが落下したメリュジーネを受け止めてペシャンコにされていたその頃、西のモーグル達は……



「しばし待て。通行の許可を出せるかどうかは上に聞かねばならんのだ」

「(ここにきてなんなんだ? ……妙な感じだな)」

「(境が近い…というだけではなさそうな雰囲気よな。物々しい)」

 アトワルト領まであと30kmあるかないかという地点。この関所さえ越えれば馬車の足ならものの数時間で越境できる。


 だが、言い換えれば領境まではまだそれだけの距離があるという事。そんな地点にある街道上の関所は、まるで戦場の最前線であるかのような物々しい雰囲気に包まれていた。


「よし、許可が降りた。通るがいい…すまんな、こちらもいろいろと事情があってな」

 兵士もどこか辟易とした様子で、決して悪意がある風には見えない。モーグルは思い切って踏み込んでみる事にした。


「随分と物々しいでございやすね。何かあったんですかい?」

「何、物騒な事は何も起こってはいないのだが……まぁ、あれだ、領主――――ゴホン、領主さまがお見えになるというのでな。少しばかり皆、気が立っているのだよ」

 なるほどと思いかけるが、それは兵士達の悪徳領主に対する嫌気という気分の問題であって、この関所がやけに物々しい事の理由にはならない。


 少なくとも兵士達は領主に対する忠誠心が厚いわけではないようだが、関所の厚すぎる備えと兵の数は一体何なのか――――しかし、あくまで一介の商人を装ってる身だ。これ以上話を聞き出そうとすると不自然になってしまう。モーグルはそれは御愁傷様ですと話を切って、馬を走らせ始めた。



「悪名高き噂の領主の来訪、か。視察や巡行の類ではあるまい」

「だろうな。ますます嫌な感じだぜ、早いとこ領主さまミミに会わねぇとな」

 関所は高く分厚い石壁を有する割に、兵が詰めるための居住スペースなどは貧相で、ハリボテの小さな砦を思わせる。


 馬車はすぐにも関所を抜け終わり、再び街道と広陵とした景色が二人の前に広がった。


『ライオンのおじちゃん、もう出てもいいのです??』

 荷箱の中から少女の声が聞こえる。物音から関を抜けた事を察したのだろう。モーグルとアレクスは念のために後ろを一度振り返り、関所の方から何者も来ていない事を確認して、頷き合った。


「うむ、出てきて構わぬ。またしばしの間は安全なはずだ」

 アレクスの言葉の後、木箱がカタカタと音を立てそのフタが開き、中から少女がぷぅっと息をつきながらその身を上げてきた。


「悪いな、窮屈な思いさせちまって」

「だいじょうぶなのです、なれました」

 まだ相当に幼くて小柄といえども、商品用の木箱におさまっているのは容易ではない。ましてや動き回りたい盛りの歳の子が、狭い場所でじっと息をひそめているのは少なからず辛いはずだ。

 それでも大丈夫なのは、やはりそれ以上の苦しみをその小さな身で経験してきたがゆえだろう。


「そうか……きっと強い大人になれ――――」

 不意に馬車が止まり、何事かとアレクスと少女は同時にモーグルを見た。場所はまだ、関所より200mほどの位置で、まさか砦から兵が追いかけてきたのかと思いかけた二人だが、モーグルは前方を見据えたままだ。


 どうやらハプニングは、進む先より現れたらしい。


「…アレクス、構えておいてもらえるか?」

「! ……野盗、か」

「おい、お前は引っ込んで―――うん、いい子だぜ」

 少女は言われるまでもなくとばかりに既に隠れ、モーグルが確認した時にはちょうど箱のフタがカコンと音と立てて綺麗に閉じられるところだった。危険に対する経験値は並みの大人以上だ。



「ひー、ふー、みー……8人だな。物の数ではないが、手こずれば被害が出かねん。このまま走らせ続けられるか?」

「……前の連中をどうにかできりゃあ行けなくねぇとは思う。けどどうするつもりだ??」

 しかしモーグルのその問いには答えず、アレクスは指でGOサインを出しながら、馬車の前方へと先行して飛び出した。


 その足が地に着くのとほぼ同時に、大地を蹴って前を塞ぐように展開してかけている3人に突撃をかける。距離は馬車から約10mほど、間合いとしては遠い――――が、一気に彼らに攻撃を当てられる距離まで、僅か3ステップで瞬く間にアレクスは間合いを詰めた。


