第78話 第3章4 勝手知らぬは他人の庭


――――――少し前。アトワルト領北西、シトノ村。




「ほ、本当によろしいので??」

「ああ、構わぬとも。仕入れを間違えて少しばかり多くなってしまってな。運びながら移動するにはこのままでは量が多すぎる……遠慮する必要はないぞ」


 アトワルト領の北西部には、マグル・シノト・ニアラの3つの村が点在している。

 ロズ丘陵の大森林とエミラ・スモー山脈に挟まれた形のせいで、村同士を繋げている街道もねじ曲がり、隣村へ移動するのも一苦労するような険しい土地柄だ。



 折からの領内の食糧難はこれらの村々にも容赦なく襲い掛かり、村人達は困り果てていたのだが…

 突如訪れた、大荷物を運ぶ隊商が北西より通りかかり、荷の一部を格安で売り渡すと言ってきたのだから、シトノ村の住民は大喜びだ。


「フッ、容易いものだ。たかだかこの程度の食糧で下賤者どもがああも喜びおるわ」

 行商人に化けているベギィは、食糧に沸く村人達の様子を観察しながら変装の下でせせら笑う。

 大森林の方を手下に任せた後、ベギィは森林外にも自分達が便利使いできる拠点を築いておかんと考え、命令外の行動を開始した。

 彼が最初に行わんとしたのが、この3村に対する食糧の格安譲渡である。



「(相手がもっとも困窮しているモノを与える。さすればいかに低能なる者とて、我に恩を感じるくらいはするであろう…フッフッフ)」

 ベギィは最初、この辺りの村のいくつかを支配してしまおうかと考えた。村人を取り込み、信用を上げ、この地の領主よりも自分らに靡かせれば簡単だろうと。

 だがやり過ぎれば自分の存在感が強くなり、馬脚ばきゃくあらわしかねない。

 それは一族のためにもっとも避けねばならない事だと考えを改めた。


「(大森林内にて押し進めている地上拠点について、外よりの介入や接触を可能な限り断つ……機密性を保つ防波堤、といったところが現実的な落としどころよな)」

 欲張り過ぎてしくじるのがもっともよくないと理解している。自分はなんて冷静かつ謙虚に物事を考えられる者なのか、心中で少しばかり己惚うぬぼれる。


 だが命令外の活動を始めた時点で、既に欲張り過ぎていると省みれないのがベギィのダメなところであり、彼の先輩達が重用を危惧する理由である。

 とっくに危険を冒してしまっているなどとはこれっぽっちも思わない。そんな自分の愚かさを棚に上げ、村人達を哀れみと侮蔑の視線でもって観察する。


「(フフン、森で採れた・・・・・果実程度でよくもまぁハシャギおるものよ。本当に哀れな者ども――――――)」


「ぎょうしょうにんのおじちゃん、ありがとー」


「……あ、ああ、礼はいいからお前もとっとと貰ってこい」

 村の子供を追い払うと、触られたところを素早くはらう。


「(汚らわしい。気安く触れるな、劣等種が―――――おっと、いかんいかん、もっと気を大らかに持たねば。いちいち憤慨していては身が持たぬな)」

 子供をかわいいだとか、食糧不足に苦しんでいた村人から感謝を受ける誇らしさだとか、そういった感傷は一切湧いてはこない。


 長老達の命令だからこそおもむきはしたが、本音を言えばこんな未開な地上など、ベギィはさっさとオサラバして魔界本土に帰りたかった。


「(命を完璧以上に果たす。まずはやるべきをやらねばな……)……では我――んんっもとい、私はこれで失礼いたします。また来る事もありましょう、その際はどうぞご贔屓に」

 行商人らしい態度と口調を心掛け、彼は隊商を引き連れてシトノ村を後にする。


 変装越しではあるが、顔見せと恩を売る事に成功した。


 次にこの村へとやってくる時は、自分の息のかかった者を連れてきて村に定住させる。

 そしてその次には変装なしに訪れ、先だってやってきた行商人の元締めという形で村を救うよう指示したとして、村人達の尊敬と感謝を一手に掴む。


 それが3村に対する彼の当面の計画であった。



「(急がば回れ…はもどかしいが、安全第一にコネクションを築かなくてはなるまい。さて、次は隣のマグルとかいう村に出向いて同じように――――――)」

 ベギィが街道を移動せんとしたその時、懐の魔導具が輝く。


「チッ、こんなにも早く問題を起こすとは…やれやれ、やはり下等種は使えんな」

 苛立ちを覚えながら魔導具を取り出し、送られてきたメッセージを確認しようと視線を落とす。

 だが文字を視界に捉えた瞬間、ベギィの目は大きく見開かれた。




 ## 大森林*村*大火事*死者多数 ##




「…なんだと!?」

 感情が高ぶって思わず荒々しい声を上げてしまう。怒気によって彼の魔力の流れが乱れた。

 隊商を形成するために自分の部下と偽った、魔法で作り上げた実体ある幻達が一瞬にして霧散し、跡形もなく消滅する。だがそんな事はどうでもいいとばかりに、彼は強いイラ立ちから魔導具を掴む手に力をこめ、わなわなと奮えた。



 ベギィが激昂したのは火事というアクシデントに対してではない。それによって自ら手をかけたものが消失し、損失が出てしまったという事実に怒りを覚えたのだ。


 あの村には様々な事態を想定し、多様な魔導具をそれなりに投入している。さらには村の建物などもわざわざ手ほどきし、整えさせた。

 そして魔界本土の牢獄より罪人どもを抜き取り、地上へと召喚までして村に新たな居住者として住まわせる手はずまでした。


 そんな労力の結果が水の泡となる――――己を優秀と自負して止まない彼にとって、それはたまらなく我慢のならない事だった。










 大森林は広大で、深い位置にある森の部族の村でいかな火の手が上がろうとも、森林外からはその煙の立ち上るさますらほとんど見えない。

 なので部外者は誰一人として大森林で起る異変に気づく事はない。シャルールが森の部族が壊滅した事や、余所者によって事実上乗っ取られている状態にある事などをまったく知らなかったように。


「おお、なんたる事か……」

 長老は焼け滅んだ村の有り様を見て、嘆かわしいと己が顔を片手で覆って天を仰ぐ。もっともそれは、この状況と自分の立場に合わせた演技でしかなく本心からの悲しみではない。

 その正体は何の関係もない余所者だ。村に思い入れなど欠片もない。


「……」

 ワー・ドゥローン雄蜂獣人は生き残った者達の中、沈痛な面持ちで顔を下に向けていた。

 だがその哀しむ様子は嘘である。何せ村に火をつけたのは他でもない、彼なのだから。


「……」

 その隣で足枷を外されている・・・・・・シャルールの姿もあった。部外者ゆえ哀しみはないが惨状に同情する、といった感じで黙して佇んでいる。だがこれも嘘である。

 何せ村に火をつける作戦を提案したのは彼女だ。


 生き残りは長老とその従者および彼らの仲間数名。そして元よりの森の部族の生き残り全員とシャルールと、その頭数は火災前の5分の1にまで減少していた。


「家もひとつも残ってねぇ……やっぱ水辺が遠いのが災いしたな…」

「いや、そもそも火の元の不注意だろう。我らはその辺り厳重に心得ているが…ともかく新しい連中が…」

 実際、出火元と思しきは新たな住人が住んでいた家の辺りだった。タイミング悪く夜風が強い時に火の手が上がり、あっという間に燃え広がったのだ。


 しかも、村内の雑草が伸びていた時期…ちょうど刈り取らなければと言っていた矢先の事。それが建物同士が離れていたにも関わらず、村全体に炎がまわった原因であった。


 何度見ても村の建物のほぼ全てが半焼ないし全焼してしまっている。周囲の木々にも燃え広がり、何本かは焼け落ちて、地面のすぐ近くのみきと株元を残しているも、それも完全に炭化してしまって真っ黒だ。

 森林火災にならなかっただけマシだが、村人の焼死体は多数に及んでいる。その全ては連れてこられた新しい住人――魔界の罪人――達。元からの森の部族の生き残りたちに、一人として死傷した者はいなかった。


「(なぁどうするんだよ、これ?)」

「(わかんねぇよ、長老役はお前だろ? なんか言った方がいいんじゃねぇの??)」

 従者役の二人がどうしていいか分からず、長老役に丸投げる。

 だが振られた彼にもどうする事もできない。所詮はニセモノ、その正体は元重犯罪者だ。いかに小さな村であっても、コレをおさめる為政力などありはしない。


 にも関わらず、長老役は彼らに余裕の微笑み返した。


「(慌てんなよ。連絡をつけたからじきに彼ら・・が来てくれる。上手いことしてくれるさ、へっへ)」

 彼らには後ろ盾がある。そして彼ら自身はそのコマでしかない。

 それはそれで癪ではあるが、裏を返せば言われた通りにしていれば後は自由なので気が楽だ。

 今回のように不測の事態が起っても、遠慮なく頼って丸投げしてしまえばいい。なので長老役の彼はまるで慌てる事もなく、悠々としていた。


「……長老、これからどうすれば?」

 ワー・ドゥローン雄蜂獣人は、あえて自分達では何をどうしていいかわからないような素振りで訊ねる。もちろん何も知らぬ被害者たる一部族民を装い、火つけの犯人である事を疑われないようにする一環だが、真意は別にあった。