「なっ!?」

「い、いきなりかよっ」

「ちぃっ、護衛の傭兵か?!」


 周囲を囲もうとしていた賊は慌てふためく。包囲網を形成し、ジリジリとその輪を縮めていくつもりだったのだろう。

 ワンテンポ遅れて馬車も走り出したことで、後方に展開しようとしていた連中が慌てて追いすがってくる。


「ふんっ」

 アレクスの左拳が1人に、右脚がもう1人に入る。敵二人はそれぞれ別方向へと吹っ飛んだ。


「アレクスっ! ぶつかるぞっ!?」

 モーグルは加減しているし、馬もぶつかる事を懸念してか、みずから走るスピードを抑えている。それでも10mそこいらの間はものの2、3秒もあれば詰まる。

 どんどんアレクスの巨躯なる背中が迫り、ぶつかりそうながらもモーグルは信じて手綱を引くことなく馬車を走らせ続けた。


「承知している、ぬんっ!!」

 瞬きする間もなく前方を防いでいた最後の一人に左の飛び膝蹴り。から間髪いれずに、右脚にて相手を街道の脇へと蹴り飛ばす、空中での2段蹴り。


 着地するや否やその場で大きくバク転。するとちょうど後ろから追いついた馬車の馬の背を越え、たくましき巨躯の獣人は軽やかに御者台へと着地するというダイナミックな乗車をしてみせた。


「な、なんだぁ!??」

「おいおい、んな馬鹿な、あのデカイ体で!」

「只者じゃねぇぞ……逃がすなっ!!」


「そうはいかねぇぜっ、アッシの手綱さばきを見せてやるっ」

 追撃してくる野盗を、モーグルは振り切る。


 幸いなことに相手は高速移動の手段を持っていなかったようで、その差はどんどん開いていき………やがて連中は諦め、踵を返しはじめた事を、後方を伺うアレクスが確認し、ふうと安堵の息をつく。


「……うむ、どうやら諦めたようだ。危機は脱したな」

「はーっ、あぶねぇあぶねぇ。……なるほど、ああいうのがいるからさっきの関所はやけに物々しかったのか」

 その意見に、アレクスも同意しようとした。

 しかし、思わぬ情報が入ってくる。


「………いまの、トカゲのおじさん……」

 木箱のフタを軽く上げて後ろを覗いていた少女がポツリと哀し気に呟く。


「? 知ってる人がいたのか?」

「はいなのです、パパのともだちだったおじさんなのです。すこし前から見なくなっていたのです……でも…こんなところでいたの、おどろきです」


 それを聞いてモーグルとアレクスは顔を見合わせた。


「…ただの賊ではないのやもしれぬか」

「搾取された元領民の野盗たち、物々しい関所、わざわざ現地にやってくる悪どい領主…」

「うむ、それらより考えられる可能性は――――」

「「反乱と、その鎮圧」」

 それしかない。


 そう思うと、アレクスはぶっ飛ばしてしまった事に少々の罪悪感を覚える。もしかすると物取りや強奪のために囲んできたのではないのかもしれないと、今更ながらに思い返すが後の祭りだ。


「悪いけど彼らに構ってる暇はねぇな。アッシらも早いとこ越境しちまわねぇといけねぇし」

「……うむ」

 口惜しいが仕方ない。彼らとて誤解を招くような真似をしたというのもある。何よりモーグル達は幼い少女を抱えているのだ。問題に首を突っ込むことはできない。



「けど、それにしたってだ」

 モーグルは、違うところで引っかかるものを覚えていた。


「? なにか気にかかる事があったか?」

「ああ…反乱鎮圧、ってのは分かるがよ。それにしちゃあの関所の戦力って…足りてるカンジじゃないんだよなー、ってアッシは思ったんだけどよ」

 言われてみれば、とアレクスは関所を通過中の光景を思い返す。


「反乱を企ててる連中の規模にもよるんだろうけども、あの兵の数じゃ関所を防衛するってぇ程度にしか思えねぇんだけど、アレクスの見立てじゃどんなもんだい?」

 そういうのはあまり詳しくないからとばかりに訊ねてくるモーグル。獅子の如き表情の眉間に軽くシワが寄った。


「むう……確かにな。ざっと思い返してみたが、詰めていた兵の数は200いるかどうかといった風であった。関所としては確かに多い、が…なるほどな」

 物々しくはあったが、それはあくまで関所という規模の拠点である事を前提とした場合だ。

 戦略的に見れば正確な数が不明な敵に備えるにしては少なく、しかして関所という拠点を守らせるには十二分、という程度。


 あるいは本当にさきほど接触した連中はただの賊に過ぎず、ゴルオン領主に対する反乱分子という点は考えすぎの可能性も捨てきれない。そうであるなら関所はこれを討伐する戦力としては十分とも判断できる。


 しかし、その場合だと今度は逆に多すぎる。


 加えて周囲は広陵として町や村からも通り街道上の関所。そんなところに200前後の兵を置いておくのはやはり不自然だし、反乱分子がいたとしてこんな何もないところに出没する意味はあるのかという疑問が残る。


 ・


 ・


 ・


 だがその疑問は、馬車を進めるほどに解決される事となる。




「あれから20kmは走らせちゃいるが……何もねぇな。地図はどうだアレクス?」

「ふむ、おかしいな。もう一つ間に村があると書かれているが……」

 広げた地図と実際の周囲を見比べながら、アレクスはアゴに手を当てて考える。図上では既に、ゴルオン領内における最後の村が見えていてもおかしくない位置。


 だが、東西南北どこを見ても村落の類はおろか、その気配さえない。東西に走る街道と、誰も足を踏み入れなくなって久しいかのような背の高い草が生い茂る平原が続いているだけだ。

 遠目にはアトワルト領との境の目安ともいえるエミラ・スモー山脈もハッキリ見えている。


「地図が間違っているのかもな。不正確なのは当然だけどよ、まさか存在してねぇ村が書かれてるなんてなぁ…」


『いーや、ちゃぁんとこの近くに一つ、村はありましたともぉ』


「!!? 何者かっ」

 反射的に声のした方向にアレクスが飛び降りた。すぐにでも攻撃を繰り出せる構えを取り、用心深く周囲を警戒しながら声の主を探す。


「ほっほっほ、そう緊張なされるなぁお若いのぉ。単なるジジイじゃて、ほっほっほぉ」

 草をかき分け、街道に姿を見せたのは一人の年老いた豚亜人オークだった。モーグルはどっと気が抜けてなんだと緊張を解く。だがアレクスは違った。


「(このご老人……ッ)」

 むしろますます険しい顔になり、ほぼ全力の臨戦態勢ともいえる状態にまで自分を持っていく。

 冷や汗が止まらない。見た目には完璧にひ弱な老人だ。にも関わらず、その存在感は街道にでてきた瞬間に爆発したかのようにアレクスの目の前で膨れ上がった。


「どうやらぁ、そちらの大きな獣人どのはぁあ、武人のこころへ・・・・があるよぉじゃあのぉ、ふあぁっふぁっふぁっ♪」

「ご老人、並みの豚亜人オークではないな。このような場所で何をなさっている?」

 平静に質問を投げかけているアレクスだが、その首筋には冷や汗が一筋流れた。


「ふむぅ…そぉですじゃぁのぉぉ…、そのぉ質問にぃぃ、答えるにはぁ…一つ、確認の質問をぉぉ、こちらより問わねばぁ、なりませぬのぉぅ。…あなた方はぁ、ミミお嬢ちゃんの、ご領主さまの手の者じゃぁろう?」

「……なんのことか、わかりませんなご老人?」

 だが年老いたオークは笑う。緊張を深めたアレクスとは逆に、リラックスしきっていた。


「そのぉ態度でぇ、丸わかりじゃぁぁて。心配はいりませぬぞぉ、ワシはホルテヘ村の長をつとめさせてもらっとる者でぇなぁ。……ま、こぉんなぁトコロにおるんは、ワシも主命をばもらっとる身でぇのぉ…調査・・のため、というところじゃぁてぇぇ、フォッフォッフォッ♪」

 アレクスは一度馬車に振り返ってモーグルを見た。コレをどう判断すべきかと意見を求める視線に、モーグルは両肩をすくめる。


「あぁ、そうそう…ちょぉどええ。こぉんなところでぇぇ立ち話もぉなんじゃぁ。ホルテヘ村まで乗せてってくれんかぁのぅぅ? ジジイゆえ、帰りくらいはぁ楽したいでぇなぁ、ファッファッ♪ なぁに心配はいらんよぉ、この先にはもうゴルオンのぉ関所も兵もないでなぁ。ワシが同乗しとったとて、困ることはなぁぁんもなしじゃよぉ」


 こうして奇妙な老人が加わったモーグル達は、ゴルオン領の境を越えて一路、老人の案内の元にアトワルト領ホルテヘ村へと馬車を進めた。




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