「うむ……かつて助けてくれた御方に我らが危急を報せた。今頃はこちらに向かっておられるはずじゃ。情けなくはあるが、このような事になっては我らのみで速やかなるを行うは難儀じゃからのう」

 佇む者達の中でシャルールは、その言葉を聞くと心の中でのみ、よしっ、と拳をった。


 あの夜、ワー・ドゥローン雄蜂獣人とシャルールが話し合った結果、まずは可能な限り黒幕を丸裸にする事を目的とした。

 仮に一致団結してニセ長老一味を倒せたとしても、後ろで糸を引く黒幕がいる限り、森の部族に安寧の日々が戻ってくるとは思えない。


 まずは相手の全容。それを把握しきれない内に下手に動いては裏目に出てますます不利な状況になりかねない。

 そこで第一段階として、黒幕が出向いてこなければならないほどの大事を引き起こそうと、村に火を放つという大胆な作戦を提案した。


 ワー・ドゥローン雄蜂獣人の彼にしても、今の村は本当の自分達の村ではないに等しい。火をつけて無に帰するに躊躇いはなく、その作戦を実行に移した。


 そして狙い通り、黒幕がやってくる。

 しかも相手の息のかかった余所者住人らが多数焼死するというオマケ付き。これが心中喜ばずしていられようか?

 こうも上手く事が運べば、立案者としては冥利に尽きる。





「(ここからの問題は、あのローブの男がやってきた後だな)」

 シャルールと話し合い、様々な状況に対応する第二、第三の作戦を多岐に渡って考えてはいる。だが予想外な展開を迎えれば、それらの今頭の中にある作戦は使えなくなる。

 その時はアドリブだ。その場その場で上手く対応するしかないだろう。


 黒幕がどのような者か? どの程度の相手なのか?

 

 魔導具やどこからか人を持ってくるほどだ、相応の力の持ち主なのは間違いないだろう。

 しかし現状ではあまりに黒幕についての情報が乏しい。

 接触できる機会もなかなか見いだせない。この機を上手く活かして多くを得なければとならないと、二人は今も様々なシチュエーションや可能性に考えを巡らせ続ける。




 ……と、森の木々の闇の中を、複数の何者かが低空で飛んでくるのが見えた。


「(……飛行も出来るのか、速いな)」

 ワー・ドゥローン雄蜂獣人である彼も空を飛ぶ事はできる。だがあそこまでのスピードで移動する事はできない。万が一戦闘になったら、空中戦では不利かなどと考えている間に、いつかのローブの男達は到着した。


「おぉ、お待ちしておりました、ベギィ様。見ての通りの有様でございまして…」

 そう言いながら長老がローブの男に歩み寄る。

 だが呼ばれた相手はチッと舌打ちをして、一瞬だけ強く睨み返す。


「……まあいい。なるほど? これはまた酷いものだな」

「(自分の名前を呼ばれる事に警戒してる? 正体は指名手配中の犯罪者か何なのかも…)」

 相手の舌打ちの理由はどう見ても長老が自分の名を口にしたためで、シャルールはそこからローブの男の正体を推察する。

 名が多くに知れ渡って困るのは、脛に傷を持つか後ろ暗いものを持っている者だけだ。


 だがベギィという名を聞いても、シャルールに思い当たる情報はない。とりあえずは名前という情報を簡単に手に入れられてラッキーだと思う事にする。



「いかがいたしましょう…多くの死者もおりますれば、我々だけではどうにも…」

「分かっている。だがな、火の元の管理を怠れば、いかに再興しようともこのような火災は幾度と起きうるのだぞ―――――む?」

 生き残りの者達を見回す中、ローブの男―――ベギィは不意にその視線を止めた。


「あの女はなんだ? あのような者はいなかっただろう」

 さすがにベギィも一族・・の一員。以前訪れた際に村の住人の顔はすべて覚えていた。異物が混入していれば一目でわかる。


「は、はぁ…? 連絡ですと、村のための手駒を増やす苗床にせよとおっしゃられたので…」

「我が聞きたいのはそうではない、……いやそんな指示を勝手に出していたのか、貴様?」

 長老の返答に、ベギィは自身の隣にいる者を咎めるかのような口調で問う。

 それを受けて連絡役である鳥人族バードマンは新調の真似っこローブを深く被り直しながら、慌てて釈明した。


「で、ですけどその、部外者がやってきたらどうするのかって話はその、村の事が外に漏れないように捕まえとけってベギィ様はおっしゃいましたしそれならその、連中にご褒美も必要かなーって。それに女なら子供を孕ませれば、村のためにもなって一石二鳥だなって思ってその、自分なりにベギィ様のお考えに助力をせんと思ってその…」

 あたふたと取り留めなく紡ぎ出される言い訳の文句を聞き、罪人扱いで拘束までされた当の本人は呆れた。


 つまりシャルールは、この中間に立つ連絡役が上意を汲んで勝手に付けたしたお達し命令のせいで毎夜、村の有象無象に暴行されるハメになったという事だ。

 彼らの話に聞き耳をたてつつ、怒りを通り越してどっと両肩の力が抜けるほど呆れる。

 だが、これはこれで貴重な事が分かったとワー・ドゥローン雄蜂獣人の方を見る。どうやら彼もその意図を理解しているようで、コクリと頷き返してきた。


「(連中の縦の繋がり、存外に脆いか。これは思わぬ収穫だな)」

 組織が組織として真っ当に機能するためにはトップが偉いだけでは足りない。その下につく者が、それぞれの立場にてしかと機能してこそ。

 ところが連中はというと、まるで縦の連絡・意思疎通・各自の権限が厳格になされていない様子。

 ワー・ドゥローン雄蜂獣人は軽く口元を緩ませた。



「ふん、まぁ結果として部外者を捕らえておいた事に関しては良しとしよう。……まったく、わざわざ “ しゅ ” までかけおって。もったいない・・・・・・使い方を」

 ベギィはそう言いながらシャルールに歩み寄る。その語り草に彼女は多少の違和感を覚えた。


「(……もったいない? それじゃまるで量に限り・・・・があるものみたいな?)」

 そんな事を考えているとローブの男・ベギィは、シャルールのアゴを掴んで彼女の顔を軽く上へとあげた。


「……、女。名は? どこから来た者だ?」

「……えーと、それはこっちの話を聞いてくれるって事でいいのかな。なんか3人孕むまでは罪人扱いだーって言って、いままで聞く耳持ってくれなかったんだけど」

 それを聞き、ベギィは再び舌打ちした。

 手下どものなってなさにただでさえイラ立っていたところになお怒りが積み重なる。


「構わん、許すぞ。全部話せ女」

 シャルールは正直に全てを話した。自分の名前はもちろん、なぜここにいるのか、囚われるまでとその後、今までの全て。そして…


「私はマグル村っていうところに住んでるんだけど今、食糧難で…。森に食べ物を求めたいんだけど、森の部族に無断で深いところには立ち入れない事になってるから、話に来たら一方的にこうなった感じで」

 一連の話を聞いて、ベギィは僅かに眉をひそめた。

 マグル村は正にこれから懐柔に向かおうとしていた村そのものだ。食糧難はベギィも知っている事。故に彼女の話に嘘偽りはないだろうと判断する。


 だがそれだけに彼女の事は厄介だった。懐柔しようとしていた村の住人に手下が不当に拘束・暴行を加えていたなど、思いっきり自分の足を引っ張られてしまった形だ。

 この事がマグル村の住人に伝われば、いかにベギィが下手にて尽くしてみても彼らの反感は必至。


「…なんという…クッ、我が計画の邪魔をしおって、所詮は囚人上がりの下種という事か、まったく使えん無能どもめ……ブツブツ…」

 ベギィのすべての怒りは、自分の手下たちに向けられていた。もともと使えないと見下してはいたが、まさかここまで使えない連中だとは思いもしなかった。

 否、彼らが余計をせずに自分の役割だけを果たしていればこうはならなかった。勝手をするような連中を手下に選んだ自分の落ち度と考える事も出来ると、ベギィは一呼吸置く。


 シャルールはそんな彼をつぶさに観察し続ける。連中の黒幕は間違いなくこの男。そのすぐ近くにいる今は、またとない好機。少しでも情報を得たい。

 しかしこちらからあれこれ問いはしない。これまでの様子からしてこのベギィという男は、自分の意にそぐわぬ言葉や行動を良しとしないタイプだとシャルールは睨む。酒場の接客業で得た己の観察眼には自信はあった。


 そして、それは思わぬ功を奏した。

 ベギィは自分がブツブツと思考している間も大人しくしているシャルールを見て、ある方策を思いつく。自身の計画の乱れを軌道修正できるであろう自信を持って、彼は切り出した。


「よし、女…シャルールといったか? 今宵、お前に我の供を命じる。村の再興のためには我も今晩はここに泊まらねばならんが、マグルとやらの村の事を詳しく聞きかせてもらいたいのでな、しかと話してもらうぞ」









―――――――その夜。


 ワー・ドゥローン雄蜂獣人とシャルールにとって、昼間は予想外の展開だった。だが悪くない展開である。

 少なくともシャルールは今晩、あの黒幕であるベギィという男からいろいろと話を聞ける可能性がグンッと高くなった。情報収集という点においては最良だろう。


「(……だがあの男、気になる事を言っていた。マグル村の事を聞かせろと……森の外でも何かよからぬ事を企んでいるか?)」

 焼け落ちた村の跡。

 随所に天幕テントを設営し、生き残った村人達はしばらくはそこで寝泊まりする事が決まった。テントは外部から完全に隔離でき、生活面での問題もない立派なものだ。

 彼が夜、密かに動き回る事も、今までと同様に変わらず行える。


「(あの男の様子からしてシャルール殿は心配ないだろう。今宵はこれまでのような乱暴を受ける事もないはず。…と、すれば)」

 様子を見に行く必要がない分、他に時間を割ける。彼はまず長老達のテントへと近づいた。



『くそ、めちゃくちゃ怒られちまった』

『仕方ねーよ。ちとヤりすぎちまったのは確かだ』

『だな。オレらだって、まだ目立つにゃヤバイぜ。いくらここが地上だっつーても、魔界本土から目ぇ付けられるような事になっちまったら、すぐ追手が差し向けられるだろーしよぉ』

 愚痴話。

 下っ端とはいえ彼らも自分達に利があるからこそあの黒幕の男、ベギィに従っている。そこに忠誠心はない。


「………」

 おかげで口は軽く、彼は今までで一番多くを盗み聞く事に成功する。


「(連中の正体は魔界の元囚人。だが正規の手続きで放免された者ではなく、乱暴な方法で牢獄よりあの男・ベギィによって召喚――――つまりは脱獄させてもらったクチ…か。なるほど、地上の…しかも我らが森の中であれば、滅多にその所在はバレない。三文芝居も追手より逃れられるならば是非もなし…か、これは朗報だな)」

 正面きって戦わずとも、魔界本土の犯罪者を取り締まる者なり部署なりに連中の事を伝えるだけで対処できるかもしれない。その事が分かっただけでも大収穫だ。


 だが、その手を遂行するには準備と時間が必要だ。魔界本土のそういったところに連絡が取れたとしても、実際に連中を捕縛にくるには時間がかかるだろう。その間は連中を逃がさないようにこの地にとどめておかなければならないため、連絡をつけるにしても気取られてはならない。



「(次は……あの男の部下だな)」

 同じようなローブを被っていた鳥亜人バードマン。その男が滞在しているテントに近づき、彼は身をひそめた。


『うう、せっかく気をきかせたってのに! ……くうう、なんでこっちが怒られなきゃならないんだぁよぉお?』


「(酒だと? そんなもの村にはなかったはずだが……)」

 テントの中の音と口調から、ヤケ酒をかっくらっているのは分かる。

 酒は持ち込んだのか、それとも……


『うぃっ…まじめにぃ、つくしてるのにぃ、なぁんでぇ、だぁ~よぉ~い?』


「(随分酔っているようだな、よし…)」

 これはチャンスだとワー・ドゥローン雄蜂獣人は考えた。

 意を決し、テントの中へと入る。


 バサッ


「夜分遅くに失礼」

「ん~ぉ~あ? どぉうちらぁすぁまでーすかぁ~ぁ?」

「夜の見回りの途中です。まだ明かりが見えましたもので……だいぶ酔われているようですが、大丈夫ですか?」


「あーぁ~、そりわごくりょ~さまで~ぇす、ひっく! ……らいじょぶらいじょぶ、こんくらい、よってらいよぅ~。ほれよりもさ~ぁ、きいへよぉ~ぅ」

「(! …よし)」

 相手が乗ってきた。嫌な事があった時、誰かに話したくなるものだが、酒が回っているとあればなお口は軽い。


 ワー・ドゥローン雄蜂獣人は目論み通り、彼の話相手としてこのテントに居座る事に成功する。

 色々と情報を聞き出すチャンスに恵まれ、思わずほくそ笑みそうになるのを堪えながら、酔っ払いとの会話を丁寧かつ慎重にこなしていった。




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